2023 年 63 巻 1 号 p. 24-26
細胞運動や形態形成時には,細胞内部で迅速なアクチン細胞骨格の再編成が引き起こされる.これらの現象の解析にはアクチン細胞骨格関連因子の阻害剤が重宝されているが,その便利さの裏には落とし穴もある.本稿では,最近のフォルミン阻害剤についての知見を紹介し,阻害剤の使用とその解析について注意を喚起したい.
細胞のダイナミックな運動や形態形成時には,その内部でアクチン細胞骨格の再編成と収縮が起こり,細胞膜の裏打ち構造などにおいて機械的強度の変化が引き起こされる.この複雑なアクチン細胞骨格構造を作り上げるために,アクチン結合タンパク質がアクチン繊維の重合・脱重合,切断,束化などに働いている.さらに,モータータンパク質のミオシンがアクチン繊維上を滑り,物質の輸送やアクチン繊維同士を引き合うことによる収縮力を生み出している.
アクチン結合タンパク質のうち,重合促進因子として知られるフォルミンファミリータンパク質は,酵母からヒトまで高く保存されている.フォルミンは,Formin Homology domain1,2(FH1, FH2)という特徴的なドメイン(図1A)を協調させアクチン重合に働く.FH1ドメインはプロリンリッチなモチーフを持ち,プロフィリン-単量体アクチン複合体と結合する.隣接するFH2ドメインは,FH2ドメイン同士で結合することによりフォルミン分子の二量体形成を誘導する.二量体となったフォルミン分子は,アクチン二量体や三量体と結合することでアクチン重合の核形成を誘導する.二量体FH2ドメインは,アクチン繊維の重合端(B端)に結合し,伸長する繊維に沿ってプロセッシブに移動する.この移動はアクチン繊維のB端にキャッピングタンパク質が結合するのを防ぎ,またFH1ドメインがアクチン単量体を供与することによりアクチン重合が促進されると考えられている(図1B)1),2).
フォルミンの構造と機能.(A)マウスmDia1の構造.GBD,GTPase binding domain;DID,Diaphanous inhibitory domain;DD,dimerization domain;FH,formin homology;DAD,diaphanousautoregulatory domain.(B)フォルミンが誘導するアクチン重合.フォルミンは二量体を形成し,FH2ドメインを介してアクチン重合端(B端)に結合する.FH1ドメインはプロフィリン-アクチン複合体と結合し,アクチン繊維にアクチン単量体を供与する役割を持つと考えられている.
脊椎動物ではこれまでに15種類のフォルミンが確認されており,その機能は多岐にわたる.フォルミンは糸状仮足や葉状仮足におけるアクチン繊維重合促進,ストレスファイバーの形成,分裂時の収縮環の形成・維持,核内アクチンの形成などに関わることが示されてきた1),2).これらのアクチン細胞骨格内で,フォルミンは重複して働くため,その機能解析にはフォルミン特異的阻害剤の使用が有効であった.
Rizviらは,マウスのフォルミン(mDia1とmDia2)が誘導するアクチン重合を試験管内で阻害する小分子有機化合物のスクリーニングを行い,同定した化合物にSMIFH2(small molecule inhibitor of formin FH2 domain)と名付けた3).この分子は試験管内で,mDia1のFH2ドメインが誘導するアクチン重合活性を阻害したことから,FH2ドメインを直接ターゲットにしていると考えられた.さらにSMIFH2は,マウスだけでなく,線虫(CYK-1),出芽酵母(Bni1),分裂酵母(Cdc12)のフォルミンについても阻害効果を示した3).これらの結果から,SMIFH2はフォルミン依存的なアクチン重合活性を阻害できる“特異的”阻害剤として,細胞生物学の分野で広く用いられてきた.しかし近年,SMIFH2ががん抑制遺伝子p53の活性を抑制するという報告4)があり,この阻害剤の高濃度や長時間での使用にはオフターゲット効果を引き起こす可能性が示唆されていた.
筆者らのグループは,SMIFH2がミオシン依存的な収縮を直接阻害することを発見し,SMIFH2の使用とその結果に関する解釈に対して注意喚起を促した5).
筆者らは,細胞内収縮力におけるアクチン重合の役割を調べる目的でSMIFH2を細胞に添加したところ,張力が有意に減少することを見出した.張力減少の割合は2型ミオシン活性を阻害した時とほぼ同程度であったため,収縮力形成にフォルミン依存的なアクチン重合が関わっている可能性が考えられた.しかしそれと同時に,SMIFH2が2型ミオシン活性を直接阻害している可能性も考えられた.これらの可能性について検討するために,まずアクチン重合が起こらない条件下でSMIFH2が細胞内収縮を阻害するかをテストした.
細胞内収縮を定量化するため,ヒト線維芽細胞を丸型のマイクロパターンに撒き,細胞の形態を一定にした.丸型パターン上の細胞は,Transverse arcと呼ばれる同心円状の収縮構造を形成する6)(図2A).さらに,細胞の透過処理により単量体アクチンの除去を行った.Phalloidinによるアクチン繊維構造の安定化と同時に,界面活性剤処理で細胞膜に穴を開け,可溶性タンパク質や低分子を洗い流した.この細胞に外からATPを加えると,2型ミオシンが活性化するためTransverse arcは細胞中心部に向かった収縮運動を起こす6),7).細胞質内の単量体アクチンは洗い流されているため,このATP依存的な収縮運動は,アクチン重合非依存的であると考えられる.この構造内における2型ミオシンの,細胞中心部に向かった移動を収縮運動による移動と見做し,移動速度をPIV(Particle Image Velocimetry)により見積もり,定量化を行った.ATPと同時にSMIFH2を添加した細胞では,ATPのみ添加した細胞に比べて2型ミオシンの移動速度が遅くなっていた(図2B, C).この結果は,SMIFH2がアクチン重合阻害に拠らずにTransverse arcの収縮運動を阻害していることを示唆する.そこで筆者らは,次にSMIFH2が2型ミオシンの活性を直接阻害している可能性を検証した.
