生物物理
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
理論/実験 技術
膜輸送における多体情報流の熱力学的役割
吉田 智治伊藤 創祐
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 63 巻 4 号 p. 218-222

詳細
Abstract

膜輸送体の輸送モードの違いについて,情報熱力学を用いた統一的な理解と解析について解説する.特に一見熱力学第二法則に反した現象を起こす自律的デーモンの観点から,化学ポテンシャル勾配に逆らった輸送を行う二次性能動輸送と逆らわない受動輸送の輸送モードの違いが,多体情報流で定量的に評価可能なことを説明する.

1.  膜輸送と化学ポテンシャル

膜輸送にはいくつかの種類があり,輸送の方向や輸送を駆動する自由エネルギー,機構の違いによって分類がなされている.自由エネルギー,すなわち化学ポテンシャルによる分類においては,化学ポテンシャル勾配を下る方向の輸送は受動輸送と呼ばれ,逆向きの上る方向の輸送は能動輸送と呼ばれる.また向きだけでなく自由エネルギーがどのように使われるかでも分類がなされている.特に能動輸送はATPの加水分解などの化学エネルギーや光エネルギーといった自由エネルギー源を直接利用した一次性能動輸送と,ある化学ポテンシャル勾配に駆動される輸送と共役することで間接的に自由エネルギーを利用する二次性能動輸送に分類される.この二次性能動輸送では化学ポテンシャル勾配を下る方向の物質(driver)の輸送によって,化学ポテンシャル勾配に逆らって上る方向の物質(cargo)の輸送が駆動される.また輸送の方向性だけから,二次性能動輸送はdriverとcargoが同じ向きに輸送される共輸送と,逆向きに輸送される対向輸送に分類されることもある.

多くの膜輸送体はsolute carrier (SLC) transporter superfamilyと呼ばれる大きなクラスとして記述され,直接的な自由エネルギー源が必要な一次性能動輸送を除くと,二次性能動輸送である共輸送と対向輸送,及び一種類の物質のみが受動輸送される単輸送の三つに分類される.これらの輸送は自由エネルギーの使い方の視点からは異なるものの,反応機構自体は似ていることが実験的に確かめられている1).また同じ膜輸送体であっても,環境の違いなどの条件次第で共輸送,対向輸送,単輸送の全ての状況が引き起こされることが知られている.つまり自由エネルギーの使い方が条件次第で異なりうることを意味する.そのため,膜輸送体の分類は可変的であり,自由エネルギーの使い方や反応の経路の違いという観点から,膜輸送体を統一的に調べることが重要とされてきた2),3)

そこで我々は,膜輸送体の自由エネルギーの使い方について,近年の情報熱力学4)の理論を用いて考察することで,膜輸送における統一的な熱力学的理解を深めることを目的とした研究を行った5)

2.  定常状態の熱力学

まず輸送の速度が一定となる定常状態に限定して,膜輸送の自由エネルギーによる分類を熱力学第二法則によって表現する方法について説明しよう.膜輸送体の膜輸送ダイナミクスは,膜で仕切られた細胞内の他のタンパク質や細胞の主要構成要素である水で構成されるマクロな環境系による影響を取り入れて,確率的なダイナミクスで記述が可能である.このような確率過程で記述される系においては,確率過程に基づく非平衡熱力学であるゆらぎの熱力学6)によって熱力学的振る舞いを理解できる.

ゆらぎの熱力学によると定常状態においても熱力学第二法則を満たす必要がある.定常状態においては単位時間あたりの散逸であるエントロピー生成率σを用いて,熱力学第二法則は次のように表される:

  

σ0.

