生物物理
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海外だより
海外だより
~アメリカ 南国リゾート地からの安否だより~
足立 健吾
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2022 年 62 巻 4 号 p. 257-258

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私のような若くない者が「海外だより」を書いてよいものかと一瞬考えてしまいました.というのもこの欄は,海外で一旗揚げてやると意気込むような若い人が書くものだと思っていたからです.私が書いたら何だか「海外安否だより」みたいになってしまわないかと心配です.そうは言っても折角執筆の依頼を頂いたので,こちらで感じたこと,知ったことなどを書きたいと思います.

さて,これからどうしよう

2015年の秋に木下さんが亡くなり早稲田大学の木下研究室がなくなってしまいました.途方に暮れる私を助けてくださったのが計算生物物理の高野光則さんや,生物物理研究室に新しく着任された上田太郎さんでした.2016年度は何とか上田研究室に在籍させていただけることとなり,その間に身の振り方を決めることになりました.とは言っても簡単に次が見つかる訳がありませんでした.ちょうどそんな折に声を掛けてくれたのがフロリダにあるマックス・プランク研究所の安田涼平君でした.安田君とは慶応大学 木下研究室の博士学生のときの同期で,20年以上も前の話になりますが,私が金沢大学の安藤研究室からの依託学生として木下研に移ったときからの仲でした.彼は木下研で博士号を取得してすぐにアメリカに渡り,コールドスプリングハーバーのスヴォボダ研のポスドク,デューク大学メディカルセンター神経生物学部の准教授を経て2012年からアメリカに新設されたマックス・プランク フロリダ神経科学研究所にてグループリーダー兼ディレクターを務めています.実家に帰ってブルーベリー農苑を継ごうかと半ば研究から足を洗うことも考え始めていた私に彼からの誘いを断る理由などありませんでした.そして,新しい研究分野,新しい国でもうひと仕事してみようと決断したのが2017年でした.

マックス・プランク フロリダ神経科学研究所

この研究所はドイツの非政府・非営利団体であるマックス・プランク協会が運営する学術研究機関で,北米では唯一の研究所です.南フロリダのパームビーチ郡ジュピターにあり,南のマイアミへは車で1時間半ほど,北のオーランドへは2時間半ほどで行ける場所に位置しています.敷地内にはフロリダ・アトランティック大学(FAU)やUFスクリプス生物医学研究所が隣接しており,この3機関は研究協力関係を取っています.ちなみに,UFスクリプスは名前から分かるとおりスクリプス研究所が前身であり今年4月にフロリダ大学へ売却されたばかりです.FAUは新しい脳研究所をマックスプランクのすぐ目の前に建設しており,こちらは直に竣工予定のようです.現在このジュピターは学際的に大きく変化しているところです.研究所のディレクターはフィッツパトリックと安田君の2人が務めており,彼らのグループを含め現在は全部で8つの研究グループがあります.余談ですが,通常マックス・プランクの一研究所には3人以上のディレクターがいるそうで,ここでも3人目のディレクター候補のインタビューが度々行われていました.ただ,その後どうなったのかは分かりません.共通施設としては,電子顕微鏡・共焦点顕微鏡・STEDやライトシート顕微鏡を利用できるイメージング部門,特殊部品のデザイン・加工をする機械工作室,遺伝子クローニングを依頼できる分子生物学部門,マウスなどの実験動物を飼育管理している動物資源センターがあります.その他必要な施設は協力する2機関で利用できます.施設職員や事務職員も含めてだいたい200人弱規模の研究所です.

