生物物理
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総説
鉄(II)イオンおよび遊離ヘム蛍光プローブの開発と応用
平山 祐
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2024 年 64 巻 1 号 p. 12-16

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Abstract

鉄は地球上に確認されているあらゆる生物に含まれ,鉄イオンあるいはヘムの形で多くの生命維持に必須の機能を担っていることが知られているが,細胞内における鉄イオン・ヘム自体の動態は未解明である.本総説では,これまでに筆者が開発してきた,遊離鉄イオン・遊離ヘムの生細胞イメージングプローブについて紹介する.

Translated Abstract

Iron is ubiquitously contained in all the living things on the earth. Iron plays many essential roles in our body as iron ions and heme with proteins. At the same time, labile iron and heme, designated as protein-free or weakly protein-bound species, also play essential roles in physiological and pathological aspects. However, the subcellular dynamics of labile iron/heme have remained unclear due to a lack of useful imaging probes. This review presents new chemical tools enabling live-cell imaging of labile iron and labile heme and their applications.

1.  はじめに

鉄・ヘムは生命体においてユビキタスに存在する化学種である.様々な重要機能を担うのみならず,その恒常性異常が病態に関わることも知られる.本総説では,筆者らがこれまでに開発した細胞内鉄(II)イオンおよび遊離ヘムの生細胞イメージングプローブ群から,ハイスループットスクリーニング(HTS)が可能な高感度鉄(II)イオンプローブとヘム蛍光プローブについてそれぞれ紹介したい.

2.  鉄の生体内での役割と鉄(II)イオン検出プローブ

鉄は現在確認されているすべての生物が保有しており,我々ヒトにとっては必須元素として,もっとも多く含まれる遷移金属種である.人体内の鉄はその大半がタンパク質に結合した状態で存在し,酸素運搬,エネルギー産生,酵素反応の活性中心として機能している.これらのタンパク質結合鉄に加えて,遊離鉄と呼ばれるタンパク質弱結合性および非結合性の鉄イオンも体内・細胞内には存在し,細胞内の還元的環境や,トランスポーターやシャペロンタンパク質が鉄(II)イオンを認識することから,鉄(II)イオンが遊離鉄の主成分となっている1).一方,遊離鉄はフェントン反応(Fe2+ + H2O2→Fe3+ + OH + OH)により高反応性活性酸素種であるヒドロキシルラジカルを生成することから,過剰な鉄(II)イオンは酸化ストレスをもたらす2).そのため,細胞内の遊離鉄濃度は厳密に制御されており,その恒常性に狂いが生じることで様々な不調が起こることになる.実際,鉄過剰との関連性が疑われる病態はがん,神経変性疾患をはじめ,数多く報告されている3).しかしながら,生細胞内で鉄(II)イオンを選択的に検出することは難しく,現在でも有用な方法は限定的である4).筆者は,このような状況に先立ち,鉄(II)イオン選択的蛍光プローブを世界で初めて報告し,生細胞イメージングにて鉄(II)イオンの検出に成功した5).さらにこれまでにいくつかの蛍光プローブ開発とともに,生細胞や病態モデルへと応用し,それぞれの鉄異常を明らかにしてきた6).しかしながら,これまでの鉄研究において,細胞内鉄の変動を惹起するには,鉄の投与が一般的かつ唯一の方法であり,これは鉄欠乏に対する臨床処置でも同じ状況であった.上述のように,過剰な鉄は酸化ストレスによる細胞傷害性を示すことから,筆者は,「鉄の投与」に代わる,より温和な「鉄調節薬」が必要であると考え,化合物ライブラリーのスクリーニングから鉄代謝を調節できる新規薬物候補化合物を見出すことを目的とし,細胞内遊離鉄を指標としたHTS系を確立することとした7)

