私は1999年に早大石渡信一研に学部四年生で配属されてから,今までかれこれ20年以上1分子計測分野に関わってきた.私が研究を始めた頃の1分子計測分野は非常に魅力的で,次々と驚くような研究成果が発表されていた.特に1分子研究者には理解してもらえると思うが,1分子計測はなかなか思うような結果が出ないことがほとんどで,一筋縄にはいかないが,それが逆に愛しく感じるものでもあった.そのため,繰り返し実験を行うことでN数を稼ぎ,統計的にデータを議論するというのが一般的な手法となる.従って,根気のいる分野であることは間違いないだろう.このような理由から熟練した腕を持つ研究者のみが,あたかも芸術作品を作るかのようなイメージを分野外の研究者には与えていたように思う.かくいう私も1分子研究とはそういうものであると考えていた節があり,あまり疑問を持たずに研究を続けてきたが,その考えが根底から覆った出来事があった.それは1分子シーケンサーの誕生であった.シーケンサー装置はエラーを最小化し,誰が測定・解析しても配列情報結果が一つに決まる性質のものであり,上述した1分子計測分野の一筋縄にはいかない確率論的な特徴を比較すると相反すると考えたからである.1分子DNA複製反応を大量にかつ,高速に可視化し,配列を一つに決定するなどという夢物語が実現するとは当時,私にとっては全く思えなかった.私は実際に2009年にPacific Bioscience社との共同研究として,彼らの装置で実際に実験することになり,彼らの本気度を目の当たりにした.数千個(現在では800万個)のZMW孔を一度に計測できる高スループットチップ,精密な位置合わせと反応開始制御,リアルタイムデータ解析プログラムや光ダメージを最小限にした超耐性DNAポリメラーゼ変異体,さらには複製反応を阻害しない蛍光ヌクレオチドの合成まで,数百人規模の社員がチームごとに開発を担当し,連携を取りながら年中無休,かつ24時間体制でシーケンサーの構築に日々向き合っている姿を見たのである.その時,これからの1分子計測分野は大きく変革していくだろうと感じたが,残念ながら現状はその実感はまだない.私はシーケンサー企業が自らの要素技術をシーケンサー以外の計測に広く使ってもらうように開放することが必須であると考えている.しかし,様々な働きかけを行ったが,よほど大きな市場とならない限りは可能性が低く,ほとんど期待できないことも同時にわかった.近年ではOxford Nanopore Technologies社が同様にナノポアシーケンサー技術も開発済みであり,こちらの技術も広く1分子研究に使えるように解放されることを切に願っている.