一般に定常状態での流れは独立なnC個の反応経路サイクルの定常的な流れの線型結合で特徴づけられるが,そのときエントロピー生成率σはサイクルi ∈ {1, …, nC} = Cの流れJiとサイクル一周で変化する化学ポテンシャルなどの自由エネルギーの変化量に対する寄与(サイクルの熱力学的なアフィニティ)Fiを用いて,σ = ∑iC Ji Fiの形で一般的に表される7)

もしも化学ポテンシャルの勾配の方向と逆向きに物質が輸送される場合,FiJiの符号は逆向きになり,そのサイクルでのエントロピー生成率への寄与はJi Fi < 0と負の値を与える.定常状態において単一のサイクルだけしか存在しない場合(nC = 1),例えば自由エネルギー源が存在しない単輸送に相当する状況下では,化学ポテンシャルの勾配を上る方向に単輸送を行うことは熱力学第二法則σ = J1F1 ≥ 0から不可能であることがわかる.

また複数のサイクルの存在下では,あるサイクルで化学ポテンシャルの勾配を上る方向に輸送を行うためには,必ずより多くの化学ポテンシャルの勾配を下る別のサイクルによる輸送を行うことで,勾配を上る方向の輸送を能動的に駆動する必要がある.例えば二次性能動輸送の場合,二つのdriverとcargoの輸送が存在することが二つ以上のサイクルの存在を意味しており,また化学ポテンシャルの勾配を上る方向の輸送のサイクルはcargoの輸送,輸送を駆動するサイクルはdriverの輸送に対応する.このとき,エントロピー生成率に対するdriverの輸送サイクルでの正の寄与JiFi > 0が,cargoの輸送サイクルにおける負の寄与Jj Fj < 0を補償して,熱力学第二法則∑iC Ji Fi ≥ 0を満たすことで,cargoの化学ポテンシャルの勾配に逆らった輸送が可能となる.これが膜輸送の定常状態における熱力学による標準的な説明となる.

3.  定常状態における情報熱力学第二法則

前の節で述べた熱力学第二法則による説明は正しい一方で,熱力学第二法則でこの現象を定量的に理解しようとする場合はnC個の全てのサイクルに関する和∑iC Ji Fiを定量的に評価する必要があり,素朴に考えると膜輸送に関係する全ての反応サイクルの寄与を評価する必要に迫られる.様々な相互作用によって生体システムが機能していることを考えると,nCは非常に大きい値を持ちうるため,この熱力学的な記述は必ずしも有用とは限らない.

しかしながら,二次性能動輸送のように,ある場所の化学ポテンシャルの勾配による流れを議論するには,それを駆動していると見える主要なサイクルを議論すれば直感的には良いはずである.「駆動していると見える」ということは,あたかも系の状態変化を観察している人がいて,化学ポテンシャルの勾配を上るように適切な制御を行っているかのように見えるということである.状態変化の観察を情報の読み出しと思うと,系に対する制御に対応するものは「情報処理」として解釈することができる.

このような直感的な見方をサポートするのが,ゆらぎの熱力学理論に立脚した情報熱力学の考え方である4).情報熱力学においては,系全体ではなくある部分系のみに着目し,部分系の見かけ上の散逸が部分系に影響を与える情報処理によって補われることが,情報熱力学第二法則と呼ばれる熱力学第二法則の部分系への一般化を用いて議論される.

特に自律的に相互作用する多体系における情報熱力学第二法則8)の,定常状態における表現9),10)は次のようなものである.今,サイクルの見かけ上の散逸をある部分系Xのみに含まれるサイクルiCX(⊂C)について足し合わせたものを∑iCX Ji Fiとし,また部分系Xだけでなくそれ以外の系Yを経由するサイクルiCXY(⊂C)によって行われる情報処理の影響を,情報のアフィニティ FiI と呼ばれる量を用いて İ = iCXY Ji FiI とする.すると情報熱力学第二法則は

  

iCX Ji Fi -İ,

で表される.ここで情報のアフィニティと呼ばれる量 FiI は,確率分布の対数で表される確率的なShannonエントロピーの変化で記述可能なFiの寄与の一部として与えられるため,その FiI に流れJiをかけて部分に対して和をとったİという量は,部分系からそれ以外の系に流れる情報流の量と解釈できる.よって情報熱力学第二法則はある部分系での見かけ上の散逸 iCX Ji Fi を情報流İが補償しているという見方を提示している.ただし,部分系の真の散逸は σX = iCX Ji Fi + İ で表され,この量は部分エントロピー生成率と呼ばれている.よって,情報熱力学第二法則は部分エントロピー生成率の非負性σX ≥ 0と捉えることも可能である.

