2024 Volume 64 Issue 3 Pages 132-136
植物は芽生えた場所で力強く成長するため,物理的強度を付与する「細胞壁」と,膨圧を発生させ細胞成長を駆動する「巨大液胞」を発達させる.また,巨大な細胞内で物質循環を担保するため,活発な「原形質流動」を起こす.本総説では,このような植物細胞のユニークな物理的特性を,細胞骨格が作り出す仕組みを解説する.
Being sessile, plants adapt to fluctuating environments and survive in their habitats; to accomplish this, plant cells have evolved their own physical properties by developing “cell wall” and “large vacuole”, the former of which provides the physical strength and protection, while the latter generates turgor pressure from within the cell, thereby acting as the driving force for cell expansion. In such unique physical environments within plant cells, material circulation is facilitated through the fast flow of the cytoplasm, namely “cytoplasmic streaming”. This review summarizes how these plant-specific facets are organized in plant cells with the aid of cytoskeletal elements.
植物は動物とは異なり,移動して快適な環境を得ることができない.従って,根付いた場所で成長・繁殖する必要がある.そのような環境で,光を求めてまっすぐ茎を伸ばすためには,自立する物理的強度が必要となる.また,他の植物と競合しながら,環境に適応して,その構造を最適化するため,植物は高い成長能力を有する.こういった植物のユニークな成長様式を可能にするため,植物は独自の物理的特性を持つ細胞構造を発達させてきた.その主要な構成要因となるのが,本稿で取り上げる「細胞壁」「巨大液胞」である(図1).どちらも,動物には存在しない,植物に特徴的な細胞構成要因である(液胞に相当するごく矮小な構造体は,動物細胞にも存在する).
植物細胞のユニークな物理的特性.分化の進んだ植物細胞は,周囲を堅固な細胞壁に囲まれ,内部は巨大な膨圧を発生する液胞が細胞体積の大半を占める.原形質流動は,そのような状況下で,物質の循環や配送を促進する働きを持つと考えられる.
細胞壁は,植物細胞に高い物理的強度を付与する(図1).近年の原子間力顕微鏡を用いた研究では,動物細胞のヤング率(物体の強さを示す弾性率)がせいぜい5 kPa程度であるのに対し1),植物細胞のそれは1 MPa以上にも達することが報告されている2).つまり,細胞壁の存在によって,植物細胞が本当に「硬い(≒剛性が高い)」ということが,細胞レベルで定量的に実証されてきている.
動物細胞は一般に,細胞分裂終了後,サイズを大きく変えないが,植物細胞は細胞分裂終了後に,1000倍以上の体積増大を引き起こす.これは,植物の旺盛な成長の原動力である.その細胞肥大の駆動力となるのが巨大液胞である.脂質膜で囲まれたオルガネラである液胞は,融合を繰り返しながら,吸水することで大きく成長し,膨圧を発生させる.この膨圧は,細胞タイプによっては5 MPa(一般的な自動車タイヤが約0.2 MPa)にも達する強大なものであり,この膨圧をもって細胞を中から押し広げ,巨大化させる3)(図1).
巨大液胞は,細胞肥大の駆動力として必須の役割を果たす一方で,細胞内で物理的な障壁として,細胞機能の発現を阻害する「諸刃の剣」ともなりうる.実際,分化の進んだ細胞では,細胞の中央を細胞体積の90%以上を巨大液胞が占め,10%に満たない細胞質は細胞の周縁部に押し付けられたような状態で存在する.従って,「細胞の中央を横切って物質が移動する」というのは,植物細胞では容易なことではない.このような状態で,細胞内での物質の循環を潤滑に行うため,植物細胞では活発な「原形質流動」を起こす(図1).原形質流動とは,巨大液胞の周りを原形質が流れるように動く現象である.動物細胞では,ショウジョウバエの卵母細胞など一部の細胞を除いて,明確な原形質流動は認められない4).一方,分化が進んだ植物細胞の多くでは,高速で原形質流動が起こることが知られており,例えば,1細胞の長さが10 cmにも達するシャジクモでは100 μm/秒という高速で原形質が細胞周縁を流動することで,巨大な細胞内で必要な物質を効率よく配送できるようにしていると考えられている4).つまり,原形質流動は,植物細胞の構造的制約に対処するための物理的運動であるといえる.
