2024 年 64 巻 5 号 p. 242-246
筋ミオシンの1分子計測は難易度が高く,既存の1分子計測技術では力発生素過程やサルコメア構造内での動態について不明な点が残されていた.DNAナノデバイスと先端1分子計測技術を組み合わせた新たな実験系を紹介するとともに,筋収縮原理の理解に向けた取り組みについて解説する.
The sarcomere, the minimal mechanical unit of muscle, imposes a geometric restriction on myosin in force generation. However, how single myosins generate force within the restriction remains elusive. Here we engineered thick filaments using DNA origami that incorporate muscle myosin to directly visualize the motion of the heads during force generation in a restricted space. We found that when the head diffuses, it weakly interacts with actin filaments and then strongly binds preferentially to the forward region as a Brownian ratchet. Upon strong binding, the two-step reversible lever-arm swing occurred. Our results illustrate the usefulness of our DNA origami-based assay system to dissect the mechanistic details of motor proteins.
筋収縮は,ミオシンIIを基盤とする太いフィラメントと,アクチンを基盤とする細いフィラメントとの間のスライディングによって駆動される.主に,モーター部位(またはヘッド)とレバーアーム部位を含むミオシンIIのサブフラグメント1(S1)に焦点を当てた広範な研究により,レバーアームの構造変化が筋収縮を駆動するというモデルが広く知られている1).分子機構の詳細を解明するために,光ピンセットを用いた1分子実験が国内外で精力的に行われ,単離した筋ミオシン1分子が1回のATP加水分解ごとに約10 nmのステップでアクチンフィラメントを移動させることを実証している2),3).しかし,このステップの初期過程や中間的な運動過程は,キネシン,ダイニン,ミオシンVなどの運動が安定なプロセッシブモーターと比較して,十分に理解されていない.その理由の1つは,筋ミオシンは単離すると非プロセッシブであり,1分子実験の難易度が格段にあがってしまうことによる.筋ミオシンの光ピンセット実験は,ミオシン1分子に相互作用させるアクチンフィラメントに結合したビーズの動きを検出するため,間接的であり,力発生素過程の計測が難しい.唯一,マイクロニードルを使ってミオシン1分子を捕捉して動きを直接観察することに成功した例4)があるが,ミオシンよりもかなり大きなニードルをプローブとするため,その影響など不明な点も残されていた.
私たちは,これらの問題の原因が,ナノサイズの分子よりも格段に大きいプローブや装置を使って1分子操作を行うことにあると考え,DNAナノテクノロジーを駆使して新たな1分子計測系の開発を進めてきた.例えば,本稿では紹介しないが,DNAを材料に直径30 nmの世界最小のコイル状人工バネを設計し,光ピンセットの代わりとなるナノスケールデバイスを開発した5).このバネを用いることで,ミオシンVIや,細胞膜上のインテグリンの1分子力学計測6)および,1分子ナノイメージングとの同時計測に成功している.そこで本稿では,同じくDNAナノテクノロジーを用いて設計した,ミオシンIIの力発生素過程の直接観察を可能にする分子ナノシステムと,新たに得られた知見7)について紹介する.
筋肉内の太いフィラメント(ミオシンフィラメント)と細いフィラメントは,平行に規則正しく整列したサルコメア構造をとる(図1a).ミオシンフィラメント内に個々のミオシンヘッドが決まった空間配置を持って存在し(図1b),複数のミオシンがアクチンフィラメントに結合し力発生することで両フィラメントは解離せず安定した収縮が行われる.サルコメア構造は,横紋筋のみが持つ結晶様の構造で,筋肉の収縮速度,エネルギー効率や外力に対する適応能などの筋収縮の性能を最適化するように進化してきたと推測しているが,構造の持つ生理的意義は未だ不明である.また,筋肉から精製したミオシンを試験管内で重合したミオシンフィラメントは,筋細胞内のミオシンフィラメントのミオシン空間配置を再現できていないとの報告がある8).私たちは,天然サルコメア構造の制約下での個々のミオシンの力発生動態を見ることが生理機能を調べるうえで重要だと考えているため,サルコメア構造を模倣した分子ナノシステム(人工ミオシンフィラメント)の開発を進めてきた.