さて,このような情報熱力学第二法則による記述が有効な最も単純なモデルは,論文9)で議論されているような相互作用する二つの系からなるモデルである.特定の状況下では,他方の系Yが情報処理を行ってİを正の値にすることで,部分系Xの見かけ上の散逸である iCX Ji Fi を負の値にすることができる.このような熱力学第二法則に一見反する振る舞いを情報処理によって引き起こす思考実験上の存在はMaxwellのデーモンの名で知られてきたため,部分系Xの見かけ上の散逸を負にする系Yは自律的デーモン(autonomous demon)と呼ばれており(図1),先行研究では自律的デーモンの視点から相互作用する二つの系における特定の情報流İの表現が特に研究されてきた9).それによると,相互作用する二つの系では情報流İは二つの系の相関の量,すなわち二体相関を表す確率的な相互情報量の変化に流れをかけて和をとったもの,を用いて記述することができる.しかしながら,一般に生物中の反応は,複数の多体系が相互作用しあうことで進行するため,より一般の状況では情報流İは多体間の相関で記述される.そこで本研究5)では主に四体系を考察することで情報流İが多体情報流,すなわち多体相関を表す確率的なmulti-informationと呼ばれる量の変化に流れをかけて和をとったもの,とみなせる状況を考察した.

図1

(a)二つの系XYからなるモデルを考える.系Yが系Xの情報を得て「情報処理」を行うことで系Xの見かけ上の散逸を負にすることができるとき,系Yを自律的デーモンと呼ぶ.(b)系Xから系Yに流れる情報流İXY間の二体相関によって表される.

4.  膜輸送における多体情報流の役割

二次性能動輸送を自律的デーモンの一種とみなすことで,多体情報流の視点から熱力学的にどう理解できるかを考えてみよう.まず二次性能動輸送のように二つの粒子が輸送されている系は,二つの輸送される粒子の状態に相当する系(X, Y)と膜のそれぞれの粒子との結合部位の状態に相当する系(Z, W)からなる四つの系XYZWによって記述される(図2a).ここで膜の結合部位ZWが相互作用し,粒子Xと結合部位Z,粒子Yと結合部位Wがそれぞれ相互作用するようなモデルを考える.二次性能動輸送はこれらの相互作用によって四つの系XYZWの状態が協働的に変化することで引き起こされる.これらの反応は,定常状態において四つの系XYZWが全て変化するような反応経路のサイクルとして記述することができる(図3a).このサイクルが情報流İへ寄与する部分をİactiveと書くと,İactiveは全系XYZWの四体相関に関連した多体の情報流として記述される(図2b).これは系Xの変化によって四体相関が変化した量を表し,系Xがその他の系YZWの「情報」を読み出した量に対応する.

図2

(a)膜のそれぞれの粒子との結合部位の状態と二つの輸送される粒子の状態からなる四つの系XYZWによる二次性能動輸送の記述5).(b)四つの系XYZWを模式的に書いたもの.系Zと系W,系Xと系Z,系Yと系Wの間の相互作用を線で表現している.二次性能動輸送を駆動する情報流İactiveは全系XYZWの四体相関によって記述できる.(c)四つの系XYZWを用いた単輸送の記述5).(d)単輸送を駆動する情報流İpassiveXZの間の二体相関によって記述できる.

