2023 年 63 巻 5 号 p. 270-272
魚病原菌であるマイコプラズマ・モービレの滑走運動は,ATP合成酵素から進化したと考えられるモーターによって駆動されている.私たちはその特殊なモーターを単離し,電子顕微鏡解析によってその三次元構造を明らかにした.その構造はATP合成酵素の二量体が鎖状に連なったような新奇なものであった.

体長1 μmにも満たない魚病原菌マイコプラズマ・モービレ(以下モービレ)は,シアル酸オリゴ糖が存在する固体表面において滑るように動く滑走運動をみせる(図1A)1).滑走の速度は秒速約4 μmであり,1秒間で体長の5-6倍の距離を移動しているため,光学顕微鏡下で動いていることをはっきりと認識することができる.

マイコプラズマ・モービレの滑走運動.紫矢印は滑走方向を示している.(A)モービレの光学顕微鏡像.(B)モービレの滑走装置.青色と赤色の構造はそれぞれ内部装置と表面装置であり,表面装置のあしタンパク質が固体表面のシアル酸オリゴ糖に結合する.
モービレの滑走運動に必要な装置は菌体の突起構造に存在し,表面装置と内部装置の2つに大別される(図1B).表面装置は細胞の突起を覆う膜タンパク質複合体の集まりであり,あしタンパク質がシアル酸オリゴ糖をつかんで引っ張ることで菌体が前進する.一方,菌体内部に存在する内部装置はくらげ状の形をしており,くらげの触手に相当する鎖状構造が傘の骨のように広がって表面装置を裏打ちしている.鎖状構造はATPase活性をもつことから,滑走のための力を発生するモーターであると考えられている2).興味深いことに,鎖状構造の一部の構成タンパク質はATP合成酵素の触媒サブユニットのホモログであり,このことは鎖状構造がATP合成酵素から進化してきた可能性を示唆している3).ATP合成酵素はほとんどの生物にみられる回転モーターであり,生体膜においてATPの合成と膜電位の制御の2つの役割を担っている4).そのようなATP合成酵素がマイコプラズマの中で進化し,細胞を動かすような滑走モーターになったとなれば,その構造や仕組みは一体どうなっているのだろうか.本稿では,電子顕微鏡解析によって明らかになったこのモービレの特殊なモーターの構造について紹介する5).
鎖状構造改め滑走モーターの構成タンパク質の同定と電子顕微鏡による構造観察を行うために,菌体から滑走モーターを単離することを試みた.モービレ菌体をTriton X-100で処理して遠心すると,滑走モーターは懸濁してもほぐれない凝集物になってしまったが,その凝集物を高塩濃度(300-500 mM NaCl)の溶液で懸濁することで可溶化した.そして得られた可溶性画分をサイズ排除クロマトグラフィーにかけることによって滑走モーターを単離した.
質量分析によってタンパク質を同定すると,滑走モーターは,ATP合成酵素ホモログとホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)を含む5種類のタンパク質から構成されていることが明らかになった.解糖で働いているPGKが滑走モーターに含まれていることは想定外であったが,PGKはATPを生成する酵素6)であるので,滑走モーターに組み込まれることでモーターにATPを効率的に供給しているのかもしれない.
単離した滑走モーターをネガティブ染色電子顕微鏡法によって観察すると,みえたものは鎖状構造ではなく,鎖状構造がバラバラになったユニットであった.一方で,ユニットが2-3個連なった鎖状構造の名残のようなものもみられ,どうやら高塩濃度溶液の処理による可溶化後に時間経過によって鎖状構造が崩壊しているようである.そこで,単離プロセスにおいて高塩濃度溶液による処理時間を短縮すると,今度はユニットが長く連なった鎖状構造を多くみることができた.そして,撮影した像を計算することによって鎖状に連なった滑走モーターの三次元構造を得た(図2).

