生物物理
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談話室
キャリアデザイン談話室(19) 一人の計算科学者の体験談
杉田 有治
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2023 年 63 巻 5 号 p. 282-284

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1.  はじめに

このエッセイシリーズですでに書かれているように,研究者のキャリアは本当に人それぞれで,他人が簡単に真似のできるものではない.また,私の学生時代は今から30年も前のことなので,現在とはだいぶ状況が異なっている.SNSやGoogle検索,ChatGPTなどによって知りたい情報を得るためには便利な世の中になった一方で,巷に溢れる研究者のキャリアに関する情報は必ずしもポジティブなものばかりではないようだ.このエッセイでは,計算科学を用いた生物物理学の研究を専門とする私の学生時代から,独立した研究室を主宰するまでの体験談を紹介したい.だいぶ古い話も含まれるが,最近の大学院生や若手研究員の悩みと共通する部分や参考になる点が少しでもあれば幸いである.

2.  なんでもやってみよう(学部学生時代)

現役受験で失敗して1年間浪人生活を送った後,京都大学理学部に合格して大学生活をスタートした.合格者向けのオリエンテーションで,理学部長の日高敏隆先生が,「大学に入学したら勉強だけでなく,なんでもやってみよう」という趣旨の話をされたと記憶している.この言葉を実践するごとく,学部学生時代には,アルバイトやサークル,さらには体育会陸上競技部など,いろんなことに取り組んでみた.特に,陸上競技部では多くの個性的な友人と出会い,彼らから刺激を得て,充実した学生生活を送ることができた.必修科目も少なかったので,数学・物理・地球物理などいろいろな講義を聴講してみた.そうするとなんとなく,自分が好きなこと・得意なこと・そうでないことがわかった気がした.講義以外の時間には大学生協の書店に入り浸っていたのは,自分なりの情報収集だったのかもしれない.その中で,これからは生命科学がさらに発展しそうだから理論計算で生命現象を解明できたら面白いかもしれないと考えはじめた.理学部化学科の郷信広先生の研究室がまさにそのような研究をしていることを知り,3回生で化学実験を選択して実質的に化学科に進むことにした.化学の学生実験を始めてすぐに自分はあまり実験に向いていないことがわかったが,一通りの化学実験をやってみたことが,後に実験家と共同研究をする時に役に立ったと思う.

3.  何をやりたいか(大学院学生時代)

郷研究室に4回生から博士課程修了まで所属し,その後も現在に至るまでずっと計算科学を用いた生物物理学の研究を続けている.当時,郷研究室には優秀な大学院生や外国人ポスドクがたくさん所属していて,活発な研究活動が行われていた.一方で,私自身はなかなか自分の研究も進まず,もちろん論文も書けずという感じで,ずっと低空飛行だった.そんな中で修士2年の時に,2つの分岐点があったと思う.一つ目の分岐点は,修士卒で企業に就職するかどうかという問題である.当時は修士2年になってから就職活動を始めることが一般的だったので,修士1年の終わり頃から就職について考えはじめた.自分で考えるだけでは判断できず,奨学金をもらっていた会社や先輩のツテをたどって会社見学にも行かせてもらった.企業の研究所も自分にとって十分に魅力的ではあったが,論文を執筆したり,国際会議へ参加したりしてみたかったので,迷いながらも博士課程に進学することにした.仮に研究がうまくいかなくても,博士課程の終わりにもう一度就職の可能性を考えればよいか,というのが当時の自分の考えだった.

もう一つの分岐点は修士2年の終わり頃に,郷先生に「バイオインフォマティクスを研究しませんか?」と言われた時だった.全てのタンパク質の立体構造は1000個くらいの基本構造とその組み合わせで表現することができるのではという有名な論文1)が出版され,立体構造を用いたインフォマティクスへの期待が高まっていた.しかし,水中のタンパク質ダイナミクスを物理化学的な手法で研究したいという気持ちが強く,博士課程では北尾彰朗先生に直接指導していただき,分子動力学を使った自由エネルギー摂動計算法の開発を行った.また,大阪大学蛋白質研究所の油谷克英先生らとのヒトリゾチーム変異体の熱安定性に関する共同研究に参加した.郷先生からの提案とは別の課題に取り組むことになったが,論文の執筆などではとても丁寧にご指導いただき,その懐の大きさを痛感した.

4.  どうやって実現するか(研究者として)

博士取得のためのギリギリの条件をクリアして大学院を修了した後,理化学研究所で横山茂之先生が主宰する細胞情報伝達研究室にポスドクとしてお世話になった.実験の研究室に所属するのは初めてで大変勉強になったし,今に繋がる人脈もできた.ただ,実験の研究室でずっと理論計算を一人でやるのはしんどいなと考えて,ダメ元で分子科学研究所岡本祐幸先生の研究室の助手公募に応募してみた.論文数も少なかったのだが,陸上競技部で鍛えた体力と元気の良さが見込まれたのか,奇跡的に採用された.

分子研では岡本先生からの提案で,Monte Carlo法に基づくレプリカ交換法を分子動力学でも利用可能にするための計算手法の開発に取り組んだ.この手法をレプリカ交換分子動力学法(REMD)と名付け,Meta-enkephalinという5残基ペプチドの真空中での構造探索の結果と合わせて報告した2).徐々にこの論文の引用数も増えてきたので,自分も研究者としてやっていけるのではと考えはじめたが,独立した研究者として認められるためにはまだまだ実力不足だった.

