生物物理
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姉妹染色分体間接着因子コヒーシンの一分子動態解析
木下 慶美西山 朋子
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2023 年 63 巻 1 号 p. 21-23

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Abstract

コヒーシンは,複製された姉妹染色分体間を接着し,染色体の均等分配に必須の因子である.我々は,コヒーシンリングの構造変化を阻害することで,染色体の分配や複製の進行だけでなく,クロマチンの高次構造形成が正常に行われなくなることを,単一分子イメージングや染色体形態観察に基づいて明らかにした.

1.  はじめに

近年,Hi-C法をはじめとした次世代シーケンス技術の利用により,生命の設計図であるゲノムDNAの3次元空間的な配置や機能が明らかにされつつある1).真核生物のゲノムDNAは,ヒストンにDNAが巻きついたヌクレオソームから成るクロマチンを高度に凝縮させることで,直径数マイクロメートルの細胞核内にコンパクトに収納されている.このクロマチンの凝縮構造の形成に関わっていると考えられているのが,コヒーシンと呼ばれるタンパク質複合体である2).コヒーシンはバクテリアからヒトまで広く保存されたSMC(Structural Maintenance of Chromosomes)タンパク質複合体の1つで,元来,姉妹染色分体間機能を担う因子として同定された.

本稿では,クロマチン高次構造形成と姉妹染色分体間接着を使い分けるコヒーシンの機能と分子構造の関係について,最新の知見を我々の研究成果とともに紹介する.

2.  コヒーシンの接着機構

コヒーシンはDNA複製前のG1期からDNAに結合し,複製により形成された姉妹染色分体同士を接着する(図1A, B).そして,分裂後期にコヒーシンが切断されることで,染色体分配が引き起こされる.コヒーシンは,どのようにして姉妹染色分体同士を接着するのだろうか.出芽酵母を用いた生化学実験から,リング状のコヒーシンがリング内部にDNAを通すことでDNAとトポロジカルに結合し3),このトポロジカル結合が姉妹染色分体間接着の確立に必須であることが明らかにされている.

図1

(A)細胞周期に伴ったコヒーシンの役割.(B)コヒーシンのヘッド間の解離阻害に伴う分裂中期での染色体接着異常4).バーは10 μm.

3.  コヒーシンによるDNAループの押出し機構

Hi-Cをはじめとする染色体コンフォメーション捕捉法から,クロマチン構造を区画化するTopologically associating domain(TAD)の境界にコヒーシンが局在することが示されている.このことは,コヒーシンが遠距離にあるDNA配列間でループを形成することでTAD形成に寄与している可能性を示唆している.実際,全反射蛍光顕微鏡を用いたフローストレッチング法による実験により,コヒーシンにはDNAループ押出し活性があることが2019年に2つの研究グループから報告された5),6)図2に示すように,約50キロ塩基対の直鎖DNAの両端をマイクロ流路基板上にあらかじめ固定し,コヒーシン複合体,コヒーシンローディング因子,ATPを添加することで,コヒーシン複合体がDNAを押出す様子が単一分子イメージングにより初めて観察された.

図2

コヒーシンによるDNAループ押出し動態の観察系と,押出し前後の蛍光像4).バーは2 μm.

4.  分子構造に着目したコヒーシンの分子機能

コヒーシンはどのような分子メカニズムでDNAを押出すのだろうか,また,トポロジカル結合との分子機構の分岐点はどこにあるのだろうか.2020年以降に報告されたコヒーシン複合体のクライオ電子顕微鏡像や1分子蛍光共鳴エネルギー移動法による構造変遷動態によって,分子レベルでの動態が明らかになりつつある.コヒーシンは,約1 MDaの巨大なリング状のタンパク質複合体であり,ABCタイプのATPaseモチーフを有するサブユニットSmc1とSmc3のヘッドドメイン同士が,ATP加水分解依存的に会合・解離する.コヒーシンはDNAと相互作用すると,Smc1とSmc3のヘッドドメイン同士をつなぐScc1(Kleisin),HEATリピートタンパク質STAG,そしてコヒーシンローディング因子NIPBL-Mau2がコヒーシン全体の構造を大きく変化させる7),8)図3).とりわけ,Smc1とSmc3のエルボー領域でSMCリング全体を一方の頭部側に大きく折り曲げる特徴があり,リング内部に誘導されたDNAと強く結合した“DNA gripping state”(図3右上)は,重要な中間構造と考えられている.

