生物物理
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局所熱パルス法が示すドレブリンEによるアクトミオシン制御の精密温度センシング
久保田 寛顕
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2024 年 64 巻 3 号 p. 141-143

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Abstract

アクトミオシン運動の温度依存性を制御するという,アクチン結合タンパク質の新たな役割が見え始めている.本稿では,神経細胞の成熟等を支えるドレブリンEにも,温度変化に対するアクトミオシン運動の感受性を高め,特に生理的温度で顕在化する協同性を通して巧みに制御する機能があることを紹介する.

1.  はじめに

相互作用状態にあるアクチンとミオシン(以下,アクトミオシン)による力発生は筋収縮の原動力であり,細胞運動や細胞変形においても中心的な役割を果たす.その制御には様々なアクチン結合タンパク質(ABP)が関わっていることが報告されているが,最も古くから知られるABPによる制御として,筋収縮におけるトロポニン/トロポミオシン(Tn/Tm)複合体によるカルシウム依存的制御が挙げられる.近年,Tn/Tm複合体の制御下にあるアクトミオシンに対する温度の影響が明らかになってきた.カルシウムイオン存在下において解除される本制御であるが,高温条件においても同様の状況を再現することが可能であり1),例えばカルシウムイオンがなくても,生理的な体温変動の範囲内で加熱することにより心筋の拍動を模倣できることが報告されている2)

ATP加水分解と共役し,Arrheniusの式で表現されるアクトミオシン運動の温度依存性であるが,Tn/Tm複合体の例を見るに,生体内ではABPの関与によって高感度化する可能性が見え始めたと言える.そして,筆者は長くこの業界に身を置いてきた身として,生体内におけるアクトミオシンのポテンシャルを探る上で,その他のABPについても温度変化に対しどういった挙動を見せるのかを理解することは重要と考え,強い関心を寄せている.本稿では神経細胞の成熟等を支えるABPであるドレブリンEに着目し,温度依存性を追うことで発見された生理的温度下において実現される協同性と,それが果たしうる生体内における役割について紹介したい3)

2.  ドレブリンEによるアクトミオシン運動の制御

ドレブリンはTn/Tm複合体と同様にアクチンフィラメント(FA)の側面に結合するABPであり(図1A),同一の遺伝子を基としたスプライシングバリアントであるふたつのアイソフォーム(EmbryonicタイプのドレブリンEとAdultタイプのドレブリンA)が存在する.脳における二者の存在量は成熟過程に応じて変化するが,胎児期から幼若期では前者が優占することが知られている4).両者の違いは全長約600残基のうち45残基ほどのins2ドメインの有無にあり,ドレブリンEには存在しないものの,アクチンとの結合等に関与する一次構造に違いはないため,生化学的性質に特別な差はないものと考えられている.

図1

ドレブリンE.成熟過程の神経細胞において成長円錐のTransition zone等に存在しFA側面に1 : 5(ドレブリンE分子:アクチン分子)の割合で結合する(A).In vitro motility assayではドレブリンEが存在すると滑り運動が阻害されFAが静止する(B).文献3の図を改変して利用.

両ドレブリンともにアクトミオシン運動の制御がin vitro motility assayによって直接的に確認されており5),6),ガラス基板上に固定したミオシンの上におけるFAの滑り運動を阻害する(図1B).また,ドレブリンEはミオシンV一分子のprocessivityを低下させることから,分子単位でミオシンの運動を阻害することが考えられる7)

3.  局所熱パルス法による顕微鏡下精密温度制御

顕微鏡下において1455 nmの赤外レーザーの焦点を観察面の高さに合わせると,レーザーが水に吸収されることで発熱し,その焦点が微小熱源となる8).水中での熱拡散は極めて速いため,実験的には1秒以内に平衡状態に達し,熱源を中心とした直径数十μmの範囲で急峻な温度勾配が形成される.温度勾配はあらかじめテトラメチルローダミンのような蛍光色素をガラス面に吸着し,加熱時の蛍光強度変化を計測する一方で,蛍光分光器によって得た数値を比較することでキャリブレーションすることができる.本研究では光学系を調整し,熱源中心の40°C程度(実験温度と温度上昇の和)を最高温度として,熱源から5 μm,7.5 μm,10 μm離れた位置でそれぞれ37.9°C,36.6°C,35.8°Cになるように温度勾配を設定した(図2).

図2

局所熱パルス法.熱源から同心円状に温度勾配を形成し(A),熱源付近では40°C程度,100 μm程度離れた位置では約30°Cとなる(B).文献3の図を改変して利用.

なお,局所熱パルス法は1455 nmの赤外レーザー以外にも,光ピンセットに用いる1064 nmなどの波長のレーザーを用いても実施可能であるが,水の吸収が大きくない場合には金属粒子をガラス面に吸着させておくといった工夫が必要である.本法には,細胞サイズの構造体を対象とした研究において,セル全体を加熱する恒温チャンバーや温度制御ステージとは異なり,狙った細胞小器官等の加熱応答を観察することができるといった強みがある.

