2023 Volume 63 Issue 5 Pages 257-260
シゾロドプシンは真核生物の最終共通祖先に最も近縁な現生種のアスガルドアーキアから見付かった光駆動型内向きH+ポンプロドプシンであり,アスガルドアーキアが光を使って生きている可能性を示唆するものである.H+輸送機構など多くの点でシゾロドプシンは他のロドプシンと異なる.その最新の研究を解説する.
Schizorhodopsin (SzR) is a new family of light-driven inward proton-pumping rhodopsins discovered in the genomes of Asgard archaea. The genomic survey revealed the presence of SzR in a wide variety of environments including high-temperature waters. The X-ray crystallographic structure suggested that a convergent evolution occurred at the molecular level between SzR and xenorhodopsin, another inward proton-pumping rhodopsin. Interestingly, outward proton-pumping rhodopsin was converted to an inward proton pump by swapping only three residues in the retinal Schiff base region with corresponding ones of SzR, indicating the direction of proton transport is determined by this core region of rhodopsins.
ロドプシンは,ビタミンAのアルデヒド型誘導体であるレチナール(C20H28O)がSchiff塩基結合を介してリジン残基に結合した発色団を持つ,光受容型の膜タンパク質の総称であり,高等動物が持つ動物ロドプシンと,主に単細胞微生物が持つ微生物ロドプシンの2つに大別される1),2).このうち動物ロドプシンは,Gタンパク質共役型受容体ファミリーの1つでもあり,ヘテロ三量体Gタンパク質を活性化し,視覚などの光依存的なシグナル伝達に関わる.一方,微生物ロドプシンは,バクテリア(細菌),アーキア(古細菌),真核微生物が有し,生物の三大ドメインに広く分布するだけでなく,巨大ウイルスのゲノムにも存在が確認されている1).微生物ロドプシンは分子機能にも多様性があり,光依存的なイオンポンプやイオンチャネルの他,走光性センサーや,光依存的遺伝子発現制御,酵素反応制御を行うものが知られている1).動物と微生物それぞれのロドプシンの間には構造や配列の相同性はなく,今のところ進化的に独立して地球上に現れたとされている2).またこれらは,近年Gタンパク質の活性化や神経活動制御を光で行う,オプトジェネティクス(光遺伝学)で広く用いられている3).
その中で,真核生物の最終共通祖先に最も近縁であるとされるアスガルド(Asgard)アーキアのゲノム中にロドプシンの遺伝子が多数存在することが,チェコ科学アカデミー・Rohit Ghai博士およびイスラエル工科大学・Oded Béjà教授,名古屋工業大学・神取秀樹特別教授らとの共同研究により明らかとなった4).これらは系統学的に三種類に分類され,1つは外向きH+ポンプ型の微生物ロドプシンであり,2つ目は2018年に報告された,動物および微生物いずれのロドプシンとも異なる第三のロドプシンファミリーであるヘリオロドプシン(HeR)である5).これらの分子の存在は,湖底や海底の泥の中に棲息し,光との関連性が低いと考えられていたアスガルドアーキアが,ロドプシンを用いて太陽光を利用するという可能性を明らかにした点で画期的であった.しかし,アスガルドアーキアの持つ3つ目のロドプシンは,既知のいずれのファミリーからも独立しており,完全な新種の分子であった.このロドプシンは,系統学的に微生物ロドプシンとHeRの中間に位置するものであったことから,英語のsplit(割れ目)を意味するギリシア語のschizoを冠したシゾロドプシン(schizorhodopsin, SzR)と名付けられたが,当初その機能は不明であった.
そこでアスガルドアーキアから見付かった計6種類のSzRの遺伝子を合成し,大腸菌にタンパク質を発現させたところ,菌体がロドプシン特有の紫もしくはピンク色を示した(図1上).このことからSzRは他のロドプシンと同様にレチナールを結合し,緑色~黄色域(540-570 nm)の光を吸収することが示唆された.
SzRのH+輸送活性測定.大腸菌に発現させたSzRのH+輸送に伴う外液のpH変化(上)とホ乳類細胞(ND7/23)に発現させたSzRのH+輸送に伴う光電流(下).
