Seibutsu Butsuri
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Letters from Abroad
Letters from Abroad
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2022 Volume 62 Issue 5 Pages 316-317

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自己紹介

現在,米国立衛生研究所(NIH)でポスドクをしている山田有里佳です.私は2012年に大阪大学の難波研究室で筋収縮のカルシウム制御機構に関してクライオ電子顕微鏡による構造研究を始めて,2017年に学位取得,その後2年半,同じ難波研でポスドク研究員をしたのち,2020年の9月に渡米しました.2年程度の海外経験なので大したことは書けませんが,これから海外で研究したい方の参考になれば幸いです.

海外に行くか行かないかの葛藤

もともと,海外で研究したいという願望は全くありませんでした.その理由は明確で,自分の英語を話す・聞く能力が低すぎて,そんな私が海外へ行ってもまともに研究できないだろうな,と思っていたからです.8年近く続けてきた研究がひと段落した時,一旦環境を変えたいと思ったことがきっかけで,漠然と海外もアリかもしれないと思うようになりました.しかし,英語が苦手すぎる私にとっては海外に行くとはハードルがあまりに高すぎました.一方で,ただ英語ができないだけで,海外で研究することを諦めるのは何となく嫌でした.日本人PIのラボを選べば,何とかなるかもしれない(本当に困った時に日本語でも話せる),と思いました.クライオ電顕をやっていて,かつ日本人PIで探すと選択肢はあまり多くなかったのですぐに現在の研究室のPIである水野直子さんに辿り着きました.すぐにメールを送って,面接してもらい,その日にOKをいただき,とんとん拍子で決まりました.決まってしまえばもう逃げることはできません.

水野研での日常

水野研は2020年にドイツのマックスプランク研究所からNIHに移動してきたばかりの新しい研究室です.現在,スタッフサイエンティスト1人,ポスドク5人,ポスバクを含めた学生4人で構成されています.新しいラボなので新メンバーが頻繁にやってきます.

細胞形態を決定する因子をクライオ電顕で可視化しようという目的でそれぞれin vitroの再構築系からアプローチして単粒子解析する人やin situトモグラフィー組に分かれて研究しています.私は,細胞-基質接着において細胞質内に形成されるフォーカルアドヒージョンに関与する大きなタンパク質複合体の構造,機能解析を行っています.非常に大きなネットワークなので,難しいターゲットですが,パズルのピースを一つずつはめ込んでいくような感覚です.

基本的に,ほぼ全員の研究にクライオ電顕が必須なのですが,与えられたマシンタイムには限りがあり(Krios 1週間/月,Glacios 3日×2回/月),結構混み合います.この限られたマシンタイムを不満が出ないように,かつ円滑に進むように予定を調整することが私の役割になっています.もちろん電顕のマネージャーはいますが,時にはデータ取得をサポートすることもあります.そのおかげで,ラボのメンバーとの会話も一段と増えて,仲が深まったような気がします.

ラボに参加した当初はほとんど英語が聞き取れず,話すこともなかなか難しい状態だったので辛かったです.ミーティングでもうまく発表できない,聞きたいことがあっても聞けない,という日々が続きました.半年以上経ってもなかなか上達しないので,悩んでいた時に水野さんに,「(なんで悩んでるの??)英語勉強しに来たの?サイエンスしに来たんでしょ?もちろん英語でコミュニケーション取れるのは大切なことだけど,英語が全然うまくなくてもちゃんと結果は出せてるから,問題ないと思わない?」と言われました.私から見ると,水野さんはスーパーポジティブな方です.救われた気がしました.

自分のプロジェクトを始めて10ヶ月目にいきなり構造が解けた時にラボメンバーの私に対する評価が一変したように思います.ただの英語できない人じゃなかった…と.英語が苦手な人にはできないなりの戦い方があるのだと感じました.結果で見せていくしかないのだと実感しました.

NIHの研究環境

NIHのメインキャンパスはメリーランド州のベセスダにあります.キャンパスは広大で,25以上もの研究所があり,私が所属している国立心肺血液研究所(NHLBI)はその中の一つです.NHLBIもまた非常に大きい研究所で,複数のセクションに分かれていて,水野研はCell and Developmental Biology Center(CDBC)に属しています.CDBCの中でも,それ以外の研究所とも共同研究を比較的簡単に開始できるところがNIHの良いところだと思います.「vitroではこんな結果になるけど,細胞内ではどんな感じでふるまうのかしら?」近隣のラボに声をかければあっという間にコラボできる,そんな環境です.また,BiochemistryやBiophysics core facilityがかなり充実しているので,例えばタンパク質を精製したあとすぐに,質量分析,DLSやMass Photometerによる1分子測定やSEC-MALS(サイズ排除クロマトグラフィー/多角度光散乱測定)などが利用できます.他にも様々な機器があって自分の知りたいことに合わせた選択ができて,とても便利です.core facilityのラボスタッフが機器の使い方をレクチャーしてくれたり,必要に応じてディスカッションもしてくれます.日本にいる時より面倒なことが少なく,圧倒的に早く実験のフィードバックが得られるので,効率的に研究が進められるのも利点です.

フェローシップについて

私は今,JSPSの海外学振のNIH枠でフェローシップを獲得し,アメリカに滞在しています.個人的な意見ですが,フェローシップはないよりもあった方がいいと思っています.ラボの負担も減らせて,何より少しの自信につながります.私はいくつかのフェローシップに応募して複数の内定をいただきました.JSPSのKAITOKU-NIHは通常の海外学振よりは滞在費がやや少ないですが,NIHではポスドクの給料の最低ラインが決まっているので,それに満たない場合はNIHが補填してくれます.NIHへ留学したい方にはおすすめです.しかし,フェローシップがなくても受け入れてくれるラボはたくさんあるので,興味がある場合はまずその研究室にコンタクトをとるのがいいと思います.実際,私はフェローシップを取れなかったとしても受け入れOKをいただいていました.

アメリカでの生活

現在(2022年8月),コロナによる制限はほとんどなくなっていて,NIH以外ではマスクなしの生活を過ごしています.渡米した頃には考えられなかったので,自由に外出できることが嬉しいです.ワシントンDC近辺へ散歩に出かけたり,1人でも入りやすそうなカフェや雑貨屋さんを見つけたりするのが結構好きです.私が住んでいるNIHの周辺の落ち着いた雰囲気も好きですが,DCの街並みも気に入っています.

私が住んでいるベセスダはメトロが発達していてどこでも行けるので車がなくても余裕で生きていけます.私はNIHから徒歩20分のところに住んでいて,この辺りは,多国籍で様々な国のレストランがあって楽しめます.ただ,家賃が1ヶ月あたり$1,500でとても高いです.アメリカは物価が高く,日々の生活にもお金がかかります.

最後に

2年前,たった1人でロナルドレーガンワシントン国際空港に到着した時,ワクワクするというよりか,寧ろ不安すぎて泣きそうでした.「通用しなければ日本に帰ってもいいんだ」そんな思いでアメリカ生活をスタートさせました.住めば都とはこのこと,2年もすれば普段の暮らしや研究生活に馴染んでくるものだなと思います.英語が苦手だからといって,海外でポスドクすることを諦めなくて本当に良かったと思っています.実験はよく考えて計画したほうがいいと思いますが,海外に行くかどうかくらいは気楽に考えて,とりあえず行ってみるのもわるくないと思います.自分にとって快適な研究環境が見つかるかもしれません.

ラボメンバーでクラブハウスへ.左手前から2番目が筆者,左奥に水野さん.

 
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