図3

コヒーシン複合体の構造モデル.左側の経路がDNA押出しモデル,右側の経路が DNAトポロジカル結合モデルを示す(モデル図は文献9より参照改訂).DNAが結合しているコヒーシンのドメイン領域近傍に*印をつけた.

2つの分子機構の違いは,DNAループ押出し実験に基づいて説明されている.コヒーシンのDNAループ押出し活性には,塩濃度感受性があり,低塩濃度条件下でのみDNAループは形成される2),3).低塩濃度では,Smc3ヘッドドメインとScc1間(“N-gate”)が強く相互作用した閉構造を維持するためDNAがN-gateを通過できない.このとき,DNAに結合しているヒンジドメインは,ATP加水分解に伴った熱揺らぎを利用して一方向に運動することにより,最終的にDNAループを形成するのではないかと推測されている(図3).一方,高塩濃度下では,Smc3-Scc1の解離に伴ってDNAがN-gateを通過し,さらにはATP加水分解に伴ってSmc1とSmc3ヘッド間(“Head-gate”)を通過することで,コヒーシンがDNAを囲い込んだトポロジカル結合が確立されるのではないかと推測されている9)

コヒーシンリングは,N-gateだけでなく,Head-gate,あるいはヘッド-ヒンジドメイン間の近接が活性に影響すると考えられている.そのため,コヒーシンの分子機構は図3に示した単純化された経路だけでなく,複雑で多様な構造変遷をとる可能性も考えられるが,詳細な分子メカニズムは分かっていない.我々の研究グループでは,ATPase依存的にコヒーシンリングが開閉構造を遷移する意義を包括的に理解するため,ラパマイシンアナログ存在下でヘッドドメイン同士の解離を阻害できるHead-tethering(HT)コヒーシンを作製した.HTコヒーシンを発現するヒトHCT116細胞においては,ヘッドドメインの解離を阻害することで,分裂前期ではセントロメアおよび染色分体腕全体で過剰な接着がみられ(図1B),分裂後期では染色体分配が正常に行われないことを明らかにした4).この結果は,分裂前期でWapl依存的に染色体からコヒーシンが解離する際に,ATP加水分解を伴ったヘッド間の解離が必須であることを示している10).また,ヘッドドメイン解離阻害により,DNAループを押出す割合や押出しの継続時間は有意に減少した.ヘッド間の開閉はDNAループの押出し状態を維持するために重要な要素であると推測される.以上より,コヒーシンリングが開閉構造を遷移することは,姉妹染色分体間接着,正常な染色体分配,そしてクロマチン高次構造を確立する上で,重要な構造変化であることが示唆される.さらに,細胞周期の段階に応じて,溶液環境やコヒーシン結合因子依存的に,コヒーシン複合体全体は大きく構造変化しながら細胞内機能を果たすと考えられる.

5.  おわりに

本稿で取り上げたコヒーシンを含むSMCタンパク質複合体ファミリーは,遺伝情報の保持や染色体の構築に関わる生体分子機械として,近年大きな注目を浴びている.実際,SMCタンパク質複合体に属するコンデンシンやSmc5/6複合体も,コヒーシンと同様にDNAループ押出しを担う染色体高次構造形成因子であると同時に,染色体分離やDNA修復にも関連していることが知られている.SMCタンパク質複合体1分子から数分子レベルでの分子機構の理解が深まることで,染色体の構成制御の仕組みや,遺伝子発現,DNA修復の分子機構,そして遺伝子性疾患の原因解明において,更なる進展が期待される.

文献
Biographies

木下慶美(きのした よしみ)

名古屋大学大学院理学研究科特任助教

西山朋子(にしやま ともこ)

京都大学大学院理学研究科教授

 
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