生物物理
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複眼のタイルパターンを決める幾何学機構
佐藤 純
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2022 年 62 巻 6 号 p. 334-337

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Abstract

複眼の六角形タイル構造は物理的に安定と言われ,細胞形態が物理的制約に従って決められているという考えと合致する.しかし,ある種の変異体においては物理的に不安定な四角形タイルに変化する.ハエの複眼が六角形および四角形タイルを示す機構を解明することにより,細胞形態を幾何学的に制御するメカニズムを明らかにした.

1.  自然界において見られるタイルパターン

タイルパターンは同じ形が隙間なく敷き詰められることによってできる.浴室の壁,城壁,チェス盤に見られるように,人工物においては四角形のタイルパターンが主流である.これは四角形のタイルを並べる方が,他のタイル形状と比べて容易であるためであると考えられる.

一方,昆虫の複眼,蜂の巣に見られるように,生物界においては六角形のタイルパターンが一般的である.物理学的な観点から考えると,六角形は構造的に頑強であり,各タイルの周長が短く,空間充填度が高いという特性を持つため,自然と最も安定な六角形のタイルパターンに落ち着くと考えられる.実際,溶岩が冷え固まる過程において整然とした六角形状の石畳を形成することが知られている.この場合,物理的制約に従って自発的に六角形タイルが生まれたと考えられる1),2).生物においても同様に,物理的制約に従って六角形タイルが現れると思われがちである.

しかし,実際の生物においては常に六角形タイルが見られるわけではない.エビやロブスターの複眼は四角形タイルパターンを示す3).また,通常は六角形タイルパターンを示すハエの複眼も,ある種の変異体では四角形に変化する4).このように,複眼は六角形だけでなく四角形のタイルパターンを示し,生物はこれらの異なるタイルパターンを切り替えることができると考えられる.

これらの事実は生物学者の間でも一般的ではないので,生物物理学者にはほとんど知られていなかったと考えられる.複眼の六角形パターンは単純に物理的な制約によって説明できると考えられがちであるが,必ずしもそうでもないということになる.では,一体どのようにして複眼のタイルパターンが制御されているのだろうか?

2.  複眼におけるタイルパターン形成機構

私たちの研究室では数理科学と生命科学の融合研究に取り組んでおり,この問題に興味を持った.様々な生命現象を研究する上で優れたモデル動物であるショウジョウバエの複眼も通常は六角形パターンを示すが,ある種の変異体ではこれが四角形パターンに変化することが知られていた4).しかし,そのメカニズムを解明する研究はこれまでになかったため,ショウジョウバエの複眼を用いてこの問題に取り組むことにした.

複眼のパターンが四角形になる変異体は複数知られていたが,そのメカニズムについては何も知られていなかった.一般的に,同じ現象を引き起こす遺伝子は機能的にも類似していることが多いが,これらの遺伝子間には何も関連性が見られなかった.このことは,タイルパターンを制御する特別な遺伝子が存在するわけではなく,物理的制約が決定的な役割を果たしているという考えが示唆された.

一方,四角形変異体では複眼の大きさが小さくなっているという共通性が見られ,複眼の大きさそのものがタイルパターンに影響していると考えられた(図1a, b).成虫の複眼は幼虫期に用意された複眼原基と呼ばれる円盤状の小さい組織が成長することによって生じる.複眼原基上に多数の個眼が生まれ,これが最終的に六角形配置の複眼を構成するが,四角形変異体ではこの複眼原基が上下方向(背腹軸方向)に小さくなっていた.小さい複眼原基が頭部と結合し,頭部が成長する過程で複眼組織が背腹軸方向に引っ張られて伸長すると考えられた(図1c).

図1

成虫期の複眼タイルパターン(文献5より改変).

3.  組織内張力によって六角形が四角形化する

このような張力を測定するため,個眼を構成する細胞膜の一部をレーザー破壊する実験を行った.組織中に張力が発生している場合,細胞膜の一部をレーザー破壊するとその周囲の細胞が張力に従って移動する.その移動速度を測定することによって組織中の張力を推定したのである.

コントロール(六角形)と四角形変異体においてレーザー破壊実験を実施したところ,前者ではレーザー破壊部位の周囲の細胞が前後背腹方向に均等に移動したが,後者では背腹方向の移動速度が有意に上昇した.このことから,四角形変異体の複眼組織においては背腹方向の張力が増強していることがわかった5)

実際,発生過程の個眼の形状を時間を追って撮影したところ,コントロールでは個眼の形状は常に六角形であった(図2a).一方,四角形変異体では,発生後期では四角形状の個眼の形状が確認できたが,発生初期においてはこれが縦に引き伸ばされた六角形になっていた(図2b).このことは背腹方向の張力が増強していた事実と合致する.しかし,変異体において縦長六角形がどのようにして四角形に変化するのか,説明することは困難であったため,数理モデルを用いて個眼の形状をシミュレーションすることを試みた.

