2023 年 63 巻 6 号 p. 340-341
6年におよぶアメリカでの研究生活は,私からコンビニ飯や,唐揚げ,家系ラーメンに対する執着を消し去るには十分だった.フレッシュさを欠く私が,適役かわからないが,留学記を執筆する機会は貴重であるので何かを共有したい.私が博士課程時代に所属していた国立遺伝学研究所には,留学を経験している研究者が多かった.そのため,留学先での「武勇伝」を,飲み会で聴かせていただく(聴かされる)機会も多く,留学に対する憧れはムクムクと成長していた.科学研究は国境を越えた人類の営みであるから,日本を離れた新たな場で,自分を試したいという願望も自分の中にあったと思う.しかし,「どこで」「何を」するのかという問いは,多くの学生・ポスドクを常に悩ませる.正直にいうと,私も渡米直前まで進路が決まっておらず,焦りに焦っていた.そのように悩む私を見かねてか,当時の指導教官であった前島一博先生の計らいで,染色体に関する小規模なアメリカの学会に参加する機会を得た.この小さな学会はNancy Kleckner先生(以下Nancy)が主催していた.Nancyは減数分裂の相同組換えを含む染色体に関する重要な研究を多く行っており,特に近年は染色体の生物物理学に注力している.学会でNancyと話す機会があるかもしれないと思った私は,渡米前にNancyが書いた総説を読んだ.その中で,「相同ペアリング」という現象が特に興味を引いた.減数分裂では,相同染色体同士がお互いを検索し,近接することで整列する.これを相同ペアリングと呼ぶ.この現象は古くから知られているが,そのメカニズムは不明である.相同染色体は1ペアしか存在しない上に,染色体の動きはタンパク質と比べると非常に遅いため,どのような物理メカニズムにより機能しているのか,生物物理学の問題としても興味深い.そして,この問題の解決には,私が博士時代に培ったライブセルイメージングの技術や,染色体動態の知見が活かせるのではないかという思惑があった.いざ学会に参加した私は,学会のお昼休みに,Nancyが一人でいるところをみつけ,一対一でディスカッションをする機会を得ることができた.Nancyは私が当時行っていた研究について,ストレートに「Questionは何か,Assayは何か,New findingは何か」と尋ねてきた.それに対し,自分が行っていた超解像イメージングと,得られたデータについて説明をした.Nancyは私の説明に対し,データから導かれる可能性のあるモデルを次々と列挙し,議論を展開した.そこには私が考えていなかったモデルも含まれており,ひと目データを見ただけで,これほど的確にポイントをつくことができるものかと驚いた.1時間近くにおよんだ議論を終える頃には,Nancyの研究に対する情熱とその人柄,そしてなんとも言語化し難い「パワー」にとても惹かれていた.別れ際に,減数分裂の相同ペアリングに興味があるという話をしたところ,ちょうどペアリングの研究ができる人を探しているという返答があり,Nancyラボでポスドクとして研究する決心をした.ちなみに,帰国後メールをしたところ,二つ返事で快諾され,一般的なラボでの発表やメンバーとのインタビューはなかった.
Nancyラボは自由なラボで,それぞれが独立した研究を行っている.テクニシャンによるサポート等はないため,それぞれのプロジェクトは個人が責任を持って行う必要がある.Nancyとの議論は予定を調整すれば,必要なときにいつでも可能である.Nancyとの議論では,データから読み取ることができる情報をつきつめ,考えることが可能な仮説をできるだけ探っていく.その過程でお互いから,新しいアイデアがポンポン飛び出すため,非常に刺激的な瞬間である.しかし,Ideas are cheap.とNancy自身がいうように,そのアイデアとどう付き合うかという手腕も問われる.Nancyは最高のサポーターであると同時に,最恐のレビュワーでもある.そのため,議論を始める前に,データとそれにひもづく論理をしっかりと自分の中で整理して臨む必要がある.議論の最後には,その都度,本当に問題の解決に向かっているか,確認が行われる.このようなNancyとの議論は本当に楽しく,また科学の奥深さを垣間見ることも多い.このラボで研究をしていてよかったなと思う瞬間である(もちろんバチバチにされることも多いのだが…)さらに,フェローシップや論文の執筆においても,手厚い指導が提供されている.私の書いた文章はかなり「日本語的感覚」の文章だったようで,「Tadasu,お前をしっかりアメリカナイズする」という宣言のもと,文章の書き方を「勉強」することができた.1 + 2 = 3と書きたいところを3 = 1 + 2と書くと良いということに気づき,少しずつではあるが文章も改善している(はずだ).このアナロジーは他の研究者たちから賛同を得ているので,外してはいないだろう.読者はこの文章からその気配を微塵も感じ取ることができないことに薄々勘づいていることとは思うが,そこに突っ込むのは野暮である.
ポスドクを始める際,Nancyに最低でも5年間はラボで研究してほしいといわれた.自分の想定では3年程度だったため,これには正直面食らった.しかし,その私の見積もりも甘々だったようだ.留学当初,怖い先輩たちに「J(ビザ)の切れ目は(日本との)縁の切れ目」と,こっぴどくいわれたが,Jビザの5年間のうちに研究をまとめることはできなかった.しかし,長くボストン近郊に居座ったおかげで,色々なコミュニティとの関わりを得ることができた.渡米後最初の学科のレクリエーションで,時間の10%は他の研究者とのコミュニケーションに使うようにと,アドバイスされた.それに感化された私は,ボストンクロマチンクラブという若手研究者の会合を,知り合いの研究者と作った.といっても月一回,ランチを食べて話すだけだが…このような活動もやってみるもので,そのボストンクロマチンクラブのメンバーを中心に,Molecular Cellに17人全員筆頭という前代未聞のレビュー論文を発表することができた.さらに,COVID-19の影響で大学での研究活動に制限がかかり,何かしないと…という思いで,力をいれた日本語の科学ポッドキャストは,とある賞をいただくことができた.人生何が起こるかわからないものである.そして,肝心の研究はどうなったかというと,予想の5倍近くは難航した.一時期,ほぼ難破していたともいえる.出芽酵母における減数分裂の相同ペアリングの研究をすることに決めたわけだが,酵母のイメージングについての見積もりが甘く,軌道に乗るまでに2年を費やしてしまった.やっと研究が動き始めた頃,COVID-19がアメリカに襲来し,全ての計画は吹き飛んだ.研究がストップしていた時期の活動は前出の通りである.紆余曲折はあったが,なんとか研究を立て直し,相同ペアリングに関する新しい知見を得ることができた.現在,論文の準備を進めている.少数性生物学のトレーニングコースでお世話になった大阪大学の永井先生に「自分の価値観を破壊するような人のところでポスドクをしろ」といわれたことを今でも時々思い返す.Nancyラボで,自分のちっぽけな価値観を破壊し,ゆっくりではあるが成長しているという実感はある.そして,長年,日本人男性として日本で無神経に生きてきた私にとって,アメリカでマイノリティーになる経験も重要であったと思う.Nancyを見ていると限りないサイエンスへの情熱を感じる.生涯現役であることは間違いないだろう.そのような姿には「Science is fun.」という言葉がしっくりくる.私の研究人生は幸運にも「Science is fun.」 が今のところ持続している.そろそろ次の場所に移動する時期ではあるが,これからも日本,アメリカでの研究を通して得た力をうまくミックスさせて,研究に励みたいと思う.