REMDに続いて多次元REMDなど新しい計算手法の開発を行い,この分野では世界の一歩先を行く研究をしている実感があった.その一方で,当時の計算機の演算能力では大きなタンパク質を扱うことはできなかったし,小さなタンパク質やペプチドだけが計算対象では生命科学におけるインパクトは限定的だろうと感じていた.そこで,1年間米国に留学してもう少し幅広く研究したいという希望を岡本先生に伝えたところ快く許していただいた.そればかりか,2001年8月に米国のCharles L. Brooks III先生の研究室を一緒に訪問して,Brooks研究室メンバーに私を紹介するだけでなく,米国生活のガイダンスまでしていただいた.数週間の米国滞在から日本に戻り,San Diegoに行く準備を具体的に始めようとしていた9月に航空機を使ったテロ事件が米国でおこり,大きな衝撃を受けた.

ちょうどその頃,東京大学分子細胞生物学研究所の豊島近先生がカルシウムイオンポンプの分子動力学計算を行う人を探しているという話を横浜市大の木寺詔紀先生から伺った.生活に不安を抱きながら米国に留学するよりも,全く経験のない膜タンパク質の計算に取り組むことも一つの大きな挑戦であると考え,豊島研究室のポジションに応募し,講師として採用された.実際,イオンやATP,脂質二重膜などを含む膜タンパク質の分子動力学は日本ではほとんど行われておらず,横浜市大の池口満徳先生と頻繁に相談しながら,手探りでモデリング・シミュレーション・解析を行った.豊島先生らは,異なる生理的条件でのカルシウムイオンポンプの原子解像度の立体構造を次々にX線結晶構造解析を用いて決定し,イオン輸送やATP加水分解の本質的な役割などを解明しつつあった.まだPDBに登録されていない立体構造を,3DメガネをかけてSGIワークステーションの画面で眺めながら,豊島先生と一緒に議論することで「立体構造を用いてタンパク質の機能を理解すること」がわかってきたような気がした.

当初計画していたような大規模な構造変化の計算は全くできなかったが,カルシウムイオン結合部位近傍のプロトン化状態の予測によってプロトン対抗輸送の分子機構を解明することができた3).長期間の海外留学生活を送ることはできなかったので,米国で開催されたFASEB ConferenceやP-type ATPase Meetingなどに積極的に参加して発表するとともに,その前後にいろいろなラボを訪問し,セミナーをさせていただいた.私自身はこの分野で全く無名の存在だったが,豊島研究室に所属していたため,ラボ訪問・セミナーの希望を断られたことはなかった.

5.  おわりに

分子研と東大分生研で行った2つの研究(計算手法の開発・機能を理解する分子動力学計算)を「自分の強み」として,その後,独立PIポジションに多数応募した.もちろんほとんどは不採択だったが,理化学研究所の准主任研究員という若手PIポジションに採択され,ようやく自ら研究室を主宰することになった.分子研では真空中の5残基ペプチドを対象にしていたが,数年後に東大分生研では脂質二重膜中での約1000残基の膜タンパク質がターゲットになった.さらに理研では「京」を使うことで1億原子を超える分子混雑環境の計算や4),東大分生研時代には全く不可能だったカルシウムイオンポンプの構造変化についても解析することができた5).とはいえ,理研では完全に旗振り役に徹しているので,これらの研究を実現できたのは研究室メンバーの頑張りに他ならない.

自分自身の研究やキャリアの分岐点では,①自分自身が本当にやりたいことか,②他の人がまだやっていないことか,という2つの観点で考えることが多かった.③社会的なニーズがあるか,という観点では考えていないつもりだったが,理研に応募してスパコンを使った研究をしようとした段階でこの点に関しても考慮し始めたことになる.現在は,科学的な興味と社会的なニーズをバランスよく取り入れた研究活動をしたいと考えている.ただ,大学院生や若手研究者には,まずは,自分が何をやりたいかをはっきりと自覚して,それを続けるためにどうしたら良いかという順番に考えてほしい.

最近は特に社会環境の変化が早く,大学院生や若手研究員は先が見えない不安感があり大変だとは思う.このような時代にはむしろ変化があることを前提に,自分自身の力をしっかり蓄えてキャリアを構築する方がむしろ安全ではないだろうか.また,自分が研究やキャリアの分岐点で迷った時,多くの指導者や先輩に相談にのってもらったり,いろいろな提案や支援をいただいたりしたことは今でも本当に感謝している.理研で研究室を主宰してからは,海外のPI(Michael Feig教授(Michigan State U.)やWonpil Im教授(Lehigh U.)など)と親しくなり,いろいろな情報共有や意見交換をする中で前向きな気持ちで頑張ることができた.国内だけでなく海外にも同世代の親しい研究者がいると多くの刺激をもらえるので特に若い研究者にはお勧めしたい.

文献
Biographies

杉田有治(すぎた ゆうじ)

理化学研究所開拓研究本部主任研究員,同計算科学研究センターチームリーダー,同生命機能科学研究センターチームリーダー

 
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