Seibutsu Butsuri
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Topics (Young Scientist Series)
Structural Basis of Polyamine Transport by ATP13A2
Atsuhiro TOMITA
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2023 Volume 63 Issue 1 Pages 30-32

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Abstract

ポリアミンは多くの生命現象に関与しており,中でもスペルミン(SPM)は転写活性の調節や有害物質からの細胞の保護など重要な役割を担っているため生物に必須な分子である.本稿では細胞内へのSPMの取り込みの役割を担う輸送体ATP13A2について,クライオ電子顕微鏡法・分子動力学シミュレーションから得られた構造基盤を紹介する.

1.  はじめに

P型ATPaseは原核生物から真核生物まで広く保存された膜輸送タンパク質である.P型ATPaseはATPの加水分解と共役して特定の基質の輸送を行い,主に生体内の恒常性の維持に寄与する.代表例として,筋小胞体Ca2+ポンプ(SERCA)やNa+/K+-ATPaseが知られている.P型ATPaseは輸送基質の異なるP1-P5の5つのファミリーに大別でき,これまでに金属イオンやプロトンを基質として輸送するP1-P3-ATPaseや,脂質フリッパーゼであるP4-ATPaseの基質輸送メカニズムに関して機能・構造が詳細に研究されてきた1),2).一方で,P5-ATPaseは最後に残された最も研究が進んでいないファミリーであり,2020年にP5-ATPaseに所属するATP13A2がポリアミンの一種であるスペルミン(SPM)をリソソーム内腔から細胞質へ輸送することが報告されるまでその輸送基質・機能は未知であった3).ATP13A2の基質であるSPMは金属イオンや脂質とは化学的な性質が大きく異なるため,筆者はATP13A2が従来のP型ATPaseとは異なる基質認識機構・輸送機構を有すると考え,ATP13A2の機能・構造解析に着手した.本稿では,クライオ電子顕微鏡による単粒子解析と分子動力学シミュレーションを組み合わせて明らかになったATP13A2によるSPM認識機構・輸送機構について紹介する.

2.  ATP13A2によるSPM認識機構

ATP13A2によるSPM認識機構を明らかにするために,SPM結合状態(後述のE2P(SPM)状態)でATP13A2の構造解析を行った4).クライオ電子顕微鏡データを解析して3.9 Å分解能の密度マップを得て立体構造の決定に成功した(図1).ATP13A2は,P型ATPaseに共通したN,P,AドメインからなるATPaseドメインと膜貫通ドメイン(M1-M10の10本のヘリックス)に加えて,特徴的なN末端ドメイン(NTD)とC末端ドメイン(CTD)を持っていた.SPMはその直鎖構造に合わせてM1-M6ヘリックスで形成された広く細長いトンネル状のポケットにはまり込んでおり,アミン部位が酸性アミノ酸と芳香族アミノ酸で認識されていた.他のP型ATPaseと比較すると,ATP13A2で見られた基質結合ポケットはより大きく,SPMはポケットを形成する多くのアミノ酸で広く認識されていることが明らかになった(図1).

図1

ATP13A2の立体構造及びSPM認識機構.(A)ATP13A2のトポロジー図.(B)SPM結合状態のATP13A2の立体構造とSPMの構造式.SPM結合部位と拡大図を四角で示す.(C)ATP13A2の基質結合部位と代表的なP型ATPaseであるCa2+ポンプSERCA5)と脂質フリッパーゼATP8A12)の基質結合部位との比較.図中カッコ内にサブファミリーを示す.基質を黄色で,基質結合ポケットの表面を水色で示す.文献4より一部改変.

3.  ATPの加水分解と共役したポリアミン輸送機構

P型ATPaseは共通した輸送サイクルを持ち,ATPaseドメインがATPの加水分解に共役した自己リン酸化と脱リン酸化を受けて,基質選択性の異なるE1状態とE2状態を遷移することで基質の輸送を行う6),7).ATP13A2も同様の輸送サイクルに従い,SPM低親和性のE1状態とSPM高親和性のE2状態を遷移することでSPM輸送を行うと考えられた.そこで他のP型ATPaseの輸送中間体の構造解析を参考にして,ATP結合状態を模倣するAMPPCP,リン酸化状態を模倣するAlF4やBeF3などの阻害剤を用いて,SPM輸送サイクルにおける中間体の構造解析を行った4).その結果,ATP結合E1状態(E1-ATP),ADP-Pi結合E1状態(E1P-ADP),SPM結合リン酸化E2状態(E2P(SPM)),SPM結合脱リン酸中間体E2状態(E2Pi(SPM))の4状態の構造決定に成功した.さらに,ATP13A2の高い柔軟性のために構造決定が困難であったE1状態(E1(apo)),リン酸化E2状態(E2P)について,分子動力学(MD)シミュレーションを用いて補完することによって輸送サイクルの全体像を得ることに成功した(図2).

図2

ATP13A2によるSPM輸送サイクル.各ドメインの動きを矢印で,ゆらぎをぼかし絵で示す.文献4より一部改変.

輸送サイクル全体において,基質認識に関わっていたM1-2ヘリックス(図中で紫色で表示)が重要な役割を果たしていた.E1状態とE2状態の構造を比較すると,E2状態ではリン酸化に伴う構造変化でM1-2ヘリックスが上側へ移動していた.この移動がリソソーム内腔側に基質結合ポケットを形成して,SPM高親和性のE2状態が形成されることが明らかになった.さらに,MDシミュレーションで得られたE2P状態の構造ではM1-2ヘリックスとAドメインがフレキシブルな構造を示していた.E2P(SPM)状態で同様のシミュレーションを行うとM1-2ヘリックスとAドメインが安定な構造を示すことから,SPMが基質結合ポケットに結合するとM1-2ヘリックス及びAドメインを固定すると考察した.固定されたAドメインには脱リン酸化モチーフが含まれているため,筆者はSPMが結合することでAドメインを固定して,脱リン酸化反応を促進することで輸送サイクルが進むことを今回提唱した.

4.  おわりに

本研究ではクライオ電子顕微鏡単粒子解析を利用してATP13A2の立体構造を複数状態で決定した.得られた立体構造から,ATP13A2はM1-2ヘリックスの上側への移動に伴って形成されるトンネル状の大きなポケットでSPMを認識していることが解明された.さらにMDシミュレーションを組み合わせることで,SPMの結合がM1-2ヘリックス及びAドメインを固定して,脱リン酸化反応を促進することでATP13A2のSPM輸送サイクルを進めることを提唱した.

一方で,SPM結合状態の構造はリソソーム内腔側に開いた構造のみにとどまり,SPM輸送に伴って(i)他のP型ATPase同様に閉状態を形成するのか,(ii)チャネル様に貫通した構造を示して連続して複数のSPMを運ぶのかは不明である.この問題を解決するために,一分子測定などを利用してATPの加水分解と輸送されるSPMの関係を解明することが必要である.さらなるMDシミュレーションを行いSPM輸送の全過程をとらえることも魅力的である.また,輸送サイクルの議論にMDシミュレーションや過去のP型ATPaseの高分解能結晶構造・生化学解析からの類推を活用している点も重要である.本研究では最新のクライオ電子顕微鏡技術のおかげで,わずか1年で複数の構造を決定するに至った.しかし,本研究を含む多くのケースで化学反応などを詳細に議論するのに十分な質の密度マップを不足なく得ることは困難である.現状では他の手法を組み合わせて総合的アプローチをとることが重要であり,今後より強力な構造決定手法の登場に期待したい.

文献
Biographies

富田篤弘(とみた あつひろ)

株式会社Preferred Networksリサーチャー

 
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