ちょうど20年前,約5年の米国留学生活を終え,日本に帰国した.米国でのポスドク生活は刺激的だった.単身だったため,自分のためだけに時間を使うことが許された贅沢な時期だった.研究環境に恵まれ,実験三昧の生活を満喫すると同時に,多くのことを学び経験した.特に,多様な価値観に触れることができたのは大きかった.学内には様々な国の学生や研究者が集まっており,またユタ州ソルトレークシティという街にいたために,お互いの宗教的背景を意識する機会も多かった.慣れてくると,価値観の異なる人たちが混ざり合う社会で暮らす知恵がなんとなく見えてきた.それは「自ら動き主張しないと始まらない,そして意見を交わすときは相手を尊重する姿勢を持つ」ことだったように思う.私の知らない研究室に行き,装置使用のお願いをするにはかなりの勇気を必要としたが,Sure!と大抵受け入れてもらえたし,合い入れない価値観の方と議論するときには,一旦相手の考えを受け入れた上でこちらの主張を行うと,案外すんなりと話が進むことがあった.ただし,それぞれが譲れない一線をしっかり持っていて,こちらの主張が通らないことも多々経験した.
帰国して20年が過ぎた今,「多様性」が世相を反映するキーワードになっている.国籍・性別・年齢・職種など様々な軸を起点とした価値観の違いが,ネット上や新聞・テレビ・雑誌などで話題になっているように思う.こうした多様な価値観の存在する社会では,個である自分の存在を意識せざるを得ない.多様な中で「輝くひとつ」になるには,「自分の中で譲れないもの」を持つことが大切なのだと思う.その「譲れないもの」は,様々な視点や批判を受け入れて,自分の中で少しずつ磨かれていくものだろう.科学においても,個々の研究は多様な課題の中から見出された唯一無二のものであり,多くの議論を経て知見へと昇華していく.研究者はその過程で,議論の相手を尊重しつつ,自らの意見を通すタフさを身につけていくのだと思う.さて,生物物理学会には多様性をうまく活かす伝統があり,広く様々な分野や手法を受け入れて,多くの成果が挙げられてきた.その背景には,新しい発見を可能にした測定・解析技術の発展・貢献があり,アカデミア側と企業の方々の連携がある.この多様性を活かす環境は貴重で,ぜひ活用していただければと思う.6月には更なる多様性を経験する機会として,国際年会が用意されている.多くの方が参加され,世界の研究者の方々と多様性を楽しまれることを願っている.