Seibutsu Butsuri
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Review
A Methodology for Creating Thermostabilized Mutants of GPCR by Combining Statistical Thermodynamics and Evolutionary Molecular Engineering
Satoshi YASUDA
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2023 Volume 63 Issue 5 Pages 252-256

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Abstract

Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は重要な創薬標的であるが,本質的に不安定あり,すぐに変性してしまうことが研究の大きな障害となっている.本稿では,統計熱力学に基づく独自の理論的手法と進化分子工学を組み合わせることにより構築した,安定化変異体の創出手法について紹介する.

Translated Abstract

The thermostabilization of G-protein coupled receptors (GPCRs), which are important drug targets, is a crucial challenge for structural analysis. We constructed a methodology for thermostabilizing a GPCR in the inactive state or the active state solely by multiple amino-acid mutations without the ligand binding. This method combines our recently developed theory based on statistical thermodynamics and the technique of site-directed saturation mutagenesis, which is frequently used in evolutionary molecular engineering. The methodology was illustrated for the serotonin 2A receptor and the adenosine A2A receptor, and we successfully obtained stabilized multiple mutants.

1.  はじめに

Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は自身の立体構造変化(不活性化状態 ⇄ 活性化状態)を介してリガンドなどの細胞外部の情報を細胞内部へ伝達する役割を担う,7回膜貫通型の膜タンパク質である.市販薬の約30%がGPCRを標的としている重要な創薬ターゲットであり1),その立体構造の解明が新たな薬剤開発のために強く望まれている.近年の構造解析技術の目覚ましい進歩により,約140種類の異なるGPCRの立体構造が報告されているが,ヒトのGPCRは約800種類存在しており,その大部分の構造が依然として未解明である.構造解析には多くの精製標品が必要となるが,GPCRが極めて不安定であることから容易に変性してしまい,大量精製が困難なことが研究を阻害する主な要因となっている.従って,GPCRの熱安定性の向上(耐熱化)が構造解析への鍵となる.タンパク質は適切なアミノ酸変異により耐熱化することが知られているが,無数に存在する変異体候補の中から耐熱化するものを試行錯誤により探索するのは極めて大きな実験労力が必要である.

筆者らは近年,理論的に膜タンパク質の耐熱化アミノ酸変異体を予測する手法であるエントロピー基盤法を開発した2)-4).本手法では膜タンパク質の立体構造情報を入力データとして,統計熱力学に基づいた自由エネルギー関数を用いて耐熱化アミノ酸変異を予測する.本手法により複数の膜タンパク質の耐熱化に成功したが2),4),5)-7),一方で次のような問題もあった.(1)立体構造が未知の膜タンパク質に対してはホモロジーモデリング等でモデル構造を作成する必要があり,そのモデルの精度によっては予測成功率が大きく低下する.(2)多重変異体の網羅的な予測は計算時間の面から困難である.(3)活性化状態のGPCRを安定化する変異体の探索では,そのスクリーニング手段に後述のような困難がある.本稿では,これらの問題を解決し,より効率的に安定化変異体を創出するために開発した,エントロピー基盤法と進化分子工学的手法を組み合わせたアプローチについて紹介する8),9)

2.  エントロピー基盤法の概要

筆者らは,水溶性タンパク質において水分子の並進移動に起因するエントロピー効果が構造安定性に重要な役割を果たしていることを理論解析により示してきた10),11).タンパク質の主鎖や側鎖の存在は,水分子の中心が入れない空間を生成する.この空間の体積を排除体積という.仮にタンパク質を直径Rの球,水分子を直径rの球とすると,排除体積は直径(R + r)の球の体積である.タンパク質が折り畳むと,排除体積に重なりが生じトータルの排除体積が減少する(図1).すると水分子が並進移動に利用可能な空間の容積が増加し,水分子のとりうる微視的状態数が増加する.この結果,水の並進配置エントロピーの増加がもたらされる.筆者らは膜タンパク質においても,「細胞膜を構成する炭化水素基集団が熱運動することに起因するエントロピー効果」が重要であると考え,それに基づき膜タンパク質用の自由エネルギー関数(FEF)を構築した2).FEFを用いて折り畳みに伴う自由エネルギー変化ΔFはΔF = ΔΛTΔSで計算される.Tは絶対温度であり298 Kに設定する.ΔΛは折り畳みに伴う静電相互作用エネルギー変化であり,タンパク質の分子内水素結合形成に伴うエネルギー低下で代表させる.ΔSは炭化水素基集団のエントロピー変化であり,形態計測学的手法を用いた方法論により計算する.FEFは構造1つあたり約1秒で計算が完了するため,非常に多くの変異体を評価できる.

図1

タンパク質折り畳みに伴う排除体積の重なり.灰色で示した空間の体積が排除体積である.(a)水中での側鎖の充填の様子を表した図.溶媒は水分子である.(b)膜内でのαヘリックス同士の接触を表した図.溶媒はリン脂質の炭化水素基集団である.

