生物物理
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解説
膜のない細胞小器官の謎に迫る
藤原 奈央子廣瀬 哲郎
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2024 年 64 巻 2 号 p. 71-77

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Abstract

膜に囲まれない細胞内区画である非膜オルガネラ(MLO)は,様々な生体反応を制御している.本稿では,MLO形成の駆動力である相分離のメカニズムと,MLOの作動機序について概説し,代表的なMLOの構造と機能を個別に紹介する.また,MLOと疾患との関連や治療標的としてのMLOの可能性について解説する.

Translated Abstract

Membraneless organelles (MLOs) are condensates that compartmentalize and thereby facilitate specific biological functions. Multivalent interactions between RNA and protein components elicit phase separation to form MLOs. Many MLOs are multiple-layered, and the physiological properties of each layer contribute to MLO functions. MLOs sequestrate specific factors to promote/suppress the biological reaction in which they are involved. MLOs are also known to associate with specific chromosomal loci to place genes in the appropriate sub-nuclear environment for regulating their expression. Reflecting the physiological importance of MLOs, aberrant morphologies of MLOs and mutations in MLO components have been reported in various tumors and diseases.

1.  序論

真核細胞は,ミトコンドリア,小胞体,ゴルジ体などの複数の細胞小器官(オルガネラ)を持っている.これらの典型的なオルガネラが脂質二重膜で囲まれている一方,膜で囲まれていない非膜オルガネラ(MembraneLess Organelles, MLOs)も複数存在している.MLOは,特定のタンパク質と核酸(RNA,DNA)からなる0.2-2 μm程度の様々な形状の構造体である1).これまでに,多数のMLOが電子顕微鏡観察や,免疫蛍光染色された構成タンパク質の蛍光顕微鏡観察によって検出されてきた(表1).MLO内タンパク質の多くは核酸結合タンパク質であり,これは,MLOの遺伝子発現調節への関与を示唆するものである1),2).実際に,遺伝子発現の調節の場として機能するMLOが核と細胞質のいずれにおいても見つかっている.多くのMLOは液滴状の性質を示し,液-液相分離によって形成されると考えられている3),4).この際,重要な駆動力となるのが,タンパク質や核酸間の多価相互作用である.相分離の誘導は水溶液中の高分子濃度によって決定され,また,高分子の長さ,疎水性,電荷分布などの高分子特性だけでなく,温度,pH,イオン強度などの溶液条件にも影響を受ける.こういった性質から,MLOの形成と解離のバランスは細胞内の環境に大きく左右されると考えられる.事実,特定の細胞タイプや特定のストレス条件下でのみ形成されるMLOも存在する.この総説では,MLOの基本的特徴,代表的なMLOの構造と機能,そして疾患との関わりについての最新知見を紹介する5)

表1

真核細胞における代表的MLO.

MLO 大きさ(μm) 細胞あたりの数 形状 遺伝子発現制御機能 出現条件
核小体 0.5-8 2-5 球状 rRNA転写・プロセシング・修飾,リボソーム会合 構成的
カハール体 0.1-2 0-6 球状 snRNA転写・修飾,snRNP形成 構成的
核スペックル 0.18-1.8 25-50 不均一 転写・スプライシング・核外輸送 構成的
PML体 0.1-1 10-30 球状 転写,クロマチン制御 構成的
ヒストンローカス体 0.2-1.2 2-4 球状 ヒストンmRNA転写・プロセシング 構成的
プロセシングボディ 0.4-0.5 0-30 球状 RNA貯蔵/分解,翻訳 構成的
TIGERドメイン 数μm * 不均一,網目状 翻訳,翻訳産物仕分け 構成的
パラスペックル 0.2-0.5 2-20 球状,円筒状 転写,RNA繋留 細胞種特異的
核内ストレス体 0.3-3 2-10 不均一 転写,スプライシング ストレス誘導性
ストレス顆粒 0.1-2 5-30 不均一 RNA貯蔵/分解,翻訳 ストレス誘導性

2.  MLOの構成因子

相分離を起こすタンパク質は,自身または他のタンパク質と多価相互作用を形成できるドメインを持っている.その代表が天然変性領域(Intrinsically Disordered Regions, IDRs)である.多くのIDRを持つタンパク質がMLOの主要な構成要素として同定されており,そのいくつかはMLO形成に不可欠である6),7).典型的なIDRは,帯電または芳香族残基に富んだアミノ酸組成の偏りを示し,これがIDR同士の多価相互作用に寄与している(図1a).一方,IDR以外にも,タンパク質や核酸と相互作用する立体構造の規定されたドメインが相分離を誘導することもあるので,必ずしもIDRが相分離に必要という訳ではない8)

