Seibutsu Butsuri
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Fast Migrating Cells Dislike the Stiff Direction of the Substrate
Chika OKIMURAYoshiaki IWADATE
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2022 Volume 62 Issue 5 Pages 295-297

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Abstract

移動細胞は,線維芽細胞など遅い細胞と好中球など速い細胞に大別される.遅い細胞が基質の硬さを感知し硬い方向に移動する一方,速い細胞の硬さ感知能は未知だった.筆者らは,速い細胞種の細胞性粘菌アメーバや好中球様HL-60細胞が硬い方向を嫌い,柔らかい方向に進むことを発見した.

1.  はじめに

単細胞生物でも多細胞生物の組織の中の細胞でも,生きた細胞は常に機械的な刺激を受けている.それらの細胞は周囲の環境からの機械的な刺激を感知し,適切な細胞機能を発揮している.細胞外環境の機械的特性は細胞に積極的に信号を送信することはないかもしれないが,紛れもなく細胞機能に影響を与えている.たとえば,細胞が接着している基質の硬さは細胞の分化において重要な役割を果たすことがよく知られている(rigidity sensing).間葉系幹細胞は,骨組織の硬さに相当する基質上で培養すると骨を形成する細胞に,神経組織程度の柔らかいゲル上では神経細胞に,また,その中間の筋肉組織ほどの硬さの基質上では筋原性細胞に分化する1).細胞は,機械的刺激を,増殖,アポトーシス,遺伝子発現などのさまざまな細胞機能に影響を与える細胞内シグナルに変換するのである.

基質の硬さは細胞の移動にも影響を与える.硬い領域と柔らかい領域を持つ基質上に線維芽細胞を這わせると,柔らかい領域から硬い領域に侵入できるが,硬い領域から柔らかい領域には侵入できないことをLoらは発見し,durotaxis と呼んだ2).その後,durotaxisは線維芽細胞のみの特性ではなく,さまざまな細胞種で見られることがわかった.たとえば,硬さ勾配のある基質上で,平滑筋細胞,間葉系幹細胞,ヒト脂肪由来幹細胞,膵臓星状細胞,ミクログリア細胞などは勾配を感知し,いずれもより硬い領域に向かって移動する.

基質上を這って移動する細胞は移動速度に応じておよそ2つのタイプに分類できる.基質の硬い方向に向かって移動する上述の細胞種は,すべて移動速度が1 μm/min以下の遅いタイプの細胞である.一方,好中球や細胞性粘菌アメーバ(以下,粘菌)は約10 μm/minという高速で移動するタイプの細胞であり3),このタイプの細胞では,基質の硬さへの応答について定量的な知見は十分ない.細胞は接着斑を介して基質に接着しているため基質から常に機械的刺激を受けている.機械的刺激を人工的に細胞に加える方法として最も適切な技術の1つは,細胞が接着する弾性基質を繰返し伸展(Cyclic Substratum Stretching; CSS)4)させることである.速いタイプの粘菌と好中球様に分化したHL-60細胞(以下,HL-60)は,CSS刺激下でいずれも伸展方向と垂直に移動する5).粘菌で詳しく観察すると,ミオシンIIが細胞の伸ばされた両側の端に等しく局在し,それらの場所では仮足の伸長が抑制されていた(図1).この観察は,速い細胞が基質からの力を感知し移動方向を決定できることを示している.しかし,移動方向を決定するために,速い細胞が基質の“硬さ”を感知できるかどうかは,2000年にLoらがdurotaxisを遅い細胞種で発見2)してからこれまで,報告されていなかった.

図1

CSS刺激下の細胞性粘菌アメーバ.A)GFPミオシンII蛍光像.黄色で囲まれた領域に均等に局在.B)細胞はミオシンIIを伸展両側に均等に局在させて伸展方向と垂直に移動する.