本稿では,植物細胞にユニークな物理的特性をもたらす「細胞壁」「巨大液胞」「原形質流動」の動態がどのような制御を受けているか,特に細胞骨格の観点から,現在得られている知見を紹介し,更に,未解明の重要課題について議論する.
真核生物の細胞骨格は,大きさとタンパク質組成の違いから,微小管,アクチン繊維,中間径フィラメントの3つに分けられるが,植物細胞ではまだ中間径フィラメントに相当する繊維構造は発見されていない.つまり,微小管とアクチンが植物細胞を構成する細胞骨格である.
微小管のモータータンパク質であるダイニンが植物には存在しないなどの違いはあるものの,植物の微小管とアクチン繊維を構成するタンパク質自体の構造はよく似ている.しかし,植物の細胞骨格は,硬い細胞壁と大きな液胞の存在に起因する特異な細胞構造を構築・維持するため,独自の機能を進化させてきた3).
上述の通り,植物細胞は分裂を終了した後,液胞の膨圧を駆動力として巨大化する.この過程で,「どの方向にどれだけ肥大するか」によって,細胞の最終的な形状が決まる.植物細胞の周囲を取り囲む細胞壁は,細胞に物理的強度を付与すると同時に,細胞の肥大方向を決めるのにも中心的な役割を持つ.細胞壁は,セルロース微繊維と呼ばれるβ-グルコース分子がグリコシド結合により直鎖状に重合した高分子が主成分である5).セルロース微繊維は,タガ(樽や桶が破裂しないよう締め付けている竹製の輪)のような働きをする.言い換えると,セルロース微繊維の配向している方向には,細胞の肥大成長が抑制される.従って,セルロース微繊維の配向方向を適切に制御することで,植物は様々な形状の細胞を作り出すことができる.例えば,根の細胞のように縦方向に徒長した細胞では,セルロース微繊維は横方向(細胞の短軸方向)に配向することで,細胞が横に膨れることを阻害する(図2A).これによって,液胞の膨圧は細胞の縦方向に作用し,細胞が縦方向に徒長する.
植物細胞におけるセルロース微繊維・細胞骨格の配向パターン.(A)根の細胞では,細胞表層にセルロース微繊維が横方向に整列し,細胞が横方向に肥大するのを防ぐ.(B)微小管は横方向,アクチン繊維は縦方向に配向する.写真は,チューブリン抗体(左)とアクチン抗体(右)を用いて,微小管とアクチン繊維を可視化した様子.スケールバーは10 μm.
セルロース微繊維の配向決定には,微小管が必須の役割を持つことが明らかになっている.セルロース微繊維は,細胞膜に埋め込まれたセルロース合成酵素複合体(cellulose synthase complexes; CSCs)により合成されるが,このCSCは,細胞表層に存在する微小管に沿って細胞膜中を移動することが明らかにされている6).つまり,微小管は細胞壁合成酵素の「足場」となる構造物であり,セルロース微繊維の方向性は微小管の配向パターンで決まる.モデル植物であるシロイヌナズナの根を用いて,細胞の成長に伴う細胞骨格の動態変化を容易に観察できる.筆者らは,アクチンが細胞長軸方向に配向することで,細胞の縦方向への伸長成長を促進する一方,微小管は活発な細胞成長を開始する前には短軸方向に配向変化を完了させて,横方向への細胞の肥大成長を阻害することを見出している(図2B)7).つまり,「縦方向に配向し,細胞を伸ばすアクチン」と「横方向に配向し,細胞を締め付ける微小管」の協調的な作用により,植物細胞の形態が決定される.