図1

種々の分子間相互作用によるMLO形成.(a)天然変性領域(IDR)を持つタンパク質間多価相互作用.(b)さらなるIDRタンパク質の呼び込みやclientタンパク質のリクルートにつながるタンパク質間の相互作用.(c)RNA結合タンパク質と骨格RNAとの相互作用.(d)MLO内の多価相互作用とネットワーク形成を増強するRNA-RNA間相互作用.

MLOの構造形成には,相分離誘導能を持ち,MLO形成そのものに寄与する「scaffold」タンパク質だけでなく,自身には相分離誘導能はないが,scaffold因子によってMLO内に集められる「client」タンパク質も寄与する(図1b).MLO内のタンパク質は通常MLO内外を行き来している.このため,MLOは特定条件下で容易に形成または解消され,いわゆる静的なタンパク質凝集体とは異なる.MLO内の多くのIDRタンパク質は,RNA結合タンパク質(RNA Binding Proteins, RBPs)であり,RNA認識モチーフやアルギニンとグリシンに富むRGGボックスなどの典型的なRNA結合ドメインを持っている9),10).この事実が示す通り,RNAはMLOの形成や機能に重要な役割を果たす.実際に,特定のMLOの構築に必須である長鎖非コードRNA(long noncoding RNAs, lncRNAs)がいくつか同定されている11).これらのlncRNAは,多価のRNA-RNA間,RNA-タンパク質間相互作用を介して特定のIDRを含むRBPらを集約することで,lncRNAの周囲で相分離を誘導する(図1c, d).

3.  MLOによる遺伝子発現制御機能の概要

MLOは核内での転写,RNAプロセシング,輸送,細胞質でのRNAの安定性や翻訳など,様々な段階で遺伝子発現調節に関与している(表1).

核小体,カハール体,ヒストンローカス体(Histone Locus Bodies, HLBs)は,特定の染色体座(rDNA,snRNA遺伝子,ヒストン遺伝子)に形成され,それぞれrRNA,snRNA,ヒストンmRNAの前駆体を産生する.一方,核スペックル,PML体(ProMyelocytic Leukaemia Nuclear Bodies, PML-NBs),パラスペックルは複数の染色体座と相互作用して,遺伝子発現を調節していると考えられている12)-14).これらのMLOは,核内で遺伝子発現制御のための適切な染色体配置を調整する「染色体ハブ」と捉えることができる(図2a).

図2

MLOによる生体反応制御機構.MLOの作動機構.遺伝子座との相互作用によって転写やプロセシングを調節する〈染色体ハブ〉,酵素とその基質を局所的に濃縮して反応を促進する〈るつぼ〉,酵素を機能発現の場から隔離する〈スポンジ〉の3つが提唱されている.

核小体のフィブリラリン,カハール体のコイリン,PML-NBのPML,プロセシングボディ(Pボディ)のDCP1,ストレス顆粒(Stress Granules, SGs)のG3BP1などのタンパク質を免疫蛍光法で観察すると,細胞内で輝点として検出される.このようにMLO内には,特定のタンパク質やRNAが周囲の細胞内空間から隔離されて濃縮している.特に,酵素とその基質が同時に濃縮された場合,MLOは特定の生化学反応を促進する「るつぼ」として機能する(図2b).例えば,PML-NBにはSUMO化酵素と基質,核小体とカハール体にはそれぞれrRNAとsnRNAおよびそれらの化学修飾酵素,核内ストレス体(nuclear Stress Bodies, nSBs)にはリン酸化酵素とその基質であるスプライシング因子が濃縮していて,これらMLOは各反応の「るつぼ」となっている.一方,特定の因子をMLO内に隔離することで周囲の細胞内空間から大幅に減少させる「スポンジ」としての機能も知られている(図2c).例えば,nSBはスプライシング調節因子であるYTHDC1を隔離することで,YTHDC1に依存したpre-mRNAスプライシングを大幅に抑制する15).こうした「スポンジ」としての役割は,核スペックルやパラスペックルなどでも示唆されている13),16),17)

4.  個々のMLOの構造と機能

ここからは,MLOをその存在様式に基づいて分類し,いくつか個別にその機能と構造を取り挙げる(図3).まず,全ての細胞で構成的に存在するMLOのうち,超分子複合体(リボソームやスプライソソームなど多数の構成因子からなる巨大複合体のこと)形成と遺伝子発現制御を司るMLOの例を紹介する.続いて,細胞タイプやストレスなどに応じて特異的に形成されるMLOを紹介する.

