生物物理
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総説
Hydra vulgarisの行動・神経全個体イメージングからみる神経系の進化
山本 渉
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2024 年 64 巻 5 号 p. 251-255

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Abstract

本総説では,Hydra vulgarisの神経全個体イメージングにより,散在神経系の機能を調べた研究を紹介する.特に浸透圧変動への反応や宙返り行動の神経基盤に焦点を当て,神経系進化の理解に貢献する最新の研究とこれからの課題と展望について考察する.

Translated Abstract

Cnidarians represent early branches in the animal kingdom with simple, non-centralized nervous systems. Studying how these animals utilize their nervous systems is fundamental for understanding the evolution of nervous systems. Recent advancements in genetic and imaging technologies such as whole-body neuronal imaging enabled this line of research using Hydra vulgaris, along with other cnidarians. This review explores how Hydra’s nervous systems respond to environmental stimuli and orchestrate complex motor behaviors, revealing preferential sensing and conserved circuit mechanisms. Looking forward, this review addresses open questions and technologies needed in this field.

1.  進化的に単純な神経系はどのように機能するのか?

動物は進化の過程で神経系を獲得した後1),約6億年前に左右相称動物と刺胞動物の祖先が分岐したとされる2).左右相称動物に属するヒトやその他の脊椎動物は,脳を含むより複雑な神経系へと進化してきた.一方で,刺胞動物(クラゲ,ヒドラ,サンゴ,イソギンチャクなど)は,単純な網目状の神経系である散在神経系を保持してきた(図1).これらの単純な神経系を使うことで,リズミカルな全身運動や環境変化に応じた行動を獲得した.しかし,散在神経系がどうやってこれらを可能にするのかは明らかになっていない.これらを理解する上で,散在神経系がどう機能するかを調べることが重要である.

図1

A.神経の進化における出来事を記した簡略化した系統樹.B.GFP(緑色蛍光タンパク質)を全神経細胞で発現させたヒドラ.網目状の神経系が観察できる.インセット:別個体の拡大図.

18世紀にすでに,Abraham Trembleyにより刺胞動物であるヒドラの行動や生態が詳細に記録されていた3).しかし,ヒドラの神経活動を調べるためには,近年の技術的進歩を待たなければならなかった.筆者の所属するコロンビア大学,Yuste研究室では,ヒドラ(Hydra vulgaris)を使い蛍光カルシウムセンサーの遺伝子導入により全神経細胞の活動を記録することに成功した4).これにより散在神経系の機能と運動行動の関連性を詳しくみることが可能になった.一方,ヒドラの神経の活動が実際に運動行動を引き起こしているという因果関係を明らかにするための技術の開発が必要であった.

本総説では,これらに関連する筆者の最近の研究を紹介する.はじめに,先に述べた全神経イメージング法を使い,ヒドラの単純な神経系がどう感覚刺激や生理的な変化に応答するのかを調べ5),次に二光子レーザーを使って,特定の神経を刺激する手法を作り6),それを使ってヒドラの神経が複雑な運動行動を生み出すメカニズムを調べた7).このレビューでは,それぞれの研究の流れを解説するとともに,今後この研究分野が発展していくための技術的な課題と展望についても考察する.

2.  環境変化への神経系と行動の適応

ヒドラは変化の激しい淡水環境に適応するため,数センチメートルから数メートルにわたる距離で移動する能力を持つと考えられている.ヒドラはポリープと呼ばれる筒状の形態をしており,この体の内部は胃腔と呼ばれる空洞で,食物の消化吸収が行われる場所となっている.通常は地面に固着して自発的に伸長と収縮を繰り返しながら餌を待つ.しかし,宙返りと呼ばれるリズミカルな動きによって数センチメートル程度移動もでき,これにより餌の探索範囲を広げる.さらに,足盤に気泡を作り水面に浮かんで長距離移動することも可能である3).ヒドラが生息する池や湖などの淡水環境は,海水環境と比較して,水温,水量,水質の変動が激しいことが特徴である.このため,ヒドラの移動行動は,これら淡水環境のダイナミックな変化に適応するためのものと考えられる.

ヒドラは,移動手段に加えて,メタボリズムの調整によって淡水環境の激しい変化に適応する能力を持つ.餌が豊富な状態では,ヒドラは体のサイズを一定の大きさまで成長させ,無性生殖によって新しい個体を生み出す.一方,飢餓状態の際には,オートファジーを介して細胞数や体のサイズを小さくし,メタボリックレートを環境に合わせることで長期間の生存が可能になる8).このように体のサイズとメタボリズムをコントロールすることで,ヒドラは様々な環境条件に柔軟に対応できる.

刺胞動物が持つ単純な神経系が,環境の変化や体内の生理的変化にどのように反応して行動を調整するのかは,進化の過程で複雑な生物が発展してきた過程を理解する上で重要な疑問点だ.筆者らは,これらの疑問に答えるため,異なる環境条件下でヒドラの運動行動を観察した.また,ヒドラの行動を引き起こす神経活動(神経伝達)と上皮細胞の筋活動(筋収縮)をカルシウムイメージングで測定した.カルシウムイメージングとは,細胞活動を仲介する細胞内のカルシウムイオン濃度の変化を可視化する手法である.ここでは,カルシウムに反応して蛍光を発するGCaMP6sタンパク質をヒドラのそれぞれの細胞に発現させて,細胞の活動を調べた.本研究では温度,溶液の浸透圧,栄養状態,体のサイズなど環境・生理条件は生存に重要であり神経の活動や行動の変化に現れると推測される環境・生理条件を選んだ.

