生物物理
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大腸菌L-formの増殖における外膜の重要性
塩見 大輔大島 拓
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2023 年 63 巻 1 号 p. 27-29

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Abstract

バクテリアは細胞壁合成が阻害されると溶菌するが,高浸透圧条件下では一部の細胞が細胞壁が無くても生存可能なL-formと呼ばれる状態に変換し,増殖できる.本稿では,その変換機構を明らかにすべく,我々の研究チームが行ったL-formのリアルタイム可視化による成果を中心に紹介する.

1.  はじめに

枯草菌に代表されるグラム陽性菌は細胞膜の外側を細胞壁に覆われている.一方,大腸菌に代表されるグラム陰性菌は細胞膜(内膜)の外側に細胞壁があり,さらにその外側も膜(外膜)で覆われている.このように多くのバクテリアの表層は二層または三層構造になっている.細胞壁は(1)細胞形態を決定するだけでなく,(2)膨圧のために細胞が破裂することを防ぐための物理的な障壁として機能する.したがって,細胞壁こそがバクテリアが生存するために最も重要な構造物であると考えられてきた.そのため,ペニシリンやバンコマイシンなど多くの抗菌薬が細胞壁合成経路を標的としており,これらの抗菌薬によってバクテリアは溶菌する.ところが,抗菌薬を添加しても,集団中の一部の細胞は細胞壁を失っても増殖を続けられる状態(L-formと呼ばれる)となる.L-formへの変換はグラム陽性菌でもグラム陰性菌でも起こる.L-formはバクテリアが様々な環境に適応する生存戦略の一つである.さらに,L-formとして増殖しているバクテリアは,抗菌薬の除去などにより再び細胞壁を合成し,元の細胞壁に覆われた状態に戻ることができる.L-formは再発性細菌感染症との関連も示唆されていることから1),通常の細胞壁に覆われている状態とL-form間の変換過程を理解することは,それ自体が非常に興味深いものであることに加えて,細菌感染症の抑制にも繋がる.

L-formは,1935年英国Lister研究所のKlienebergerによって細菌感染したラットの血清中から発見された2).この後,様々なバクテリアのL-formが単離されたという報告がなされているが,通常の状態とL-form間の変換にかかわる因子や分子機構の研究とその大きな進展は英国Errington研による枯草菌をモデルとした研究まで待つことになる.

2.  グラム陽性菌のL-formへの変換機構と増殖

L-formへの変換機構を明らかにするためには,その変換過程を操作することで,その糸口を見いだすことができる.Erringtonらは,枯草菌(グラム陽性菌)をペニシリンG(PenG)を含む高浸透圧培地で培養する,もしくは細胞壁合成に必須の因子murEの欠失株を高浸透圧培地で培養することで細胞壁合成を阻害しL-form化することを見いだした3).より高効率でL-form化する枯草菌を単離しゲノム解析を行ったところ,ispA遺伝子に変異があった.L-form化は嫌気条件下で促進されるが,このispA変異により活性酸素の発生が抑制され,そのためにL-form化が促進されることが示唆されている3),4).活性酸素が細胞膜など細胞表層に大きなダメージを与えるのかもしれない.

では,細胞壁に覆われた枯草菌からL-formへ,どのように変換するのだろうか?Erringtonらは,細胞壁合成阻害により,細胞が大きく膨れ,細胞壁の“殻”から細胞膜で覆われた細胞が抜け出す様子を位相差顕微鏡により観察した.彼らはこれを“escape”と呼んでいる5)

また,通常,細胞分裂時には,細胞壁の有無にかかわらず,ほとんど全てのバクテリアではFtsZタンパク質(バクテリアのチューブリン)を含む分裂環(Zリング)が分裂面に局在し,細胞を括ることで分裂する6).ところが,L-formの増殖と分裂は,細胞骨格やZリングによる制御を受けない3).L-formは膜合成の亢進による細胞の巨大化,変形と切断によって増殖していくのである7)

3.  L-formへの変換と増殖過程の可視化

これまで,細胞壁に覆われた細胞からL-formヘの変換,またはL-formから元の細胞壁に覆われた状態への復帰過程を観察するためにはプレート上に形成されたL-formのコロニーを観察することが多かった.しかし,プレート上のコロニーを観察する実験系では,細胞に抗菌薬を添加・除去するという一連の実験を行うことはできず,リアルタイムに変換過程を観察できない.そこで,我々は,微小流体装置(CellASIC® ONIX2, Merck)を使い,L-formへの変換とL-formからの復帰という一連の過程をリアルタイムで観察する実験系を構築した8).このシステムでは,細胞を固定するプレートの天井部分の高さが段階的に異なるように作製されており異なる高さで細菌を固定することができる.さらに,プレート内を窒素に置換することにより,好気条件では増殖しないL-formを嫌気条件で観察できる.

