Seibutsu Butsuri
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
Topics
Effect of High Hydrostatic Pressure on Cardiomyocytes
Yohei YAMAGUCHIMasatoshi MORIMATSU
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 63 Issue 5 Pages 261-262

Details
Abstract

高静水圧環境において,心収縮能が亢進することが長年知られてきた.しかしながら,その機能亢進メカニズムの解明には未だ研究の余地があった.本稿では,著者らが新たに発見した,心筋細胞の高静水圧誘発性収縮現象とそれに伴う分子メカニズムモデルについて紹介する.

1.  はじめに

心臓の絶え間ない拍動は,心筋細胞の収縮が生み出す.その収縮は,細胞膜電位の興奮による電位依存性Ca2+チャネルの開口に伴うCa2+流入と筋小胞体からのCa2+放出による[Ca2+]iの上昇(CICR: Ca2+-induced Ca2+ release)により生じる1).この一過性の[Ca2+]i増大が,トロポミオシン-トロポニン複合体の分子構造を変化させ,アクトミオシンが相互作用して収縮が誘発される2).この収縮は,伸展や温度といった物理的要因により調節される3)-5).これら物理的因子に加え,静水圧もまた重要な心機能調節因子である.生理的環境とは全く異なる高静水圧環境が,心収縮能にどのように影響するかという生物物理学的観点からの研究は100年以上の歴史があり,大気圧(0.1 MPa = 760 mmHg)の10倍以上に値するMPaレベルの高静水圧は心収縮能を亢進させることが知られる6).しかし,これまでの研究では,高静水圧下に心筋細胞動態をリアルタイムに定量的に評価する手段がなかったため,主に心臓という臓器,又は心臓から採取した心筋組織を用いた研究が主体であった.そのため,心臓の拍動を制御する心筋細胞自体へ高静水圧負荷がどのように作用するのかという点は全く未知であった.そこで,西山らが開発した高圧力顕微鏡7)を用いた高静水圧下での心筋細胞の挙動の観察を通して,高静水圧の心臓への作用を細胞レベルから明らかにしようと試みた.

本稿では,高圧力顕微鏡を用いた高静水圧負荷環境での心筋細胞の観察を通じて,①高静水圧により心筋細胞がゆっくりと収縮すること,②その収縮がCICRによる[Ca2+]iの一過性の上昇とは独立して起こるアクトミオシンの相互作用に基づく反応であることを示した我々の最新の知見8)を紹介する.

2.  高静水圧による心筋細胞の緩やかな収縮

高静水圧の心臓への作用を細胞レベルで理解するため,マウス心臓から心室筋細胞を単離し,高圧力顕微鏡を用いて,高静水圧負荷条件で観察した.その結果,大気圧(0.1 MPa)では静止状態にあった細胞が,高静水圧負荷条件(5-20 MPa)では,5-70秒程かけて細胞長の短縮が見られた(図1A).この緩徐な収縮(高静水圧誘発性収縮)は,電気刺激により生じる生理的な収縮(0.2秒程)と比べて極めて遅い.そのため,高静水圧誘発性収縮は,生理的な収縮とは全く異なるメカニズムで制御されていることが示唆された.

図1

(A)20 MPaの静水圧を負荷した心筋細胞の細胞長とその際のサルコメア長の変化.心筋細胞は高静水圧負荷により収縮した.各点は,異なる細胞を示す.(B)高静水圧(20 MPa)負荷での細胞内Ca2+濃度の変化.高静水圧負荷により細胞長は緩徐に短縮したが,細胞内の一過性Ca2+増大は認めない.文献8より改変.

3.  高静水圧誘発性収縮のメカニズム

心筋細胞の生理的な収縮では,CICRを介してトロポミオシン-トロポニン複合体がアクチンから解離し,ミオシン結合部位が露出するため,ミオシンがアクチンに結合できる状態になる.その結果,ミオシンATPaseが活性化し,ATPの分解が生じ,ミオシン頭部からADPとPiが放出される.そして,ミオシンはアクチンに強く結合し,パワーストロークにより収縮する9).では,高静水圧誘発性収縮はどのようなメカニズムにより制御されているのだろうか.生理的な収縮と同様にアクトミオシンの相互作用がその収縮メカニズムの根幹にあるのだろうか.この謎を明らかにするため,ミオシン-ADP-Pi複合体を安定化し,アクトミオシンの相互作用を弱めるミオシンATPase阻害剤(BDM)を用いて,高静水圧誘発性収縮がどのように変化するかを調べた.興味深いことに,BDM存在下では,20 MPaの静水圧を負荷しても細胞収縮は見られなかった8).このことから,静水圧負荷により,アクトミオシンの相互作用が強まり,収縮現象を生じさせていると推定される.

生理的な収縮では,CICRによる[Ca2+]iの一過性上昇が引き金となり,アクトミオシンの相互作用が強まる.では,静水圧を負荷した場合も,[Ca2+]iが一過性に上昇するのだろうか.緩徐な収縮を認めた20 MPaで,心筋細胞内のCa2+濃度を検証したが,明らかなCa2+濃度上昇は観察されなかった(図1B).

以上の結果から,高圧力下で誘起された心筋細胞の収縮機構を考えてみたい8).一般的に,高い圧力をかけると,タンパク質分子間の結合力が弱まることが知られている.そのため,細胞内のCa2+を増加させることなく一部のトロポミオシン-トロポニン複合体がアクチンから解離し,ミオシン結合部位が部分的に露出したと推察される.その結果,限られた数のミオシンしかアクチンと相互作用できず,心筋細胞はゆっくりと収縮したと考えられる.

4.  おわりに

心筋細胞への高静水圧の作用は今までブラックボックスであったが,高圧力顕微鏡を駆使することで,一つの答えを出すことができた.心筋細胞は,高静水圧負荷により緩徐な収縮を生じる.その収縮は,CICRによる一過性の[Ca2+]i上昇によらず,高静水圧で誘発されるアクトミオシンの相互作用の促進により生じていると考えられる.この点は,高静水圧が収縮タンパク質を直接制御する可能性を示唆しており,非常に興味深い知見と言える.

謝辞

本稿の研究は,近畿大学の西山雅祥准教授,岡山大学の成瀬恵治教授と甲斐廣彬氏,貝原恵子氏,旭川医科大学の高井章名誉教授と入部玄太郎教授,金子智之助教と共同で実施しました.本研究に関して,様々な議論や技術的な点でご支援下さった皆様へ心より感謝致します.

文献
Biographies

山口陽平(やまぐち ようへい)

名古屋市立大学大学院医学研究科薬理学分野助教

森松賢順(もりまつ まさとし)

岡山大学学術研究院医歯薬学域助教

 
© 2023 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top