2023 年 63 巻 6 号 p. 316-319
グルコースなどの糖が欠乏した飢餓ストレス環境下において,酵母が種を超えて“latecomer killing”という現象を普遍的に示すことを報告する.酵母たちは,飢餓環境下で毒を分泌し,たとえ自らのクローンであっても,他の細胞を殺してしまう.同時に,彼らはその毒に適応し,子孫に受け継ぐことで,自らとその子孫は生き残るのだ.

「こういう小さな船では,燃料は目的地に着くだけのぎりぎりの量しか与えられない.だから,もしきみが船内にとどまれば,重みが加算されて船は着地する前に燃料を使い果たしてしまう.そして墜落だ.きみもわたしも死んでしまう.それから,熱病の血清を待っている六人の隊員も」
これは『冷たい方程式』(トム・ゴドウィン著,伊藤典夫訳)という小説の台詞からの引用である.この小説では,辺境の惑星に熱病の血清を運ぶ一人乗りの宇宙船に,少女が密航した結果,船に積まれている燃料が足りなくなるという状況が描かれている.決まった量の燃料でどの程度の重量の荷物を運べるかというのは物理的に決まっており,そこに人間性の入る余地はない.これを「冷たい方程式」と呼んでいるわけだ.
生物の生存を支える代謝は物理化学的なプロセスであり,決まった量の栄養でどの程度の数の生物が増殖できるかというのは,まさに「冷たい方程式」で決まっている.ヒトを含めた生物は,時として,この冷たい方程式に応えなければならない.特に,微生物の住むシステムサイズが小さな世界では,ほんの少しの環境変動によってすぐに栄養が枯渇してしまい,住める生物の数が激減してしまう.このような環境で,微生物たちはどのように振る舞っているのだろうか.
我々は,分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)が,グルコース欠乏という飢餓環境下において,化学物質を介したコミュニケーションを行っているのではないかという仮説を立てた.そこで,まず高時間分解能で細胞濁度を測定するシステムを構築した.これを用いて,グルコース存在下で前培養した分裂酵母を,グルコースなどの糖が含まれていない培地に移して,その増殖を観察した.すると,炭素源としてグリセロールさえ存在すれば,すぐに適応しほとんど遅れ時間がなく増殖し始めることがわかった.以降,本稿ではグルコース欠乏培地というのは,このグルコースなどの糖が含まれておらず,グリセロールを添加した培地を指す.我々は,酵母の集団がいかに相互作用をしているかを見るために,以下のような実験を行った1)(図1).

実験概要図.
1.分裂酵母をグルコース欠乏培地で培養する.
2.培地から酵母を取り除き,培養上清を作成する.
3.1で用いた酵母のクローン細胞を,グルコース存在下で前培養した後,2の培養上清で培養する.
すると,培養上清中でも増殖はするものの,驚くべきことに,増殖し始めるまでに20時間程度の遅れ時間が生じることが見出された(図2).

