Seibutsu Butsuri
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Review
Dynamics of the Spontaneous Nucleation of Microtubules
Hiroshi IMAIEtsuko MUTO
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2023 Volume 63 Issue 6 Pages 299-302

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Abstract

GTPチューブリンからどのようにして微小管の重合が始まるのか?これまで「自発的核生成」のしくみはほとんど知られていなかったが,筆者らは,溶液中の多様なチューブリンオリゴマー中,形とサイズの両方で一定の基準を満たす,ごく少数のオリゴマーのみが,微小管にまで成長できることを明らかにした.

Translated Abstract

The structural pathway of spontaneous microtubule nucleation was identified for the first time using recombinant mutant tubulin with a high nucleation rate, rapid flash-negative stain electron microscopy, and kinetic analyses of the size of critical nucleus. The single-stranded tubulin oligomers assembled during the early stage of polymerization had a variety of lengths and curvatures; however, the majority of these oligomers dissociated to tubulin. It was the few straight oligomers exceeding the critical size that underwent lateral interaction, had two-dimensional growth into sheets, and eventually closed into microtubules.

1.  研究の背景

真核生物の細胞骨格である「微小管」は,αβ-チューブリンダイマーが集まった直径25 nmほどの管状の繊維である.微小管の重合は試験管内で容易に再現できる.試験管にチューブリン溶液を入れGTPを加えて温め,溶液の散乱で微小管の重合量を測定すると,重合量は時間と共にシグモイダルに増加し,やがて定常状態に達して一定の値に落ち着く(図1A).GTPの代わりにGDPを加えてもこの現象は起こらない.本稿では,このプロセスの最初に起こる「核生成」,すなわち,チューブリンから微小管が生まれるメカニズムについて,筆者らの研究成果を紹介する1)

図1

自発的核生成のメカニズムを考える上での課題.A)光散乱で追跡した微小管の重合.B)溶液中と微小管内のチューブリンのコンフォメーション.重合に伴いCurvedからStraightに変わる.C)従来の核生成のモデルにおける微小集合体のサイズと自由エネルギー(赤線)の関係8).臨界核サイズを超えると不可逆的成長が始まる.

これは他の蛋白質を必要としないチューブリン分子の自発的な反応であり,γ-TuRCなどのTemplate存在下で起こる核生成と区別して「自発的核生成」と呼ばれる.微小管の重合ダイナミクスというと,人々の関心は定常状態のDynamic instabilityに集中し,自発的核生成の分子機構についてはこれまでほとんど手付かずであった2)-5).自発的核生成は,系がシンプルで,重合ダイナミクスの物理的,構造的基盤を掘り下げるのに適しており,また,Dynamic instabilityとも細胞内での核生成とも深く関係していると見られる.

自発的核生成の仕組みを理解する上で,2つの重要な点がある.1つはチューブリンから微小管が生まれる時,いつどの段階でCurvedからStraightへのコンフォメーション変化が起きるのか?という点である(図1B).チューブリンは溶液中で,構造のよく似たαサブユニットとβサブユニットがある角度をなして結合するCurved conformationをとっているのに対し,微小管中では2つのサブユニットの長軸がまっすぐ縦に連なったStraight conformationをとっており,重合のどの段階でまっすぐになるのか,これまで多くの議論がなされてきたが決着はついていない6),7)

もう1つは,チューブリンから微小管がスタートするためには,初期のチューブリン集合体はどれくらいのサイズまで成長する必要があるか,という点である.「核生成」とは,微小管に限らず自然界の様々な場面で,1つの熱力学安定相(仮にA相とする)に別の熱力学的安定相(B相)が出現する際に起こる物理現象であって,多様な現象に共通の特徴として(図1C),A相に現れるB相の微小集合体は,あるサイズに達するまでは不安定ですぐ壊れてしまうのに対し,臨界核サイズを超えたとたん不可逆的成長に入る8).臨界サイズ超えは大きなゆらぎを待って起こる稀な現象で,全体の反応の律速過程であることが多い.微小管の場合,臨界核サイズは何によって決まるのだろうか?

2.  実験系

本研究は「曲率変化」と「臨界核サイズ」,この2つの問題への取り組みを目的としてスタートした.それには,電子顕微鏡で重合初期に溶液中に生まれる中間体を観察し,そこからチューブリンから微小管への反応経路を推測する,というのが正攻法だが,溶液中に生まれる様々な中間構造を見ただけでは,それらの構造体のどれが微小管の生成に結びついているのか,反応経路はわからない.そもそも臨界核は中間構造のうち,自由エネルギー的に最も不安定な状態であり,観察しにくいことが予想される2).そこで我々は,核生成が活発なチューブリンミュータントを作り,その核生成時の中間構造体を,野生型のそれと比べることで反応経路の解明をめざした.ネガティブコントロールとして,核生成の起こらない,野生型チューブリンをGDPでインキュベートしたサンプルも用意した.

