生物物理
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「人工」代謝系をもつDNAゲルロボットの開発
浜田 省吾
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2024 年 64 巻 1 号 p. 17-20

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Abstract

近年,DNAを使った新たな構造作製手法として「DNAハイドロゲル」が注目されている.我々は,酵素反応で作るDNA物理ゲルの技術をもとにして,代謝を模したDNA材料システム「DASH」を開発,また,これを使って駆動する「スライム型分子ロボット」の原型を作り出した.本トピックスでは,このシステムの概要と展望を述べる.

1.  はじめに:DNAハイドロゲル

DNAを材料とした構造作製手法のなかでも,DNAオリガミなどに代表されるナノ構造,DNAの配列特異的なコネクタとしての特徴を活用した粒子アセンブリやDNAバーコードなどと並び,第三のカテゴリーとして「DNAハイドロゲル」が近年注目されている1).DNAゲルは,文字通りDNA分子の三次元ネットワークによって構成された構造である.先述の他の手法とは異なり,DNAのポリマーとしての特徴を活用したアプローチといえる.ナノスケールにおける分子(配列)デザインを駆使することで,バルクスケール構造を簡単に作り出す手法として,医療から材料まで,様々な応用が期待されている.

DNAゲルは二種類に大別される.ひとつが,ネットワークが全て共有結合によって架橋された,いわゆる化学ゲルである2).こちらは,リガーゼを使い分岐モチーフを接続する手法で作られることが多い.他方,DNA同士の物理的な絡み合いや水素結合といった非共有結合で架橋された物理ゲルもDNAで作り出すことができる3).特に後者は,DNAポリメラーゼによる合成反応で構造を作製できる(後述)ため,従来手法と比較してもコスト面で優れており,かつスケーラブルであることから,無細胞タンパク質合成系と組み合わせた機能化や,セラミック素材と組み合わせたハイブリッド化など4),応用へ向けた開発が可能な段階に達しつつある.

2.  「人工」代謝系をもつDNA材料システム

このような背景をもとに,我々はこのDNA物理ゲルの技術をもとにして,代謝の概念を人工的に模した材料システム「DASH: DNA-based Assembly and Synthesis of Hierarchical materials」を開発,これを使って駆動する「スライム型分子ロボット」のプロトタイプを作製した5).本稿では,このシステムの概説とともに,今後の展望について述べる.

生物の材料作りは,同化と異化のパスウェイからなる複雑な代謝により行われている.この動的な材料システムこそ,まさに生き物を生命たらしめる基盤といえよう.この概念を単純化して捉えると,分子の動的な合成・分解・集合・散逸が組み合わさった非平衡開放系といえる.この場合,同化は合成・集合により単純な材料から複雑な材料を作るプロセス,異化は散逸・分解により複雑な材料を単純な材料へと壊すプロセスと捉えられる.もしこのような動的な材料システムを,細胞などの生命に依存しない方法で人工的に実現できるのであれば,自律的に分子レベルから自らの身体を動的に作り出して成長し,更新し,さらには維持する,まさに「生きたロボット」への第一歩になるのではないか,と我々は考えた.

DASHは,この代謝の概念を単純化し,DNAの「合成・分解」,および「集合・散逸」のふたつのサイクルをカップリングした材料システムである(図1a, b).これにより,合成・集合からなる同化(生成)プロセスと,散逸・分解からなる異化(消失)プロセス,この2種類のパスウェイを構築した(図1c).

図1

「人工」代謝系DASHの概念図.a)散逸的集合によるネットワーク構造(DASHパターン)形成とb)酵素によるDNA合成・分解反応のふたつのサイクルをカップリングした.これにより,c)合成・集合による「同化(生成)」と散逸・分解による「異化(消失)」のプロセスからなる材料システムを構築した.

DNAの合成・分解にはそれぞれDNAポリメラーゼとDNase Iによる酵素反応を,散逸的集合についてはマイクロ流体デバイス内の流れ場による指向性集合と散逸を利用した.

DNA分子の合成には,DNA物理ゲルの作成手法と同様,RCA(Rolling Circle Amplification)と呼ばれる等温DNA増幅法を用いた6)図2a).環状のDNAテンプレートをもとに,これに相補となるDNAを繰り返し連続的に合成することで,長鎖のssDNAを作り出す手法である.これまでのDNA物理ゲルでは,RCAにより長鎖DNAを合成した後,追加のプライマーを投入してさらに増幅する手法でゲルを作製していた.これに対しDASHでは,この複数ステップの操作を省き,一回の増幅反応のみで行えるように改良している.この合成反応を行いながら,その溶液を柱が並んだマイクロ流体デバイスに流し込む(図2b).すると,柱の横に発生する渦による絡み合いとハイブリダイゼーションによってDNA分子が集合し,ネットワーク構造(DASHパターン)を形成する.この構造は流路内の流れ方向に沿ってつながるため,結果,流路内の柱の配置に従って数百マイクロメートル~ミリメートルサイズの二次元パターンが生成される(図3).ここでポイントなのは,一定流下においてこれらの反応は自発的に行われる点である.外部から操作を行わずとも,合成と集合のプロセスが同時に行われ,構造が生成される.

図2

同化プロセスの実装.a)DNAの合成はRCA反応により,b)集合はマイクロ流体デバイス内での渦の発生を利用して行われる.(Reprinted with permission from AAAS5).)

図3

DASHによる構造生成(同化プロセス).マイクロ流路内の柱や凹凸(白色点線)によって渦が発生することで,その配置に従った様々な形状(パターン)を作成できる.(Reprinted with permission from AAAS5).)

