生物物理
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
トピックス
糸状菌のライフサイクルにおけるダイナミックな生体膜組成変動
岩間 亮
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2024 年 64 巻 2 号 p. 97-99

詳細
Abstract

糸状菌(カビ)は長い糸状の細胞形態を特徴とする真核微生物であり,有用・有害の両面で人間生活と密接に結びついている.糸状菌の細胞形態がこれら側面に関わり,細胞膜上に細胞極性を決定する因子が局在するが,その基盤となる生体膜組成に関する知見は糸状菌では不足している.本トピックスでは,近年の進展を概説する.

1.  糸状菌の生活環と細胞形態

糸状菌は長い糸状の細胞形態を特徴とする真核微生物であり,一般的に「カビ」と呼ばれる.糸状菌の一般的な増殖様式である無性生活環は,2-3 μmほどの球状の無性胞子である分生子からスタートする.最初に,球状の分生子が等方的に生長する無極性生長により,球形を保ったまま4-5 μmまで大きくなる.その後,細胞内に極性が確立されて発芽し,菌糸生長が行われて糸状形態の細胞が形成される1).固体培地上では,一定時間以上の菌糸生長が行われた後,空気中へと菌糸が伸長し,分生子を新たに産生する器官(分生子形成器官)を分化させる(図1).糸状形態で伸長する間,細胞壁合成酵素や膜成分を供給するために菌糸先端に向けて活発な小胞輸送が行われている.小胞内部には様々な分泌タンパク質が含まれ,菌糸先端からはこれらタンパク質が活発に分泌されている.この性質を利用して,糸状菌には食品製造(日本酒醸造,味噌醸造,醤油醸造など)・酵素製剤製造に使われる種が存在する.一方で,糸状の細胞形態により動植物へ侵入が容易になると考えられており,動植物の病原菌となる糸状菌種も多数存在する.糸状菌の糸状形態のみならず,分生子も病原糸状菌の拡散に寄与する側面があると同時に,産業利用菌の観点では菌株維持に重要な役割を果たすものである.このように,糸状菌の細胞形態はヒトとの関わりにおいて有用・有害性質の両面に密接に関わる.本トピックスでは,糸状菌のモデル生物であるAspergillus nidulansについて主に述べる.

図1

糸状菌の無性生活環における生育の様子.

2.  糸状菌における生体膜研究

生体膜はすべての生物の細胞が持つ重要な構成要素の1つであり,細胞と外界,あるいは真核生物においては細胞質と細胞小器官を区画化する役割を有する2).生体膜の主要な構成成分は親水性頭部と疎水性尾部を持つグリセロリン脂質(以下,リン脂質)であり,リン脂質が二重層を形成することにより生体膜が構成されている.リン脂質は親水性頭部,疎水性尾部ともに極めて多様な種類が存在し,この組成が生体膜物性を決定し,タンパク質の生体膜への局在や活性に影響を与えうる.また,その他の成分として,ステロールやスフィンゴ脂質なども含まれ,極めて多様な物質がリン脂質とのバランスの中で生体膜機能に関わっている.糸状菌の菌糸先端には,ステロールに富んだ領域が存在し,細胞極性を司る因子が局在することは知られていたが,生体膜の基盤となるリン脂質組成やその制御については未解明な点が多かった.

リン脂質は頭部の違いにより,ホスファチジン酸(phosphatidic acid, PA),ホスファチジルセリン(phosphatidylserine, PS),ホスファチジルエタノールアミン(phosphatidylethanolamine, PE),ホスファチジルコリン(phosphatidylcholine, PC),ホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol, PI)などに分類される.真核微生物におけるこれらリン脂質の合成経路は,モデル酵母Saccharomyces cerevisiaeで詳細に解析されており,PAからPS,PEを経てPCが合成されるCDP-DAG(cytidine diphosphate diacylglycerol)経路,エタノールアミンやコリンを出発物質としてPEやPCが合成されるKennedy経路が知られている(図2).これら経路に関わる因子は糸状菌においても保存されており,それらオルソログの変異株・欠失株の表現型が解析されている3)-6).基本的にはモデル酵母での知見が適用できる事例が多いが,糸状菌特有の表現型も見出されている.例えば,出芽酵母においては,ミトコンドリア内膜で主に機能するPsd1,エンドソームなどで機能するPsd2が,PSからPEへの脱炭酸反応を行うPS decarboxylase(PSD)として同定されている.このうち,Psd1が主要な働きを示し,Psd2を欠失させても通常の培地では大きな表現型が見られないことが知られている.糸状菌A. nidulansにおいては,Psd1のオルソログとしてPsdA,Psd2のオルソログとしてPsdB~PsdEが推定されたが,我々の解析からこのPsd2のオルソログであるPsdBの単独欠失株が顕著な生育遅延を示すことが明らかとなった7).現在,上記に示した糸状菌の無性生活環の中で,各々のPSDが特異的な生育フェーズで機能する可能性を検証している.

図2

酵母 S. cerevisiaeにおけるリン脂質合成経路の一部.Cho: コリン,P-Cho: ホスホコリン,CDP-Cho: CDP-コリン,Etn: エタノールアミン,P-Etn: ホスホエタノールアミン,CDP-Etn: CDP-エタノールアミン.