通常,プレート上で形成されるL-formのコロニーを掻き取って細胞を観察すると球菌がほとんどである.しかし,この装置を用いて大腸菌を細胞壁合成阻害剤(抗菌薬)ペニシリン,セフスロジン,ホスホマイシンなどの存在下でL-formに変換すると,驚いたことに,細胞形態が桿菌でも球菌でもないアメーバ状の不定形に変形した8)図1左・中央).枯草菌で見られたような細胞壁の殻からescapeするというよりは,細胞全体が膨張し,そのままアメーバ状に形態変化することが観察された.グラム陽性菌とグラム陰性菌では表層構造に違いがあるために,L-formへの変換方法にも違いがあるのだろう.また,天井の高さが1.1 μmの所で固定された細胞のL-formは丸かったが,0.7 μmの所で固定されたL-formはアメーバ状であった.天井の高さによるL-formの形状の違い(球状かアメーバ状か)は何によって生み出されているのだろうか.細胞と天井の接触による機械的な刺激(圧力)が重要なのかもしれないが,現時点では不明である.

図1

L-formへの変換とL-formからの復帰.野生型大腸菌をプレート内に固定し,最初の12時間はペニシリン(PenG)を含む培地を流し,12時間後にPenGを含まない培地に交換した.矢印は外膜を示す.アスタリスクはプレートの支柱である.

さて,この奇妙な形状をしたアメーバ状のL-formは本当に生きているのだろうか?細胞が「生きている」とは,分裂し,増殖することが必須である.我々の観察では,アメーバ状のL-formが分裂を繰り返すことが確認された.しかし,この分裂は,死んだ不定形の細胞がただ千切れているだけかもしれない.L-formの特徴の一つは細胞壁合成を再開して元の状態に戻ることができる点である.そこで,我々は抗菌薬を除去することにより,元に戻るかを観察したところ,予想通り,元の桿菌へと復帰した(図1中央・右).さらに,ホスホマイシン添加→ホスホマイシン除去→ペニシリン添加→ペニシリン除去と培地中の抗菌薬の有無と種類を変更しても,大腸菌が通常の状態とL-formの状態の変換を可逆的に何度も行うことが確認された.これにより,我々が普段なじみ深い大腸菌とは似ても似つかないアメーバ状になったL-formの大腸菌は生きていることが示された.

大腸菌も枯草菌もプレート上でL-formのコロニーを形成できる.しかし,コロニーを形成しない場合,「L-formに変換できなかった」のか,「L-formには変換できるがその後増殖できなかった」のかを区別できない.顕微鏡でリアルタイムにL-formへの変換と変換後の増殖を観察することで,初めて,L-formへの変換にどのような段階が存在し,どの段階でL-formの増殖が阻害されたか,を理解できるようになる.例えば,プレート上のL-formコロニー形成能は,嫌気条件下で促進され,好気条件下では著しく低下する.これを顕微鏡でリアルタイムに観察すると,好気条件下では,細胞はアメーバ状のL-formに変形せず,膨張した後溶菌する.つまり,好気条件では,L-formに変換できない.これがプレート上では,「好気条件下ではL-formコロニー形成能が著しく低下する」となるのである.

