生物物理
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談話室
キャリアデザイン談話室(14) プランド・ハップンスタンス理論のすすめ
石谷 隆一郎
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2022 年 62 巻 6 号 p. 367-369

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1.  はじめに

まず「キャリアデザイン」とは何か自分でも良くわかっていなかったのでググってみたところ,どうも結構な件数で様々なサイトがヒットする流行の言葉のようだ.「将来のなりたい姿を実現するために,どういう仕事をやるかを考えて,実現していくこと」という程度の意味らしい.この定義に照らし合わせつつ自分の今までのキャリアを改めて考えてみると,不確実性が高い将来のことは考えても意味がないという信念(?)のようなものがあり,場当たり的に生きてきたような気がする.こんな人間が果たして書いて良いものかと重い気持ちで,他号の諸先生方の書かれたキャリアデザイン談話室を通読したところ,約半数が「計画性なし」「反面教師」等々で始まる内容であることがわかり安堵した.幸い,大学教員からテック系ベンチャー企業に転職したような人もまだ登場していないようである.アカデミアと企業でどういう点が違っていてどういう点が似ているか,反面教師としてこういう人もいるんだなー程度に読んでもらえば皆さんの進路選択の一助になるかと思い,ほぼ回顧録のような内容になってしまい恐縮ではあるが,書いてみることにした.

2.  大学時代~大学院時代

私は,高校まではパソコンでプログラムを書いたりするのが好きだったが,少なくとも研究者になりたいとは考えていなかったと思う.大学進学はどうやって決めたかあまり覚えていないが,東京大学理科一類に入学し,それ以前の延長からプログラミングとか好きだからというだけの理由で理学部情報科学科に進学しようかなと考えていた.一方,生物は全く興味がなく高校まで全然やってなかったにもかかわらず,良く覚えていないがなぜか生命科学が重要と感じ,結局,理学部生物化学科に進学することになった.この段階でデザインのグダグダぶりは明らかであるが,今思えば,進路選択をギリギリまで先延ばしにできる東京大学のシステムが自分には合っていたのかもしれない.しかしながら,研究室配属の段階では生物だけではつらいなと思い,見学に行った時に当時高価だったシリコングラフィックスのワークステーションが置いてあったというだけの理由で構造生物学をやっていた横山茂之先生の研究室を希望した.一方,当時インターネットが流行り始めた時期でもあり,ちゃんと研究せずにインターネットプロバイダでプログラムを書くバイトばかりやっていた.

当時立体構造解析はNMRとX線結晶構造解析が二大勢力の時代だった.今から考えると,コンピューター使いそうという意味ではNMRの方が正解だったのかもしれないが,なぜかここで結晶構造解析を選んだ(結晶化は難しく職人技だという話を聞いて,職人カッケーと思ったというだけのかなりしょうもない理由だったと記憶している).ただ,構造解析手法としては,その後X線結晶構造解析がメインとなっていったわけで,構造を解くという観点のみから見れば,正解だったのかもしれない.しかしながら,配属時に選んだテーマがテロメラーゼの構造解析だったので(テロメラーゼのホロ構造は最近クライオ電顕でようやく全体構造が決まった1)レベルなので,まあ無謀であったわけである),先輩方がどんどん構造を決めて学振を取っていく中,タンパクが精製すらできないわ,学振は取れないわで,早速結構悲惨な状況になってしまった.この時点で私は博士取れなければヤバいと思い(そもそもなぜ就職せずに博士を取ろうと思ったのかは不明),高熱菌由来のタンパクで結局研究室の十八番のテーマならうまくいくだろうということでtRNA修飾酵素の構造解析をやったらこれが意外にうまくいってCellに掲載されるまでに至った2).一方で,結晶構造解析は当時からある程度ソフトウェアが整備されていて自分でプログラミングする必要性はほとんどなかった.書いてもシェルスクリプトくらいである.そこで,再び計算機寄りのドライの研究がやりたいという気持ちが強くなった.

3.  計算寄りの研究へ転向

博士を取った後,いったん海外でポスドクをやることも考えたが,ドライ系に転向するのと海外に行くのを一度にやるのは大変そうと考えて,国内でドライ系のラボに行くことにした.今思えば,ここで大変そうだなどと不精せずに新しい環境で挑戦していれば人生変わっていたのかなぁと強く思う.こういう経験もあり,私は,博士課程の学生や若手の研究者に機会があるならまずは海外に行って研究する挑戦をした方が良いと勧めることにしている.話を戻すと,タンパク質の立体構造が関係しているドライ系の研究ということでMDシミュレーションをやっていた東大農学部・生物情報工学研究室の清水謙多郎先生と寺田透先生の研究室でお世話になることになった.そして,寺田先生とMDのアプリケーション寄りと手法開発寄りの研究を行った.ここでは,MDシミュレーションはもちろんのこと,当時中村周吾先生のグループがタンパク質の機能や構造予測の研究もやっており,機械学習について学ぶ機会もあった.ここで習得した知識が,結果として現職でも役立つことになった.