3.  高感度鉄(II)イオン蛍光プローブの開発とHTS

筆者が開発してきた鉄(II)イオン蛍光プローブは,3級アミンN-オキシドが鉄(II)イオンにより脱酸素化を受ける,という化学反応を利用したものである(図1a5).この反応をいかに高速化し,かつ,蛍光のoff/on比を向上させるかが,HTS系確立の鍵であった.これまでの知見から,アミン部に環状アミンを使うと脱酸素化反応が高速化することがわかっていた.そこで,種々の環状アミンN-オキシド構造を有する7種類の新規蛍光プローブ候補化合物(図1b)を作成し,その鉄(II)イオンに対する蛍光応答性を確認したところ,N-オキシド部にBoc-ピペラジン,エトキシカルボニルピペラジン,およびPiv-ピペラジン構造を持つRhoNox-4,RhoNox-7,およびRhoNox-8が20分以内に鉄(II)イオン選択的に100倍を超える蛍光増大比を示した(図1c).次に,細胞内での性能を確認したところ,RhoNox-4のみが細胞での鉄(II)イオン検出能を示し,かつ,細胞中での蛍光増大比もRhoNox-1を大きく上回るものであった(図2).RhoNox-4(X = N-COOtBu)と構造的に非常に近いRhoNox-7(X = N-COOEt)やRhoNox-8(X = N-COtBu)では細胞膜透過性が低く,細胞内での機能が見られなかったことも構造活性相関の観点からは興味深い.以上の検討から,RhoNox-4を使った細胞内遊離鉄を指標としたHTS系を構築し,3399化合物を含む化合物ライブラリーの活性を評価した.このスクリーニング系では,蛍光強度が上昇するものだけでなく,低下するもの,すなわち,鉄(II)イオンを増加させるものと減少させる化合物の両方を見つけだすことができた.3回のスクリーニングの後,再現性良く鉄(II)イオンの上昇作用を示したロモファンギンをヒット化合物として見出した(図3a, b).この化合物は,現在も詳しい作用機序は不明であるが,フェリチンを減少させ,細胞内の鉄(II)イオンを増加させていることがわかってきた(図3c, d).現在,ロモファンギンは国内での販売はされていないため,筆者の研究室では作用機序の解明を目指して化合物の全合成研究を進めている.

図1

(a)N-オキシドの脱酸素化反応を利用した鉄(II)イオン蛍光プローブRhoNox-1の構造とその作用機序.(b)環状アミンN-オキシドを持つRhoNoxシリーズの構造.(c)RhoNox-N(N = 1-8)の鉄(II)イオンに対する応答性の比較.

図2

RhoNox-N(N = 1-8)を使った生細胞での鉄(II)イオンイメージング.スケールバー:25 μm.

図3

(a)RhoNox-4を使った化合物ライブラリースクリーニングの概要.(b)Lomofungin処理細胞での鉄(II)イオンイメージング.スケールバー:100 μm.(c)Lomofunginによるフェリチン分解を示すウェスタンブロット.β-アクチンを内部標準として比較,Lomofungin処理群でフェリチン量の減少が確認された.(d)Lomofunginの推定作用機序.

4.  生体内遊離ヘムの役割と検出プローブ

ヘムは鉄イオンとプロトポルフィリンIXの金属錯体であり,原核生物から真核生物まで,幅広い生物種が利用している.また,ヒトにおいてはヘモグロビンやシトクロムP450に代表されるヘムタンパク質群の補因子として機能している8).一方,遊離鉄と同様,遊離のヘムも細胞内に存在しており,ヘム結合により制御される転写因子がいくつか報告されていることから,細胞シグナリングに関わっていると考えられている9).加えて,酸化還元に関わる反応性は鉄イオンよりも高く,かつ脂溶性が高いことから,生体分子の酸化損傷能力が高いため,その濃度は遊離鉄よりも厳密な制御を受けている10).しかしながら,その細胞内挙動や輸送に関しては依然として不明な点が多く残されており,ヘム自体の細胞内動態については全くわかっていない.細胞内の遊離ヘムを検出する蛍光センサー分子11)はいくつか開発されているが,蛍光タンパク質とヘム結合タンパク質を融合したものであり,細胞への遺伝子導入が必須であった.また,蛍光センサー分子とヘムの結合が強力すぎるために,細胞内のヘム枯渇が懸念される等の問題から,普及には至っていない.合成小分子による遊離ヘムプローブは一例のみ報告があったものの,ヘムへの選択性が不十分であり,こちらも内在性の遊離ヘム変動を検出するには至っていない12).以上の背景より,細胞内の遊離ヘムの挙動解明を目指し,細胞内在性の遊離ヘムのイメージングに利用できる小分子蛍光プローブの開発に着手した.