4.  大腸菌L-formの増殖における外膜の重要性

枯草菌などのグラム陽性菌は外膜を持たないので,そのL-formは細胞膜のみに覆われた細胞である9).一方,外膜に覆われたグラム陰性菌のL-formの表層構造はどのようになっているのだろうか.グラム陰性菌のL-formに外膜は存在するのだろうか?外膜が存在するなら,それはL-formの生存に必須だろうか?グラム陰性菌における外膜の機能は,一般的には物質の選択的バリアと考えられる.例えば,抗菌薬バンコマイシンがグラム陽性菌に効果が高く,グラム陰性菌に効果が低いのは,外膜によって抗菌薬が細胞内に侵入できないためと考えられる.しかし,最近では外膜が単にバリアとして機能するだけでなく,細胞自身の強さや堅さを決めるとする報告10)もあり,外膜の機能が見直されている.アメーバ状のL-formを位相差顕微鏡で観察すると黒い影の部分(細胞質と内膜)とそれを包む膜(外膜)が分かる(図1中央).位相差顕微鏡では外膜が細胞全体を覆っているかは観察できないが,外膜タンパク質に蛍光タンパク質を融合して観察したところ,細胞全体を取り囲むように蛍光が観察されたことから,外膜がL-form細胞全体を覆っていることが示唆された.では,この外膜はL-formの増殖に重要なのだろうか.

L-formを培養する培地(NB/MSM培地:nutrient broth,20 mM MgCl2,0.5 M sucrose,20 mM maleic acid,pH 7.0)に含まれるnutrient broth にはおよそ70 μM Mg2+が含まれているが,さらにMgCl2を加えなければならない.もしMgCl2を加えなければL-formコロニーは形成されない8).大腸菌の外膜にはリポ多糖(LPS)があり,そのリン酸基により負に帯電する.このリン酸基に2価の陽イオンが結合し,外膜を安定化する.また,EDTAの添加によりL-form形成能が低下する10).これらのことから,Mg2+の添加によりL-formの外膜が安定化するのではないかと予想される.実際に我々のシステムでMg2+を余分に添加しない培地(NB/MS)を用いると,抗菌薬の添加によりL-formへの変形を開始し,アメーバ状の細胞には変形できるが,その後に溶菌する(図2).一方で,NB/MS培地から途中でMg2+ を含むNB/MSM培地に変更すると,アメーバ状の細胞は溶菌せずにそのまま増殖を続けた.ゆえに,Mg2+ はアメーバ状の細胞の外膜を安定に維持するために重要であると考えられる.外膜を破壊する抗菌薬ポリミキシンBの添加も,Mg2+除去と同じように細胞の溶菌を引き起こした.これらの結果は,外膜の安定化がL-formの変換段階ではなく,増殖段階で重要であることを示唆している.増殖段階に外膜が必須であるという点においても,グラム陽性菌とグラム陰性菌のL-formは異なると言える.

図2

L-formの溶菌の様子.野生型大腸菌をプレート内に固定し,ペニシリン(PenG)を含みMg2+を加えていない培地を流した.写真の上の数字は培地を流し始めた時間を示す.160分で黒い影状に見える細胞質と内膜から,透明な外膜が外れ,180分で細胞が溶菌した.

5.  まとめ

バクテリアは,抗菌薬存在下で遺伝的変異を獲得した結果,耐性菌として生存できる.一方,ここで紹介したL-formは遺伝的変異を伴わず,細胞自身の構造を変化させ増殖し,抗菌薬が無くなれば元の状態に復帰できるというバクテリアの生存戦略である.グラム陽性菌,グラム陰性菌のいずれもL-formに変換できるが,その表層構造は大きく異なる.グラム陽性菌のL-formは内膜のみに覆われているが,グラム陰性菌のL-formは内膜と外膜に覆われている.そして,外膜はL-formの増殖に必須であり,内膜のみでは増殖できない.これは,外膜が物質透過のバリア以外の機能を持つことを示唆している.バクテリアは二重膜細胞から一重膜細胞へと進化したと考えられている.その際,二重膜細胞が持っていた外膜の機能を一重膜細胞の細胞膜と細胞壁が獲得したのだろう.もし,実験室環境下で二重膜細胞から一重膜細胞への進化を再現できれば,外膜の機能の詳細も明らかになるだろう.

謝辞

ここで紹介した我々の研究の多くは立教大学塩見研究室の近田大基さん,金井友美さん,林匡史博士,笠井大司博士によって行われました.この場をお借りして感謝申し上げます.

文献
Biographies

塩見大輔(しおみ だいすけ)

立教大学理学部生命理学科教授

大島 拓(おおしま たく)

富山県立大学工学部生物工学科准教授

 
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