生物物理
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談話室
キャリアデザイン談話室(16) キャリアパスの中程から
宗 正智
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2023 年 63 巻 2 号 p. 120-121

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1.  はじめに

私のこれまでの略歴を簡単に紹介すると,2014年に大阪大学蛋白質研究所の後藤祐児教授のもとで博士を取得し,そのまま後藤研でポスドク,助教として数年働いた.その後,2021年にイギリス・リーズ大学アストベリーセンターでポスドクをして,2023年から奈良県立医科大学で特任助教をしている.学部生あるいは大学院生として研究を始めてから十数年になるが,他の同世代の研究者と比べて,異動も少なく,特異な経歴もない.キャリアデザイン談話室でこれまで執筆されてきた先生方と比べると,まだまだキャリアの途中で語れるほどの物はなく,顕著な功績を挙げているわけでもない.正直なぜ私がキャリアデザインの執筆を頼まれたのかわからないし,キャリアを考える上で何か一生懸命に考えたこともないため,執筆を断ろうかとも考えた.しかし,特別なキャリアもメッセージもないが,凡人の記録があってもよいかと思い,自分がこれまでに取ってきた進路を紹介したいと思う.

2.  研究のはじめ~後藤研での13年間~

私が,生命科学に興味を持ったのは,中高生のころであるが,当時は,ヒトゲノムの解析がおこなわれ,中高生などの一般の方にも遺伝子やDNAといったワードが浸透してきた頃であった.化学が好きであったが,分子により生命現象の多くが決定づけられるということに非常に興味を持ち,生命科学を学びたいと思い始めた.大学入学前の進路を決める段階で大学見学をしたが,遺伝子解析の次のステップとして,蛋白質のきれいな構造に興味がそそられた.そして,たまたま訪れた大阪大学蛋白質研究所で八木宏昌博士(当時は助手)に声をかけていただき,後藤研を紹介していただき,蛋白質のフォールディングや物性研究に出会った.八木さんの所属であった阿久津秀雄研究室は残り数年で定年退職で研究室を閉じることが決まっていた.運命とも呼べる出会いであったが,これが私がアミロイド研究を始めるきっかけとなった.

大学4年生で研究室配属になり,後藤研でアミロイド研究を始めた.β2-ミクログロブリン(β2m)という蛋白質がつくるアミロイド線維の構造や形成機構に関する研究が最初のテーマであった.電子スピン共鳴や固体NMRによる構造解析を始めた.β2mのアミロイド線維研究に関して,後藤研は世界をリードする立場ではあったが,イギリス・リーズ大学にSheena Radford教授という強力なライバルがいた.電子スピン共鳴や固体NMRによるアミロイド線維構造解析は彼女のグループが先に論文を発表した.構造解析では敗れたものの,アミロイド線維形成機構の研究を続け,博士号を取得した.

キャリアを考える上で最初の重要な時期として大学院の修了時が挙げられると思うが,私の場合は運よく学術振興会の特別研究員に採用されていたのと,研究室の助教の枠が空くことがわかっていた.研究室を出て他のことにチャレンジすることも考えられたが,もう少し後藤先生の下で経験を積むことにした.かくして後藤研の助教になったわけだが,その期間に,蛋白質研究所とリーズ大学アストベリーセンターとの間で2国間交流事業が進んでいた.当時,蛋白質研究所所長は中村春木教授でアストベリーセンター所長はSheena Radford教授であった.その一環で中村先生からリーズ大学に行ってみないかというお話をいただき,数週間Radford研に滞在する機会があった.言ってみれば,ライバル研究室への殴り込みあるいはスパイ活動であるが,この経験が後の留学のきっかけとなった.短い滞在であり研究の進展はなかったが,研究スタイルの違いや研究所の雰囲気には大いに感銘を受けた.

