Seibutsu Butsuri
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
Topics (Young Scientist Series)
Phase Separation and Molecular Diffusion Modulated by Cell-size Micrometric Membrane Confinement
Chiho WATANABE
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 62 Issue 5 Pages 301-302

Details
Abstract

細胞を「生体高分子で混雑した細胞質を脂質膜によりミクロな空間に閉じ込めた構造」と近似的に捉え,この条件を模倣できる高分子液滴を用いて,液滴内部での相分離と分子拡散の閉じ込めサイズ依存性を測定,サイズ依存的なふるまいに対する膜表面積・体積比(S/V)および膜表面物性の効果について考察した.

1.  はじめに

細胞,特に真核細胞は多種多様な分子や膜構造からなり複雑であるが,次のように単純化して捉える見方もある.それは,数百mg/mLという高濃度の高分子で混雑した溶液を脂質膜によってミクロサイズの空間(=細胞サイズ)に閉じ込めたもの,として見る見方である.我々はこの見方に立って,人工細胞として広く用いられてきている,pL~fL量の高分子溶液を脂質一分子膜で覆った細胞サイズの高分子液滴(図1a)を用い,高分子混雑とミクロな膜閉じ込めが相関して内部の分子挙動に与える効果を相分離と分子拡散に着目して研究した1),2)

図1

(a)高分子液滴の模式図(b)閉じ込めサイズ依存的な相分離(c)球状高分子液滴中におけるFCS測定の模式図(左),球状液滴中心部での拡散係数の液滴サイズ依存性(右上),拡散係数の膜界面(底面)からの距離に対する依存性(右下).(d)同体積条件下における分子拡散のS/V比依存性.Adapted with permission from1). Copyright 2020 American Chemical Society.

2.  細胞サイズ膜閉じ込め中における相分離

まず,細胞サイズの膜閉じ込めが相分離に与える効果を調べた.これまでに広く用いられてきている鎖状高分子のポリエチレングリコール(PEG)と球状タンパク質のウシ血清タンパク質(BSA)を用いて,μL以上のバルク量では均一相を示す溶液を調製,ホスファチジルコリン(PC)脂質の一分子膜で覆った高分子液滴を作成し,相分離の閉じ込めサイズ依存性を調べた1).その結果,大きな液滴中ではバルクと同様に均一相を示す一方,半径約20 μm以下の小さな液滴ではPEGとBSAが相分離した(図1b).以上から,細胞サイズ膜閉じ込めが内部溶液の相分離を制御しうることが示唆された.

3.  細胞サイズ閉じ込め中における分子拡散

次に,細胞サイズの膜閉じ込めが内部分子挙動に与える効果をより詳細に調査するため,分子挙動の基礎となる拡散と細胞サイズ膜閉じ込めとの相関を調査した.具体的には,膜閉じ込めが分子拡散に与えうる因子として(i)微小体積,(ii)膜界面からの距離,(iii)表面積/体積比(S/V比)に着目した.

細胞サイズの高分子液滴内部での分子拡散は,その小ささゆえ,動的光散乱法や光褪色後蛍光回復法(FRAP)による測定は困難である.そこで本実験では微小領域における分子拡散測定が可能な蛍光相関分光法(FCS)3)により分子拡散測定を行った(図1c).測定分子には,蛍光分子(GFP, R6G),および蛍光染色されたBSA,PEGを用いた.まず,球状の高分子液滴を用いて,分子拡散と閉じ込め半径Rとの相関を調査したところ,高濃度の高分子液滴において,半径がおよそ20 μm以下になると,拡散係数が有意に低下した(図1c右上).一方,膜界面からの距離依存性は,今回測定したμmオーダーの範囲では見られなかった(図1c右下)1).次に,微小体積と表面積/体積比(S/V比)のどちらがより分子拡散に影響するかを調べるために,図1c右上のグラフの灰色で示された体積条件下で,球状に比べS/V比の大きいディスク状の高分子液滴中での拡散係数を測定し,球状の場合と比較した.その結果,球状に比べ,ディスク状液滴中では拡散係数が低下することが明らかになった(図1d).この傾向は分子形状の異なるBSAおよびPEGのどちらの高濃度溶液でも維持された.以上から,微小体積ではなく,S/V比が細胞サイズ空間中の分子拡散に対する制御因子であることが示唆された1)

4.  膜表面物性が分子拡散に与える効果

上述の結果は細胞サイズ膜閉じ込めにおいて,界面の効果が重要であることを示唆している.そこで,膜界面物性の違いが細胞サイズ空間中の分子拡散に与える効果を調査するために,高分子液滴を覆う脂質膜をPCのみ,およびPCに頭部にPEGが修飾された脂質(PEG脂質)を添加した場合の二種類の膜組成で比較した2).PEG脂質は,PCに比べ脂質頭部が嵩高く,親水性が高いとされるため,界面物性の違いが大きく現れると期待した.このとき,高分子には多糖類のデキストランを用い,濃度を9-29 wt%の間で変化させた.図1cと同様に,液滴半径に対して拡散係数をプロットしたところ,17 wt%の場合にPEG脂質のみで小さな液滴で拡散係数の低下が見られた(図2a右,矢印).さらに詳しく見るために,半径20 μmの液滴の拡散係数についてまとめた図2bを見ると,23,29 wt%では17 wt%の場合とは反対に,半径20 μm以下の拡散係数のバルクからの低下幅がPEG脂質添加系において抑制された.以上から,膜表面物性が内部拡散に影響しうることが示唆された2)

図2

分子拡散に対する脂質膜界面物性の効果.(a)PCのみ(左)PEG脂質添加(右)の場合における,拡散係数の液滴半径R依存性.(b)半径20 μm以下の液滴中における拡散係数の比較.Adapted with permission from2). Copyright 2021 American Chemical Society.

5.  細胞サイズ膜閉じ込め効果の要因

考察の域を出ないが,現状では膜閉じ込めによる内部溶液の実効濃度の上昇にともなうクラスター形成を細胞サイズ膜閉じ込め効果の要因の一つと考えている.これまでに高濃度のタンパク質溶液中でタンパク質粒子がクラスター化するとの報告がある4).Stokes-Einsteinの関係式から,拡散係数と粒子半径は反比例の関係にあり,クラスター形成により拡散粒子半径が増大すれば拡散係数が低下する.我々の系においても脂質膜表面の親水性や,膜の存在自体による排除体積効果5)による実効濃度の上昇が誘起されれば,クラスターが生じうる.今回得られた拡散係数の低下から推定されるクラスターは多くとも2-3分子程度であり,蛍光顕微鏡の観察からも液滴中の輝度は均一に見える.一方で異種の分子を混合した図1bのような環境では,クラスター形成が引き金となり,相分離が誘起される可能性も考えている6)

6.  おわりに

細胞サイズ膜閉じ込めの効果を相分離と分子拡散から検討した.今後も脂質膜とサイズ,高分子濃度というシンプルな見方から細胞,ひいては生命の特異性について迫っていきたい.

謝辞

本研究は東京大学の柳澤実穂准教授の研究室在籍時に同准教授のもと,博士前期課程(当時)の小堀雄大氏,春澤香苗氏と共に実施しました.FCS測定は,北海道大学の金城政孝教授,北村朗博士,産業総合研究所の山本条太郎博士との共同研究により達成されました.この場をお借りして心より感謝申し上げます.

文献
Biographies

渡邊千穂(わたなべ ちほ)

広島大学大学院統合生命科学研究科助教

 
© 2022 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top