図3

(a)二次性能動輸送は四つの系XYZWの状態が変化する反応経路で表される5).ただし,色のついた矢印は,対応する色の環境と粒子を授受する反応であることを表す.(b)受動輸送は四つの系XYZWのうち二つの系XZの状態が変化する反応経路のサイクルとして表される5)

また単輸送のような受動輸送についても二次性能動輸送と同様の四つの系XYZWからなるモデルを用いて統一的な記述が可能である(図2c).このモデルにおいて,受動輸送は膜の結合部位ZWの相互作用が非常に弱く,それぞれの粒子XYが独立に輸送されている状況に対応する.このとき,受動輸送は粒子Xと粒子Xの結合部位Zの状態が変化するような反応経路のサイクルとして記述することができる(図3b).このサイクルが情報流İへ寄与する部分をİpassiveと書くと,İpassiveは二つの系XZの間の二体相関に関連した二体の情報流として記述される(図2d).

また,それ以外の主要でないサイクルに関する情報流の寄与をまとめてİauxiliaryとすると,情報熱力学第二法則は

  

iCX Ji Fi -İ, İ = İactive + İpassive + İauxiliary ,

と表される.この不等式は情報流İの分だけ系Xの見かけ上の散逸 iCX Ji Fi を負にすることができることを示しており,物質がcargoとして化学ポテンシャル勾配を上ることができるかどうかを情報流İが表現していることを意味している.この事実を数値的に確かめるため,以下のようなモデルを導入する.輸送体ZWはそれぞれ2通りの状態を持つものとしてモデル化し,輸送体ZWの状態が異なる状態になっているときにエネルギーが小さくなるような相互作用エネルギーを導入する.この相互作用エネルギーの値を「輸送体の結合の強さ」と呼ぶ.これに加えて,粒子XYが輸送体と結合しているかを表す状態を考え,全系を24 = 16状態のモデルとしてモデル化する.この「輸送体の結合の強さ」すなわち,相互作用エネルギーの値は,結合部位ZWの状態に関する遷移確率のパラメータとみなすことができる.

数値計算の結果を図4に示す.ここで,図4aは,輸送体の結合の強さを変化させたときの粒子の流れを表している.ただし,粒子の流れは化学ポテンシャルの勾配に逆らった向きを正としている.ここから,輸送体の結合が弱いとき受動輸送を行うが,結合が十分強くなると二次性能動輸送を行っていることがわかる.これらの状況において,情報流をプロットしたものが図4bである.この結果から,受動輸送を行っているときは全体の情報流の中で二体相関の項İpassiveが優勢である一方,二次性能動輸送を行っているときは四体相関の項İactiveが優勢であることがわかる.以上より,多体情報流である二体相関İpassiveと四体相関İactiveが確かに受動輸送と二次性能動輸送を定量的に区別する指標となっていることがわかる.

図4

(a)輸送体の結合の強さを変化させたときの粒子Xの流れ5).輸送体の結合が弱いときは受動輸送を行い,結合が十分強くなると二次性能動輸送を行う.(b)同じ状況において情報流をプロットしたもの.ただし,情報流は系Xに対応する部分エントロピー生成率σXで規格化したものを表している5)

5.  まとめと今後の展望

本研究では,膜輸送における二次性能動輸送と受動輸送の違いを統一的に理解するために,四つの系からなるモデルを用いて解析した.特に情報熱力学第二法則において多体情報流が出現することを示すとともに,二次性能動輸送は四体相関を表す情報流İactive,受動輸送は二体相関を表す情報流İpassiveによって引き起こされることを理論的及び数値的に示した.

このような多体情報流の見方は理論的には有用である一方で,情報流を実験的に定量化しようとするのは現状難しいと考えられる.なぜなら定量化のためには系の状態の確率分布を求める必要があり,輸送体の状態と輸送体に粒子が結合しているかどうかの状態を同時測定して統計的な解析をする必要があるためである.よってここで提案された多体情報流を現実の系でどのようにして推定するかの手法を,実験と理論の両面から考えていくことは今後の課題になりうるだろう.

文献
Biographies

吉田智治(よしだ さとし)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程

伊藤創祐(いとう そうすけ)

東京大学大学院理学系研究科附属生物普遍性研究機構准教授

 
© 2023 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top