生物物理
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クライオ電顕構造で見えてきたV/A型ATPaseの回転メカニズム
岸川 淳一横山 謙
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2022 年 62 巻 6 号 p. 354-356

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Abstract

回転分子モーターである好熱菌V/A-ATPaseのATP加水分解反応中の複数の中間体構造をクライオ電顕で捉えた.得られた構造から,3つの触媒部位で起こる反応(ATP結合・ATP加水分解・反応産物の放出)と回転軸の120°回転が協奏するtri-site機構で機能することが明らかになった.

1.  回転分子モーターV/A-ATPase

V-ATPaseは,真核生物の酸性小胞膜上や古細菌・一部の真正細菌の細胞膜上に存在する膜タンパク質である.基本的な構造は,真核生物・原核生物で共通しており,親水性のV1ドメインと膜内在性のVoドメインからなり,両者は中心回転軸と外周固定子によって繋がっている.V1でのATP合成/分解とVoでのプロトン輸送は中心回転軸の回転によって共役しているため,V-ATPaseは回転分子モーターと呼ばれる(図1A1)-3).V1は,A・Bサブユニットが交互に配置したA3B3に回転軸であるDFサブユニットが刺さった構造からなる(図1B).A・Bサブユニットの界面に触媒サイトがあり,ここでATPの合成/分解が行われる.3つの触媒サイトで順番にATPが加水分解されることで,回転軸は1回転する.つまり,1分子のATP加水分解により,120°ステップをする4)

図1

好熱菌V/A-ATPaseの全体構造(A)細胞膜に並行方向から見たV/A-ATPase.V1部分でのATP合成/分解反応とVo部分でのプロトン(H+)の輸送が中心回転軸複合体(灰色部分)の回転によって,共役する.(B)V1部分の断面図.Aの点線部分を上側から見た.A,Bサブユニットが交互に配置し,中心にDF回転軸が刺さった構造をしている.また,それぞれのABペアは異なる構造をとる.

V1のATP加水分解による回転機構は,1分子回転観察によって研究されてきた.1分子回転観察では,V1のA3B3リングをガラス基板上に固定し,さらにDF回転軸に観察プローブを結合させ,光学顕微鏡下でプローブの動きを直接観察する.基質濃度などを変えた様々な条件で観察を行うことで,基質の結合速度定数や反応速度,反応が起こる順番などを詳細に議論することができる4),5).しかし,1分子回転観察で見えているのは,観察プローブの動きであるため,実際に酵素上(V1)でどのような触媒イベントが起こり,回転を引き起こしているかを直接知ることはできない.そのため,回転している条件でのV1部分の構造情報が必要となる.

V-ATPaseやV1部分の構造解析例があるが,その多くは阻害剤が結合した構造,もしくは分解産物であるADPが結合したADP阻害状態の構造である5)-7).本稿では,好熱菌由来のV-ATPase(V/A-ATPaseとも呼ばれる.古細菌Archaeaにも同様のV-ATPaseが存在するため)を材料とし,反応中の複数の中間体構造をクライオ電子顕微鏡による単粒子解析で捉え,そこから明らかになったATP加水分解による回転メカニズムについて紹介する8)

2.  ATP加水分解反応中のV/A-ATPaseの構造

V/A-ATPaseによるATP加水分解反応は,ATPの酵素への結合過程と,ATPの加水分解,生成物であるADPとPiの解離過程からなる.それぞれの反応過程に対応した中間体構造を得るために,以下の3つの条件a)ATP低濃度条件:ATP結合待ち条件,b)ATP濃度飽和条件:ATP結合後条件,c)ATPアナログであるATPγS飽和濃度条件:加水分解待ち条件,で構造解析を行った.各条件でクライオ電顕の撮影用基盤を調製し,クライオ電顕での撮影および解析を行った.その結果,33の密度マップ(分解能2.7 Å~6.3 Å)が得られ,その密度マップをもとに18の原子モデルを構築することができた.

a)ATP低濃度条件(50 μM ATP)は,V/A-ATPaseのATPに対するKm(~500 μM)より十分に低く,酵素へのATPの結合が反応の律速となる.この条件で得られたV1部分の構造は,3つのABペアがそれぞれ異なる状態,開いた構造(ABopen),やや閉じた構造(ABsemi),閉じた構造(ABclosed)から構成されていた.触媒サイトのうち,ABsemiにはATPが,ABclosedにはADPが結合していた.ABopenには,ヌクレオチドが結合しておらず,次のATPはABopenに結合すると考えられる.ヌクレオチドが2分子結合している構造なので,以降V2nucと呼ぶ(図1B図2).

