生物物理
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紡錘体のかたちづくり
島本 勇太前多 裕介斎藤 慧
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2023 年 63 巻 4 号 p. 193-195

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Abstract

紡錘体は,分子モーターと微小管が自己組織集合することで組み上がる染色体の分配装置である.独自の画像解析と力学操作の手法により,紡錘体が正確な染色体分配に必須の二極化に成功し,またときに失敗して多極化するしくみが明らかとなった.

1.  はじめに

細胞骨格は,細胞の分裂,遊走,核内の転写反応から組織の老化に至るまで,多岐に渡る生命現象に関わりを見せる.微小管やアクチンに代表されるこれら繊維状のポリマーは,重合・脱重合を繰り返しながらその内在的な不安定性を使って特定の時間と場所に必要な構造を作り上げる.90年代に発展した一分子解析技術のおかげで,細胞骨格因子の複雑な動態が分子レベルで理解できるようになった.超解像・クライオ電子顕微鏡などの進歩に新しい細胞機能の発見も相まって,細胞骨格研究は近年さらにダイナミックな様相を見せる.それでも尚,分子の大きさを超えた数μm~数十μmサイズの構造体が細胞内でどのように自発構築され,高次の機能を生み出しているかについては分かっていない.本稿では,特に紡錘体に焦点を当て,筆者らの最新の研究1)を交えた議論を進めたい.

2.  紡錘体:かたちづくりの問題

紡錘体は,複製された染色体を2つの娘細胞に分配するμmサイズの力発生装置である(図1).高等生物では数千から数万本の微小管を「柱」として分裂期の細胞内に自己組織的に形成される2).微小管を運ぶ「大工」はキネシン・ダイニンなどの分子モーターであり,多数個のモーターが協力し合いながら自らの数千倍もある構造体を数十分の間に正確に組み上げる.紡錘体の大きさはいつも細胞空間にきちんと収まる大きさであり,またその整った二極性のかたちは染色体対を左右の娘細胞に等しく分配するために必須である.

図1

微小管と分子モーターによる紡錘体の構築.紡錘体は,微小管と分子モーターを基礎に分裂期の細胞内に自己組織的に形成される.ナノサイズの分子が一同に会してミクロンサイズの紡錘体を正しいかたちに作り上げるしくみは分かっていない.

紡錘体の最も一般的な組み立てモデルは,プラス端に運動するモーターが赤道面付近で反平行に重なる微小管を架橋し,マイナス端に運動するモーターが極付近で平行に走る微小管の端を束ねると説明する2).このモデルは大変想像しやすく,二極性紡錘体の形成は一見自明にも思える.しかしながらこの二極性は必ずしも唯一の安定解ではなく,細胞集団の中には異常なかたちの紡錘体がしばしば現れる3).かたちのおかしな紡錘体は染色体分配の正確性を欠き,後代の細胞に染色体の数的・構造的異常を招く.紡錘体のかたちを規定する鋳型やマスター因子は見つかっていない.分子モーターは一体どのようにして紡錘体を正しい二極性のかたちに組み立てているのだろうか?またその失敗はどのようにして起こるのだろうか?

3.  アフリカツメガエルの卵抽出液を使った研究

アフリカツメガエルの卵を遠心破砕して得られる無希釈の細胞質抽出液は,試験管内でさまざまな生命現象を再現する4)図2).1983年にLohkaとMasuiによって発表され,細胞周期因子などの発見に大きく貢献した.生化学操作との相性の良さに加えて,1)低背景光の蛍光観察,2)改変タンパク質の添加や内在因子との交換,3)形質膜と干渉しない力学操作,などに威力を発揮する.またこの卵抽出液は強力な自己組織化能を持ち,例えば精子核を加えて細胞周期を回すとバルクの細胞質空間に多数の紡錘体が形成される.さらに,同一の細胞質空間に二極性と多極性の紡錘体が共存するという興味深い性質を示す(図2写真).

図2

卵抽出液内で起こる紡錘体の自己組織化.ツメガエル未受精卵から調製される細胞質抽出液に精子を加えて細胞周期を回すことで,紡錘体が自己組織形成される.でき上がる紡錘体のかたちは多様である(右写真参照;二極性が約7割,多極性が約2割).

4.  異なるかたちの紡錘体が生まれるしくみ

紡錘体のかたちが決まるしくみを明らかにするため,筆者らは,その構築過程を定量的に時間追跡できる実験系を開発した1).初めに卵抽出液を2枚のガラスで挟んで試料ステージに置き,複数の紡錘体の形成過程を同時に高解像撮影した.次に撮影した紡錘体の各時間におけるかたち(輪郭)を多重極展開法という方法で素成分に分解し,成長途中の構造が持つ二極性と多極性の度合いを2次元平面上にプロットすることで紡錘体の「成長記録」を作成した(図3).

図3

紡錘体のかたちづくりのちがい.二極化する紡錘体は,構造形成の初期から一貫して二極性の成長を示す(下段左).多極化する紡錘体はかたちを大きくゆらがせ,二極化できない(下段右).グラフの縦横軸はそれぞれ成長過程における二極性と多極性の程度.各3例を示す.色は時間.上の連続写真は代表的なタイムラプス像.スケールバーは25 μm.文献1より改変し転載.