図3

MLOの内部構造と作動機序の例.(a)核小体では多段階からなるrRNAプロセシングが3層構造の内から外へと進む.(b)カハール体はsnRNP形成過程の複数の段階に関与している.(c)核スペックルではシェル近傍に配置された遺伝子からの発現をコアに貯蔵された因子を利用して効率化している.(d)パラスペックルは骨格lncRNAであるNEAT1_2のドメイン分布と各ドメインに結合するタンパク質で形成される両極性の高分子がつくるミセル構造である.(e)熱ストレスで転写誘導されるHSATIII lncRNAを骨格に形成されるnSBはストレス回復期に2つのメカニズムを用いて多数のRNAのスプライシングを制御している.

4-1.  超分子複合体形成を担うMLO

核小体は,真核細胞で一般に観察される最大のMLOで,リボソーム生合成の場である.核小体は相分離構造体であり,その中のタンパク質は周囲の核質との間でダイナミックに交換されている.形成箇所はrDNA座上であり,その数,サイズ,形状は主にRNAポリメラーゼI(Pol I)による前駆体rRNAの転写量と関連しており,細胞タイプや条件で異なっている.核小体では,前駆体rRNAの転写,修飾,プロセシング,およびリボソームの会合が順次行われる.哺乳類細胞の核小体は,中心から外側へfibrillar center(FC),dense fibrillar component(DFC),granular component(GC)の3層に分かれていて,この配置は多段階からなるリボソームの形成プロセスと関連している6).最も内側のFCには不活性化rDNA遺伝子とPol Iおよび転写因子UBFが含まれており,FCとDFCの境界で活性化rDNA遺伝子がPol Iによって前駆体rRNAに転写される.転写された前駆体rRNAは,DFCに豊富に含まれるフィブリラリンやsnoRNPによるプロセシングと修飾を受ける.最表層のGCにはヌクレオフォスミンが豊富に存在し,rRNAプロセシングの後期段階とリボソームタンパク質との会合が行われる.DFCとGCの階層関係は,精製したフィブリラリンとヌクレオフォスミンおよびrRNAからなるin vitro系で再現できることから,各サブドメインの構成因子であるフィブリラリンとヌクレオフォスミンの物性が層状構造の形成に貢献し,多段階のプロセシングを効率化していると考えられる6),18)

カハール体は,snRNPの転写から成熟までを広く司る核内MLOである19).しばしばsnRNA遺伝子と近接して存在する.この核内配置はsnRNA遺伝子の発現の維持に重要であるとともに,前駆体snRNAの転写に依存している.カハール体には前駆体snRNAのプロセシングや核外輸送に機能する因子が局在しており,転写活性に応じたsnRNA遺伝子のカハール体近傍への配位は,snRNA前駆体の新規転写と核外輸送を効率化していると考えられる.一度細胞質へと輸送された前駆体snRNAは,Smタンパク質複合体とsnRNPコアを形成して核に戻り,再びカハール体に蓄積する.この際カハール体では,snRNP内の特定の塩基が修飾装置であるscaRNPによってリボースの2ʹ-O-メチル化およびシュードウリジル化(ウリジンの異性化)の修飾を受ける.修飾されたsnRNPはその後,さらなるタンパク質と結合して成熟snRNPとなる.カハール体と周囲の核質との間でのタンパク質の交換はかなり高速で起こっており,転写やsnRNP合成を阻害するとカハール体は崩壊する19).snRNAは,カハール体の形成に必須のIDRタンパク質であるコイリンと直接結合して凝集を誘導することから,カハール体の相分離と関連すると考えられている.カハール体は,特定の因子で形成されたコアの上にランダムな因子の会合が続く,2段階からなるメカニズムで構築されると考えられている.

4-2.  遺伝子発現制御に関わるMLO

遺伝子発現制御に関わるMLOとして,核内の核スペックル,PML-NB,HLB,細胞質のPボディ,TIGERドメインらが知られている.ここでは,核スペックルとPボディについて紹介する.