5.  生体内遊離ヘム検出プローブの開発と応用

細胞内の還元的環境,および豊富なグルタチオンの存在から,細胞内の遊離ヘムは中心金属が鉄(II)イオンである.筆者の開発してきた鉄(II)イオン蛍光プローブでは,N-オキシドが鉄(II)イオンにより脱酸素化される化学反応(図1a)を利用しているが,この反応を遊離ヘムに利用できると考えた.生細胞内の遊離鉄の濃度は数μM程度であると考えられている13)が,遊離ヘムはそれよりも10~100倍程度低濃度の領域で変動することが報告されている11).すなわち,N-オキシドの脱酸素化を遊離ヘムの検出へと使うには,鉄(II)イオンとの反応性を低下させると同時に,遊離ヘムには反応するよう,その反応性を最適化させることが必須である.詳細については原著論文14)を参照いただきたいが,筆者は,N-オキシド近傍に電子求引性の置換基を導入することで,ヘムとの反応性が向上すること,蛍光色素にロドール構造(フルオレセインの片方の水酸基がアミノ基となったもの)を使用すると鉄(II)イオンとの反応が極めて遅くなることを見出していた.これらの知見から,上記の構造要件を満たす,ロドール構造にジフルオロピペリジンN-オキシド構造を導入したH-FluNoxを設計・合成した(図4a14).H-FluNoxに鉄(II)イオン(10 μM)あるいはヘム(1 μM)を還元条件下で加えたところ,鉄(II)イオンに対しては1時間後3倍程度の蛍光増大であったのに対し,ヘムを加えた場合には10分以内に200倍に蛍光強度が増大した(図4b).また,他の金属イオン(図4c)や活性酸素種,還元剤等には全く応答せず,高いヘム選択性と鋭敏な応答性を兼ね備えた蛍光プローブであることがわかった.

図4

(a)H-FluNoxの構造とヘム検出機序.(b)H-FluNoxのヘム(1 μM)と鉄(II)イオン(10 μM)に対する蛍光応答性の比較.(c)H-FluNoxの蛍光応答選択性.

以上の結果を踏まえて,生細胞での遊離ヘムイメージングへと適用した.ヘム生合成活性化作用が知られている5-アミノレブリン酸(5-ALA,図5a15)を培地に加えて培養した細胞に,プローブを投与し,イメージング実験を行った.図5bに示すように,5-ALA処理細胞にて顕著な蛍光シグナルの増大が観察された.一方,ヘム生合成阻害剤であるスクシニルアセトン(SA,図5a)を5-ALAと同時に投与していた場合は蛍光シグナルの増大は見られなかった.以上の結果から,本プローブが細胞内で遊離ヘムを検出していることが明らかになった.

図5

(a)5-アミノレブリン酸からのヘム生合成機構.ALAD = 5-アミノレブリン酸脱水酵素.(b)H-FluNoxを使った生細胞ヘムイメージングの例.スケールバー:25 μm.

