生物物理
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
支部だより
支部だより
~九州支部より~
寺沢 宏明
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 63 巻 1 号 p. 45-46

詳細

九州大学理学府物理学専攻,前多研究室の紹介

初めに,九州大学理学府物理学専攻について紹介いたします.当専攻には多くの方がイメージするであろう,素粒子・原子核・宇宙物理などのいわゆる物質と宇宙を結ぶ粒子系物理学に加えて,磁性・超伝導・スピントロニクス・ソフトマター・生物物理など,物質から生命にまでまたがる「物理学の横糸」を探求する物性物理学が配置されています.過去には統計物理学で顕著な業績を上げられた森肇先生,川崎恭治先生がおられた歴史があり,分野を牽引するリーダーが多数輩出されたという伝統があります.現在の特徴として,私の研究室を含めてソフトマター・アクティブマター・生物物理の研究室が4つ構えられており,理論系と実験系が一堂に会する一大拠点となっています.そのため大学院から当専攻に進学を希望する学生も多数です.

私の研究室では,生命現象のように平衡から離れた系における物理学の研究を行っています.学部授業で習う力学では力と変位は線形関係で結ばれており,熱力学や統計力学も熱平衡系を扱います.これらは体系化された学問であり,調和する自然の摂理を方程式で表し,系の詳細によらない法則を与えてくれます.しかし,身の回りで起こる物理現象や私たち生命に関わる現象はすべからく線形・平衡の範囲からはずれており,慣れ親しんだ物理的体系では理解が困難であることもしばしばです.熱平衡から離れた「非平衡系」では,秩序だったパターンや振動ダイナミクスが現れるという特徴があり,完成された体系を超えて,新しい物理学をつくることが求められています.近年,非平衡系にみられる秩序が細胞の中で発見されるという報告が相次いでおり,「物質と生命の共通原理を非平衡物理学で探る」機運が世界的に高まっています.

研究テーマとしては,細胞やモータータンパク質などアクティブマターの物理学,細胞機能を人工細胞で研究する合成生物学,生命現象に留まらずソフトマターや懐かしいおもちゃの力学まで,学生各々の興味に従って好きなことを研究するという方針を取っています.ここでは多岐に渡る研究の中から,人工細胞を用いた細胞内対称性の研究を紹介いたします.

細胞のダイナミクスの重要な概念として「対称性」があります.細胞の内部構造の配置,細胞運動や細胞分裂,さらには分化する細胞の運命をも決定することが知られています.しかし,細胞内での構造配置の対称性(配置対称性)は謎のまま残されていました.

この問題を解決する鍵は,細胞がもつ対称性の制御の本質を失わず,細胞内環境の複雑性を軽減した人工細胞モデルを確立することです.私たちは,アクチン細胞骨格とミオシン分子モーターのタンパク質複合体を,細胞サイズの液滴に封入した人工細胞をつくりました.すると,人工細胞の端から中央へ収縮しながら伝搬するアクトミオシン波が回転対称な中心点を定め,人工細胞内に形成されたアクトミオシン・ブリッジが,端に引き寄せる力を出して対称性を破ることを発見しました.突如として対称性が破れる「パーコレーション転移」と呼ばれる相転移現象となっており,配置対称性を決める新たなメカニズムといえます.生命現象の物理学には多くの鉱脈が残されています.私たちは生命とは何か?を物理で解き明かす挑戦者を求めています.関心のある方は,お気軽にご連絡ください.

研究室のメンバーと研究室の風景,その他活動の様子.

前多裕介(九州大学理学研究院物理学部門)

沖縄科学技術大学院大学,生体分子電子顕微鏡解析ユニットの紹介

学会員の皆様の中には2006年に沖縄で開催された日本生物物理学会に参加された方も多いと思います.当時,ポスター会場の一角に設けられた沖縄科学技術大学院大学(当時は沖縄科学技術研究基盤整備機構)を紹介する展示ブースにいったいどのくらいの人が訪れたことでしょう.それから数年後,恩納村の美しい海を見下ろす谷茶地区の緑豊かな広大な敷地に完成した真新しいキャンパスに赴任した日のことを私は今でもよく覚えています.

2010年,第一研究棟とセンター棟のみで供用開始されたメインキャンパスは,その後の大学院設置の認可を経て開学した沖縄科学技術大学院大学のコア施設として引き継がれ,現在は第五研究棟の供用開始を待つまでに拡張してきました.開学10周年を迎えた現在,研究ユニット数は100に届く勢いで増加しており,生物物理学関連では,クライオ電子顕微鏡,光学顕微鏡,X線結晶構造解析,核磁気共鳴法などの構造生物学的手法を用いる研究ユニットが多数存在しています.他にも様々な科学分野から多彩な研究者が集まっており,中でも,2022年度のノーベル生理学・医学賞を受賞したSvante Pääbo教授が所属していることで世間からの高い注目を集めています(詳しくは大学のHPをご覧になっていただきたい).

研究紹介

松波が現在所属する生体分子クライオ電子顕微鏡解析ユニットについて紹介したい(研究室ではなくユニットと呼ぶ).オーストリア出身のMatthias Wolf 教授のもと様々な国出身のメンバーで構成されている我々のユニットでは,本学に設置されたThermofisher 社製のクライオ電子顕微鏡(Titan Krios, Talos Arctica)と環境制御型透過電子顕微鏡(ETEM)および日本電子社製原子分解能分析電子顕微鏡(JEM-ARM200F)などで撮影した生体試料の画像解析を行っています.近年は国内外の研究機関と共同研究する機会もますます増え,ユニット全体で協力して進めるプロジェクトと個々のメンバーがそれぞれ主体となるプロジェクトが同時に進行する中で互いに不足しているところを補完しながら研究を進めています.ユニットに配属前の博士課程の学生は数ヶ月間ラボローテーションとして研究室で過ごし,電子顕微鏡の取り扱いや画像解析などを学びます.これまでに我々のユニットからは,細菌べん毛やピリなどの超分子複合体やウイルスに関連した構造解析例を多く報告しており,ユニットの同窓生は国内外のアカデミアや企業で活躍しています.

次の10年に向けて,沖縄科学技術大学院大学が世界の架け橋として人材交流と科学技術の発展の礎となり,琉球王国時代の文化や風習が現代に引き継がれているここ沖縄で培われたユニークな研究成果を世界に向けて発信し続けて行くことを期待しています.東シナ海に沈む美しい夕日を望むキャンパスにぜひお越しいただきたい.

Wolf教授(右端)とユニットメンバーとの集合写真(著者は中央).

松波秀行(沖縄科学技術大学院大学生体分子電子顕微鏡解析ユニット)

研究用MRI共有プラットフォームの紹介

2021年より,全国に点在する研究用MRI設備を高度なデジタル化により集約し,様々な分野の研究者がアクセス可能なプラットフォームを形成することを主旨として,「研究用MRI共有プラットフォーム」がスタートしました.九州・沖縄地区では,熊本大学および沖縄科学技術院大学が本事業に参画しています.熊本大学では,7テスラ小動物用MRI装置を利用した,実験小動物の脳機能イメージングが実施可能です.詳しくは,HP(https://mripf.jp/index.html)をご覧ください.

もし,MRIを利用した共同研究に興味があれば,寺沢(terasawa@structbiol.com)までご一報ください.

 
© 2023 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top