2023 Volume 63 Issue 5 Pages 287-288
こんにちは.生物物理若手の会北海道支部長を務めております,柴垣光希と申します.北海道支部には現在,27人のメンバーが所属しており,月例の雑誌会に加えて時季ごとの交流会・セミナー運営などを行っております.この度2023年6月30日に北海道大学構内にてハイブリッド形式の研究交流セミナーを開催いたしましたので,ご報告させていただきます.
北海道支部では昨年,博士進学を考える上で経済的な不安をもつ学生が多いことを踏まえ,博士学生への経済支援を周知する目的で「博士フェローシップセミナー」を開催しました1).私自身にとっても,博士学生への多様な経済支援を知ったことは進学の決心の後押しとなりました.しかし,博士進学の最大の決め手は「研究の魅力を語る先輩との出会い」でした.
私は,昨年度に参加した夏の学校や学会での交流の中で「博士学生や研究者は皆,研究を楽しそうに語る」ということを肌で感じました.その経験から,博士課程は大変なこともあるのだろうが,「研究が楽しい」と思う気持ちを貫くことができれば,魅力的な人生の一段階になるに違いない,と考えるようになりました.このような自身の体験を他の人にも味わってほしい,さらにはその雰囲気を研究室に未配属の学生にも感じて欲しいと考え,本セミナーを着想・企画しました.
本セミナーでは,学生と年齢の近い先輩や若手の先生方に研究を語っていただき,さらに現在のキャリアを選択したきっかけについてもお話していただこうと計画しました.そこで,北海道地区で現在活躍されている若手研究者である喜多俊介先生,山内彩加林先生にご講演を依頼しました.さらに,修士卒業後に企業研究職に就いた後に博士課程に再入学された,北海道大学生命科学院博士1年の中村日菜美さんにも講演を依頼し,魅力的なプログラムを実現できました(表1).
プログラムと講演者
プログラム | 講演者 |
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生物物理若手の会北海道支部及び今年の夏学紹介 | 柴垣光希 生物物理若手の会北海道支部長 |
研究とキャリアの共通点~考え抜くこと~ | 中村日菜美さん 北海道大学大学院生命科学院 D1 |
不凍タンパク質の氷結晶結合機能と細胞保護機能~生物の低温適応の分子メカニズムに迫る~ | 山内彩加林先生 北海道大学低温科学研究所助教 |
もだえ苦しむ構造中毒者~X線と電子顕微鏡を併用して新型コロナウイルスに挑む~ | 喜多俊介先生 北海道大学大学院薬学研究院助教 |
本セミナーは,ポスター掲示やSNSでの発信等を活用した,支部員による積極的な広報活動も功を奏して大盛況のセミナーとなりました(図1).学部生の勧誘にも力を入れた結果,50名を超える幅広い年代の多数の学生に参加していただくことができました(図2).
セミナーでの集合写真.現地・オンライン参加者が集まり講演後の懇親会にて撮影.
参加者の学年分布.参加者総数は57名(現地参加31名,オンライン26名).
中村さんの講演では,学部卒業から修士入学,修士卒業から企業就職,企業研究職から博士課程入学の各段階で,どのように考えてキャリアを選択してきたかについて,考慮した要素を例示しながらお話ししていただきました.企業研究職を経験された方から「世界基準で活躍するために博士号が欲しいと思った」,「基礎研究にどっぷりつかりたくなった」というお言葉を聞き,博士課程の意義を捉え直す機会にもなりました.
続く山内先生のご講演では,ご専門の不凍タンパク質についてご講演いただきました.種々の不凍タンパク質により氷結晶の形状が特徴的に制御される動画が印象的でした.質疑応答では,学部2年生から「異なるタンパク質の構造がどのように氷の形を制御するのか」との質問があり,タンパク質が氷結晶の異なる部分に結合することで,最終的な形状に変化が生じる興味深いメカニズムに,会場の全員が聞き入っていました.キャリアに関しては,「目の前のこと1つ1つにしっかり取り組むことが大切」「自分のやりたいこと・得意なことを考えることが大切」というメッセージや,企業・アカデミアそれぞれの志望者への,時期に応じた具体的なアドバイスを伝えていただきました.
最後の喜多先生のご講演では,コロナウイルスのスパイクタンパクの構造という参加者に馴染みのあるテーマを軸に,構造生物学の歴史や現在の状況に関して概説していただきました.世界各地でご自身が研究を行う様子も紹介され,世界で活躍する研究者像の具体的イメージにも繋がりました.また,「自分は先程の中村さんとは対照的に,キャリアをあまり深く考え込まないタイプだ」と仰っており,異なる人生哲学を有する講師の先生方のお話が聞けた点でも有意義でした.
講演者の皆様に興味深くわかりやすい発表をしていただけたことで,現地・オンライン双方からの質疑応答も盛り上がりました.学部生から大学院生までの各年代の目線から,研究の内容やキャリアについての議論や意見交換が活発に行われました(図3).
セミナーでの質疑応答風景.質問待ちの列(左)と質疑応答の様子(右).
学生にとって,自身に近い年代の先輩研究者の研究内容やキャリアの考え方を聞く機会は限られていると感じています.特に北海道では地理的な制約もあり,進路選択のきっかけとなる出会いを見つける際に苦労することも多いです2).そのような状況の支援策の一つとして,北海道大学には博士人材のキャリア支援を行う機関があり,博士卒業後に社会で活躍されている方々のお話を聞くことができるセミナーが定期的に開催されています3).一方で,アカデミアの若手研究者が多くの学生と関わる機会は比較的少ないために,若手研究者と学生がキャリアについて話をする機会は多くはないと考えます.しかし,若手研究者から得られるキャリアに関する情報は,学部生・大学院生にとって重要な判断材料となるはずです.実際に参加後アンケートでは,ほぼすべての回答者が「キャリア選択の参考になった」「全体的に満足であった」と答えていました.また,講演内容に関しても「先生方のお話は「若手の会らしい」ものであり,普段の発表では聞くことのできない内容を聞けた」との回答がありました.北海道支部として,本セミナーのような場を今後も提供していきたいと考えております.
本セミナー運営の広報から会場準備に至るまで,ご多忙のなか協力して下さった北海道支部の皆様,また参加していただいた皆様に感謝を申し上げます.そして何より,魅力的な講演内容で参加者に大きな学びとモチベーションを与えて下さった講師の先生方には,この場をお借りして厚く御礼申し上げます.