真核細胞におけるリン脂質の脂肪酸鎖(アシル鎖)は,基本的には直鎖状の炭化水素であり,鎖長と二重結合の数に大きな多様性が見られる.特に,二重結合数が膜流動性に与える影響は大きいが,真核微生物の種によって,最大の二重結合数が異なる.酵母S. cerevisiaeは脂肪酸不飽和化酵素としてはΔ9-脂肪酸不飽和化酵素であるOle1を1つ持つのみであるが,二形性酵母として知られるYarrowia lipolyticaはΔ9-脂肪酸不飽和化酵素,Δ12-脂肪酸不飽和化酵素を持つ.また,病原性真菌として知られるCandida albicansは,さらにΔ15-脂肪酸不飽和化酵素を持つ.A. nidulansC. albicansと同様に3種類の脂肪酸不飽和化酵素を有する.したがって,A. nidulansでは1分子の脂肪酸あたり最大3つの二重結合を持ち,アシル鎖を2本持つリン脂質としては最大6つとなる.実際にリピドミクスから7つ以上の二重結合を持つリン脂質は検出されなかった8)

3.  糸状菌の形態形成における生体膜組成の役割

最少培地での上述したA. nidulansのライフサイクルにおけるリン脂質組成を解析したところ,僅か20時間程度の培養の中で大規模にリン脂質組成が変化することが明らかとなった8).具体的には,分生子が等方的に無極性生長する間に,PE量が大きく上昇し,PC量が大きく減少することが示された.また,細胞内に極性が確立されて分生子が発芽するタイミングでは,二重結合を5個(PC36:5)あるいは6個(PC36:6)持つリン脂質が一過的に顕著に上昇することも示された(図3).培地にはエタノールアミンやコリンが含まれないため,リン脂質合成はCDP-DAG経路に依存する.CDP-DAG経路において,PSからPEへの変換に関わる酵素遺伝子の転写量が発芽前までに上昇し,PEからPCへの変換に関わる酵素遺伝子の転写量は発芽時に減少していた.また,脂肪酸に二重結合を導入する主要な酵素遺伝子の転写量は発芽前に上昇していた.これらのことから,発芽時におけるリン脂質の組成変化は遺伝子の転写レベルで制御されていることが示唆された.

図3

(A)分生子を液体培地で培養し,経時的にリン脂質組成を解析した.5-9時間にかけて分生子が発芽する.二重結合数の変化は主要なリン脂質であるPCを代表例として示す.PC36:5 やPC36:6などの表記にある数字は,2本のアシル鎖の炭素数:そのうちの二重結合数を示す.(B)それぞれの培養温度において,菌糸塊ができるまで培養した後のPC36:5とPC36:6のPC内に占める割合の違い.

生体膜を構成するリン脂質の二重結合の数は培養温度に大きく影響を受けることが知られ,A. nidulansにおいても低温培養でリン脂質の二重結合数が増加した.特筆すべきは,低温培養における二重結合数の変化の程度よりも,糸状菌のライフサイクルにおける二重結合数の変化の程度の方が大きかったことであるが(図3),その意義は明らかではない.二重結合数の増加により膜流動性が増加するが,菌糸先端への活発な小胞輸送に柔軟な膜動態が必要になるのかもしれない.深海から分離される好圧性細菌では,圧力の上昇に伴い細胞膜の不飽和脂肪酸の割合が増加することが報告されていることを考えると9),発芽時に膜成分にかかる圧力への耐性獲得に寄与しているかもしれない.これらの意義については,今後の解析が待たれる.

主要な生体膜リン脂質以外にも着目し,ノンターゲットリピドミクスを用いて,糸状菌の各々の生育フェーズにおける約500種の脂質成分の変化を明らかにした8).PEや不飽和度の高いリン脂質以外に発芽時特異的に増加する脂質成分が明らかになったとともに,分生子,菌糸生長後の菌体に特異的に増加する脂質成分も見出された.一部紹介すると,発芽時に多くのカルジオリピン種が増加し,菌糸生長後の菌体には多くのトリアシルグリセロール種が増加していた.いくつかの糸状菌種において菌糸生長時にはミトコンドリアが菌糸先端に集積することが報告されている.カルジオリピンはミトコンドリア特異的な脂質であることから,菌糸生長を開始する発芽時にカルジオリピン種の多くが増加した可能性がある.ミトコンドリア機能に重要なリン脂質であるPEがこのタイミングで増加していることとも矛盾しない.

4.  まとめ

筆者らの今回の研究は,糸状菌のライフサイクルにおけるダイナミックな脂質変動を明らかにしたものであるが,現在,生体膜脂質組成を人為的に変化させることにより,糸状菌に特徴的な空気中への菌糸形成に影響を与える結果を得ている.今回の研究と併せて,脂質組成が細胞形態変化と相関することが明らかとなってきた.しかしながら,そのメカニズムの解明までには至っていない.真核微生物である糸状菌には,細胞内膜系である各種オルガネラが存在する.現在の筆者らの手法では,細胞全体から抽出した脂質を解析しているに過ぎない.今回見出されたライフサイクル依存的に増加する脂質の意義を理解するには,これら脂質の細胞内での局在情報が重要である.現在,筆者らはラマン顕微鏡観察を活用して,これら課題に挑戦できないか検討している.あるいは,組織レベルのリン脂質局在解析で重要な技術となってきている質量分析イメージングが,糸状菌細胞内を観察する分解能に到達することで,大きな進展になると期待される.

文献
Biographies

岩間 亮(いわま りょう)

東京大学大学院農学生命科学研究科助教

 
© 2024 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top