生物物理
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電気刺激が引き起こす線虫の「恐怖」の持続
木村 幸太郎Ling Fei TEE
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2024 年 64 巻 5 号 p. 260-262

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Abstract

我々は,線虫C.エレガンスが交流電気刺激によって高速な移動行動を始めること,またこの高速移動は電気刺激が停止しても1-2分継続すること,そしてこの現象は原始的な感情を反映する可能性を見出した.また遺伝学的解析から,電気刺激受容や持続的高速移動の停止に必要な遺伝子も解明した.

1.  はじめに

「線虫を電気刺激したらどうなりますか?」と,当時学部2年生だったE君が質問してきた.彼は学部低学年の自主研究プログラムの一環として神経科学の基礎的な知識を習得した上で,私が研究している線虫C.エレガンス(以下「線虫」)を使った研究テーマを考えていた.電気刺激はマウスやラットの「恐怖条件付け(連合学習)」に頻繁に利用されているのだが,線虫でそのような報告はなかった.「マウスなどのように,線虫も電気刺激で『恐怖』を感じたら面白いね(でもそんなわけない)」と気軽に始めた自主研究だったが,数年後にまさかその通りの結果1)に至ることになるとは,当時は知る由もなかった.

2.  電気刺激に対する線虫の応答とは

研究開始当初は,実験室のコンセントからコードを引っ張ってきて,家庭用の調光スイッチで電圧を変えるという「夏休みの自由研究」レベルから始まった.しかし,実際に実験を始めてみると,

・数十V程度の交流刺激を与えると,一度も見たことがないような高速での移動を始める.

・電気刺激停止後も,高速移動が1分程度持続する.

・一般的な感覚受容に関わる遺伝子がほとんど関与していない.

・神経ペプチドが持続性に関与する.(神経ペプチドは,神経伝達物質の一種であり,ホルモンとして働く場合が多い.)

などなど,全く予想していなかった事実が明らかになってきたことから,研究室としての本格的なテーマに格上げになった.以下,それぞれの項目に関して簡単に説明する.

3.  交流電気刺激による高速移動とその持続

さまざまな条件検討の結果,以下が明らかになった.

(1)50 mMのNaClなどを含む線虫飼育用の寒天培地に30 V/6 cm(4 Hz)の交流電気刺激を与えると,即座に移動速度が0.05-0.10 mm/sから0.25-0.30 mm/sに有意に上昇する.0.25-0.30 mm/sという移動速度は,一般の実験条件下ではほとんど見たこともない例外的な速度である.

(2)30秒の刺激を与えた場合,刺激を停止しても有意に高速な移動状態が1分程度持続する(図1左).

図1

電気刺激による線虫の速度変化.0-30秒(灰色)が電気刺激時.30-40匹の平均値(太線)と標準偏差(影).30秒毎の速度は刺激前と比較された.*** p < 0.01.文献1より改変.

(3)同じ寒天培地に75 V/6 cmの刺激を30秒与えると,刺激中は集団として速度変化はないが,刺激停止直後に30 V刺激時と同様の有意に高速な移動状態が2分程度持続する(図1右).(個別に見ると,およそ半数の線虫は刺激直後から高速移動状態になるが,半数は刺激中は移動速度がほぼゼロになり,刺激停止直後から高速移動状態となる.刺激直後からの速度上昇を「ON応答」,刺激停止後からの速度上昇を「OFF応答」と呼ぶ.)なお,より大きな電圧を与えると線虫はほぼ動かなくなる.

(4)寒天培地の塩濃度を変えて電圧と電流の関係を変化させた結果,線虫は電圧への応答性を示した.

我々の興味を特に引いたのは,「(高速移動状態の)持続」であった.(1)が見つかった段階では「電気刺激によって,たまたま特定の神経細胞群が活性化されて速く走るのだろう」と考えていた.しかし,(2)の持続性,さらには(3)のOFF応答が発見されるに至って,「特定の神経細胞(群)が電気刺激を感じた神経系の働きによって持続的な高速移動行動が実行される」という「緊急脱出プログラム」のようなメカニズムの存在が示唆された.