研究結果から,これらの刺激の中で浸透圧刺激に対する反応が特に顕著であることがわかった(図2).浸透圧が低下すると,ヒドラの収縮行動が活性化し,それに伴い収縮行動に関わることが知られるCB神経細胞群の活動とそれに付随する上皮細胞の筋活動も増加がみられた.反対に浸透圧が上昇するとこれらが減少することが示された5).高浸透圧環境では,ヒドラの胴体の横幅の減少が観測され(図2B),胃腔に蓄えられる水分が減少することが示された.ヒドラの主な運動行動である自発的な収縮は水分過多を調節するために水を口から放出する役割があると考えられ9),水の蓄積の少ない高浸透圧下では収縮の回数が減った可能性が考えられる.

図2

A.いくつかの環境・生理条件に対して変化がみられず,通常の収縮行動が観察される.B.浸透圧の変化は行動,神経活動,および筋活動に影響を及ぼす.図の右側は,高浸透圧の環境下での収縮行動の変化を示している.

他の条件に関しては,神経と筋活動および関連する運動行動に明らかな影響はみられなかった.これは,ヒドラが食糧の量,体のサイズ,温度などに対して比較的耐性を持ち,これらの条件の細かい変化に対しては緊急に反応する必要性が低いことを示唆する.

ヒドラは先に述べたように長期間の飢餓に対応できるエネルギー効率のよい生存戦略を採用していて8),これは温度や食料への反応の鈍さからも示唆される.この戦略により,ヒドラはエネルギーをあまり消費しない,すなわち触手を広げて餌が通りかかるのを待つという消極的な捕食方法を採ることが可能になる.同時にこの戦略をとることで,ヒドラは捕食においては複雑な神経系を進化させずに適応していると考えられる.一方,ヒドラは生存に直接的な影響を与える環境変化,例えば浸透圧の変化には迅速に反応する.このような環境変化への対応能力は,ヒドラが進化の過程で機能を選択し,集中させることにより,単純な神経系にも関わらず高い適応性を確保してきたことを示唆している.

3.  単純な神経系で宙返り行動を起こすメカニズム

環境や生理的変化に対する神経活動の影響を解析した後,筆者らはヒドラの移動行動である宙返りに注目した.宙返り行動は,ヒドラが餌探索範囲を拡げる役割を果たしていると考えられている.この自発的な行動は,特別な外部刺激がなくても周期的に発生し,ヒドラが身体を伸ばし,触手と頭部を基質に接触させた後,足盤を離して頭部を越えて新たな位置に移動し,足盤を接着させることによって実行される(図3).この過程は,体の異なる部位を順序立てて動かし,リズミカルな動作を可能にする複雑なメカニズムを示唆しているが,11種類しかない神経細胞からなるヒドラの散在神経系を通じて10),どのように行われるのかはわかっていなかった.

図3

A.宙返り行動における複数の動作.B.ヒドラを用いた全神経イメージングの簡易図.スケールバーは推定値.C.宙返りはRP1細胞の発火頻度が一定の閾値に達した時に発生することが観察された.

宙返りにおける神経細胞の活動パターンを明らかにするため,本研究では全神経イメージングを用いて詳細な分析を行った.この分析により,宙返りが発生する際に,RP1細胞群の活動とCB細胞群の活動が増加することが確認された(図3).RP1細胞は以前から伸長動作と関連があることが示唆されていたが11),その機能については詳しくわかっていなかった.特に,RP1細胞は宙返り行動が起こる直前に活性化し,一定の発火頻度の閾値に達した際に宙返り行動が観察された.また他の種類の神経細胞は宙返り時に活動しないことがわかった.

次にRP1細胞の活動が実際に宙返り行動を引き起こしているのかという因果関係を調べるために,RP1細胞のみを選択的に活性化する実験を行った.この実験をおこなうには二つの大きな問題を解決する必要があった.

一つ目は,ヒドラにおいて既存の遺伝子操作技術で外部受容体を効果的に発現させるのが困難であったため,従来の光遺伝学や化学遺伝学の手法が使えないという問題である.本研究では,RP1細胞を特定し,直接二光子レーザーで活性化する手法を採用した12).この技術では,レーザーが引き起こす瞬間的な温度上昇や活性酸素種(ROS)の生成を利用して細胞膜の脱分極を誘導し,RP1細胞を直接活性化させた13),14)

二つ目は,ヒドラの体が常に変形することにより,イメージング中に細胞の位置が固定されないという問題である.そのため,RP1細胞だけに蛍光カルシウムセンサーを発現させるヒドラを使い,二光子神経イメージングによりRP1細胞の活動と位置をリアルタイムで追跡することで,10秒間ほどにわたり複数のRP1細胞の活性化に成功した.この方法により,RP1細胞の活性化が宙返り行動を引き起こすことが実証された(図46)

図4

A.神経活動と行動の同時イメージングおよび神経刺激を示す簡易図.B.RP1神経を刺激した場合と除去した場合の影響を示した概要図.