培養上清中での増殖開始までの遅れ時間.
これだけだと,細胞増殖に伴い,培養上清中の栄養源が無くなったのではと思う方もいるだろう.しかし,糖新生に必須の遺伝子であるfbp1を欠損させ,グルコース欠乏培地で増殖できなくさせた株を用いて培養上清を作成し,グルコース存在下で前培養した酵母をその中で培養したところ,同様に増殖までに20時間以上の遅れ時間が生じることがわかった.ここから,細胞増殖までの遅れ時間は,栄養源が消費された結果というより,むしろ酵母が何らかの増殖阻害物質を培地中に放出した結果ではないかと考えられた.
なお,培養上清にグルコースを添加した場合,増殖までの遅れ時間は生じなかった.よって,阻害物質は糖の非存在下でのみ効果を発揮することが予想された.
また,グルコース存在下で前培養した酵母ではなく,グルコース欠乏下で前培養し,あらかじめ飢餓環境に適応した酵母では,増殖までの遅れ時間は見られなくなった.これより,グルコース欠乏下で培養された酵母は,糖飢餓に適応するだけでなく,阻害物質にも適応していると考えられた.
さて,本当に酵母は増殖阻害物質を放出しているのだろうか.我々は,野生株とfbp1欠損株,それぞれの培養上清に含まれる物質を質量分析によって特定し,以下の基準に基づいて増殖抑制物質を特定した.
・グルコース欠乏培地に添加することで,増殖までの遅れ時間が生じること
・そこにさらにグルコースを添加することで,遅れ時間が生じなくなること
・飢餓環境に適応した酵母に対しては,遅れ時間を生じさせないこと
我々はこれらの基準を満たす分子を,ロイシン酸(HICA)と2-ケト-3-メチル吉草酸(2K3MVA)の2種類特定することができた.これらはどちらも吉草酸の骨格を持っており,非常によく似た小分子であった(図3a).また,その性質もよく似ていた.添加量がある濃度以下では,これらの物質は遅れ時間を全く生じさせないが,濃度がある閾値を超えると急に遅れ時間が生じ,濃度に応じて遅れ時間が長くなった(図3b).これらよりHICAと2K3MVAは糖飢餓環境において増殖までの遅れ時間を生じさせる主な要因であることが示唆された.

a)増殖抑制を引き起こす2種類の物質.b)それぞれの物質が濃度依存的に引き起こす増殖抑制.
それでは,どのようにしてこれらの物質は増殖までの遅れ時間を引き起こしているのだろうか.我々は培養上清と,HICA,2K3MVAのそれぞれを添加したグルコース欠乏培地での,細胞の死亡率を細胞染色により計測した(図4a).すると,培養上清と,HICA,2K3MVAを添加した培地のどちらでも,細胞の死亡率が大幅に上昇することが明らかになった(図4b).これにより,培養上清やHICA,2K3MVAなどの存在下において,細胞集団が増殖を開始するまでの遅れ時間が見えているのは,多くの細胞が死んでおり,わずかに残った生細胞の増殖が死細胞数に比べると微々たるものであり,ほとんど検出されないためであることがわかった.