3.  後藤研からの脱出とこれからのキャリア

蛋白質研究所には後藤先生の定年退職まで在籍していたが(実際はコロナ禍のため渡英できず,もう1年近くいた),運よく財団の補助を受けることとなり,リーズ大学Radford研へ2年間ポスドクとして留学ができた.留学する年齢としては決して若くなかったため,留学先の決定や生活など苦労もあったが,シニアポスドクであるが故,短期間の滞在でも充実した研究生活が送れたと思う.また,2年間というのは非常に短い期間ではあるが,後藤研で慣れ親しんだβ2mの研究をRadford研でも続けることができたため,研究は比較的スムーズに進んだ.また,Radford研は30人程の大きな研究室で,多くの仲間に助けてもらって充実した研究生活が送れた.コロナ禍で渡英したため,始めは多くの人とのコミュニケーションをとるのが難しかったが,幸いヨーロッパのコロナ制限は比較的早く解除されたため,大学内の研究者や大学に訪れた研究者との交流も数多くできたし,対面での学会も楽しめた.仕事をすべて全うしてこられたらよかったのだが,少し宿題を残してしまっているのが非常に心残りだ.

アカデミアでいる以上,多くの場合は任期あるいはキャリアアップのために異動先を探す必要がある.独立するまでは研究内容は異動先の研究内容に強く依存すると思うが,これまでやってきた内容に近い分野で研究を続けるのか,大きくテーマを変えて新たなことにチャレンジするのか,それぞれ一長一短あると思う.私はこれまで十数年にわたりアミロイド線維研究を物理学的な手法を用いて,しかも同じ蛋白質を使い続けてきた.この機に,新たな分野にチャレンジしたいと思いつつも,β2mをはじめアミロイド線維研究もまだ続けたいテーマがある.そのような中,蛋白研時代にセミナーを開催した時に知り合った森英一朗先生の研究室で募集があった.この研究室のメインテーマは液-液相分離で,膜のないオルガネラとも呼ばれ,遺伝子発現や蛋白質凝集など非常に広範囲にわたる様々な生命現象の各所で見られる現象であり,現在最も注目を浴びている研究対象の一つである.これまで自身がやってきた蛋白質凝集の知識や手法を活かして取り組める新たな分野であるため,応募した.運よく採用していただけることになり,さらに,これまでやってきたアミロイド線維の研究も続けていく許可もいただいた.今後は,研究の継続と新たな分野の開拓の両方をしていくつもりである.

4.  これまでのキャリアパスを振り返って

ここまで私のこれまでのキャリアパスを紹介してきたが,読んでいただいてわかるように,自分のキャリアについてよく考えて戦略的にキャリアを築き上げてきたとは到底言えない.また,苦しい状況に耐えて素晴らしい結果を収めたという状況でもない.キャリア転換点の各所で偶然出会った方や状況に運よく助けてもらってきて,現在に至っている.ここまで運よくうまく立ち振る舞ってきたけど,これからはわからない.これからもきっとうまくいくよと言われれば淡い期待も抱いてしまうが,これまでの誰かに助けられてきた若手時代から自分の力で切り開いていかなければならないシニア世代になっているのかもしれない.いずれにしても,まだまだキャリアの中ほどで,これからどのようになっていくのかは他の若手研究者同様,不透明また不安である.10年後20年後に皆さんの目に留まる研究者になっているのか,はたまたこの業界から姿を消しているのかはわからないが,この記事が何かの参考に,あるいは反面教師として役に立てばと思う.

これまでを振り返る中で,自分がやってきてよかったことを挙げるとすれば,いろいろな学会やイベントに参加することで,多くの方々に出会えたことが自分の進路を大きく変えた.それぞれのイベントには非常に積極的に参加したものもあれば,かなり消極的な参加の仕方のものもあり,各イベントで特別な出会いがあったこともあるし,そうでないこともあったが,総じていえばよかったと言える.積極的に動けばチャンスが得られるとは限らないところが難しいが,出ていかなければチャンスに出会えない.生物物理学会の年会をもう何年もサボっていて説得力はないが,多くの人との出会いを大切にすることは多くのチャンスに出会えるきっかけになると思う.この記事が発表される頃には,コロナ禍の制限はなくなり以前のように活発な交流活動がおこなわれている世の中に戻っていることを願っている.また,たくさんの活発な交流の機会を私に与えてくれた後藤祐児先生をはじめ,多くの方々に感謝申し上げます.

Biographies

宗 正智(そう まさとも)

奈良県立医科大学特任助教

 
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