本研究で用いた二光子レーザーによる神経細胞の活性化手法は,わずか6個ほどのRP1細胞を刺激するだけで,約200あるRP1細胞全体にわたる活動が広がり,ヒドラに宙返り行動を引き起こした.この現象は,RP1細胞が同期して活動し,電気シナプスによって互いに連結していることに起因すると考えられる.活性化実験では,レーザー強度を細胞の活性化に必要な最低限まで下げ,細胞への損傷を抑えた.一方,二光子レーザー強度を上げることで,特定の細胞を特異的に損傷させ除去することも可能である.この手法でRP1細胞の大部分を除外した場合,宙返り行動は抑制された.このことから,ヒドラの宙返り行動がRP1細胞の活動に依存しているということが明らかになった.

また,この実験の過程で判明したように,刺胞動物の単純な神経系では,神経細胞間の電気シナプスを介して多くの神経細胞が同期して活動する.この現象を利用し,二光子レーザーを使って特定の神経細胞を個々に活性化させることで,全体の同期した神経活動を効果的に誘発することができる.この手法は単純な神経系において神経の機能と行動との関係を理解するための有用なアプローチだと考えられる.

次に,RP1細胞からの下流の神経伝達物質について調べたところ,RP1細胞が分泌する神経ペプチドの中でもHym248と呼ばれるペプチドが宙返り行動を誘発することが明らかになった15).具体的には,Hym248は体の伸張や刺胞細胞の活性化を通じた触手の地面への接着,足盤の筋収縮による足の離脱など,宙返り行動における複数の動作に関与することがわかった.さらに,RP1の活動が活発な間はCB(別の神経細胞群)の活動が抑制され,CBの活動が始まるとRP1の活動が抑制されるという相互抑制回路が観察された(図5).宙返りのリズミカルな動作に,人間の歩行などにもみられる相互抑制回路が使われていることは興味深い発見であった6).また,ヒドラの宙返り行動がRP1細胞の発火頻度依存的に起きていることは,哺乳類の意思決定プロセスが特定の神経活動の頻度に依存していることと似ている16).これは単純な散在神経系を持つヒドラなどを調べることで,複雑な神経系では特定することの難しい,基本的な神経機能を見つけることができる可能性を示唆する.

図5

A.ヒドラの神経細胞を示した簡略図.B.RP1細胞とCB細胞の間の相互抑制回路モデル.C.宙返りをおこなう間のRP1細胞とCB細胞の活動.

4.  モデル生物としての刺胞動物の課題と展望

本総説で紹介した研究などから,ヒドラの神経系が単純でありながら,浸透圧などの特定の刺激に対してだけ強く反応を示す特性や,相互抑制回路と神経ペプチドを利用して体の動きを精密に制御し宙返り行動をおこなうメカニズムなどが明らかになった.近年,ヒドラだけではなく,イソギンチャク17)やクラゲ18)など他の刺胞動物においても,遺伝子工学の技術やRNAシークエンシングなどの研究手法が拡張されていることから,神経の機能や進化を探る研究が盛んに行われていくことが期待される.

刺胞動物における学習はすでに行動レベルで記録されているが19),その背後にある神経回路やメカニズムの詳細は未だにわかっていない.クラゲやヒドラの睡眠も観測されているが20),これについても神経科学的な理解は進んでいない.今確立されているモデルだけでなく,新しい刺胞動物をモデル動物として確立していくことで,刺胞動物の単純な神経系を利用した全細胞レベルでの研究は,感覚統合のメカニズムや計算理論を含め,複雑な脳の理解では捉えきれなかったプロセスの解明を促進する可能性がある.また,学習や睡眠のより基本的な起源に関する新しい洞察も期待される.

しかし,新しいモデル生物で神経カルシウムイメージングや遺伝子操作の技術を確立するには時間と労力のコストが問題となる.研究室で育成し,効率的な受精卵の生成や最適なプロモーターの選定,遺伝子を組み込むための条件を見出す作業には,数年の時間がかかると考えられる.これらの課題を克服するためには,本総説で紹介した二光子レーザー刺激法にみられる,従来の技術を単純化させた技術が必要となる.例えば,ウイルスやエレクトロポレーションといった遺伝子導入技術の改善によって,受精卵や生物の生活環を経由せずに遺伝子を成体に直接発現させ,時間的な負担を削減することが期待される.これらの技術的進歩はこの分野の発展に不可欠だと考えられる.

今後,刺胞動物などを使った研究を通じて神経の進化と機能に関する新たな洞察が期待されている.特に学習や睡眠などの基本的な神経機能に関する研究は,これらのプロセスがどう進化してきたかを解明し,単純な神経系から複雑な神経系への進化の理解へつながる可能性がある.

文献
Biographies

山本 渉(やまもと わたる)

コロンビア大学生物科学科博士研究員

 
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