安定化変異体の予測ではまず,野生型GPCRの立体構造を基に全ての1アミノ酸変異体モデルを作成し,その折り畳みに伴う自由エネルギー変化ΔF変異体を計算する.次に,野生型に対しても同様にΔF野生型を計算し,それらの差ΔΔF = ΔF変異体 – ΔF野生型を計算する.ΔΔFが負に大きな値をとるアミノ酸変異を熱安定化の可能性の高いアミノ酸変異として選び出す.

3.  不活性化状態の構造安定化

本研究で構築した手法では,エントロピー基盤法で特定した複数のアミノ酸残基を進化分子工学によりランダムに変異することで大幅に耐熱化したアミノ酸多変異体の獲得を目指す.具体的には,不活性化状態を安定化する変異体は以下の手順で探索する.

(1) エントロピー基盤法による「鍵残基」の特定

鍵残基とは,その残基の置換により得られる変異体の多くが安定化すると予測されるアミノ酸残基のことである.筆者らの研究で,FEFのエントロピー項が立体構造の不確定性に関して影響を受けにくいことが判明している3).従って,本研究ではエントロピー項を用いて鍵残基を特定した.このとき,立体構造上で鍵残基の周辺に存在する残基もいくつか選び出す.

(2) 特定した鍵残基とその周辺残基への部位特異的ランダム変異の導入

先行研究で報告されている効率的なDNAライブラリの構築法12)とDNA組み換え法13)により,ランダム化した遺伝子ライブラリを作成する.これらの手法により,DNA配列の挿入や欠失がなく全変異空間を網羅することができる.例えば3箇所を置換した場合,203 = 8000の変異体の遺伝子ライブラリが構築される.鍵残基とその周辺の残基を変異することで,側鎖同士の充填や水素結合の形成に関して最適な組み合わせの多重変異体が構築され,大幅な安定化につながると期待される.

(3) セルソータを用いた変異体のスクリーニング

得られた遺伝子ライブラリを大腸菌により発現させる.大腸菌発現系ではGPCRの熱安定性と発現量には強い相関があることが分かっている.GPCRのC末端には蛍光タンパク質が融合されており,セルソータにより高い蛍光強度(すなわち,GPCRの高い発現量)を示す大腸菌を選別することにより,大幅に安定化した変異体をスクリーニングする.

セロトニン2A受容体(5-HT2AR)に対して構築手法を検証した.このGPCRは先行研究で,S162が鍵残基であることが判明しており,S162KとM164Wの二重変異体の立体構造が報告されている14)(この二重変異体をmKWと表記する).本研究では,5-HT2ARの立体構造が不明であると仮定し,ホモロジーモデル構造に対してエントロピー基盤法を適用した.まず,(1)でS162,F332,S372を鍵残基と特定した(図2a).図2bに示すように,これらは向かい合った位置に存在している.次に(2)により変異体の遺伝子ライブラリを得た.最終的な三重変異体の遺伝子ライブラリのサイズは5.2 × 105 colony-forming units(CFUs)であり,8000通りある3変異のパターンの95%が網羅できていると統計学的に考えられる15).得られたライブラリを大腸菌に形質転換し,蛍光タンパク質と融合した5-HT2ARを発現した.セルソータを用いて,蛍光強度上位0.1%を示す大腸菌を分取しプレートにまき,276種類の変異体と野生型を発現させた.特に蛍光強度の高かった33種類の変異体をSDS-PAGEで評価した(図2c).蛍光強度の上位の9つは25 kDa付近にバンドが現れ,残念ながら蛍光タンパク質のみが切れて発現したものと考えられた.続く24個の変異体は野生型と同様に80 kDaのバンドを示した.これらの変異体は安定化していると期待されるが,本研究では特にバンド強度の高かった10個の変異体を選び,それらの熱安定性を評価した(以降,選んだ変異体をm1~m10と表記する).これら変異体の可溶化後の蛍光強度を比較するとm1,m3,m9で高く,特にm9は野生型の6倍であった(図2d).また,蛍光ゲルろかクロマトグラフィー(FSEC)で単量体の存在比率を調べると,野生型は凝集体と単量体のピークが同じくらい高いのに対し,変異体の中ではm9が,単量体のピークが一番大きく,凝集体のピークが少なかった(図2e).よって,m9を最も耐熱性の高い変異体として選択した.この変異体のアミノ酸変異は,S162A + F332R + S372Sであった(162残基目のSはAに,332残基目のFはRに変異し,372残基目のSは変異していなかった).タンパク質電気泳動を用いた簡便な熱安定性の評価法16)により熱変性温度を測定すると,mKWより8.9°C,野生型より15°C以上熱安定化していた.アンタゴニストであるスピペロンを用いてリガンド結合能を確かめたところ,m9はmKWと同等のアンタゴニスト結合能を保っていることが判明した.さらに,Bmax(受容体密度を示す最大結合部位数)の比較から,m9は野生型に比べてリガンド結合可能な受容体が膜上に14倍も存在していることが示唆された.これらの結果から,本研究で創出した熱安定化変異体は非常に有用であると考えられる.