植物細胞の形態形成における中心的な役割から,微小管の配向が厳密かつ迅速に制御されていることは想像に難くない.実際に,例えば,根において,植物ホルモンの一種であるオーキシンを投与すると,横向きで揃っていた多数の微小管束が,1時間程度で一斉に縦方向に配向変化し,これによってオーキシンが縦方向への細胞成長の阻害作用を発揮することが報告されている8).オーキシン投与後,10分程度で微小管の配向変化が始まることから,これは遺伝子発現を介さない応答であることが示唆されている8).このような微小管の向きの,一斉かつ短時間での90°の方向転換には,低分子量Gタンパク質ROP6 GTPaseや微小管切断タンパク質kataninの関与も示唆されているが,その詳細な機構は不明である.この疑問を解き明かすことで,植物細胞の形態を自由にデザインし,ひいては,植物の生長様式や環境応答を人為的に操作できる植物の開発が可能になるかもしれない.
液胞は,吸水することで細胞体積の大部分を占める「巨大液胞」へ成長することで,膨圧を発生させて細胞の肥大成長を駆動するだけでなく(図3A),種々の物質の保管,老廃物の隔離など様々な役割も担う,植物に必須のオルガネラである3).
巨大液胞の様子と気孔開閉時の細胞動態.(A)巨大液胞形成された根の細胞の様子.赤は細胞壁(細胞の輪郭),緑は巨大液胞を示す.スケールバーは10 μm.(B)気孔開閉時のアクチンと液胞の動態.
ガス交換を担う「気孔」は液胞ダイナミクスを理解する上で,特に有用なモデルである.2つの孔辺細胞のペアから成る気孔は,環境条件に応答してそれぞれの孔辺細胞が動き,その結果として気孔が開閉する9).この細胞の動きの駆動力は,液胞の動態変化である.気孔が開く際には,孔辺細胞内の矮小な液胞が融合して巨大な液胞が形成され,これによって生じる,数MPaに達する膨圧によって気孔が開く(図3B).一方,気孔が閉じる際には,巨大液胞が断片化され,多数の矮小な球状の液胞に変化する(図3B)10).開閉の遷移過程では,中間的な状態として,管状やバルブ状の特徴的な液胞構造が観察される(図3B)10).
特筆すべきなのは,このようなダイナミックな液胞の動態変化が,ものの30分で起こることである.このような液胞のダイナミクスを司るのもまた,細胞骨格である.図3Bに示すように,閉鎖した気孔ではアクチン繊維がランダムに配向しているのに対し,開いた気孔は放射状の規則的なパターンを示す10).開閉の途中では,アクチン構造が一時的に崩壊する10).アクチンを安定化する薬剤を投与すると,気孔の開放が遅れることから,アクチン構造の一時的な崩壊は,迅速な気孔の動きに重要なステップと考えられる10).
では,どのようにアクチンは液胞の構造を変えるのだろうか?Wangらのグループの丹念な顕微鏡観察の結果分かってきたのは,矮小な球状の液胞の周囲をアクチンが囲んでいること,そして,融合が進む過程でそのアクチンの崩壊が起こることである11).即ち,アクチンは液胞を取り囲んで,融合を阻害する働きを持つと考えられる.その一方で,融合過程にある液胞のコンタクトサイトにはアクチンリングが観察されることから,アクチンは液胞の融合を促進する可能性も指摘されている11).つまり,アクチンは液胞融合の「促進」「阻害」,どちらの作用も持ちうると考えられる.気孔以外の細胞でも,同様の可能性が示唆されている.しかし,どのようなメカニズムでアクチンがそのような逆方向の働きを果たすことができるのか,全く分かっていない.今後,液胞のダイナミクス制御を司る,アクチン繊維上に存在する実働因子の単離が必要である.
また,もうひとつ興味深いのは,アクチンが液胞の形成を促進するにせよ,阻害するにせよ,「巨大な膨圧を発生している液胞の構造を御する力をどのように生成しているか」という点である.液胞は,一般にその内部に細胞死を誘導するカスパーゼ様の活性を持った酵素を蓄えており,それが細胞質に露出すると細胞が死んでしまう12).従って,気孔の開閉時など,液胞のサイズや構造を迅速に変えている際に,液胞の膨圧に負けないレベルの力をアクチンが発生させつつ,液胞膜のインテグリティを厳密に保ちながら液胞構造を再編することが要求される.このようなパワフルでありながら繊細さも併せ持つアクチン-液胞動態制御系がどのようなものか,全然分かっていない.今後,植物細胞内の特異な物理環境を理解する上で,極めて重要な課題となるであろう.