ミュータントの作成に際しては,武藤らが開発した組み替え体チューブリンの発現精製技術を用い9),結晶構造解析の結果を参考に10),βチューブリンサブユニットの222番目のチロシンをフェニルアラニンに変え(β-Y222F),野生型に比べ圧倒的に速い核生成を実現させた(図2A-F).

図2

核生成速度と初期オリゴマーの形.A,D)OD(Optical Diffraction,光散乱)で追跡した重合のタイムコース.B,C,E,F)左グラフ中,黒矢印で示した時点における暗視野顕微鏡像.ミュータントでは野生型に比べ低濃度であるにも関わらず,早い時期から多数の微小管ができている.G)ODが定常状態の10%に達した時点(グラフA,D中の白矢印)におけるオリゴマーの電顕像とH)その曲率分布.ミュータントでは,直線に近いオリゴマーの出現頻度が野生型の3倍近くまで増加していた(黄色ハイライト).曲率の測定は23 nm以上の長さを持つオリゴマーを対象とし,中心軌道を円弧でフィットしその曲率半径から求めた.文献1より改変して転載.

重合初期の中間体を観察するには,重合が始まり溶液の光散乱が定常状態の10%に達したタイミングを狙ってチューブリン溶液の一部を取り出し,ネガティブ染色電子顕微鏡法の観察試料とした.このサンプルは個々の中間体を観察するには濃度が高すぎるため,ラピッドフラッシュ法により,サンプルを急速に希釈・固定した11),12).核生成はチューブリン濃度に強く依存する現象であり,キネティクスと構造解析を同一濃度で行えるように実験系を整えた.

3.  曲率:稀にできるまっすぐなオリゴマーが重要

重合初期の溶液を電顕で調べると,多数のチューブリンオリゴマーが微小管と共存していた.オリゴマーは重合が終盤に近づくにつれ減っていき,ほぼ全てのチューブリンが重合して微小管を形成するミュータントでは,最終段階でオリゴマーはほとんど見当たらなかった.これらの観察から,オリゴマーは,チューブリンから微小管が作られる道筋の中間体であることが察せられた3)

オリゴマーの曲率を調べると,野生型もミュータントも,微小管中のチューブリンに近い直型から溶液中チューブリンの曲型まで,曲率は広範囲に分布しており,核生成の起こりやすいものほど分布が左にずれる傾向にあった(図2H).核生成の速いミュータントでは,野生型に比べまっすぐなオリゴマーの出現頻度が高く,核生成しない野生型GDPチューブリンでは,まっすぐなオリゴマーはほとんど見当たらなかった.つまり核生成の起こりやすさは,まっすぐなオリゴマーの出現率と強く相関していた.

4.  臨界核:1次元成長から2次元成長への切り替え

一方,オリゴマーのサイズに関しては野生型,ミュータント,どちらもダイマーが圧倒的Majorityであり,オリゴマーが長くなるにつれ,出現頻度は指数関数的に減少した.最長サイズは野生型がオクタマーで,ミュータントはドデカマーまでであった.異なる長さのオリゴマーは互いに準平衡状態にあり,伸びてはダイマーに戻ることを繰り返していると思われる.

これらのオリゴマーは,すでに臨界核サイズを超えているのだろうか?それを判断するには臨界サイズを知る必要がある.濁度の経時変化(=微小管の重合量変化)から,図3に示すような方法で臨界核サイズ(α)を計算すると,臨界核は野生型では4.0 ± 0.2個,ミュータントで5.9 ± 0.3個のチューブリンダイマーからできていることがわかった.これらの値はオリゴマーの最長サイズとぴったり一致しており,電子顕微鏡で観察したオリゴマー(図2G)は,臨界核サイズを超えていないことがわかった.統計では,オリゴマー集団中(ダイマーを除く),臨界核サイズに達することのできたオリゴマーは全体の1%程度であった.