次に二極化した紡錘体と多極化した紡錘体を機械学習によって選別し,それぞれの成長記録の傾向を調べた.その結果,二極化に成功した紡錘体のほとんどが,横道に逸れることなく構造形成の初期から持続的に強い一方向性の成長を示していた(図3左下).一方,多極化した紡錘体のほとんどがそれとは区別される成長軌跡を描き,かたちを大きくゆらがせながら成長していた(図3右下).興味深いことに,このゆらぎには規則性があった.またそれぞれの軌跡は一時的に二極化の兆しを示すこともあったが,すぐさま多極化の方向へと引き戻された.すなわち二極性と多極性の紡錘体は,はっきりと区別できる双安定な経路を辿ってかたちづくられていることが分かった.

5.  紡錘体のかたちは機械刺激で変化する

紡錘体は機械ストレスに対する高度な修復能力を持つ5).例えば紡錘体の一部をレーザーで切り落とすと,残った部分から微小管が伸びて元の二極性のかたちが再生する.またカンチレバーなどで変形しても,力を除くと紡錘体の二極性はすぐに回復する.これは上述のかたちの双安定性と一見そぐわないように思える.そこで筆者らは,ガラス製のマイクロニードルで紡錘体の片側の極を2つに割き,紡錘体を強制的に多極化させてみた(図4).すると,新しくできた極は互いが引き合って融合し,二極性のかたちは回復した.ところが割いた極を大きく引き離すと,今度はそれぞれが新しい位置で安定になり多極性のかたちが固定化された.つまり紡錘体は比較的小さな摂動に対しては元のかたちを維持するが,大きな機械刺激を受けると可塑変形して表現型をスイッチするメモリーフォームのような性質を持ち合わせていることが分かった.

図4

力による紡錘体の表現型スイッチング.紡錘体の片極を2本のマイクロニードルで割き,多極化させる.その後マイクロニードルを引き抜くと,元の二極性に戻るか,多極性のかたちで安定化する.

6.  紡錘体の可塑性を生み出す因子

紡錘体に二極化と多極化の双安定性をもたらしている因子は何であろうか?筆者らはキネシン5とオーグミンに注目している.キネシン5は構造の両端に二量体化頭部を一つずつ持つ分子モーターであり,2本の微小管を架橋して滑り運動を引き起こす.これにより,紡錘体の極間に斥力を発生する6).オーグミンは微小管の重合核となり,紡錘体内で微小管の数を増やす7).このそれぞれの因子を阻害した条件で紡錘体の成長記録を取ってみると,キネシン5の阻害下で二極化と多極化の形成経路に異常が現れ,両者の見分けがつかなくなる.またオーグミンがない細胞質中でキネシン5は紡錘体を上手く形成することができないのに対し,オーグミンを過剰添加すると,成長過程で見られたかたちのゆらぎが抑えられる.オーグミンは古い微小管の側面に新たな微小管を低角で生やす分枝活性を持つ7).この活性のおかげで,古い微小管は脱重合して消え去る前に自らの位置と角度を新しい微小管に受け渡すことができる.分裂期の微小管の多くは,寿命が数十秒と短い.紡錘体は,これら不安定な微小管同士の間で位置と角度の情報を絶え間なく継代することで,一度できたかたちを崩れないように保ちながら構造を作り上げていると考えられる(図5).

図5

紡錘体のかたちづくりを支える分子のしくみ.微小管ネットワークの配向が一方向に揃うと安定化して紡錘体は二極化する.局所に歪みが生じると,それも安定化されて余分な極の形成につながる(黒枠).オーグミンは微小管を分枝化して構造に可塑性を与える.キネシン5は隣接する微小管を架橋しながらスライドさせ,紡錘体のかたちをつくる.

7.  紡錘体のかたちづくりへの染色体と中心体の関与

中心体と染色体は,細胞質中を漂いながら微小管重合を安定化する8),9).これらのオルガネラが紡錘体に異常局在することで紡錘体のかたちが擾乱を受ける可能性が長らく議論されてきた.一方,これを反証するデータも報告されていた.筆者らの研究は,後者を支持するものであった.すなわち,中心体の数と紡錘体極の数の間に厳密な1 : 1の関係性は見られなかった.また余分な染色体や赤道面に整列しそこねた染色体が紡錘体に過剰な極を形成させることも見られなかった.紡錘体のかたちは,これら少数性のオルガネラが与える摂動に対しては強靭であり,一方キネシンやオーグミンなど微小管の運動や配向を決める因子に対しては鋭敏に反応する性質を持つと考えられる.

8.  残された興味深い問題

新しい計測技術を組み合わせることで,紡錘体のかたちづくりのしくみが次第に明らかになってきた.一本一本は動的で不安定な微小管が集団化することでかたちの情報が「記憶」されるしくみは,紡錘体の二極化成長を促すだけでなく,異常なかたちの紡錘体をも固定化してしまう.紡錘体を正しいかたちに組み立てるには,構造形成の途中で一過的にでも間違ったかたちを作らないことが大切と考えられる.また筆者らの研究から,小さい紡錘体がより高い頻度で多極化することも示唆された1).紡錘体のサイズは,胚発生に伴って減少する細胞のサイズにスケールされる10).紡錘体のサイズが変化することでかたちが不安定化し,発生ステージごとに染色体分配の精度に異なる影響を与えている可能性がある.かたちとサイズに関するさらなる解析と,in vivoでの検証実験が待たれる.

文献
Biographies

島本勇太(しまもと ゆうた)

国立遺伝学研究所准教授

前多裕介(まえだ ゆうすけ)

九州大学理学研究院物理学部門准教授

斎藤 慧(さいとう けい)

国立遺伝学研究所助教

 
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