分子ナノシステムの模式図とその運動観察.(a)サルコメア構造の模式図.(b)太いフィラメント内のミオシンヘッドの空間配置.(c)DNAオリガミで設計した分子ナノシステム.(d)分子ナノシステムと相互作用するアクチンフィラメントのステップ状運動.
天然のミオシンフィラメントは,同じ配向を持ったヘッドが約43 nm間隔で一列に並んでおり,一本のアクチンフィラメントと相互作用している(図1b).また,フィラメントのバックボーンとヘッドは約40 nmのコイルドコイルでつながれている.そこで,DNAオリガミ技術を用いて上記の特徴を持った足場構造を設計し,ヒト骨格筋ミオシンIIa-S1を連結した(図1c).連結したヘッドは,アクチンの軸方向に80 nmの幅で拡散運動を行うことが後述するレーザー暗視野顕微鏡法から確認されている.一方,天然のミオシンフィラメント内のヘッドの拡散は20 nm程度であると見積もられている9).これは,ヘッドに連結したDNAの剛性がコイルドコイルよりも柔らかいためであり,その意味では,本実験系は,熱ゆらぎの効果が4倍程度強調された系となっている.
また,単量体の足場構造には6個のミオシンが結合可能であるが,バックボーンの両端を介して重合し,多量体形成させることで,3-5 μmの長さ(つまり,5000 nm/43 nm = 116個のミオシン)まで伸長させることができる.重合した人工ミオシンフィラメントをガラス固定し,ATP存在下でアクチンフィラメントの滑り運動を観察すると,アクチンに結合した蛍光量子ドットの追跡から,過去の報告9)と同等の約8 nmのステップ状変位を起こすことが確認された(図1d).運動速度についても,筋ミオシンのin vitro motility assayの過去の報告と矛盾のないことから,サルコメア構造内のミオシン空間配置を模倣した形で筋収縮の最小限の構成システムを設計することができたと考えている.
私たちの目的は,サルコメア構造の制約下での個々のミオシン動態を力発生素過程も含めて複数個同時に観察することであり,近接した分子動態を同時に観察するという点では高速原子間力顕微鏡(高速AFM)は強力な手法となる.しかしながら,天然サルコメアを対象にすると,ミオシンとアクチン以外にも30種類以上のタンパク質が非常に密に自己集合したシステムとなるため,個々の分子の構造動態観察は困難となる.その点,私たちの人工ナノシステムは,筋収縮に必要な最小限のサルコメアタンパク質から構成されているため,個々の分子の観察が容易だと期待された.そこで,アクチンフィラメントと相互作用時の人工ミオシンフィラメント内部のミオシンを観察すると,ミオシンのレバーアームが2段階で角度変化するのが直接観察できた(図2a, b).また,ミオシン重心位置は4 nmずつアクチンの軸方向に移動し(図2c),必ずしも一方向のみの移動(角度変化)ではなく逆方向に戻ることも時々観察された.このような2段階の運動は通常,サブミリ秒の時間分解能を持つ光ピンセットでようやく観察できるくらいの速い変化10)であるため,400 msおよび3 nm/pixelの時空間分解能で撮影した高速AFMで観察できたことは驚くべきことである.負電荷を持つDNAオリガミは,弱い正電荷を帯びた脂質膜と相互作用して固定しているため,おそらくは,ミオシンの運動自由度にも影響を及ぼし,ミオシンの速い構造変化を遅くしていることが想定される.そのため,データの解釈には注意が必要だが,これまで難しかったミオシンIIの構造変化を直視できるようになったことで,ミオシン間での運動の協調性を解析できるようになるなど大きな一歩となった.
分子ナノシステムの高速AFM観察.(a)アクチンフィラメントとの複合体の模式図(左)とそのAFM画像(右).白矢印はミオシンヘッドの位置を示す.(b)ミオシンの2段階の構造変化.(c)アクチン滑り運動時のミオシンの構造変化と変位のまとめ.文献7の図より一部転載.
