2024 年 64 巻 3 号 p. 144-146
遺伝子発現をON・OFF制御する「遺伝子スイッチ」は,生物機能の解明や新規創出に重要であり,その改良や改質の技術が強く求められている.本稿では,真核生物である酵母の遺伝子スイッチについて,性能の向上した変異体を効率良く濃縮できる新規選抜系の開発と,これを用いて確立した進化工学ワークフローを紹介する.

遺伝子発現をON・OFF制御する「遺伝子スイッチ」は,生物機能の人工的な再現,あるいは全く新しい生命機能の創出のどちらにおいても必須であり,その制御自由度は生命工学の自由度に直結する.それゆえに,高い制御性能を示す遺伝子スイッチの開発は合成生物学研究における最重要課題の一つであり,合成生物学研究の進展にともなって必要な制御性能は高くなる一方である.実際にバクテリアでは,転写・翻訳の両段階において遺伝子の発現を制御する数多くの遺伝子スイッチが開発されてきた1).一方,真核生物の酵母では,人工のプロモータを利用した転写レベルの発現制御を中心に工学が進められてきたものの,転写機構の複雑さゆえに狙った通りの制御は難しく,限られた数の「よく知られた」誘導プロモータが頻繁に使用される状況であった2).本稿では,酵母遺伝子スイッチを歩留まり良く改良・改質するために必要な進化工学技術について,われわれの最近の研究を中心に紹介する.
進化工学では,目的機能が“より良く”発現している分子を評価・判別することが重要であり,その基準が厳しすぎても緩すぎても目的の分子が得られない.遺伝子スイッチの場合,その変異体の最も確実な評価法は,緑色蛍光タンパク質(GFP)などのレポータ遺伝子の発現を遺伝子スイッチの出力として,ON・OFF両状態の発現量を変異体ごとに個別に調べるやり方である3).評価できる変異体の数は多くても数千に限られるが,遺伝子スイッチの性能を確実に評価できる.しかし,限られた候補だけから優れた遺伝子スイッチを得ることは難しく,特に真核生物である酵母の遺伝子スイッチでは,制御タンパク質やプロモータの配列長が原核生物よりも長く,制御機構も複雑で性能予測が難しいため,膨大な数の変異体を評価しなければ優れた遺伝子スイッチは得られない.そこで,遺伝子スイッチのON・OFF状態それぞれについて「選抜」操作を行い,多数の変異体の中から優れた遺伝子スイッチだけを濃縮する.これには二つの方法がある.
一つ目は,薬剤への耐性化や栄養要求性を利用して,多数の変異体の中から目的の変異体だけを生育させる方法である(Genetic selection)4).例えば抗生物質耐性マーカーを遺伝子スイッチの出力とすれば,遺伝子スイッチがONになっていない細胞だけを抗生物質で死滅させることができる.これとは逆に,そのままでは毒性のない化合物(例えばプロドラッグ)を毒性化合物へと代謝する酵素遺伝子を出力とすると,遺伝子スイッチをOFFへと制御できる変異体だけを残し他の変異体は死滅する.もう一つはCell sorting5)である.遺伝子スイッチのON・OFF両方の状態をGFP発現量だけを指標に選抜でき,酵母遺伝子スイッチの工学技術として普及しつつある.
原理的には,Genetic selectionあるいはCell sortingによって,酵母遺伝子スイッチは簡単に濃縮できるように思われる.しかし,選抜強度(選択圧)の設定次第で,選抜操作は簡単に破綻してしまう.例えば,ON時に強く発現する変異体を濃縮しようとすると,続くOFF選抜の時にはすでに,ON・OFFのスイッチが起こらない「常にON」の変異体しか生存していない場合があり得る.一方,選択圧が弱すぎると,わずかにしか遺伝子発現しない変異体ばかりが濃縮される.逆のことがOFF選抜でも起こるため,ON・OFF両方の選抜条件に最適化が必要である.しかし,変異体ライブラリに含まれる遺伝子スイッチ変異体の組成を事前に予想することは困難であり,適切な選抜条件は全工程の完了後にしかわからない.このことが,酵母遺伝子スイッチ進化工学のボトルネックとなっていた.
ではどのような選抜を実施するべきだろうか? 理想的には,遺伝子スイッチの出力にかかわらず,遺伝子スイッチの出力が細胞の生存率に反映されることが望ましい.加えて,異なる条件の選抜を多数実施し,その中から最適な条件を後から選び出すことができれば,望む変異体を単離できる可能性はさらに高まる.培養操作だけで完結できるGenetic selectionは多数の選抜を並列に実施できるが,選択圧の調整自体が難しい.他方Cell sortingは,選抜条件を任意に設定できるものの,効率の良い条件を事前に知ることは困難であり,並列化も現時点では難しい.