図2

蛹期におけるタイルパターンの変化(文献5より改変).

物理的安定性に基づいて細胞の形状をシミュレーションする方法としてバーテックスモデルと呼ばれる数理モデルが広く使われている6).広範囲のパラメーターを用いてバーテックスモデルの数値計算を行ったところ,ほとんどの場合,個眼は六角形に近づくことが示された.さらに上下(背腹)方向の張力を加えたところ,六角形が引き伸ばされて縦長六角形になることが示されたが,正方形に近い四角形パターンになる結果は得られなかった.これはある意味当然で,六角形を上下に引っ張ると六角形が縦長になるだけであり,これが正方形になるということは考えにくい.

4.  ボロノイ分割が複眼のタイルパターンを再現する

ここで我々は発想を転換し,ボロノイ分割という全く異なる方法によって細胞形状を計算することを試みた.バーテックスモデルでは物理的安定性に基づいて細胞形状を計算するが,ボロノイ分割は幾何学的な分割アルゴリズムであり,定規と鉛筆を使って領域を均等に分割する方法と言っても良い.例えば複数の小学校(一般的には母点と呼ぶ)があり,家から最も近い小学校が一目でわかるように学区の境界を描く場合,ボロノイ分割が用いられる(図3a).まず,隣接する小学校間を線分で結んだ時,その線分の垂直二等分線がボロノイ分割の境界を構成する.このようにして全ての学区が均等に分割される.

図3

ボロノイ分割によるタイルパターン(文献5より改変).

定規と鉛筆で領域を分割する手法は,生命現象の説明になっていないように思われる.しかし,個眼の中心を母点としてボロノイ分割を行ったところ,驚くべきことに野生型の六角形タイルだけでなく変異体の四角形タイルも極めて正確に再現された5).しかも,組織全体を背腹方向に伸長することで,六角形が四角形に変化するという現象も,ボロノイ分割によって再現できた.これほどまでに現象を再現するということは,何か意味があるに違いない.

垂直二等分線を描くという幾何学的な手法が生体内で行われると考えることは困難だが,異なる手法を用いて全く同じボロノイ分割を描くことが可能である.各母点が同心円状に成長し,円がぶつかると成長が止まって境界を形成する場合にも全く同じボロノイ境界が描かれる(図3b).実際,個眼を構成する色素細胞は発生の過程で風船のように急速に膨らみ,個眼の形が円形に近づく(図3c).もし同心円状の成長が重要であるならば,個眼の成長速度を変化させることで,それに応じてタイルパターンが変化するはずである.我々は色素細胞の数および個眼の成長速度が変化する変異体を用いて,個眼の同心円状の成長によって変異体のタイルパターンを説明できることを示した5)

このように,個眼の配置と同心円状の成長によってタイルパターンが決定すること,個眼が縦横方向に均等に分布している場合は六角形パターンを示すこと,また複眼が背腹方向に伸長して個眼の背腹方向の間隔が広がると四角形に変化することを示した(図3d).

5.  幾何学的な分割をもたらす力の実体

ボロノイ分割は最終的な個眼のタイルパターンを説明するが,発生の過程において個眼の形態が徐々に変化する様子を再現することはできない.四角形変異体では発生初期において縦に引き延ばされた六角形状の個眼形態が見られ,これはバーテックスモデルによって再現できるが,ボロノイ分割では再現できない(図2b).

ヒトデの胚に着目し,細胞の形態変化を数理モデルによって解析した研究によると,発生初期の細胞形状はボロノイ分割に従い,発生が進むとバーテックスモデルに従うことが示されている7).これは発生にともない,細胞膜に裏打ちしたアクチン骨格系が細胞膜を収縮させる力が発生するためであると考えられる.

一方,我々は個眼が同心円状に成長することで,ボロノイ分割によって再現できるタイルパターンに変化することを示した(図3d).色素細胞が急速に膨らむ際に,細胞膜を押し広げる力が発生すると考えられるが,この力の実体は何だろうか?今後の研究によってそのような力が生じる機構を解明することで,バーテックスモデルとボロノイ分割を統合した新たな細胞形態モデルが構築できると期待される.これによって,あらゆる細胞の形態を1つの数理モデルでシミュレーションできるようになるかも知れない.

複数の細胞が集合し,同じ基本構造が繰り返してできるタイルパターンは複眼だけでなく,脳のカラム構造,肝臓の肝小葉,内耳の聴覚上皮,皮膚の表皮において見られる.また,発生生物学,構成生物学,再生医療などにおいて,細胞や組織の形態を制御する機構を理解することが重要である.本研究の成果は将来的に正常な発生過程の理解だけでなく,人工組織・人工臓器など生体工学関連の研究に応用される可能性が期待できる.

文献
Biographies

佐藤 純(さとう まこと)

金沢大学新学術創成研究機構教授

 
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