図3

臨界核サイズの計算.A)重合曲線(図2A,D)のたちあがり部分の拡大.反応初期の重合量は核生成レートと微小管の成長速度の積で表され,時間の2次関数で近似できる(黒線が近似曲線;全てR > 0.99).2次関数の係数を微小管成長速度(実測値)で割ると,核生成レートI0を得ることができる.B)I0は臨界核の生成速度に他ならず,I0 = BC0α(Bは定数,C0はチューブリン濃度,αは臨界核サイズ)で表される.I0C0に対し両対数プロットすると,グラフの傾きから臨界核サイズαが得られる.文献1より改変して転載.

臨界核サイズを超えると何が起こるのだろうか?曲率解析に用いたたくさんの写真を丹念に見直すと,ミュータントでは,ごく稀に複数のオリゴマーが束になった2本鎖や3本鎖のオリゴマー(図4A-J),さらに多数のオリゴマーが束ねられた複合体が見つかった.2本鎖オリゴマーでは,少なくとも2本のうちの長い方は臨界核サイズ(=6)を超えており,短い方も,その多くは臨界核サイズを超えていた(図4K, L).これらの結果から,臨界核サイズを超えたオリゴマーはラテラルに相互作用して,縦横2つの方向に成長していくことが明らかになった.さらに成長が進んで,大きなサイズに成長したシートや,シートが管状に閉じて微小管になる様子も見受けられ,チューブリンから微小管に至るStructural pathwayの全貌が明らかになった1)

図4

ミュータントで見つかったオリゴマー複合体.A-J)大多数は1本鎖オリゴマーである中に,稀に2本鎖,3本鎖など,複数のオリゴマーが束になった複合体が見つかった.K)1本鎖オリゴマーとL)2本鎖オリゴマーの長さ.文献1より改変して転載.

野生型でもオリゴマー複合体とおぼしきものの存在は認められたが,ミュータントに比べ核生成レートが格段に低く,解析に充分な数の画像を集められていない.

5.  まとめ&今後の課題

我々は,これまでバラバラに行われることが多かった形態とキネティクスの解析を,1つの実験条件で同時に行うことによって,臨界核前後の反応経路解明に成功した.オリゴマーは臨界核サイズを境に,縦方向に限られた1次元の成長から,ラテラルな相互作用を伴う2次元成長へと変化していた(図5).

図5

自発的核生成の反応経路(ミュータントの結果から推測した野生型のモデル).(A)集合体のサイズとその生成に伴う自由エネルギー変化.(B)集合体がエネルギー障壁を超えて成長する時の反応経路.(上段)1本鎖オリゴマーは生成してもすぐ壊れてしまうが,稀にまっすぐなオリゴマーが臨界核サイズを超えると,ラテラルな相互作用が始まり,不可逆的成長に入る.(下段)オリゴマーが曲がっていると,ラテラルな相互作用ができず,成長に至らない.1本鎖オリゴマーの99%以上のものは,曲がっているか,短すぎて,エネルギーバリアを超えられない.

アクチンの場合も,臨界核の前後で1次元から2次元へと成長モードが切り替わることが知られている13),14).微小管もアクチンも,成長の次元が増えて1つのサブユニットが他のサブユニットとの間に作ることのできる結合数が増えると,集合体の内部のエネルギーが増え,成長が進むのであろう.微小管の場合,2次元への切り替えは,アクチンのようにオリゴマーの成長に伴い自然に起きるわけではなく,静電相互作用を介してオリゴマー同士がラテラルに結合する必要がある15).そのためにはオリゴマーがまっすぐで,ある程度の長さまで伸びている必要があるのだろう.

まっすぐで臨界核サイズに達したオリゴマーは,オリゴマー全体の1%にも満たない少数派で1),電顕写真に写っているオリゴマーの大半は核になることなくダイマーに戻る(図5B).まっすぐなダイマーが規則的に並ぶ微小管の秩序ある構造は,多様なゆらぎの中からごく少数の適者を選択することで始まる.ゆらぎの原因が,チューブリン分子の物理的な性質によるのか,あるいはGTPの加水分解反応と共役する化学的な性質のものなのか,宿題が残った.

謝辞

本稿はBenoit Gigant博士(パリ・サクレー大学),関本謙教授(パリ・第7大学),上村慎治教授(中央大学),白水美香子チームリーダー&重松秀樹研究員(理化学研究所・生命機能科学研究センター),理化学研究所・脳科学総合研究センター・分子動態解析技術開発チームで行った共同研究の成果に基づくものです.この場を借りて深く謝意を表します.

文献
Biographies

今井 洋(いまい ひろし)

大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻助教

武藤悦子(むとう えつこ)

中央大学理工学部生命科学科共同研究員

早稲田大学先進理工学部客員教授

 
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