われわれは,選抜条件が調整可能で,かつ液体操作だけで並列に実施できるGenetic selection系を探索し,進化工学プラットフォームのロバスト化を試みた(図1)6).まずON選抜にはZeocin耐性タンパク質を用いた.Zeocin耐性タンパク質(Ble)は,そのダイマーが抗生物質のZeocinに量論的に結合し,不活化するため,遺伝子スイッチが高出力であるほど高いZeocin耐性が付与される.そのため,遺伝子スイッチの出力が低すぎる,あるいは高すぎる時には,Zeocin濃度の変更により選択圧を調整できる.一方OFF選抜では,量論的に作用するような選抜系はこれまでに確立されていなかった.われわれは,ヒトヘルペスウイルス由来のチミジンキナーゼ(hsvTK)が多様なプロドラッグを活性化して細胞死を引き起こすことに注目し7),プロドラッグを変更することで選択圧を調整できると考えた.さらに,ON・OFF選抜による変異体の濃縮状況をフローサイトメトリーによって評価するために,2種の選抜マーカーに加えてGFP遺伝子をさらに遺伝子的に融合した3機能性の「TBGマーカー」を作出し,遺伝子スイッチ下流の出力として配置した(図1a).

TBGマーカーを用いた酵母遺伝子スイッチの選抜.(a)rTetTA応答性プロモータ(PtetO7)の下流にTBGマーカーを配置すると,人工転写活性化因子rTetTAの有無やDoxの有無によって遺伝子スイッチの出力が変化し,GFP蛍光強度として読み出し可能である(b).Zeocinまたは5FdUの存在下では,遺伝子スイッチの出力が大きいほど,酵母の生存率がそれぞれ増加(c),および低下する(d).条件1:PtetO7 + TBG(–),rTetTA(–),Dox(–);条件2:PtetO7 + TBG(+),rTetTA(–),Dox(–);条件3:PtetO7 + TBG(+),rTetTA(+),Dox(–);条件4:PtetO7 + TBG(+),rTetTA(+),Dox(+).CC BY 4.0のもと,文献6より改変して引用.
作製したTBGマーカーの機能を,Tet-Onシステムと呼ばれる遺伝子スイッチをモデルとして評価した(図1b-d).Tet-Onシステムでは,Doxycycline(Dox)応答性の人工転写活性化因子rTetTAが,Doxが結合した時にのみ標的の人工プロモータ(PtetO7)へと結合し,下流遺伝子の転写を活性化する.まず,rTetTAやDoxの有無を利用して,Tet-Onシステムの出力(GFP蛍光強度)が異なる4つの条件を作り出した(図1b).この4条件に対して,Zeocinおよびプロドラッグの5FdUをそれぞれ添加したところ,GFP出力の増加にともなって生菌数が増加(図1c)および減少した(図1d).薬剤濃度や種類の変更によって選択圧も調整可能であり,理想に近い選抜系であることがわかった6).
確立した選抜系を用いて,上述のDox応答性スイッチの進化工学を実施した(図2).まず,rTetTAの発現カセットに変異PCRによってランダムな変異を導入し,これをPtetO7の下流にTBGマーカーが配置された酵母に導入した.こうして得た酵母変異体ライブラリについて,まず5FdUの存在下でOFF選抜を行い,続いてさまざまな濃度のDoxおよびZeocinの存在下で培養し,ON選抜を行った.合計14の条件で選抜した変異ライブラリについて,濃縮された変異体全体のDox応答性をフローサイトメトリーで解析すると,Zeocin濃度が2 mM,Dox濃度が0.3 μg/mL以上という条件でON選抜を実施した場合に,特に効率の良い選抜が実施できていた.濃縮された変異体集団から,Dox応答性の良い変異体をさらにスクリーニングすることで,Dox応答性が向上した変異体を得た.このようにして確立した酵母遺伝子スイッチの選抜プラットフォームを利用して,2,4-DiacetylphloroglucinolやN-(3-oxohexanoyl)-d, l-homoserine lactoneに応答する酵母遺伝子スイッチについて,signal-to-noise比の向上や,応答性の反転,応答感度の向上を実現した6).
本稿で紹介した酵母遺伝子スイッチの進化工学プラットフォームでは,選抜の全工程を液体操作のみで完了し,多数のON・OFF選抜条件を並列に検証することが重要であるが,これは同時に遺伝子スイッチの進化工学自体をも並列化・自動化できることを意味する.in vivo変異導入技術8)と組み合わせれば,酵母遺伝子スイッチの進化工学は完全に自動化される.全く新規な遺伝子スイッチの作出にも対応するには,進化工学を行う「親配列」の探索が課題として残るが,ゲノムマイニングによる候補遺伝子スイッチの同定9)や人工タンパク質設計法の進展10)により解消されつつある.こうした技術が集積されれば,任意の分子に応答する遺伝子スイッチが自在に作り出される未来もそう遠くないだろうというのが筆者らの予想(期待)である.
冨永将大(とみなが まさひろ)
神戸大学先端バイオ工学研究センター特命助教
近藤昭彦(こんどう あきひこ)
神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科教授
石井 純(いしい じゅん)
神戸大学先端バイオ工学研究センター准教授