核スペックルは,核あたりに数十個存在する0.3~3 μm程度のMLOである7),13),17).これは,電子顕微鏡下で直径20~25 nmのRNP顆粒からなる集合体として検出される,クロマチン間顆粒クラスター(IGC)に相当し,様々なsnRNPとスプライシング因子およびpoly(A)+ RNAが局在している17).精製された核スペックルのプロテオミクス解析では,RNAプロセシングと核外輸送に関与する数百のタンパク質が同定されている7).核スペックルは,スプライシング因子SRRM2とSONが豊富に存在するIGCコアと,snRNAとMALAT1 lncRNAの存在するシェルからなる(図3c).SONとSRRM2はいずれも核スペックル形成に不可欠であり,特に,長いIDRを持つSRRM2は,他のRBPを集約して液滴状の相分離を誘導していると考えられている.

核スペックルには2つの機能が想定されている.第一に,RNAプロセシング因子の貯蔵庫としての機能である.これは,RNAプロセシング因子が豊富に存在するにもかかわらず,核スペックル内では活発な転写が検出されないこと,また,転写を阻害するとプロセシング因子がより多く取り込まれて肥大した球形の核スペックルが形成されることに基づく7),13),17).第二に,遺伝子発現のハブとしての機能である.転写の活発な遺伝子が核スペックルの近くに検出される傾向を捉えた最近のゲノムワイド解析結果も,遺伝子発現の中心的ハブとしての役割を支持するものである20).転写活性化された遺伝子とそこで合成された新生mRNAは核スペックルの中心から離れてシェルに存在する傾向があり,シェルでは,コアに貯蔵された因子を迅速に再利用することで,スプライシングなどの転写と共役したプロセスが効率よく行われると考えられる.

Pボディは,多くのIDRタンパク質で相分離形成される400~500 nm程度の球状MLOであり,細胞質で恒常的に検出される.Pボディタンパク質の変異やPボディの性状変化は様々な疾患に関連している.Pボディには,mRNA分解に関与する5ʹ-3ʹエキソリボヌクレアーゼ,脱キャップ酵素のDCP1などが局在している.RNA分解因子が多く存在するにもかかわらず,PボディはmRNA分解に必須ではない.Pボディに含まれるmRNAには,GC含量が低く,効率的に翻訳されない特定のレアコドンを含む傾向がある.Pボディは,タンパク質とRNAの両方が出入りする動的なMLOであり,この動的な性質は細胞内の翻訳活性によって制御されている21),22)

4-3.  細胞タイプ特異的なMLO

MLOには特定の細胞タイプでのみで検出されるものある.例えば,トランスポゾンなどの可動性因子の発現を抑制するpiRNA関連のタンパク質を含むMLOであるヌアージは,線虫,ハエ,脊椎動物などの生殖細胞で形成される.神経細胞では,mRNAの局所的な翻訳を実現するために,mRNAとRBPからなる神経顆粒が形成され,樹状突起と軸索に沿って輸送される.Myo顆粒は,新しい筋肉細胞の再生時に特に細胞質内で形成される固体状のMLOで,骨格筋形成中にサルコメアmRNAの局在化などへの関与が想定されている.このように,細胞タイプ特異的なMLOは多種存在するが,このうち最もよく解析されている生殖顆粒(P顆粒)とパラスペックルについて詳しく紹介する.

P顆粒は,線虫の生殖細胞に至るP系統細胞でのみ観察されるMLOである.P顆粒タンパク質の減少や変異によって初期胚のP顆粒の数が著しく減少すると,生殖細胞の増殖,維持,分化に影響が生じ不妊となる.P顆粒は,転写が開始される8細胞期以降に核膜へと再配置されて核膜孔を塞ぐ.核膜上のP顆粒には,mRNA代謝などに関与するタンパク質が含まれていることから,mRNAを核膜孔に係留して転写後調節を行っていると考えられている.2009年,ライブイメージングによって,線虫初期胚のP顆粒に液滴のような性質が観察され,このことが細胞内相分離研究の扉を開くきっかけとなった23).P顆粒は,50以上のタンパク質と様々なRNAから構成されており,これらのタンパク質は,顆粒構造形成に関与する因子と,顆粒の機能に関与する因子に分類できる.P顆粒は,動的な液滴様のコアと比較的流動性の低いゲル様のシェルという,異なる物性の2層構造からなる.