次に,細胞内の遊離ヘムの変動を解析できるかどうかを検討した.古くから,ヘムタンパク質を一酸化窒素で処理すると,一時的にヘムがタンパク質から遊離することが知られている(図6a11).筆者らはこれを生細胞中で再現することとした.一酸化窒素の徐放剤であるNOC-5を細胞に処理し,プローブを使って細胞内遊離ヘムの変動を観察した.その結果,NOC-5の濃度依存的に蛍光強度が増大し,細胞内で遊離ヘムが増加していることが明らかになった(図6b).本実験では,外部からのヘム添加や5-ALAのようなヘム量を増加させるような処理を実施していない.すなわち,本実験で観察した現象は,内在性ヘムタンパク質から遊離するヘムを捉えたものであり,小分子型のヘム蛍光プローブとしてはH-FluNoxが初の例である.

図6

(a)NOによるヘムタンパク質からのヘム遊離機構.(b)NOC-5処理細胞での生細胞ヘムイメージングの例.スケールバー:50 μm.

フェロトーシス(鉄依存的細胞死)は,比較的新しく発見されたプログラム細胞死16)であり,鉄(II)イオンによる細胞膜脂質の過酸化反応が細胞死を惹起するという点,鉄キレート剤により阻害されることから,フェロトーシスの名前がついた.これまでに様々な作用機序に関する研究がされてきたが,鉄依存的であるという事実にもかかわらず,脂質過酸化に関わるような遊離鉄の動態変化はほとんど研究されていない.また,筆者は,遊離ヘムが適度な脂溶性を持つことから,脂質過酸化に関与しているのではないかと考え,フェロトーシス誘導時に起こる遊離鉄(鉄(II)イオン)と遊離ヘムの変動を解析することとした.ここでは,筆者の開発した鉄(II)イオン蛍光プローブSiRhoNox-117)およびヘム蛍光プローブH-FluNoxを使用することとした(図7).それぞれ,鉄(II)イオンと遊離ヘムに選択的であり,かつ,両プローブ間で励起・蛍光波長の重複が無く,同時に使用することができる.フェロトーシス誘導剤エラスチン16)をHT1080細胞に処理し,6時間後にSiRhoNox-1とH-FluNoxで同時に染色し,共焦点蛍光顕微鏡にて観察した.SiRhoNox-1,H-FluNox,両者とも蛍光強度の増大が見られ,鉄(II)イオン,遊離ヘムの両者の濃度が上昇していることが明らかになった(図7).フェロトーシス阻害作用を示す鉄キレート剤であるデフェロキサミン(DFO)16)をエラスチンと同時に投与したところ,SiRhoNox-1の蛍光増大は抑制されたが,H-FluNoxの蛍光強度に有意な差は見られなかった(図7).フェロトーシスにより遊離ヘム濃度が上昇することは,本実験により初めて明らかになった.しかしながら,遊離ヘムの濃度上昇はDFOの影響を受けないこと,DFOがフェロトーシスを抑制することを考慮すると,遊離ヘムの濃度上昇自体が細胞死に直結するわけではなく,どのような生物学的意義があるのかは,現在も不明であり,今後の検討課題である.

図7

鉄(II)イオン蛍光プローブSiRhoNox-1(上段)とH-FluNox(下段)を使ったフェロトーシス時の鉄(II)イオン・遊離ヘム同時イメージングの例.Erastin:フェロトーシス誘導試薬,DFO(デフェロキサミン):フェロトーシス阻害薬.スケールバー:50 μm.

6.  おわりに

生体における鉄の重要性は古くから知られているものの,依然として不明な点も多い.特に,ヘムに関してはその細胞内動態は現在でもほとんどわかっていない.筆者の開発した鉄(II)イオン蛍光プローブ,遊離ヘム蛍光プローブは,細胞培地に投与するだけで使える,比較的簡便な蛍光イメージングプローブであり,徐々に使用実績も増えつつある.鉄の生命科学に関連のある研究をされている方々に,ここで紹介した技術が少しでもお役に立てば幸いである.

文献
Biographies

平山 祐(ひらやま たすく)

岐阜薬科大学薬化学研究室准教授

 
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