そしてSzRを発現させた大腸菌を100 mM NaCl水溶液に懸濁し,光を照射したところ,外液のpHが上昇した(図1上).これは細胞内にH+が外液から取り込まれたことを示している.さらに,プロトノフォア(carbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone)を加えると,このpH変化が生じなくなることから,SzRは光吸収に伴って細胞内へH+を汲み入れるはたらきを持つことが明らかとなった.この様な例は,以前我々が報告した人工分子であるH+チャネル型ロドプシン6)と内向きH+ポンプ型ロドプシンのxenorhodopsin(XeR)で知られている7).しかし,大腸菌の実験ではこれら2つの輸送タイプを区別することができない.そこでさらにSzRをホ乳類細胞(ND7/23)に発現させ,膜電位を変化させながらその輸送を調べた.その結果,膜電位を–80 mVから+40 mVに変化させても常に細胞内向きの電流が観測されたことから,SzRはH+を細胞内へ一方向的に能動輸送する内向きH+ポンプであることが明らかになった(図1下)8).
その後,ゲノムデータの増加に伴い,現在は全体で100種類ほどのアーキアがSzRを持っていることが明らかとなっている.その中で我々は中温性の海域から発見されたMethanoculleus taiwanensisのゲノム上と,温泉水から得られたMethanoculleus属アーキアのmetagenome assembledゲノム上のSzRに着目し(それぞれMtSzR,MsSzRと名付けられた),その熱安定性をアスガルドアーキアのもの(SzR1)と比較した(図2).その結果,SzR1は85°Cの高温下では250分程度でほぼ全てのタンパク質が変性してしまうのに対し,MtSzRやMsSzRは同様の条件でも大部分が変性せず,特にMsSzRは既知の全てのロドプシンと比べて最も高い熱安定性を示した9),10).
T = 85°CにおけるSzR1,MtSzR,MsSzRの熱変性過程11).
これまで知られている高温環境で見付かり,高い耐熱性を持つロドプシンは外向きH+ポンプ型の分子のみであった12)が,本発見から内向きH+ポンプをはじめ,多様な機能を持つロドプシンが高温環境下でも使われていることが示唆された.
微生物ロドプシンで最も数が多いのはバクテリオロドプシンに代表される外向きH+ポンプであり,内向きH+ポンプ型ロドプシンは比較的珍しいことから,SzRがどの様にしてH+の輸送方向を逆転させているかという点に興味が持たれた.そこでSzRの内向きH+ポンプの機構を明らかにするため,我々はまずレーザーフラッシュフォトリシス法を用い,光反応中のSzRの吸収スペクトル変化を測定した.これにより,SzRは光異性化後,異なる吸収波長を持つ複数の中間体を経て,数十~百ミリ秒程度で始状態へと戻る光反応サイクルを示すことが明らかとなった.このサイクル中に,吸収波長が400 nm以下にシフトしたM中間体が現れるが,このときレチナールのSchiff塩基(RSB)結合が脱H+化する.SzRは,この解離したH+を細胞質側へ放出した後,細胞外側から別のH+を再結合することで内向きH+輸送を達成していると考えられる(図3).興味深いことに,RSBが再H+化する前に,レチナールのポリエン鎖が13-cis型からall-trans型に戻ることが,大阪大学・水谷泰久教授らのグループによる時間分解共鳴Raman分光によって明らかにされている13).このときにRSBの窒素原子の非共有電子対が細胞外側を向くことで,H+を外液から取り込むことができる様になると考えられている.
SzR(左)とXeR(右)のX線結晶構造とH+輸送メカニズムの比較.SzR D184とXeR D74はカウンターイオンとしてH+化Schiff塩基結合の正電荷を安定化する.
より詳細なSzRの輸送機構を明らかにするため,さらに我々は東京大学・濡木理教授,志甫谷渉助教,樋口晶光氏らとSzRのX線結晶構造解析を行った14)(図3).その結果,SzRはイオン輸送経路を形成する膜貫通ヘリックスのうち,2番目と6番目のヘリックス(TM2, TM6)の細胞質側が他の微生物ロドプシンと比べて短いことが明らかとなった.これにより,RSBからH+を受け取った細胞質側のE81が,そのH+を素速くタンパク質外の溶媒へ放出できると考えられる.
またもう1つの内向きH+ポンプ型ロドプシンであるXeRの構造と比較すると,ともにH+化RSBに対する単一のカウンターイオンと細胞質側チャネルに脱H+化した酸性残基を持つという構造的な共通性が見出された(ただし,SzRではそれぞれTM7とTM3に,XeRではTM3とTM7にあり,対応するヘリックスが入れ替わっている).このことは同じ内向きH+ポンプ機能を達成するために,同様の構造的特徴を持つに至った,分子レベルでの収斂進化の結果であると考えられる.
一方で,ロドプシンが細胞外と細胞内のどちらにH+を輸送するのか,その違いはどの様に決定されているのであろうか?そのことを明らかにするため,我々は外向きH+ポンプ型ロドプシンのアミノ酸残基をSzRのものに置き換えることで内向きH+ポンプへと機能転換する研究を行った.このとき,もしわずかな変異数で輸送方向が逆転すれば,H+の輸送方向はごく少数の残基で制御されていることが実験的に示されることとなる.