パラスペックル(Paraspeckles, PSs)は,NONO,SFPQなどのRBPが豊富に存在するMLOで,1つの核に2~20個,核スペックルに隣接して存在する.PSは,胚性幹細胞を除くほとんどの培養細胞で検出される一方,成体マウス組織では,表面層の胃上皮など,特定の細胞集団でのみで見られる.PSの細胞内機能としては,特定のmRNAとタンパク質を取り込むスポンジ機能を介した遺伝子発現制御および,転写活性化された染色体座との相互作用によるクロマチンハブの形成などが知られている.また,器官形成,ストレス応答,種々のがん,ウイルス感染への関与が多数報告されているが,その詳しい分子機構はまだ解明されていない.PSの注目すべき特徴の1つは,Pol IIによって転写されるNEAT1 lncRNAを足場として必要とすることであり,NEAT1が欠如するとPSが形成されないことが実証されている24).ヒトでは,22.7 kbのNEAT1_2アイソフォームが多くのRBPを転写途上に集約し,最終的にPSを構築する.CRISPR-Cas9によるNEAT1_2の包括的な変異解析により,いくつかの機能的に異なる領域が存在することが明らかになった25).NEAT1_2の中央領域には,PS会合に不可欠なRBPのNONO,SFPQの結合部位が豊富に存在しており,ここにはFUSやRBM14などのIDRを持つRBPがさらに結合してPS会合を促進している.また,PS内のNEAT1_2は,NEAT1_2の5ʹと3ʹの末端領域を外側に,NEAT1_2の中央領域を内側に配置したループ構造をとっている(図3d).こうしたPS内のNEAT1領の空間分布は,そこに結合するRBPの局在位置を規定し,親水性シェルと疎水性コアの2層からなる機能的なPS構造が形成される.PSは,NEAT1_2内の親水性/疎水性ドメイン分布に基づいた高分子ミセル構造として,一定の長さ(約0.36 μm)の短軸と可変の長さの長軸を持つ球状または円筒状構造をとり,ストレス条件下でNEAT1_2量が上昇すると,PSは球状から円筒状に変形する16),26)

4-4.  ストレス誘導性MLO

MLOには,特定のストレスに応答して形成されるものもある.熱ストレスは,転写,RNAプロセシング,輸送,翻訳といった遺伝子発現プロセスに大きな影響を与えることが知られている.nSBは,熱ストレスに応じて特異的に核内で形成されるMLOである.nSB内には,RNAプロセシングや輸送に関わる150種類ものタンパク質が含まれている27),28).nSBは,染色体セントロメア傍に存在する霊長類特有のサテライトIII(HSATIII)領域から転写されるHSATIII lncRNAを骨格に形成される(図3e).HSATIII lncRNAを構成するGGAAUリピート配列によって,SAFBやSRSFといった特定のRBPがnSBに効率的に集約される.HSATIII領域の転写は通常不活性化しているが,熱ストレス条件下ではHSF1によって転写活性化される.

nSBは,熱ストレス回復期という限られた場面においてだけでも,400種類ものpre-mRNAの温度依存的スプライシングを制御することが知られている.この制御には2つの異なるメカニズムが利用されている(図3e15),27).1つ目の機構では,nSBはスプライシング制御因子SRSFのリン酸化反応の「るつぼ」として機能する.SRSFは,熱ストレス時には脱リン酸化された不活性化型としてnSBに取り込まれている.その後ストレス回復期になると,SRSFのリン酸化酵素であるCLK1がnSBに集積し,SRSFは迅速に再リン酸化されて活性化する.その結果,SRSFの標的pre-mRNAのスプライシングは温度変化に応じた変化を示す.もう1つの機構では,nSBはRNAのm6A修飾を認識するRBPであるYTHDC1を繋留する「スポンジ」として機能する.HSATIII lncRNAは熱ストレス回復期にm6A化修飾を受け,この修飾に結合するYTHDC1をnSB内に繋留する.その結果,核質のYTHDC1の濃度は減少し,YTHDC1による標的pre-mRNAのスプライシングが脱制御される.