4.  加熱により解除されるドレブリンEの阻害効果

局所熱パルス法では試料をパルス状に短時間加熱することで,通常であれば熱変性を引き起こすような温度帯であってもその影響を限りなく抑えることができるため,高温環境下におけるアクトミオシン運動の観察が可能となる.本研究ではin vitro motility assayと併用し,ドレブリンE存在下,5秒間の赤外レーザーの照射と10秒間の停止を繰り返し,加熱・冷却(即座に室温に戻るため25°C)の温度サイクルを与えた.すると,興味深いことに,ドレブリンEによる阻害で静止していたFAが加熱時には運動し,冷却すると再び静止することが発見された.

このことは,ドレブリンEによるアクトミオシン運動の阻害効果が温度依存的に変化することを示唆している.そこで,まず,本結果がドレブリンの解離と再結合によるものかを調べるために,ドレブリンEを量子ドットにより蛍光標識し,同様の実験を行った.その結果,量子ドットの蛍光像によってもローダミン・ファロイジンと同様にFAの滑り運動が観察され,加熱時にもドレブリンEは結合し続けることが示された(図3).

図3

加熱によって誘発された滑り運動中のドレブリンE.FAに結合した蛍光ドレブリンEの軌跡(A).滑り運動の軌跡に沿って得たカイモグラフ,スケールバーは5 μm(水平方向)と2.5秒(垂直方向)(B).文献3の図を改変して利用.

5.  ドレブリンEによる制御の温度依存的協同性

加熱・冷却の温度サイクルを与えることによってアクトミオシンの阻害が熱パルス依存的に,かつ可逆的に解除されることを見出したが,先に述べた通り,同一の観察視野内でミクロな温度勾配を形成するのもまた局所熱パルス法の長所である(図2).加熱時の各温度帯での滑り速度を調べたところ,同じ温度帯であってもドレブリンEの濃度によってその速度には差があり,ドレブリンE濃度が高いと小さくなることが判明した.

このことを定量的に評価するために,横軸をドレブリンE濃度にし,各温度帯での滑り速度をHillの式でフィッティングした.すると,50%阻害濃度(IC50)とともに,協同性の指標となるHill係数は温度の上昇に伴って大きくなった.つまり,アクトミオシンの滑り運動を阻害する上で,ドレブリンE分子同士は協同的に働くが,その協同性は特に高温域において高まることがわかった(図4).本研究では特に生理的条件である37°C前後を最高温度帯としているが,この温度帯においては約30 nMのドレブリンE濃度を境に滑り速度が最大から最小へと変化した.

図4

温度依存的なアクトミオシン制御の協同性.各温度帯における滑り速度のドレブリンE濃度依存性とHillの式によるフィッティング結果(A).フィッティングによって算出されたIC50とHill係数(B).文献3の図を改変して利用.

特筆すべきは,この30 nMという濃度がちょうど生理的条件下におけるドレブリンE濃度に近い値ということである.20 gのラット胎児の脳から精製されるドレブリンEは0.05 mg程度であることが報告されているが5),ドレブリンEの分子量の77 kDaで除すると約30 nMと算出される.また,ドレブリンEの存在量は神経細胞の成熟度ならびに細胞内の局在によって変化する.したがって,温度が37°C付近で一定に保たれていると想定される発生段階の胎児脳においては,ドレブリンEの細胞内濃度が30 nMに満たない場合はアクトミオシン運動活性が正常に機能し,逆に30 nMを超えた状況では直ちにドレブリンEによる阻害効果が強力に発揮されると示唆される.すなわち本研究の結果は,温度環境が37°C付近に維持されることによって,胎児期や幼児期に濃度比が多いドレブリンEが,アクトミオシンのON/OFF制御に作用して,脳の活発な発達を支えている可能性を示している.

6.  おわりに

細胞機能が正常に実現するにはそれを支えるタンパク質分子等が適切な場所,適切なタイミングで働くことが必要であるが,細胞やその集合体である組織,臓器,生物個体は常に一定の外的環境に置かれるわけではない.如何にして恒常性を維持するか,あるいは環境の変化を感じ取りそれに順応するかといった分子メカニズムの解明は,生命活動の本質を理解するために極めて重要である.Tn/Tm複合体に続きドレブリンEにおいてもその制御に温度依存性が見出されたことは,温度という外的環境に対するアクトミオシン運動活性が生体内では純粋なATPase活性としてArrheniusの式に従うのではなく,ともすれば見落とされてしまいがちな,高度化された分子メカニズムの上で機能していることを示している.そして,本研究で用いた局所熱パルス法は分子モーターの温度依存的制御の研究において有用性を示す一方で,細胞機能を探索する上でも強い武器となってきた9),10).温度変化は地球上のあらゆる場所で起こりうるユニバーサルな環境変化であり,細菌など微生物を含めたあらゆる生物が受けるストレスである.今後は研究対象の幅を広げ,生物の生存において根幹的な役割を果たす,温度変化に関連した環境適応についてさらなる理解を深めていきたい.

謝辞

本研究は,大阪大学蛋白質研究所・鈴木団准教授,理化学研究所生命機能科学研究センター・宮﨑牧人チームリーダー,量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所・大山廣太郎主幹研究員,石井秀弥研究員,早稲田大学先進理工学部・小川裕之氏(研究当時),川村祐貴氏(研究当時),石渡信一名誉教授他多くの方々との共同研究として実施したものであり,この場を借りて厚く御礼申し上げます.

文献
Biographies

久保田寛顕(くぼた ひろあき)

東京都健康安全研究センター主任研究員

 
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