神経系の持続的応答は,例外的である.刺激が停止すれば,神経細胞の応答は多くの場合すぐに停止する.でなければ,例えば光刺激がなくなっても光を感じ,音が止まっても音を感ずることになる.特に刺激に対する素早い反応行動を動物個体として実現するためには,「刺激の停止に対する素早い細胞応答の停止」が必要である.しかし例外的に,短時間の刺激入力に対して長期間の神経細胞の活動が持続する場合があり,これは「短期記憶」や「意思決定」などの脳高次機能の基盤に関連する.しかし,その分子基盤はほとんど明らかにされていない.そこで,遺伝学的解析が容易な線虫を用いて「持続的応答の分子メカニズム」を明らかにすることは,神経科学として意義深いことであると考えられた.なお,直流の電場において線虫は一定の角度を持って移動することが知られていたが2),線虫の交流電気刺激に対する応答性は全く報告されていなかった.

4.  電気応答の分子メカニズム

さらに文献を調べていると,電気刺激応答の分子メカニズム自体にも研究の意義があることが分かってきた.動物の電気刺激応答は,古典的な動物行動学(ethology)における電気魚のコミュニケーションが広く知られているが,微弱な電気信号を利用する動物種は広く存在している.例えば,哺乳類のカモノハシ,両生類のホライモリ,昆虫のマルハナバチは,周囲の環境の微弱な電気信号を感じて行動に反映する3).しかし,その分子メカニズムは明らかになっていない.

環境中の微弱な電気信号感知の分子メカニズムが解明されているのは,硬骨魚のサメとエイである.Nicholas Bellono博士は,カプサイシン受容体クローニングで有名なDavid Julius博士の研究室のポスドクとして,環境中の電気信号に反応することが知られていた硬骨魚の電気受容器を電気生理的および分子生物学的に解析することにより,L型膜電位依存性カルシウムチャネル(L型VGCC)とBK型カリウムチャネルが電気受容に重要な役割を果たすことを明らかにした4).現状では,これらのみが明確に電気受容に関わる遺伝子として知られている.

以上の理由から,我々はまず電気受容に関与する遺伝子を明らかにすることを試みた.線虫が感ずる主な感覚刺激は味・匂い・温度・機械的接触刺激であり,高等動物の感覚受容と同様に環状ヌクレオチド依存性陽イオンチャネル,TRP型陽イオンチャネル,DEG/ENaCイオンチャネルなどが関与する5),6).これらいずれの遺伝子の変異株も電気刺激応答に異常を示さなかったが,L型VGCCおよびBKチャネルの相同遺伝子egl-19slo-1の変異株はそれぞれ電気刺激応答が有意に低下していた.これらの結果から,線虫と硬骨魚は同じ分子メカニズムによって電気刺激を感じている可能性が示唆された.

5.  神経ペプチドは持続的応答の終結に必要

次に,刺激応答の持続性に関わる遺伝子の探索を試みた.神経細胞応答を制御する物質としてはセロトニン・ドーパミン・アドレナリンや神経ペプチドといった神経修飾物質(neuromodulator)が考えられ,線虫でも神経修飾物質の生合成酵素や受容体の遺伝子が機能している.これら遺伝子の大部分の変異株の電気刺激応答性は,野生株とほとんど違いがなかった.

しかし,神経ペプチドの適切な生合成ができない変異株においては,野生株よりも持続的な応答がさらに長くなった.刺激に対する通常の応答は短期的であることから,我々は神経修飾物質は応答の持続に必要であると考えていたが,この結果は真逆であった.すなわち上記の結果は,電気刺激によって引き起こされる「高速移動」は比較的安定な状態であり,ここから「低速移動」という通常状態への遷移は受動的に生ずることではなく,神経ペプチドに依存する積極的なメカニズムであることが示唆された(図2).