我々は外向きH+ポンプ型ロドプシンの一種であるPspR15)を用いてその様な実験を行った.このとき我々が注目したのはSzRで輸送機能に重要であることがわかっている,TM3上のF70,Y71,S74,C75,E81の5つの残基である.まず,我々はPspRのこれら5残基全てをSzRに変えることで,輸送方向の逆転が起こることを期待したが,実際には輸送活性が消失した.そこで変異するアミノ酸残基数を1残基から徐々に増やしていったところ,1残基および2残基変異では外向きH+ポンプのままか,輸送活性が消失する結果となった.しかし,3残基変異したところ,明らかな内向きH+ポンプ活性が見られた.しかし,さらに変異数を4残基にすると内向き輸送活性が低下したことから,最も高い内向きH+活性を示した三重変異体で変異された残基,すなわちPspRのD73,T77,T78が,SzRではそれぞれF,S,Cとなることが内向きH+ポンプ機能への転換に最も重要であることが明らかとなった(図4)16).
PspRのアミノ酸残基をSzR型に変異したときの輸送方向の変化.PspRのD73,W74,T77,T78,G84位のアミノ酸を5つのアルファベットで表し,さらにSzR型に変異したものを赤字で示す.写真は各ロドプシンを発現した大腸菌菌体のペレット.
このうち,D73Fの変異は2つあるPspRのカウンターイオンを1つに減らすものであり,SzRやXeRの研究で示唆されたとおり,H+化RSBに対するカウンターイオンが1つだけであるため,H+に対する外向きの静電引力が小さいことが内向きH+ポンプに重要であることが示唆された.一方,T77SとT78Cの変異の役割については,当初輸送活性測定の実験からは不明であったが,精製タンパク質の実験から,D73Fの単独変異体と比べ,これらの変異を加えた分子ではRSBのpKaが上昇していることが明らかとなった.すなわち,D73F変異で2つのカウンターイオンのうち1つをなくすと,RSBのpKaが低下し,中性付近で脱H+化するとともにレチナールの吸収波長が紫外域にシフトしてしまうが,T77SとT78Cの変異によって下がったRSBのpKaが再び上昇する.これにより,D73F/T77S/T78Cの三重変異体は可視領域に強い吸収を持つことで,内向きH+ポンプ機能を達成したと考えられる.そしてRSB付近という,レチナールの光吸収で生じた構造変化をタンパク質側へ伝達するのに最も重要な部位におけるこれら3残基の違いが,ロドプシンのH+輸送の決定に重要であることが示された.しかし,この三重変異体のH+輸送や光サイクルの速度はSzRよりかなり低く,SzRと同様の効率で内向きH+ポンプ輸送を達成するには,さらなるタンパク質のFine tuningが必要である.
今回我々が行った研究により,これまで光とは独立して生きていると考えられていたアスガルドアーキアが,SzRを用いてユニークな光の利用を行う可能性を持つという,新たな光生物学的視点が得られた.またXeRとの比較や機能転換研究から,膜タンパク質がどの様にH+の輸送方向を決定するのかという,より本質的な問題に対して新たな知見がもたらされた.一方で,SzRの内向きH+輸送の生理的役割について,細胞内のアルカリ化を防ぐことや,細胞膜近傍のpHを変化させ,他の膜タンパク質の挙動を制御することなどが提唱されているが,この問題については,近年ようやく可能になりつつあるアスガルドアーキアの培養法の確立と,野生株を用いた研究によって明らかになると期待される.
本項で紹介したSzRの発見,機能解析および構造解析は名古屋工業大学・神取秀樹特別教授,角田聡特任准教授,細島頌子博士,イスラエル工科大学・Oded Béjà教授,チェコ科学アカデミー・Rohit Ghai博士,東京大学・濡木理教授,志甫谷渉助教,樋口晶光氏,名古屋大学・内橋貴之教授,生命創成探究センター(ExCELLS)渡辺大輝特任助教(研究当時),東京大学・八尾寛博士(研究当時)他多くの方々との共同研究によるものです.これらの研究に関わられた全ての皆様に,この場を借りて心より御礼申し上げます.
井上圭一(いのうえ けいいち)
東京大学物性研究所・准教授
今野雅恵(こんの まさえ)
東京大学物性研究所・特任研究員
川﨑佑真(かわさき ゆうま)
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻・博士後期課程2年
María del Carmen MARÍN(マリア デル カルメン マリン)
イスラエル工科大学・Azrieli Postdoctoral Fellow