生物物理
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談話室
第21回IUPAB国際会議報告―第6回と第21回に見る生物物理の半世紀―
永山 國昭片岡 幹雄
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電子付録

2025 年 65 巻 1 号 p. 27-34

詳細

1.  はじめに

学会の総力を挙げて開かれた1978年IUPAB会議と2024年IUPAB会議の両者(図1に両会議のプログラムの表紙を示す)に縁あって参加できたシニア会員二人が生物物理の半世紀を振り返る(図2).二人ともに研究現場を離れ10年,未だ生物物理学への情熱は衰えておらず,自己の研究人生への振り返りの意味を込めてこの報告書をお引き受けした.執筆の機会を与えていただいた会議実行委員長をはじめ実行委員,関係者の皆様に感謝したい.会議運営や当日活況のオフィシャルな報告は現役世代にお任せし,生物物理(学会)の半世紀を見てきたシニアとしては学術の時代変化と研究内容の変遷に的を絞り報告したい.なお,IUPAB1978については保存している印刷物資料をいろいろな方法でデジタル化しIUPAB2024と比較検討した(図1図2).なお,IUPAB1978Kyotoの学会公式の報告書は発行されていない.従ってIUPAB1978Kyotoのアブストラクトと参加者名簿をもとにまとめた今回の報告書がいわば半世紀を経た遅い報告書になる.

図1

IUPAB1978のプログラム及びアブストラクトの表紙(左)とIUPAB2024のプログラムの表紙(右).

図2

議論する永山(左)と片岡(右).

2.  国別参加者に見る学術潮流の変遷

1978年は38か国1844名参加,2024年は52か国1918名(スポンサーを除くと1750名)であった.参加国数が増えたにもかかわらず参加者数はほぼ変わらず2000名弱であった.しかし表1表2で見るように,内容は大きく異なっている.なお,表1表2では増加を黄色で,減少を水色でハイライトしてある.

表1

地域別参加国数と参加人数及び増減の比較.

地域 1978年 2024年 増減
日本 1081 1225 144
アジア*1 国数 4 13 9
人数 44 242 198
中近東 国数 3 3 0
人数 16 7 –9
西北欧 国数 14*2 15*3 1
人数 253 140 –113
東欧 国数 8*4 8*5 0
人数 93 32 –61
北米 国数 2 2 0
人数 330 62 –268
南米 国数 4 5 1
人数 13 13 0
アフリカ 国数 2 3 1
人数 4 4 0
オセアニア 国数 1 2 1
人数 7 25 18
総計 国数 39 52 13
人数 1841 1750*6 –91

*1中近東を除く,*2西ドイツ,*3ドイツ,*4東ドイツ,ソ連,*5ロシア,*6スポンサーを除く.

表2

特筆する国別参加者(増減)

国名 1978年 2024年 増減
日本 1081 1225 144
中国(北京) 0 83 83
韓国 0 65 65
台湾 8 28 20
インド 31 23 –8
ドイツ(1978年は東西ドイツの和) 81 34 –47
フランス 54 12 –42
UK 46 26 –20
オーストリア 1 13 12
ポルトガル 0 11 11
USA 309 56 –253
オーストラリア 7 23 16

表1は,地域別に見た参加者数の半世紀の変動である.まず目につくのは,日本を含むアジアの躍進と欧米の後退である.2024年は1978年と異なり国際会議が日本生物物理学会年会と共催だったため日本の増加はそれで説明できる.アジアの大幅な増加は表2を参照すると理由がわかる.参加国が4から13へと9か国増加した.特に中国と韓国の今回の参加者数合計148名は1978年からの純増であり,アジアの増加分の7割に相当する.残りの増加分はほとんど台湾,香港,シンガポールの漢字文化圏に帰する.1994年の日中生物物理会議から始まり,東アジア生物物理シンポジウム1)そしてアジア生物物理連合(ABA)2)へと展開した日本の主導による生物物理地域振興の努力の結実であろう.筆者らはABAの初代会長ならびに事務局長であり,感慨深く思っている.

アジアの増加に対し,欧米は442名減である.10名以上の増加を見たオーストリア,ポルトガルの他5か国で微増している一方,18か国で参加者が1978年を下回った.特に米国と東欧の減少が著しい.米国は5分の1に,東欧(ソ連含む)は3分の1になった.冷戦の終結とソ連の崩壊に伴い,東西ドイツの統一,ポーランド,ハンガリー以外の東欧諸国の分離再編が起き,東欧の活力が減退したのであろう.米国の減少は,米国生物物理学会(Biophysical Society, BS)の特殊性によるものだろう.BSは国内学会だがその年会はIUPAB会議の3倍近い5~6000人規模の大会となり,国際会議を毎年行っているに等しい.米国在住の生物物理研究者はIUPAB会議に出向く動因を失う.2008年米国Long Beachで開催された第16回IUPAB会議に参加した永山は米国のIUPAB軽視を目の当たりにし,本誌に報告している3)