図2

電気刺激による線虫の状態遷移のモデル図.線虫の通常の移動状態は電気刺激によって,L型VGCCやBKチャネル依存的に持続的な高速移動状態に遷移する.75 V(またはそれ以上)の電気刺激は,通常の低速移動を部分的または大きく抑圧する.高速移動状態から一定期間後に戻るためには神経ペプチド伝達が必要である.文献1より改変.

6.  電気刺激応答が「感情」の原型である可能性

では,この現象の生理的意義は何であろうか?線虫が本来の成育環境である土壌中で30 Vや75 Vの電気刺激を経験するとは考え辛い.しかし,前述した直流電気刺激に対する線虫の応答も同程度の電圧(3-12 V/cm;本研究は5-12.5 V/cm相当)によって引き起こされることから,線虫に取って何らかの重要性を持つ応答であると考えられる.ただし,直流電気刺激に対する電気応答は交流への応答性と異なり,匂い・味刺激と同様に環状ヌクレオチド依存性陽イオンチャネルを必要とする2)

実は冒頭のE君の研究と同時期に,台湾からの短期留学生Cさんから「線虫にも感情はあるでしょうか?」と質問されていたことが意義を理解するためのヒントになった.「感情」は厳密な定義が遅れており,犬や猫のようなペットを除けば哺乳類にも感情が存在するか否かは不明であった.しかし,David Anderson博士らは2014年に,動物の感情の特徴として,持続性・スケール性・感情価・汎化性の4つを定義した7).持続性とは一時的な刺激に対して応答が持続すること,スケール性とは強い刺激は大きな応答を引き起こすこと,感情価とは刺激は中立ではなく「好き/嫌い」と解釈できる応答を引き起こすこと,汎化性とは異なる刺激が同様の応答を引き起こすことである.これまで述べた持続性に加えて,75 V刺激は30 V刺激よりも強い応答を引き起こす(スケール性),電気刺激は生存に極めて重要なエサ(正の感情価)を無視させる(負の感情価)などの特徴を示すことから,上記4つの基準のうち少なくとも3つを電気刺激応答は満たし,原始的な「感情」を反映していると考えている1)

「感情」とは,環境から生存や繁殖に重要な信号を受容した時に,動物個体としてさまざまな入出力関係を一定期間変化させるための脳活動の遷移状態であると考えれば,動物一般に「感情」が存在する可能性も理解しやすい(その遷移状態を我々は「怒り」や「悲しみ」と呼ぶのだろう).例えば,生存の危機を感じた時には,食欲などを抑えて巣に引き篭もっていることは合理的である.神経ペプチドによる線虫の持続的応答の終了も,この引き篭もりが過度に持続しないための仕組みと考えられる.実際に,ザリガニ・カニ・ショウジョウバエ・マルハナバチなど無脊椎動物の感情様の行動が近年トップジャーナルにも報告されている8)

7.  今後の展開

現在我々は,線虫の交流電気刺激応答に関してさまざまな角度から研究を進めている.具体的には,分子遺伝学的解析によるL型VGCCによって電気刺激を感知する神経細胞の同定,および持続的応答に関わる神経ペプチドとその受容体の同定(線虫には百以上の神経ペプチド遺伝子が存在している),そして線虫脳の高速三次元イメージング9)による刺激受容および持続的応答に関わる神経細胞群の同定である.分子遺伝学的解析とイメージングによる解析という異なるアプローチにより,重要な神経細胞と遺伝子の同定を効率的に行い,さらに線虫で既に明らかになっている全神経回路(コネクトーム)情報10)を組み合せることによって,持続的神経活動や「感情」に関わる神経回路および遺伝子レベルのメカニズムを解明したい.

文献
Biographies

木村幸太郎(きむら こうたろう)

名古屋市立大院理

TEE Ling Fei(てぃー りんふぇい)

理化学研究所脳神経科学研究センター博士研究員

 
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