それはATP合成酵素でみられる六量体リングがアームのような構造で二量体化し,さらに縦に連なった構造であった.それぞれの六量体リングにはATP合成酵素の原子モデルが当てはまり,ATP合成酵素から進化したことをアミノ酸配列だけでなく三次元構造からも示唆することができた.
また,滑走モーターのATPase部分のみの単離や高速原子間力顕微鏡(高速AFM)による観察から,六量体リングはATP合成酵素の触媒部位を構成するαサブユニットとβサブユニットそれぞれのホモログであるタンパク質MMOB1660とMMOB1670によって形成されていること,図2で指し示している六量体リングから突き出た軸構造はタンパク質MMOB1630によって形成されていることが示唆された.MMOB1630はそのアミノ酸配列に基づいた構造予測から長いαヘリックスを2本もつことが示唆されており1),ATP合成酵素の軸構造であるγサブユニットと同じように2本のαヘリックスによるコイルドコイルが六量体リングの中央に突き刺さっていると考えられる.一方で,PGKはアームのような構造に含まれていることが示唆された.
今回明らかになった滑走モーターの構造はATP合成酵素にはない特徴をもっている.ATP合成酵素もミトコンドリアの内膜においては二量体化しており,さらにその二量体が列に並ぶように連なっているが,それらは膜ドメインであるFoにおける相互作用によって形成されている8).一方で,単離された滑走モーターではFoに相当する部分は見当たらなかったが,ATP合成酵素の可溶性ドメインであるF1に相当する領域において相互作用して二量体構造,そしてさらに鎖状構造を形成している.ATP合成酵素の二量体化や列形成にはミトコンドリアの内膜のひだ構造を形成する役割があるが,モービレの滑走モーターでは後述のように,滑走運動の力伝達に関わっていることが考えられる.また,鎖状であること,滑走方向に沿って並んでいることからモーター間に協同性をもたらすことや滑走の方向性に関わっていることも考えられる.
表面装置において動いているのはGli349とGli521という2つの巨大な膜タンパク質であり,Gli521が細胞内部から伝わった力をあしタンパク質であるGli349に伝達し,Gli349がシアル酸オリゴ糖をつかんで引っ張る(図3)1).それでは,細胞内部の滑走モーターはどのように力を発生し,そしてGli521に伝達しているのだろうか.滑走モーターがATP合成酵素と似た六量体リングをもつことから,ATP合成酵素と同じ機構によってATPを加水分解し構造変化するのではないか.すなわち,非触媒サブユニットMMOB1660と触媒サブユニットMMOB1670が交互に並んで六量体リングを形成しており,3つの触媒サブユニットが順番にATPを加水分解してそれぞれ振り子運動のような構造変化を示すことが考えられる.

モービレ滑走運動の力伝達モデル.紫矢印は滑走方向を示しており,黒矢印は構造の動きを表している.右上の図は回転モデルを真下からみている.触媒サブユニットの振り子運動によって引き起こされた軸構造の回転運動が,Gli521のクランクのようなフックによって直線運動に変換されることが考えられる.
滑走モーターからGli349までの力伝達メカニズムに関しては,以前の私たちの研究と今回の研究からi)回転モデル,ii)収縮モデルの2つが考えられる.i)回転モデルでは,ATP合成酵素の回転運動のように軸構造のMMOB1630が触媒サブユニットの振り子運動によって回転し,その回転が膜タンパク質であるGli521に伝わってGli521が回転する.Gli521は固いフックの先から柔らかいフィラメントが伸びた構造であることが明らかになっており,回転した固いフックがクランクとして働いて回転運動を直線運動に変換してGli349を真っすぐ引っ張ることが考えられる.ii)収縮モデルに関しては,以前の私たちの研究における滑走モーターのユニット間がATP加水分解によって収縮するというデータに基づいている2).このモデルでは,触媒サブユニットの振り子運動が,相互作用しているアーム構造に伝わって収縮運動に変換され,軸構造を通してGli521に伝わる.Gli521は“てこ”のように動いて小さい収縮運動を大きな直進運動に変換し,Gli349を真っすぐ引っ張ることが考えられる.どちらのモデルにせよ,滑走モーターとGli521をつないでうまく力を伝達している膜タンパク質があると考えている.まだその存在を確認できていないが,今後の研究で明らかにするつもりである.
マイコプラズマでは,本稿で紹介したモービレの滑走運動だけでなくヒト肺炎マイコプラズマの滑走運動とスピロプラズマ遊泳運動を含む3つもの全く異なるシステムの運動能が独自に進化してきた.マイコプラズマがこれらの運動能をどのように獲得したのかについて,私たちは以下の説を唱えている.すなわち,マイコプラズマの祖先はほとんどの細菌がもつ固い細胞壁を失ったことで柔軟な細胞になり,細胞内の生命維持に必要なタンパク質の動きが細胞外に伝わって動くようになった.本研究で明らかになった滑走モーターと生命維持に必要なATP合成酵素との関連性はこの説を支持している.また,あしとして働くGli349は宿主細胞への寄生のための接着タンパク質から進化してきたことが示唆されており9),私たちはモービレの原始的な滑走装置がATP合成酵素と接着タンパク質の偶発的な接触によって誕生したのではないかと考えている.この特殊な滑走運動のメカニズムを解明するために,現在クライオ電子顕微鏡法を用いて滑走モーターのより詳細な構造解析を行っている.論文が出版された際にはそちらも是非ご覧いただきたい.