図2

(a)セロトニン2A受容体に対するエントロピー基盤法での計算結果.鍵残基を赤色で示した.(b)鍵残基の立体構造上の位置.(c)蛍光値でのスクリーニング結果.(d)可溶化後の野生型と変異体の蛍光強度の比較.可溶化前の野生型の蛍光強度で規格化した.(e)野生型と変異体のFCESの結果.文献9より改変.

4.  活性化状態の構造安定化

GPCRは,活性化状態と不活性化状態の平衡状態にあるが,多くのGPCRでは,活性化状態の自由エネルギーの方が不活性化状態のそれよりも高い17).そのため,活性化状態を安定化する(活性化状態に平衡を傾ける)ことが,構造の大幅な熱安定化に結びつかない可能性がある.従って,活性化状態の場合,上記の(3)で用いた熱安定性(に相関した発現量)でのスクリーニングは困難である.そこで本研究では,活性化状態のスクリーニングに以下の手段を用いる.

(3)ʹ 出芽酵母改変株を用いた変異体のスクリーニング

DongらによってアゴニストによるGPCR活性化の評価システムが構築されている18).このシステムで用いる出芽酵母改変株YB1419)は,細胞の成長に必要なヒスチジン合成に関する本来の経路がゲノム編集により欠損しており,ヒスチジン欠損培地では生育できない.異種発現させたGPCRが活性化したときのみヒスチジン合成酵素HIS3が発現誘導され,生育可能になる仕組みとなっている.アミノ酸変異によりGPCRの平衡が活性化状態にシフトすれば,YB14細胞が生育できるようになる.つまり,そのような変異体を発現した細胞のみのスクリーニングが可能となる(実際には,HIS3は発現リークが起こりやすいため,ヒスチジン合成酵素阻害剤を適切な濃度で加える必要がある.詳細は原著論文9)を参照して頂きたい).

本研究では,このシステムを利用して,アデノシンA2A受容体(A2AR)を活性化状態に安定化する変異体の獲得を試みた.まず(1)でA2ARの活性化状態の結晶構造(PDB ID: 5G53)に対してエントロピー基盤法を適用し,S47,S94,C128を鍵残基として特定した(図3a, b).次に(2)で,4.7 × 105 CFUsのサイズの三重変異体遺伝子ライブラリを作製し(5HT2ARの場合と同様に3変異のパターンの95%を網羅できている),YB14細胞に形質転換,培養を行った.(3)ʹにおいて,添加するヒスチジン合成阻害剤の濃度を変えた2度のスクリーニングを行い,最終的に3種の変異体(m1, m2, m3)を得た.それぞれの変異はm1がS47G + S94H + C128L,m2がS47Q + S94S + C128V,m3がS47G + S94H + C128Vであった.

図3

(a)アデノシンA2A受容体に対するエントロピー基盤法での計算結果.鍵残基及び周辺残基を赤色で示した.(b)鍵残基の立体構造上の位置(c)野生型と変異体(m2)の一分子蛍光測定結果.

獲得した変異体が活性化状態にシフトしていることを確認するために,細胞ベースの一分子蛍光測定により改変Gαタンパク質(mini-Gタンパク質)との結合親和性を測定した.mini-Gタンパク質のN末端には蛍光タンパク質が融合している.GPCRが活性化されたときにのみmini-Gタンパク質が細胞質から細胞膜に移動することから,mini-Gタンパク質の細胞膜での滞在時間がGPCR活性化の指標となることが報告されている20).解析手法の詳細は原著論文9)を参照して頂きたいが,いずれの変異体においても野生型よりmini-Gタンパク質との結合親和性が増加しており,活性化状態に平衡が傾いていることが確かめられた(図3c).一方で,これらの変異体の熱変性温度を測定すると,野生型と比べて約1.9~2.8°Cしか上昇せず,熱安定性の向上は僅かであった.これは,上記の通り平衡を活性化状態にシフトさせる変異体は大きな熱安定化をもたらすとは限らず,(3)ではなく(3)ʹによる変異体スクリーニングが必要であることを示している.

5.  おわりに

本研究で構築したアプローチにより,不活性化状態,活性化状態をそれぞれ安定化する多重変異体を創出できた.活性化状態では熱変性温度はあまり向上しなかったが,活性化状態にもっと大きく平衡を傾ける(活性化状態の自由エネルギーを大きく低下させる)ことができれば大幅に耐熱化すると考えられるため,そのような変異体を獲得することが今後の課題である.本稿では紹介できなかったが,エントロピー基盤法を利用した研究例として,元々の熱安定性の極めて高いサーモフィリックロドプシンの変異体を探索することで,熱変性温度が105度を超える,最も安定な外向きプロトンポンプの創出に成功している7).一連の研究で構築した手法は,創薬研究や膜タンパク質工学の有力なツールになると考えている.

本稿で紹介した研究は村田武士教授,木下正弘教授のもとで科学研究費をはじめとする様々な支援を受けて行われたものである.また,山本大生氏には本稿に対する多くの有益なコメントを頂いた.すべての共同研究者にこの場を借りて深く感謝する.

文献
Biographies

安田賢司(やすだ さとし)

千葉大学大学院理学研究院特任准教授

 
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