図2

ATP加水分解によるV1部分での回転メカニズム.ATP結合待ち構造であるV2nucの触媒サイト(ABopen)にATPが結合して,触媒反応待ち構造(V3nuc)となる.ATPの結合自体では,回転軸の回転は起こらない.その後,(ア)結合したATPによるABペアの閉じる構造変化,(イ)ATPの加水分解,(ウ)ADPとPiの放出が同時に起こる.ア~ウの反応と回転軸の120°回転が協働することで,ATP結合待ち構造(V2nuc)に戻る.

b)ATP濃度飽和条件(6 mM ATP)では,ATP濃度がKmより十分に高いため,ATP結合にかかる時間はほとんど無視でき,ATP結合後の触媒反応を待っている構造となる.この条件で得られた構造では,V1の3つの触媒サイトすべてにヌクレオチドの結合が確認された.ABsemiにはATP,ABclosedにはADPとPiに対応する密度が観察された.ABopenにもATPに相当する密度が確認された(以降,V3nucと呼ぶ)(図2).これらの構造から,V2nucのヌクレオチドが結合していないABopenにATPが結合してV3nucになることは明らかである.したがって,V3nucの構造が回転軸の120°回転が起きる直前の構造であると言える.別の言い方をすれば,ATPの結合と回転軸の回転が同時に起きないことを示す.

c)ATPγSは,加水分解が極端に遅くなるATPアナログである.ATPγS飽和濃度条件(4 mM ATPγS)で得られた構造は,ATPの加水分解を待つ構造(以降,Vprehydと呼ぶ)となる.この条件で得られた構造では,3つすべての触媒サイトにATPγSまたはADPの結合が観察された.ABsemiにATPγS,ABclosedにADPが結合していたことから,ATPγSの加水分解を待っているのは,ABsemiの触媒サイトである.また,ABsemiのATPγSが加水分解されるには,ABsemiがABclosedに構造変化する必要があり,それには回転軸の120°回転を伴う構造変化が必要となる.つまり,Vprehydの構造は,120°回転を伴うATP加水分解前の構造と言える.

3.  中間体構造からわかってきた回転メカニズム

3つの反応条件から,反応過程に対応するV/A-ATPaseの構造を複数得ることができた.そこから,ATP結合待ちの構造であるV2nuc構造にATPが結合することで,120°回転が起きる直前のV3nuc構造となることがわかる.V3nuc構造は,120°回転待ち構造であり,ATPの結合と同時に120°回転が起きないことは自明である.これまでのV1の1分子回転観察の結果から,ATP結合と同時に120°回転が起こるモデルが提唱されていたが,このV1の反応スキームは描き変える必要がある(図2).次に,ATP加水分解を伴った120°回転が起こり,V3nuc構造からV2nuc構造になる(図2).このとき,3つのABペアで起こる反応に伴った構造変化が,回転軸の120°回転と同時に起こる.ABopenでは,結合したATPによってABペアが閉じてABsemiに構造変化する.ABsemiでは,さらに閉じた構造であるABclosedに構造変化することで,結合していたATPの加水分解が可能な状態となる.前述のように,この構造変化には回転軸の120°回転が必要なため,ATPの加水分解と120°回転は協奏していることになる.さらに,結合しているADPとPiに対する親和性が,ABclosedがABopenになることで低下し,ADPとPiを放出する.今回得られた構造を解釈することで,上述のATPの加水分解反応に関する3つの過程が,回転軸の120°回転と協奏して起こることが示された.これまでの研究では,ほとんど説明されなかったATPの加水分解反応過程と回転軸の回転との高度な協奏性について,今回のV/A-ATPaseの構造解析で示すことができたと考えている(図28)

V/A-ATPaseのような回転分子モーターの機能を考える上で,V1部分の3つの触媒部位のうち,2つの触媒部位が協奏するbi-site model か,3つすべての触媒部位が協奏するtri-site modelかは,長らく議論されてきた.今回の結果は,V/A-ATPaseが3つの触媒サイトが協奏して働くtri-site modelで機能していることを明確に示した8)

もう1つの回転分子モーターであるF-ATPaseは,V/A-ATPaseと同じ基本構造からなる.F1の1分子回転観察では,120°回転の間に少なくとも1つの停まり点があることがわかっている.これは,120°の停まりに対応する3つの回転状態に加えて,120°間の停まりに対応する中間状態があることを示す.実際,F1部分のクライオ電顕による構造解析により,6つの停まり位置に対応する構造が報告されている9).私たちは,今回の研究と同様の方法で,回転中のF-ATPaseの中間体構造を解析したが,F-ATPaseもV/A-ATPaseと同じくtri-site modelで機能することを支持する結果を得た.この結果の詳細については,別の機会に紹介したい.F-ATPaseの回転機構は,V/A-ATPaseに比べると複雑に見えるが,2種類の回転分子モーターの結果を比較することで,回転分子モーターに共通する回転機構の原理が解明されるだろう.

文献
Biographies

岸川淳一(きしかわ じゅんいち)

大阪大学蛋白質研究所助教

横山 謙(よこやま けん)

京都産業大学生命科学部教授

 
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