a)各培地における死細胞の染色画像.死細胞はphloxine Bを排出できないので,赤く染色される.b)各培地における死亡率.c)競合実験における,先駆者細胞と新参者細胞の比率の時間変化.
つまり,分裂酵母は,グルコースが欠乏した糖飢餓環境において,自らのクローン細胞をも殺す毒を分泌していることが明らかになった.他方,最初から飢餓環境にいた酵母は,毒を出すとともに,その毒に適応する.また,この適応状態は子孫にも受け継がれる.それによって,最初から飢餓環境にいた酵母とその子孫たちで構成されるリネージはこの毒では死なないが,後からやってきた「新参者」は,たとえそれが最初にいた種のクローンだったとしても,毒によって死ぬこととなる.実際に,我々はこの状況を模した実験を行い,飢餓に適応した細胞が集団の中での割合を増やすことを確認した(図4c).我々は,この現象を「latecomer killing(新参者殺し)」と名付けた.
では,初期から糖飢餓環境にいた細胞は,毒にどのように適応しているのだろうか.我々は,グルコースが含まれている培地にHICAや2K3MVAを添加して,その培地で酵母を前培養した.すると,培養上清やHICA,2K3MVAによる増殖抑制を大幅に抑えることができることがわかった.飢餓への適応というとシンプルなメカニズムを想像しがちだが,実際は飢餓状態で毒となる代謝産物を分泌し,そしてその代謝産物に適応するという,複層的なメカニズムによって適応しているようである.実際,我々は毒への適応に重要な遺伝子を特定した.グルコース飢餓培地においては,特定された遺伝子が欠損している株の増殖はほとんど野生株と同様であった.よって,これらの遺伝子は,糖飢餓に対する適応ではなく,毒に対する適応に重要であることがわかった.特に効果が大きかったいくつかの遺伝子に関しては,分裂酵母においてはほとんどその機能が調べられていなかったものの,オーソログの解析から,短鎖型脱水素酵素や膜貫通トランスポータをコードしていることが示唆された.前者は,毒の無毒化に関係が深く,後者は毒の排出に関係が深いことから,酵母は様々なメカニズムを協奏的に働かせることによって,毒に対して適応していると考えられる.遺伝子が同定されたことから,今後は分子生物学的な解析が進むことも期待される.
さて,これまでの話は,基本的には分裂酵母に関するものであった.それでは,このlatecomer killingは,分裂酵母以外の種が飢餓環境に侵入してきても効果があるものなのだろうか.我々は,出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の2種類の株をそれぞれ分裂酵母の培養上清に入れて培養した.すると,分裂酵母の培養上清はどちらの株の増殖も抑制することがわかった.すなわち,latecomer killingは,自らの近縁種だけではなく,遠縁種にも効果がある侵入防止機構であるということがわかった.
さらに驚くべきことに,出芽酵母の2種類の株で,分裂酵母と同様に培養上清を作成し,その中でグルコース存在下において前培養したそれぞれのクローン細胞の増殖を観察したところ,分裂酵母と同様に増殖開始までの遅れ時間が見られることがわかった.これらの出芽酵母の培養上清からもHICAと2K3MVAが検出され,さらにグルコース飢餓培地にHICAや2K3MVAを添加することで出芽酵母でも増殖開始までの遅れ時間が見られた.よって分子的にも普遍性があることがわかった.両者が系統的に分かれたのは10億年以上前であると考えられている.それらで細胞間コミュニケーションの様式が保存され,しかも共通の分子が使われていることは,latecomer killingがさらに広範な生物種で見られる可能性を示唆する.
過去に微生物集団を対象にした様々な研究において,細胞同士で助け合うような関係や,あるいは遺伝的に異なる細胞を殺すような関係は数多く見つかっている.前者としては,代謝物を漏出することで他の微生物の増殖を助けるような振る舞いが多く報告されている.また,後者としては,toxin-antitoxin系が多くの生物で知られている.この系では,ある細胞が毒となる分子とその防御機構となる分子を同時に発現することで,自分は死なずに,防御機構を持っていない細胞,つまり自分のクローンでない細胞のみを殺すことができる.
今回紹介したlatecomer killingは,これとは大きく異なる.そもそも,今までにクローン細胞を殺すような現象はほとんど報告されていない.これは,クローン細胞を殺せば,自分のリネージも当然死に得るので,一般に適応度が下がるためだ.しかし,latecomer killingにおいては,細胞が毒を分泌するとともに,その毒に適応し,その状態を子孫に受け継ぐという,あたかも細胞分化のような振る舞いを示すことによって,自分のリネージを守りながら,近縁種も遠縁種も殺してしまう.こうして,酵母たちは利己的に冷たい方程式に対して解を出しているのだ.
微生物生態系におけるこの利己的な振る舞いが,転移的な進化の基礎となり得るのではと我々は考えている.生物がどのように単細胞から多細胞へと転移的な進化を遂げたのかというのは,生物進化において解くべき謎の一つである.酵母やカビ,キノコが属する菌類では,単細胞-多細胞転移が非常に起こりやすいことが知られている.菌類以外では5回しか多細胞化が起こっていないのに対して,菌類では8-11回も多細胞化が起こっているという解析もある2).また,近年の人工進化実験で,酵母の多細胞化は再現性よく起こることが報告されている3),4).多細胞化の際に,きちんと発生が進行するためには,細胞間での増殖の促進に加え,細胞分化を伴う増殖の抑制が欠かせない.前述の通り,前者は微生物生態系でよく見られるが,後者は過去の研究では見つかっていない.我々が見つけたlatecomer killingは,まさに後者の候補となるものである.今後,微生物生態系の振る舞いと,それが進化に及ぼす影響の関係が明らかになり,冷たい方程式が支配するこの世界において,いかに菌類が,そして我々多細胞生物が繁茂してきたのかが明らかになるのを期待している.