細胞質のストレス顆粒(Stress Granules, SGs)は,砒素などの化学物質,紫外線,熱,酸素ラジカルなど,様々な環境ストレス条件で生じる0.1~2 μm程度のMLOである22).細胞がストレスに晒されて広汎な翻訳抑制が生じると,非翻訳状態のmRNAとそれに結合しているRBP同士が集合してSG形成に至る.SGにはより長いmRNAが取り込まれやすい傾向にあり,SGに含まれる非翻訳状態のmRNAは,細胞内の総mRNAの約10%を占める.SGには200以上のタンパク質が含まれており,その多くがmRNAの安定性や翻訳効率などの転写後制御に関与するRBPである29).SGは,密度の高い中心コアとより動的なシェルからなる層状構造を持っており,G3BP1/G3BP2ら一部のRBPがコア形成因子として機能している.コアにはATPase活性を持つ複数のタンパク質が含まれ,SGの流動性を調節していると考えられている.SG成分の多くは周囲の細胞質内のものと活発に交換されており,ストレスが解除されると迅速に解体されて翻訳が再開される22).SGの動的な性質は迅速なストレス応答に重要であり,また,SG因子が過度に凝集した毒性状態に相転移することを防いでいると考えられる.SGは従来翻訳抑制的な環境と考えられていたが,最近の一分子イメージングによれば,SG内においてもmRNA翻訳は起こるらしい.

5.  疾患に関係するMLO

MLOの形態学的な多様性は,腫瘍や疾患関連細胞で数多く報告されている.特に,様々な疾患細胞で核小体,カハール体,PML-NBの数,サイズ,形状に顕著な変化が認められる30).こうしたMLOの変化がもたらす影響を解析することによって,その疾患の原因となるメカニズムの理解につながることもある.

例えば,特定のRBPをMLO内に隔離する「スポンジ」として機能しているPSやnSBの骨格lncRNAが著しく減少してこれらのMLOが消失すれば,隔離されていたRBPが核質中に解放されて,その標的の制御は大きく撹乱される.また,主要な構成因子の突然変異がMLOの物理的特性を変え,有害な機能獲得,あるいは機能喪失へと至らしめることがある.疾患関連変異の知られるSMN,FUS,TDP43などが存在するカハール体やPSには,神経変性疾患の罹患者脳において数や形態の異常がしばしば観察される31).さらに,染色体転座によって生じた新たなIDR融合タンパク質によるMLO形成が,がんを促進する例もある.Ewing肉腫では,FLI1やERGなどの転写因子と,FUS,EWSR1,TAF15のIDRとの融合タンパク質が核内MLOを形成し,細胞増殖遺伝子の転写を促進して癌原性を示す32).DNA結合ドメインのHOXA9とNUP98のIDRからなる融合タンパク質NUP98-HOXA9が形成するMLOは,異常なクロマチン相互作用を誘導し,急性骨髄性白血病を引き起こす33).このように,MLO関連因子の異常と疾患との関係を示す例は数多い.その他にも,ウイルス感染への抵抗性や,化学療法中のがん細胞の生存促進へのSGの関与なども示唆されており,MLO因子が有効な治療標的となる可能性が浮上している2),22)

6.  展望

細胞内には,特定の細胞タイプや環境条件,さらには疾患条件下で形成されるMLOが報告されており,さらなる未知のMLOが条件に応じて形成されている可能性がある.また,疾患などの特定条件下ではMLOの構成因子が変化することもあるため,既知のMLOでさえも,さらに多様な役割を果たしている可能性もある.このようにMLO研究は,まだその全貌を捉えられておらず,明らかにするべき事象が山積している.以下にその例を挙げる.

1.MLOの形態,内部構造を規定する分子機構

2.MLO形成のためのIDR配列の規則性(分子文法)

3.MLO形成における核酸(RNAやDNA)の役割

4.MLOの動態や物性を決定し制御する分子機構

5.MLOが周囲の生体現象(遺伝子発現)に与える影響とその制御機構

6.MLOの作動機構が生理機能や疾患に与える影響

細胞内相分離によるMLO形成は,細胞内区画化を担う基盤的メカニズムであり,細胞の可塑性や堅牢性をもたらすために様々な生体現象で採用されている.MLO形成を支える物理的原理の解明によって,各MLOが様々な生体反応をどのように制御しているか,その作用機序と生理的意義が理解できる.また,MLO形成の異常に起因する疾患に対する新たな治療戦略の考案につながる可能性も期待される.

文献
Biographies

藤原奈央子(ふじわら なおこ)

大阪大学大学院生命機能研究科細胞ネットワーク講座RNA生体機能研究室特任助教

廣瀬哲郎(ひろせ てつろう)

大阪大学大学院生命機能研究科教授

 
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