巨大液胞によって圧迫され,細胞の周縁部に押し付けられた状態で細胞質が存在する植物細胞内において,効率よく物質の循環を行うためには,受動的な拡散に任せるのではなく,能動的に物質輸送を行う必要がある.その役割を担うのが原形質流動である.原形質流動は,藻類から高等植物にまで見られる,方向性を持った活発な流動であり,一般的に,大きな細胞ほど十分な物質輸送を確保するために,より高速の原形質流動を起こすとされている.種子植物では,ミトコンドリアやゴルジ体などのオルガネラは,原形質流動の流れに乗って,約1~10 μm/秒で移動している13),14).これを人のサイズにスケールアップして換算すると,無数の構造物が存在する細胞内の混雑環境を,オルガネラはなんと人類最速のスプリンターとほぼ等しい速度で動いていることになる.では,このような高速のオルガネラ移動を可能にする原形質流動は,どのような仕組みで起こっているのだろうか?
現在,原形質流動の動力源は,植物特異的なミオシンであるミオシンXIとアクチン繊維の相互作用によるオルガネラの運動であると考えられている15).具体的には,「①レールとなるアクチン繊維のプラス端方向に,オルガネラと結合したミオシンXIがATPの加水分解エネルギーを使って運動する→②粘性のある細胞質中において,オルガネラが周囲の細胞質を巻き込んでミオシン依存的に動くことで,方向性を持った流れが起こり,これによって原形質流動が生じる」というものである16),17).細胞内でのミオシン分子の観察の難しさから,ミオシンがどのようにオルガネラを動かしているかは,まだ結論が得られていないが,「ミオシンXIがそれぞれのオルガネラ(ミトコンドリア,ペルオキシソーム,葉緑体など)に直接結合して運ぶ(図4A)」,「ミオシンXIが,最大表面積を持つオルガネラである小胞体とそれに相互作用するオルガネラを運び,それによって生じる流れが駆動力となって,他のオルガネラも動く(図4B)」,「ミオシンXIが運ぶ未知の積み荷(観察結果から,輸送小胞より大きく,ミトコンドリアや葉緑体よりも小さいオルガネラと予想される.もしくは何らかの新奇な構造体である可能性も否定できない)によって生じる流れが駆動力となって,他のオルガネラも流動する(図4C)」という3つの説が提唱されている18),19).いずれの機構も原形質流動の駆動に寄与していると予想されるが,どれがメインの駆動力となるかは植物種,細胞種により異なると考えられる.
原形質流動発生メカニズムの3つのモデル.赤の矢印はミオシンの歩行方向を,灰色の矢印は原形質の流れを示す.
原形質流動は,その現象の魅力から,分子メカニズムの解明を目指す研究が盛んに行われてきたが,原形質流動の植物細胞における本質的な役割,生理的意義については,実は未だ不明な点が多い20).そのような状況で,近年明らかになってきたのは,「原形質流動が植物のサイズの決定因子」であるという興味深い事実である21),22).シロイヌナズナのミオシンXIのモータードメインを,高速型のシャジクモのミオシンXIまたは低速型のヒトのミオシンVのモータードメインに置換し,シロイヌナズナで発現させると,それぞれ,原形質流動の高速化あるいは低速化が起こり,驚くべきことに,植物が大型化あるいは小型化することが明らかになった21).
今後,高度なイメージング技術に数理モデリング的手法を組み合わせ,原形質流動の発生メカニズムや物質配送に果たす役割といった,原形質流動にまつわる積年の疑問が解明に至ることが期待される.
細胞壁と液胞を持ち,物理的制約の多い細胞内環境を有する植物が,その細胞内環境にどのように対処し,更にはそれを利用して細胞機能を発現しているかは,実は,ほぼ未解明であるといっても差し支えない状況である.このような研究は,細胞の在り方の根源に迫る重要な課題を内包するが,動物細胞を用いて行うことは難しい.今後,植物細胞をモデルとした研究が生物物理学に新たな潮流を生み出すことを期待すると共に,筆者らがその一翼を担えるよう研鑽を積んでいきたい.