学術活動と同様に,組織運営においても「当たり前」を見直すことで大きな飛躍や改善がもたらされることがある.組織運営にかかるコストは個人単位で見れば前例踏襲で最小化される.しかし,皆がそのマインドで組織運営に取り組むと構造的問題はとり取り残され,組織全体で大きなコストを払い続けることになる.会長としての業績を棚に上げてとの誹りを免れ得ないが,任期終了が間近のこの時期だから言える構造的問題点を一つ提起させていただきたい.
一言で言えば,それは手弁当運営の文化である.反発を招く可能性があるがあえて率直に言おう.本学会の運営は,会員の経済的負担(会費・年会参加費)を抑制する代わりに運営メンバーのリソースを犠牲にすることで成り立っている側面がある.本学会の理事会・社員総会・会長秘書業務の一部は外部委託されている.しかし,各理事や委員会に対する事務的サポートが整備されているとは言い難い.
顕著なのは,年会実行委員へのそれである.開催地は毎回異なり,実行委員も総入れ替えである.開催地ごとの個別問題があることに加え,理事会企画との整合性を考える必要があり,相当に複雑な判断が求められる.年会運営も一部外部委託されているが,年会にかかる複雑な問題は,年会実行委員のコアメンバーが中心となって取り組んでいる.今年度,年会がオンサイトで開催され,恒例だったお祭りの様な年会の熱気が2年ぶりに復活した.「感激した」という声を多数聞いた.しかし,ここで問いたいのは「この当たり前は本当に当たり前なのか?」ということである.これまでと同様に,今回の大成功も北海道の年会実行委員による英雄的な努力の賜物である.しかし,トップサイエンティストの莫大なリソースの犠牲に立つこの運営のあり方は,本当にあるべき姿なのであろうか?
この問題は男女共同参画・働き方改革問題における論点とも通じる.自戒を込めて言うと,今の学会運営は育児や介護等の負担のあるメンバーには配慮があるとは言い難い.無償の業務,長時間の拘束,土曜日や夜の会議,いずれも大学が抱える問題と同じである.その解決にはコストが必要となる.学会構成員全体のベネフィットと,運営に関わるメンバーのリソースをどう考えるか,これは技術の問題でもあるが根本的には学会運営に対する哲学の問題である.新年から重い話題を提供するのも気がひけるが,時間に余裕のある時に,ほんの少しだけこの問題に思いを馳せてもらえると嬉しい.皆でより良い学会運営のあり方を話し合いたい.