高速AFMによってミオシンIIの構造変化を直視できたが,脂質二重膜上でミオシンの運動自由度が制約された条件であったため,より自然な運動自由度を持ち,かつ,高い時空間分解能で観察できれば,これまで不明確だった運動素過程の解析が期待できる.そのためには,金ナノ粒子をミオシンにラベルしてレーザー暗視野顕微鏡法で観察すれば,ミオシンの運動素過程を観察しうる時空間分解能で計測することが可能となる.しかしながら,筋ミオシンIIの力発生素過程の観察がこれまで困難だった理由の1つには,ミオシンフィラメントから単離した1分子にすると,アクチンとのアフィニティが低いため持続的に安定して1分子観察を行うのが難しい問題があった.そのため,安定して人工ミオシンフィラメントとアクチンフィラメントが複合体を形成できるよう次の設計を行った.
私たちの開発した分子ナノシステムは,単にサルコメア構造を模倣できるだけでなく,様々なタンパク質やナノ粒子をシステム内部に自在に配置することができるのも強みである.そこで,DNAオリガミの足場構造に6個存在するミオシン結合部位のうちの5個はαアクチニンのアクチン結合ドメインを連結し,真ん中のミオシン結合部位のみにミオシンを連結できるように設計した(図3a).また,ミオシンレバーアーム先端部に直径40 nmの金ナノ粒子をラベルできるように設計した.これにより,人工ミオシンフィラメントはアクチンに固定され,かつ,真ん中のミオシン1分子の運動を金ナノ粒子の高速1分子観察から詳細に観察することが可能となった.
金ナノ粒子の重心位置を40 μsの時間分解能で,0.5 nmの位置精度を持って観察可能なレーザー暗視野顕微鏡を構築して観察すると,アクチンフィラメント上でのミオシンの拡散運動と,前方への強い結合(力発生)が検出された(図3b).ミオシン拡散運動の中心位置から強い結合位置までの変位は平均44 nmであり,変位の立ち上がりを見ると2段階のステップから構成されていた(図3c).2段階目のステップサイズが平均10 nmであり,高速AFMで観察されたレバーアームの並進運動距離(4 + 4 nm,図2c)と同程度であることから,レバーアームによる力発生であると推測された.そこで,レバーアームを欠損させた変異体を構築して実験を行うと,2段階目の変位が消失し,平均44 nmの変位が33 nmに減少したため(図3d),2段階目のステップがレバーアームによるものだと結論付けた.金ナノ粒子の高速1分子観察で検出された約10 nmの変位が4 + 4 nmとして見えないのは不思議ではあるが,AFM観察では,脂質膜上でヘッドの運動を拘束して遅くした状態であるのに対して,高速1分子観察では無負荷で自由に運動できる状態であるため,ステップの中間状態の遷移速度がかなり異なるのではないかと考えている.
このようにミオシンの動きの詳細が見えてきたが,本実験で最も注目すべきことは,従来,筋収縮で決定的な役割を果たすと考えられているレバーアームがなくても一方向への結合機構を備えていたことである.そこで,前方への強い結合に至るまでの拡散運動の詳細な解析を次に行った.
ミオシンは,ATP の加水分解を触媒する部位にATPが結合すると,アクチンとのアフィニティが低下して解離し,その後,両者が近くにいれば弱い結合・解離を繰り返すことが示唆されていた.しかしながら,その結合時間は平均1 ms以下11)だと予測されていたため,ミオシン運動の間接的な計測を行う光ピンセットでの検出はこれまで困難であった.私たちの実験系では,レバーアームを欠損させたミオシン変異体のヘッド近傍に小さい金ナノ粒子をラベルしており,1 ms以下の結合も検出可能な時空間分解能を持つことで,弱い結合が時々観察された.そこで,客観的に統計解析を行うために,ノンパラメトリックなベイズ推定法12)を用いて弱い結合の検出を行った(図4a).その結果,弱い結合の頻度と結合時間が,アクチン上の結合位置に依存して変化する結果を得た(図4b).結合頻度は,ミオシンの拡散中心位置で最も高く,中心から前後に離れるにしたがって等方的に低くなっていた.一方で,結合時間は,拡散中心位置で最も短く,前方の到達限界位置で最も長いことが分かった.前方の到達限界位置では,ATP加水分解産物である無機リン酸(Pi)がミオシンから放出され,アクチンに強く結合することが頻繁に起こる.そのため,ミオシンがアクチンと立体的に適合しやすくなることで弱い結合が安定化され,強い結合に移行しやすくなるか,メカノセンサーの機構13)が働いてPiを放出しやすくなるなどが推測される.