一方で異化(消失)のプロセスは,流れ場による散逸と,DNase IによるDNA分子の分解を組み合わせて実装された.構造生成と消失を自律的かつ逐次的に行うため,ここでは生成された構造そのものを使った単純なフィードバックを実現した.具体的には,これまで紹介した合成反応溶液に加え,分解反応を行う溶液をマイクロ流路に流し込む.初期状態においては,二種類の流れは層流となって流れるため,分解反応溶液は合成反応溶液側と干渉しない.合成反応溶液が流れている領域で同化プロセスが続くと,ネットワーク構造はゲル状の「かたまり」へと成長する.この生成されたゲル状の構造が全体の流れへ影響を及ぼす.層流が崩れ,分解反応溶液が合成反応溶液と混合されることで,生成された構造が散逸・分解されてゆく.プロセスとしては,これが同化から異化へのパスウェイ切り替えに相当する.結果として最終的に構造全体が消失し,初期状態へと戻る.極めてプリミティブな実装ではあるが,これにより,自律的な構造生成と消失(代謝におけるパスウェイ切り替え)が実現された.

3.  人工代謝系で駆動する分子ロボットの原型

「スライム型分子ロボット」の原型は,DASHの構造生成・消失を組み合わせることで作られた.上記で示した自律的な構造生成・消失プロセスを単純化し,これを初期状態・生成状態・消失状態の三状態が切り替わる状態遷移機械として捉える.これをユニットとして複数並べ,連動させる手法で設計は行われた.それぞれのユニットにおける柱周辺の渦度を変化させることで生成のタイミングを調整し,また,消失については,隣接ユニット間の消失の挙動を連動させた.デバイス上流の領域で消失に遷移した影響(溶液の混合)が下流へと流れで伝播することで,確実に構造の消失が行われる.これにより,「頭部」の側では常に新しい構造が生成され続け,一方で「尾部」では構造が常に消失し続ける(図4a).結果として,スライム状のボディがあたかも移動しているかのように見える挙動が実現した.まさに,人工代謝系を使って擬似的に動く,ある種の「機械(からくり)」が実現したといえる.

図4

スライム型分子ロボットの原型.a)移動ビヘイビア.生成と消失を組み合わせることで,流れに逆らう向きにスライム状のボディが擬似的に移動する.b)競争ビヘイビア.2体のボディが同時に生成され(75分),途中までは同じ速度で移動する(107.5分).その後対称性が崩れ,この例の場合ではボディ2が先にゴールした一方,ボディ1の歩みは止まり(135分),最終的には完全に消失した.各々のスケールバーは染色したDNAの蛍光強度を示す.(Reprinted with permission from AAAS5).)

さらに,この移動するマシンを並列に組み合わせることで,2体のスライムマシンが「競争」する挙動を作りだすことにも成功した(図4b).実装としては,上記の移動マシンをふたつ並列させる.その際,一方の構造生成が他方にも影響を及ぼすことを狙い,間に分解溶液を挟んでそれぞれの生成溶液が流れるようにデバイスを設計した.これにより,対称性が一旦崩れると,先を進むボディがライバルの消失を促すことで,他方の歩みがさらに遅くなり,二体の動きの差が広がる.結果として,片方の勝者のみがゴールに辿り着き,敗者はそのボディごと最終的には消失してしまう.これは観察者である人間による勝手な解釈ではあるが,競争の結果として,ある種の淘汰にも似た挙動が見られた,とも捉えられる.極めてシンプルな仕組みでありながらも,生き物で見られるような振る舞いを作りだすことができた.

4.  まとめと将来展望

生物の代謝の概念を模倣した「人工的な代謝」を使ったものづくりは,今はまだ極めて萌芽的な段階にある.今回は分子ロボティクス7)の文脈で,擬似的に移動するスライム型のマシンを作り,競争や淘汰といった,生き物のような挙動の実装を行った.ただ,DASHシステムのような人工代謝系の本質は,非平衡開放系における分子レベルからの自律的な材料生成・消失とその制御にあり,その応用はロボティクスにとどまらない.例えば,この動的構造生成プロセスを核酸増幅・可視化手法と捉えることで,核酸検出技術として利用できる.実際に我々は,DASHシステムを応用した核酸その場検出技術の実用化に向け,スタートアップ企業を立ち上げ活動を開始している8).また,人工代謝系によって動的に成長・更新するDNAゲルは,多分子種によるハイブリッド構造化や更なる代謝サイクルのカップリングなどによる機能性実装を通じ,生物物理分野へも貢献できるプログラマブルな動的機能性材料になりうる.もちろんまだまだ夢物語ではあるが,このような人工代謝系を基盤として,そこに知能,自己複製,そして進化など,更なる生命の特徴を実装することで,細胞とはまた異なるゲル型の「生きた」人工システムの実現が待っているかもしれない.DASHは,そのような新たなタイプの人工システムを作り出す第一歩になると期待される.

謝辞

本稿では,米コーネル大学(Luo研)および東北大学(分子ロボティクス研)で行ってきた研究内容を中心に紹介させていただきました.両研究室の先生方,コラボレータの方々,そして一緒に研究を進めて下さっている学生の皆様に,この場を借りて御礼申し上げます.また,本研究を遂行するにあたり,学術変革領域研究「分子サイバネティクス」「超越分子システム」をはじめとしたご支援に心より感謝いたします.

文献
Biographies

浜田省吾(はまだ しょうご)

東京工業大学情報理工学院助教

 
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