2.  移動細胞の新規rigidity sensing

好中球や粘菌など速い細胞で基質の硬さ感知能力が発見できないのは,速い細胞が線維芽細胞に比べ小さいため,単一細胞の前後端間の基質の硬さの差が不十分だったからかもしれない.そこで筆者らは,方向によって硬さの異なる基質を準備できれば,その上に細胞を這わせることで速い細胞のrigidity sensingを検出できるかもしれないと考えた.Liuらは,polydimethylsiloxane(PDMS)シートをx方向に伸ばすことにより,x方向に硬く,y方向に柔らかい異方性基質を開発した6).筆者らは,Liuらの方法を模して,速い細胞に最適化されたx方向がy方向よりも25%硬い異方性基質を作製した7).粘菌とHL-60をこの異方性基質上に這わせ,細胞の軌跡を計測した.細胞のある時刻の位置から30分後の位置へ伸ばした線分の方向の統計をとると,いずれの細胞種でも柔らかいy方向に移動する細胞数が最も多かった.これは,遅い細胞が硬い方向に向かうdurotaxisとは異なる特性である.

図2

異方性基質上の好中球様HL-60細胞.A)30分間の移動軌跡.B)30分間の移動の最終時刻の細胞.

3.  速い細胞は柔らかい方向に向きを変える

どうやって細胞が柔らかい方向に向かうのか,細胞の振る舞いを考えると,柔らかい方向に向きを変えるのか,あるいは,柔らかい方向に向かう移動速度が速いのかという2つの可能性が考えられる.異方性基質上を30分間移動させた細胞の軌跡を,粘菌とHL-60で詳しく解析すると,いずれも30分間のうち硬い方向に進んだ時間帯の移動速度と,柔らかい方向に進んだ時間帯の移動速度に差は検出できなかった.一方,軌跡が硬い方向から柔らかい方向に変わる頻度と,柔らかい方向から硬い方向に変わる頻度を比較すると,硬い方向から柔らかい方向に変わる頻度のほうが有意に高かった7).これらの解析から,粘菌やHL-60のような速い細胞は,異方性基質上で硬い方向から柔らかい方向に向きを変えていることがわかる(図3).

図3

異方性基質上の細胞性粘菌アメーバと好中球様HL-60細胞の移動.A)移動速度は両方向で差がない.B)方向変換の頻度は硬いx方向から柔らかいy方向への変換のほうがその逆よりも高い.

4.  速い細胞は硬い方向が嫌い

では,どうして速い細胞は柔らかい方向に向きを変えるのか,柔らかい方向が好きなのかもしれないし硬い方向が嫌いなのかもしれない.好中球や粘菌は前進するために,細胞前方でアクチンを重合し前端を伸長させ,後方に集積したミオシンIIがアクトミオシンとなって収縮し後端を退縮させる.ミオシンIIを欠損させた粘菌を異方性基質上に這わせると,粘菌は全方向に等方的に移動した.これは粘菌がミオシンII依存的に柔らかい方向に向きを変えることを示している.

先に述べたように,CSS刺激下で粘菌は,細胞の伸ばされた両側の端にミオシンIIを等しく局在させる.それらの箇所では仮足の伸長が抑制され,その結果,速い細胞は,基質の伸展と垂直の方向に進む(図1).ATPaseのないミオシンIIのみを発現した粘菌も,CSS刺激下でそのミオシンIIを伸展両側に均等に集積させ,伸展方向と垂直に進むことから,アクトミオシンの収縮はCSS刺激下での移動方向の決定に関係しないことがわかる.粘菌のミオシンIIを欠損させると,異方性基質上でも,柔らかいy方向に進む頻度が下がり,等方的に移動するようになるが,その細胞にATPaseのないミオシンIIを発現させると,柔らかい方向への移動が復活する.粘菌の異方性基質上でのミオシンII集積は,残念ながらCSS刺激下(図1)のように観察できていない.しかし,移動方向の決定がミオシンIIに依存するという事実は,異方性基質上とCSS刺激下とで全く同じなのである.これらの事実から,異方性基質上で粘菌や好中球は等方的に仮足を伸ばすものの,硬い方向に伸ばした仮足はちょうどCSSで伸ばされたような状況になり,その先端にミオシンIIを集積させそれ以上の仮足の伸長を抑制し,結果として柔らかい方向に進むのだと推察できる.すなわち,速い細胞は柔らかい方向が好きで速く進むのではなく,硬い方向が嫌いで柔らかい方向に向き直すのだろう.