では1978年は何故これほど多くの研究者が米国から来日し得たのか.インターネット,スマホ,Eメール,SNSなど現在では必須のコミュニケーションツールはまだ世に出現しておらず,郵便がほとんど唯一の連絡手段であった1978年当時の科学界の事情を鑑みる必要がある.日本は京大に生物物理学科,阪大に生物工学科が創設されて最初の博士取得者を輩出した時期であり,日本の生物物理学は揺籃期から発展成長期にあった.日本の生物物理がどのように教育され,どのような人材が育っているのか直接知ることが欧米の研究者にとって最大の来日目的となったであろう(S. Hitchcock, International Summer School of Biophysics報告書(1978),電子付録1参照).

一方,生物物理学を志す日本の大学院生にとっては,論文でしか名前を知らない一流の研究者と実際に会い,様々なことを学びたいという欲求は必然であった4).これらの要因により,未知の若手に会うべく多くの米国トップクラス研究者が日本に来たし,当時の日本のシニア教授たちはできるだけ多くの著名な欧米の研究者を招待講演者として会議に招き,日本の生物物理の将来を担う若手に世界への視野を広げさせようとしたのだと思われる.事実IUPABのシンポジストには,A. Lehninger,R. Baldwin,T. Hill,H. Frauenfelder,H. Sheraga,D. Engelman,A. Szent-Györgyiなどの米国研究者他,欧州からもK. Wütrich,R. Henderson,H. Huxley,J. Baldwin,O. Ptitsynなど,ノーベル賞受賞者を含め,枚挙にいとまがないほど著名な研究者が名を連ねている.本会議の直前に計画された国際若手夏の学校には,H. Huxley,R. Henderson,H. Frauenfelderをはじめ,欧米のトップクラスならびに新進気鋭の研究者が若手のための講師として喜んで集ったのである(International Summer School of Biophysics予稿集(1978),電子付録2参照).今ではインターネットや発達したコミュニケーションツールで十分な情報が得られること,日本人若手研究者の国際学会参加が当たり前になっていることなどから,IUPABへの軽視と相まって激減したのではないだろうか.

半減近い西北欧についてもコミュニケーションツールの発達によると考えてよいだろう.その中で特に減少が激しいのがフランスとドイツで,両者の和は3分の1減の東欧並みである.一方イギリスは半減してはいない.このイギリスとドイツ及びフランスの差は,近年ヨーロッパに進行している政治状況,大陸ヨーロッパのEU集中とイギリスのEU離脱の影響として説明できるかもしれない.イギリスにとってEUに集中するより世界に目を向けることがより重要ということの反映か.離脱に伴うEUからの資金減少(Anthony Watts私信)にもかかわらず相対的に多くの参加者を送ったイギリスを特筆したい.

欧州ではBSやBSJ(日本生物物理学会)に対抗するため,欧州生物物理学会(European Biophysical Societies’ Association)を1984年に組織し,2年おきに会議を開催していることから,資金的にIUPABとEBSAのどちらを取るかの選択も重要になったのであろう.BSと類似の状況を見る思いである.

3.  ポスターとシンポジウムに見る生物物理の変遷

数だけの単純な比較では,シンポジウム発表数(1978: 136, 2024: 187),ポスター発表数(1978: 1132, 2024: 1135)である.シンポジウム数は2024年がかなり多いが,外国人シンポジストの数は両者で大きな差はない(1978: 106, 2024: 117).すなわち1978年のシンポジウムは8割近くが海外組の発表であった.ポスター発表数についても1978年は海外組が日本組をはるかに凌駕していた(1978: 678, 2024: 339).1978年は国内の生物物理年会を兼ねていなかったのでこれも一因だが,結局は海外参加者比率(1978: 70%, 2024: 30%)の違いが発表数の国内外比率に連動していると見ることができる.

次に生物物理学の変遷につき見てみよう.表3図3は生物物理学の変遷を如実に示すポスター(表3)とシンポジウム(図3)の発表タイトル中のキーワードの比較である.