4.  再びウェット系へ戻る

一方,そのころ大学院時代にお世話になった濡木理先生が東京工業大学で独立され,助手としてこないかというお誘いがあり,受けることにした.濡木研では,それまでメインにやってきた遺伝暗号翻訳系に関する構造解析から膜タンパク質や,細胞内シグナル伝達に関わるタンパク質の構造解析など,様々なタンパク質,RNAの結晶構造解析とMDシミュレーションに取り組んだ.最先端の構造生物学の研究を行うことができ,トップジャーナルに多数の論文を報告することができた.また,最先端の研究を世界中の研究者と激しい競争がある中で進めていく経験ができ,非常に学ぶものが多かったと思う.国内外の様々な研究者と共同研究,交流ができたのも非常に良い経験となった.特に,MDシミュレーションの分野では,理化学研究所の杉田有治先生と共同研究を行い京コンピューターのプロジェクトにも参画させていただいたりした.このように,ドライの研究の方も,アプリケーション寄りのものは色々行ったが,半分趣味でCueMol3)という分子ビューワーを作ったりはしていたものの,手法の研究や開発的なことはあまりできていなかった.

5.  企業に移る

2010年代も後半になってくると立体構造解析は手法も結晶構造解析からクライオ電顕へとパラダイムシフトが起こり,競争がどんどん激化,このまま立体構造解析だけやっていたのでは面白くないという気持ちが強くなる一方で,このまま同じポストにいてもドライの研究やプログラミングができないつらさなどもあり,Preferred Networks(PFN)という会社がバイオ系の人材を集めていると聞き,心機一転アカデミアから転職することにした.PFNは,深層学習・機械学習・数理最適化などを適用可能な,あらゆる分野を手掛けているテック系ベンチャー企業であるが,最近は特に材料分野や創薬分野にも力を入れている.例えば,材料分野では,深層学習を用いて量子化学計算を従来の数十万倍以上高速化するサービスMatlantisを展開4),さらに創薬分野ではCOVID-19のプロテアーゼ阻害剤をAI創薬を駆使しデザインする5)など研究開発を進めており,私は主に深層学習やシミュレーションの創薬応用の研究開発に従事している.特にPFNの良いところとしては,様々な分野の専門家が集まっており,異分野連携ができる下地が整っているところが挙げられる.例えば最近,手前味噌ではあるが,深層強化学習とドッキングシミュレーションなどを組み合わせた化合物デザイン手法についての研究成果を論文として世に出すことができた6).共著者の方々は,国際数学オリンピックメダリストで数学科出身のバリバリ情報系の方と,薬学部有機化学出身で大手製薬企業にて創薬に携わっていた有機化学バリバリの方であり,こういった異分野エキスパートの連携があっての成果であったと思う.また,他の良い点としては経営陣と従業員の敷居が低い点である.例えば,代表取締役・最高研究責任者の岡野原さんとの立ち話から近年流行りの拡散モデルについて議論が盛り上がる,などのようなことがしばしばである.一方,大学と異なる点としては,自分で競争資金を取ってくる必要がない,雑用がほぼない等が挙げられるだろう.研究テーマに関しては,会社側に強く縛られるのでは,という懸念を持つ方もいらっしゃるかもしれないが,私はある程度自分で考えて進めていくことが可能だと感じている.ただし,資金に関しては,無から湧いてくるわけではないので,会社の企業価値を高める社会的インパクトやビジネスになるか,という点を常に意識する必要がある.全くお金にならないような研究は難しいだろう.

6.  おわりに

ややPFNの宣伝的内容となりキャリアデザインの話から逸れてしまったが,自分の半生を振り返ってみると,場当たり的な選択ばかりで用意周到にデザインするなんてそもそも無理では?という気がする.デザインした通りの方向にキャリアを進めるという考え方と,やってみなければわからない不確実性が高い研究職が,そもそもあまり合っていないのかもしれない.その時々にやりたいと思ったことをとことん追求すればそれで良いのだ.あと,皆さんに助言できるとすれば,情報収集はしっかりやった方が良かったという点,挑戦的な選択肢がある場合は臆することなく挑戦してみてはという点だろうか.ところで,似たようなキャリア形成の考え方に,プランド・ハップンスタンス(Planned Happenstance)理論というものが提唱されているらしい.そこで本稿の題とさせていただいた.このキーワードで調べたりしてみるのも,情報収集の助けになるかもしれない.

文献
Biographies

石谷隆一郎(いしたに りゅういちろう)

株式会社Preferred Networksリサーチャー

東京大学大学院理学系研究科特任教授

 
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