研究キャリアなどについて

安田グループは比較的大所帯で現在は20人が在籍しています.ポスバクやFAUからの博士学生が6人,博士研究員が10人,テクニシャンが3人と,ラボマネージャー1人です.アメリカのポスバクや大学院課程のしくみについて良く知らなかったのですが,成績優秀で能力のある学生は博士学生として大学院に進むことができ,受け入れ研究室を探すことができるのだそうです.たとえすぐに希望の大学院に進めなかったとしても,1,2年間のポスバクプログラムで専門的な技術や実践的な実験経験を積むことでよりレベルの高い大学院にステップアップすることができるということです.ただし,博士学生はもちろんですがポスバクもちゃんと給与をもらって研究しているので厳しく評価されます.研究遂行に難ありと判断されれば,途中で追い出されることもあります.日本のように授業料を払う代わりに,いつまでも博士課程にいられるというしくみではないです.良し悪しは別にして,日本のような方式は今では世界的には少数のようです.

安田グループの集合写真.レスリー(左から4人目)の就職お祝いのランチ後に正面玄関前にて.中央で腕組みしているのが安田君.私は右から2人目.ちなみに撮影は2月.

興味があったのはPhDを持つ人たちが,ポスドク後にどんな進路を取っているのかでした.目指すのはやはりPIなのでしょうが,誰しもが簡単になれるものではないですし,必ずしもそれだけとは限らないようです.ポスドク後にマックス・プランクの職員になる人もいますし,企業の社員になる人もいます.PhDを持っている方が給与は断然良いようですし,皆がアカデミアだけにこだわっているという感じではないです.所内職員の人たちを見ていても,ひとつの場所にこだわらず転職しながらキャリアを築いてステップアップしていくといった様子です.ただし,こちらに来て何年かの,しかも,マックス・プランク内だけの見聞きですから本当のところはどうなのか分かりません,とだけ後付けしておきます.

南フロリダの生活

日本で例えると沖縄です.亜熱帯気候で季節は春・夏・夏・春といった感じです.1年の経過を季節から感じにくく,注意していないと浦島太郎状態になってしまいます.そんなフロリダの空,「高く感じるんだよ」と言われ空を見上げるけれど,いつも快晴という訳でもないし特別青いという訳でもない.でもやっぱり日本の空には無い違和感.何だろうなと思っていたら実は山がないのです.木下さんならおそらく楽しくない場所です.フロリダ半島はサンゴと砂でできた平地なのです.少し高い場所からだと地平線に沈む夕日が見られます.道理で空が広くそして高く感じられる訳です.

大西洋(バハマ方向)から昇る2022年の初日の出.車で10分ほどの場所にあるジュノビーチ・ピアにて.

そんな高低差のない道を,マーリンズやカージナルスのスプリングトレーニング場所となる練習グランド横を,毎日歩いて通勤しています.ランニングやウォーキング,犬の散歩以外で毎日歩いている人は珍しいためか,時々それほど顔なじみでもない人から車に乗っていくかと呼び止められることがあります.プラクティスだからと遠慮しますが,日本ではそんなこと言われたことはなかったですね.車社会のアメリカならではの日常的なことなのか,こちらの人の気さくさを感じました.歩いていて顔見知りだろうがなかろうが,すれ違う人に挨拶するところもアメリカならではなのか,それともこの辺りが田舎だからなのか.東京ではご近所しか挨拶がなかったような.

英語もまともにできない私ですが,南フロリダのアメリカの生活にも少しは慣れてきました.でも来た当初はやっぱり大変でした.こちらの習慣も,風習も分からない,子供たちの学校のことも分からない,おまけに日常会話がてんで分からない.まあ,今でも分からないことだらけなんですが.もっと若いときに来ていれば良かったかなとは思います.研究に関しては未だお話しできるような成果がないので何とも言い難いのですが,アメリカに来られたことは良かったと思います.研究はどこででもできるといえばそうなのですが,その国,その場所,そこの人によって研究に対する姿勢や考え方が違いますし,それらは私の偏った視野を広げてくれました.研究以外でも,例えば日本と違ったアメリカのコロナ対応を見てもそう実感しました.アメリカ人がどんな規範に基づいて行動しているのかを経験できてとても興味深かったです.

何だか取り留めのない話ばかりをしてしまいました.研究についてはまたの機会にということでお許しを.

 
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