5.  柔らかい方向に向く分子メカニズム

細胞前部で重合するアクチンフィラメントは,クラッチ分子を介して接着斑と接続し基質に接着している.このため,接着斑では細胞内向きに基質に牽引力が発揮されることになる.遅い細胞が基質の硬い方向に進むdurotaxisは純粋な力学モデルでも説明できる.細胞が左右で硬さの異なる基質を同じ牽引力で引っ張ったとき,柔らかい側が伸びるため,細胞の重心は硬い側に移動することになる(図4A8)

図4

Rigidity sensingのモデル.A)Durotaxis.細胞は硬い側(右)に進む.B)クラッチが硬い側で外れると考えると柔らかい側(左)に進む.青,赤,黄,緑はそれぞれアクチン,ミオシン,クラッチ,接着斑.

一方,速い細胞が柔らかい方向に進む現象は,何らかの分子的なメカニズムが作動する過程を入れなければ説明が難しい.ChenとOdde9)は,基質の硬い領域上において,基質とアクチンフィラメントを接続するクラッチは,アクチン重合によって基質が変形しないため,外れやすく,柔らかい領域上で基質とアクチンフィラメントを接続するクラッチは,アクチン重合による変位を基質の変形が担うため,外れにくいと考えた.クラッチが外れたアクチンフィラメントは重合しても細胞前端を伸長させずに自身が後退する(アクチンレトログレードフロー).ChenとOddeのモデルでは,柔らかい基質ではクラッチが外れにくいため,アクチン重合によって細胞前端が伸長しやすい(図4B).しかし,このモデルには筆者らが発見したミオシンIIの効果が入っていない.ミオシンIIがどのように機能しているのかその分子メカニズムが現在最も興味深い疑問となっている.

6.  おわりに

遅い細胞は基質の硬い方向に進む.一方,速い細胞は基質の柔らかい方向に進む.両者には移動速度とrigidity sensingの違いの他に,構造上の違いがある.遅い細胞は,細胞内にアクトミオシンの太い束としてストレスファイバ(SF)を持っている.細胞移動ではSFの収縮によって後端を退縮させる.一方,速い細胞はSFを持たない.後端に速やかに集積したミオシンIIが表層のアクチンと結合・収縮することで後端を退縮させる.ミオシンIIの速やかな離合集散が柔らかい方向に進むために必要なのかもしれない.

速い細胞は誘引物質に対して強い走化性を示す.粘菌のcAMPに向かうときの直進性(細胞が移動した出発地点と到着地点間の直線距離を移動距離で割った数値)は1に近い.それに対して速い細胞が柔らかい方向に進むときの直進性は粘菌では0.5以下であり,柔らかい方向に向かうのは比較的弱い走性である.アフリカツメガエルの神経堤細胞はdurotaxisと走化性の両方を利用して感覚器源基に移動するという10).rigidity sensingは,速い細胞の持つ原始的な特性で,移動方向を決めるという生理的な役割においては,走化性を補完するように働くのだろう.すなわち,細胞は誘引物質の濃度勾配がない場でまごつくのではなく,移動し続ける.これは,細胞が基質の硬さの勾配を感知して移動するのか,あるいは,rigidity sensingは細胞の局所とその局所に接触している基質との硬さの比較によってなされるから,基質の硬さに勾配がなくても,細胞は自身の内部の硬さ勾配によって前後極性を生み出しているという可能性も考えられる.

文献
Biographies

沖村千夏(おきむら ちか)

山口大学理学部学術研究員

岩楯好昭(いわだて よしあき)

山口大学理学部教授

 
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