生物物理
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海外だより
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~助けられっぱなしの海外滞在記~
本田 信吾
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2024 年 64 巻 1 号 p. 51-52

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私は2022年4月から米ワシントン大学Institute for Protein Design(IPD)のDavid Baker博士の研究室にてポスドクをしております.本稿では,海外での研究生活に興味がある方に向け,私の経験を紹介させていただきます.

渡米の経緯

私は2018年に民間企業を退職し博士課程に進学しており,この時から海外で研究することに漠然と興味を抱いていました.博士課程では東京大学野地研究室にて酵素の一分子活性計測技術を開発していたのですが,酵素の一分子計測でしばしばボトルネックとなるのが標的分子由来の信号を特異的に増幅するプローブの開発です.プローブを自在にデザインする技術があればいいのに,と思っていた矢先,2021年にBaker研究室から,さまざまな標的分子に対するプローブをタンパク質でデザインする技術が報告されました.Baker研はde novoタンパク質デザイン(=天然に存在しないタンパク質をコンピュータ上でデザインする技術)において分野をリードするラボであり,ここならば一分子計測用のプローブもデザイン可能ではないかと考え,ポスドクポジションへの応募を決意しました.

勢いはよかったものの,ここから渡米まで苦難の数ヶ月が始まります.まず当然のように応募メールに返信が来ません.今思うと恥ずかしい話なのですが,無我夢中だった私はDavidのオンラインセミナーに片っ端から出席して研究提案を絡めた質問をするなど必死でアピールし,なんとかインタビューに呼んでもらいました.後にDavidが「たくさん質問くれる面白い人がいるなと思ってたよ」と笑っていたので,熱意(?)が通じたのかもしれません.最終的にフェローシップを取ったら喜んで受け入れるよと言ってもらったのですが,この時点で海外学振の応募期間は終了していました.そこで必死で民間財団のフェローシップを探して応募し,ありがたいことに内藤記念科学振興財団に支援いただき渡米できる運びとなりました.

研究室紹介

もともとBaker研は,アミノ酸配列が折りたたまり立体構造を形成する原理の解明や,タンパク質の構造予測に取り組んできましたが,現在は望みの構造や機能を持つタンパク質のde novoデザインやデザインツールの開発に力を入れています.ポスドクと大学院生だけでも100名を超える大所帯で,驚くべきことに基本的にPIであるDavidが直接全員をメンタリングしています.これを可能にしているのがBaker研が所属するIPDの機能別チーム(戦略立案や広報,財務,人事やIT)で,Davidが研究に集中できる環境が整っています.趣味のハイキングで山にいる時以外はほぼラボにおり,比較的いつでもディスカッションに応じてくれます.Davidは常に“Communal brain(=メンバーの集合知)”の力を最大化することに腐心しており,ラボにも人と人とをつなげる仕掛けが数多く見られます.例えば月・金曜夕方はHappy hour,火曜朝はBagel hour,水曜夕方はChocolate hourといったように同僚と交流する機会が多く設けられています.実際に私が取り組んでいるプロジェクトの一つは私とDavid,同僚ポスドクのFlorianがHappy hourで話している時に生まれたものだったりします.David自身も「Shingoの新しいデザイン,○○のプロジェクトに使えるんじゃない?○○と話してみなよ!」と積極的に他のメンバーとつなげてくれます.ラボ参加時点でde novoタンパク質デザイン経験のないメンバーが大半なのもあり,お互いに助け合う文化が根付いているように感じます.

ラボリトリートでの登山の様子.前列左から6人目が筆者,後列左から10人目がDavid.

研究紹介

私は現在,複雑な形状を持つタンパク質複合体のde novoデザインに取り組んでいます.これまでにde novoデザインされてきたタンパク質複合体の多くは対称性が高いもので,天然に見られるような非対称的な複合体のデザインはいまだ難しいのが現状です.そこで私はDNA Origami(=一本の長いScaffold DNAを多数の短いStaple DNAで「折りたたむ」ことで複雑な構造を作る技術)に似たアプローチで,より複雑なタンパク質複合体をデザインすることを目指しています.もともとは標的分子を検出して複合体を形成するプローブタンパク質をデザインしようと始まった研究でしたが,その過程で複合体のデザイン自体の面白さに魅了され,徐々に軸足を移していきました.主に一緒に仕事をしている大学院生のKejiaをはじめ,同僚たちにいろいろと教えてもらいながら研究しており,1年半以上経った今も学ぶことの多さに圧倒される毎日です.コンピュータ上で美しく見えても現実にはデザイン通りの構造を取らないタンパク質が大半ですが,デザイン通りの構造を取っているタンパク質を電子顕微鏡下で観察できた時の興奮は何物にも代えがたいです.

シアトルでの生活

ワシントン大学があるシアトルは小さな都市ながらGoogleやAmazonなど巨大IT企業のオフィスがひしめいており,湖畔の美しい自然とビル群が溶け合った箱庭のような風景が楽しめます.気候は日本より温暖で過ごしやすく,特に日が長く乾燥した夏は最高に快適です.反対に冬は日が短く(日没が4時過ぎ)曇りがちな日が続きます.周囲を山と湖に囲まれており,ハイキングやサイクリング,カヤッキングに最高の環境でもあります.ダウンタウンなど治安の悪い地域さえ避ければ日中に怖い目に遭うことはほぼありません.日系のスーパーマーケット(Uwajimaya)に加え日本の食材を置いているアジア系の店が多いこともあって,非常に住みやすい都市だと感じています.またシアトル日本人研究者の会という,現地の日本人研究者のコミュニティがあり,そこで知り合った方々には家探しから車の購入まで,渡米前からずっとお世話になっています.

家族の生活・キャリア

私にとって,渡米にあたっての最優先事項は家族の生活・キャリアをどう充実させるかでした.妻は民間企業の開発職であり,当時5ヶ月の娘とともに育休の期間を利用して一緒に渡米しました.半年が経った時点で妻の職場復帰に向け話し合いを重ねた結果,妻と娘だけ帰国し,お互いの両親のサポートを得ながら日本とシアトルで離れて暮らすことを決断しました.妻に大きな負担がかかる非常に心苦しい決断だったのですが,この状況が生む緊張感が,お互いのキャリアプランを具体化し,密にコミュニケーションを取りながら二人で意思決定する体制を確立するきっかけになりました.どんな時も前向きで,真剣に私に向き合ってくれる妻には本当に感謝しかありません.今後は今の仕事を論文にし,それを起点に日本でタンパク質デザインを軸にした研究を展開していきたいと考えています.

Pay it forward

渡米して一番強く感じたことは,家族をはじめ,多くの人に助けられて自分が生きているということです.渡米当初はなぜ同僚や周囲の日本人の方がこれほどまで親切なのか不思議だったのですが,自身も過去に同じように助けてもらったからなのだろうと,今振り返って思います.Pay it forwardの精神で,これまで自分が助けていただいた分,これからは私が助ける番に回りたいです.

 
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