(A)丸型マイクロパターン上のヒト線維芽細胞におけるGFP-MLC(myosin light chain)の局在パターン.2型ミオシン(黒)は同心円状のTransverse arcを形成する.(B, C)ATP添加後のGFP-MLCの移動をPIVにより解析した.矢印はミオシンの移動方向,色は速度を示す(右側のカラーコードを参照).Bʹ,CʹはB,Cそれぞれの破線枠内の拡大図.ATPのみ(B, Bʹ)と比較し,一緒にSMIFH2を添加した細胞(C, Cʹ)では,ミオシンの移動速度が有意に減少した.文献5の図を改変し引用.
ミオシン活性を測定するために,筆者らは二つの方法を用いた.一つはミオシンATPase活性の測定,もう一つはアクチン繊維がミオシンモーター上を滑る速度を測定するin vitro motility assayである.ヒト由来の非筋細胞2型ミオシンATPase活性は,SMIFH2の存在下で薬剤濃度に比例して抑えられることが分かった(IC50 = ~50 μM)(図3A).また,ウサギ骨格筋由来の2型ミオシンに対するSMIFH2の阻害効果は,IC50 = ~40 μMであり,非筋2型ミオシンに対してよりも若干強いことが分かった(図3B).
ミオシンATPase活性におけるSMIFH2の効果.(A)ヒト非筋細胞2型ミオシン(B)ウサギ骨格筋由来2型ミオシン(C)ショウジョウバエミオシン7a(D)ウシミオシン10(E)ショウジョウバエミオシン5.各グラフのX軸はSMIFH2濃度,Y軸はMyosin ATPase activityを示す.Error barは3回以上の独立した実験からの標準偏差値を表す.*P < 0.05.グラフの紫のエリアは,これまでの文献で使用されているSMIFH2濃度の範囲を示す.Y軸上の赤い線は,紫のエリアの濃度でSMIFH2を使用した場合のATPase阻害効果.文献5の図を改変し引用.
次に,in vitro motility assayにより,ガラス面上に固定したミオシンモーター上を滑るアクチンフィラメントの速度を測定し,SMIFH2の効果を検証した.骨格筋由来と,非筋細胞由来2型ミオシンのHMM(heavy meromyosin)について検証したところ,薬剤濃度依存的にアクチン繊維の滑り速度減少が観察された.興味深いことに,SMIFH2添加後,薬剤をよく洗い流すと多くのアクチン繊維はミオシンから離れてしまい,残ったわずかなアクチン繊維に対しても滑り運動は観察されなかった.これらの測定結果は,2型ミオシンATPase阻害剤であるBlebbistatinの効果とよく似ており8),9),SMIFH2もBlebbistatinと同様に,ミオシンに直接不可逆的に結合し,ミオシンとアクチン繊維の弱い結合に対して阻害効果を示すのではないかと考えている.
さらに筆者らは,2型以外のミオシンスーパーファミリーに対するSMIFH2の活性阻害効果を検討した.SMIFH2は様々な濃度でミオシンスーパーファミリーのATPase活性を阻害することが分かった(ショウジョウバエミオシン5;IC50 = ~2 μM,7a;IC50 = ~30 μM,ウシミオシン10;IC50 = ~15 μM(図3C-E)).興味深いことに,ショウジョウバエミオシン5に対するSMIFH2の効果は強く,フォルミンに対するSMIFH2(mDia1, mDia2; IC50 = ~15 μM)よりも高い阻害効果を示していた(図3E).
フォルミンは,細胞内での様々なアクチン重合に関与する.多岐にわたったフォルミンの機能を調べるために,これまでに様々な研究がSMIFH2を用いて行われてきた.その多くの場合,使用濃度は5-100 μM程度(細胞実験での使用濃度は約20-40 μM;図3,紫のエリア参照),添加時間は1時間以内から長いもので24時間以上の場合もあった.今回の筆者らの実験では,これらの濃度における試験管内での2型ミオシンへの阻害効果は約30-50%(非筋),30-60%(骨格筋)であった.また2型以外のミオシンに対する阻害効果も懸念される.SMIFH2はミオシン5,7a,10に対して,フォルミンと同程度か,より高い阻害効果を示していた.これらのミオシンスーパーファミリーとフォルミンが協調して働く場は多く,ストレスファイバーや収縮環(2型ミオシン),糸状仮足(ミオシン10)の維持・形成,内耳における微絨毛形成(ミオシン1C,3a,3b,6,7a,15),細胞接着の形成(2型ミオシン,ミオシン7)などが挙げられる.SMIFH2を用いた場合,ミオシンの機能阻害も同時に起こっていることを念頭におき表現型の解析にあたる必要がある.
何故フォルミン特異的な阻害剤であるSMIFH2がミオシンスーパーファミリーも阻害するのか,その作用機序については推測の域を出ないが,ミオシンとフォルミンに何らかの構造的な相関性があるのかもしれない.フォルミンの特異的阻害剤は様々な研究で有用であるため,今後,別のタイプのフォルミン特異的阻害剤の同定が期待される.