ミオシンとアクチン間の弱い結合の解析とミオシンの運動メカニズム.(a)ベイズ推定による弱い結合の検出.赤線:検出された弱い結合状態.青点線:拡散運動の中心位置.(b)弱い結合の結合頻度と結合時間の位置依存性.(c)ミオシンの運動メカニズムのまとめ.文献7の図より一部転載.
以上をまとめると,筋ミオシン力発生の初期過程では,ブラウニアンラチェット14)のように,熱ゆらぎから方向性のある動きを生み出していた.ミオシンがアクチンと弱い結合を繰り返しながら,強い結合に移行するための適切な場所を探索し,ミオシンフィラメントバックボーンとヘッドをつなぐコイルドコイルが前方に十分伸びた場所に到達すると,レバーアームの構造変化を起こしてバックボーンに動きを効率的に伝えていると考えられる(図4c).ただし,高速AFM観察でも述べたように,レバーアームは可逆的な構造変化であり,構造変化前後の自由エネルギー差がどの程度か今後の検証が必要である.私たちは,ミオシンVの1分子力学測定から,ミオシンVのレバーアームのスウィング前後の構造の自由エネルギー差が高々3kBT程度であり,力発生で行われる仕事全体(18kBT)の17%程度にしかならないことを明らかにしている15).筋ミオシンとミオシンVでレバーアームの構造安定性は異なる可能性もあるが,いかにも力発生の主役となっていそうな構造変化のみに目を奪われないことが本質を理解するうえで重要である.
DNAナノテクノロジーを駆使した新たな1分子計測系を開発することで,サルコメア構造の制約下での筋ミオシンIIの力発生の初期過程から終了までの全てを可視化することができた.また,ここでは示さなかったが,高速AFMによって,近接する複数のミオシンの構造変化も同時に観察することができるようになってきた.筋肉は進化の過程で極めて巧妙に構造化されており,単なるモーターの寄せ集めにはない,集団として極めて合理的な協調運動が存在していることが示唆される.私たちは,ミオシンの構造変化が起こるタイミングの分子間での相関の解析を進めており,協調的な力発生とそのメカニズムの一端を捉えつつある16).サルコメア構造の制約下で生まれるミオシン集団の協調的な運動パターンは,人工ミオシンフィラメント内のミオシン空間周期を変えることで変化し,全体の力学的なパフォーマンスにも大きく影響を与える.私たちが設計する様々な人工サルコメアとその内部の個々の分子動態の1分子解析によって,サルコメアの設計原理が近い将来に理解できると確信している.
大沢文夫は,湯川秀樹博士から「生物は積み木細工ですね.」と言われ,単なる加算的な積み木細工を超える生物の仕組みを見つけようとした17).その中で,タンパク質を柔らかい分子機械と捉え,硬い人工機械とは異なる仕組みの理解の重要性を唱えた.その後の1分子計測技術の開発・進展によって,タンパク質ドメインの熱ゆらぎ,構造の可逆的な変化や機能の不均一性18)も1分子レベルで可視化された.今回の研究では,ミオシン-アクチン間の弱い相互作用も検出することに初めて成功し,熱ゆらぎで起こる偶然を制御するプロセスが直接見えてきた.ミオシンと相互作用するアクチンもまた柔らかい分子機械であり,構造多型性19)や,単なるレールとしての役割にとどまらない機能20)も見えつつある.周囲の水分子や,混雑しながらアクティブにゆらいでいる細胞内環境とのやり取りもおそらく重要21),22)であり,これらにも注目しながら解析を進めることで,柔らかい分子機械が持っている,偶然を必然にする仕組みの理解が深まるだろう.また,柔らかい分子機械の集団の中での個々の分子動態も捉えられるようになってきたことで,ミクロからマクロへの機能発現をシームレスにつなげることが可能となるため,単なる加算的な積み木細工ではない仕組みも明確になってくると期待している.
本研究は,AMED-PRIME「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器および医療技術の創出」(JP19gm5810022)の支援を受けました.
岩城光宏(いわき みつひろ)
情報通信研究機構未来ICT研究所主任研究員
藤田恵介(ふじた けいすけ)
理化学研究所生命機能科学研究センター研究員
柳田敏雄(やなぎだ としお)
大阪大学大学院情報科学研究科特任教授
池崎圭吾(いけざき けいご)
東京大学大学院理学系研究科助教