表3

ポスターに見る生物物理半世紀の変化(研究テーマで分類)

Year
Topics
1978 2024
Protein (structure, function, methods, physical property, design & engineering, intrinsic disorder, hydration, electrolyte) 265 216
Hemoprotein: 42 Hemoprotein: 7
Actin: 39 Actin: 24
Myosin: 38 Myosin: 13
ATPase: 17 ATPase: 14
Fluorescent protein: 0 Fluorescent protein: 5
Membrane (structure, dynamics, channels, signal transduction, receptor, liquid phase separation, membrane proteins, autophagy) 239 141
Channel: 13 Channel: 34
Membrane proteins: 4 Membrane proteins: 32
Phase separation: 2 Phase separation: 21
Receptor: 27 Receptor: 25
Nucleic acids (DNA/RNA-DNA/RNA proteins, DNA/RNA nanotech, chromatin, chromosomes, nucleosomes) 58 75
Chromatin & Chromosomes & Nucleosomes: 14 Chromatin: 34
Number of posters including word Muscle 78 5
Cell biology (motility, mol. motor, adhesion, cytoskeleton, signal transduction) 71 88
Flagella: 15 Flagella: 20
Mol. Motor: 0 Mol. Motor: 33
Nerve (neural, neuro, nerve, circuit, sensory) 38 33
Photobiology (photosynthesis, vision, optogenetics, purple membrane) 105 55
Purple membrane: 4 Purple membrane: 0
Rhodopsin: 23 Rhodopsin: 25
Optogenetics: 0 Optogenetics: 5
Radiobiology (radia, radio) 18 5
Virus (virus, bacteriophage, SARS-CoV-2) 14 30
SARS-CoV2: 0 SARS-CoV2: 18
Mathematical 19 26
Computational biology 112
Single molecule biophysics 27
Mechanosensing & Mechanobiol 13
Bioengineering 20
Synthetic biol & Artificial cell 22
Biophysics of disease 10
Genome biology 8
Origin of Life 15
図3

シンポジウムに見る生物物理半世紀の変化(セッション名で分類)

まず表3のポスターにつき研究テーマの変遷をまとめる.

1)Proteins:発表数に大きな差はないが個別蛋白質種で見るように中身は大きく異なる.ヘム蛋白質,アクチン,ミオシンが減り,ATPaseは変わらず,蛍光蛋白質が新たに出現している.この変化は後で見る筋肉というキーワードの激減と符合する.構造解析に焦点を絞っても,1978年はNMRを含め様々な分光学的手法による少数種の蛋白質の構造研究が主体であったが,2024年は極めて多様な蛋白質のクライオ電子顕微鏡による構造解析の発表が目立ったように思われる.

また,ATPaseに関しては,1978年はミオシンATPase,筋小胞体ATPase及びNa+/K+-ATPaseに三分されていたが,2024年はほとんどがF1-ATPase及び回転するATPaseであった.

2)Membrane:こちらは総数が半減している.ただし個別テーマでは膜蛋白質,チャネル,相分離で増加傾向にある.

3)Nucleic acids:増加している.その大部分が細胞核関係と推察される.2024年で特に注目されるのはChromatinやChromosomeなど膨大な原子数の巨大系のMDや粗視化力学シミュレーションだった(例えば高田彰二(S21-5),B. A. Cohen等(S24-3),J. Huertas等(S24-5),寺川剛(S27-1),藤城新(S29-3)).

4)Muscle:1)で述べたが,タイトルからMuscleのターム(キーワード)が15分の1に激減.対応してアクチン,ミオシンのタームも減った.

5)Cell biology:やや増加.その増加の大部分をモーター蛋白質が担っている.

6)Nerve:変動は少ない.そもそも絶対数が少ないので傾向を云々できないが,生物物理の1分野として地道に続いている.

7)Photobiology:半減.Purple membraneとOptogeneticsに新旧交代を見た.またロドプシンはほぼ同数であるが,その中身は大きく異なる.1978年は視物質ロドプシン(特にウシ)とバクテリオロドプシンがほぼ半々であったが,2024年は多様なバクテリアのロドプシン類とウシ以外の動物のロドプシンなど多様性が増した.

Photobiologyの発表が半減した理由の一つに光合成分野のスピンオフがある.M. Nishimura,R. Clayton,L. Duysens,C. Sybesmaなどの一流の研究者が集まっていた1978年と比べ,2024年は日本からのポスター発表にとどまり,外国からのポスター発表は皆無であった.

8)Radiobiology:大きく減った.一方で放射線治療法の発展は目覚ましいのでこの分野は医療学会方面へスピンオフしたのかもしれない.

9)Virus:大きく増加.その大半をSARS-CoV2ウイルスが担っているのでコロナパンデミックの影響だろう.

10)Mathematical:増加傾向.ただし計算機利用が主体で純粋の理論生物学は変化ないように見える.

11)その他多くの新顔が見られる中でもBioinformaticsを含む計算生物学の隆盛は驚異的.また1分子生物物理も隆盛.前者はデジタル世界の半世紀の勃興に符合し,後者も計測法の飛躍的発展に支えられている.例えば,G. Hummer(KL-2)による約1000個の蛋白質よりなる核膜孔複合体(NPC)のMDシミュレーションは圧巻だった.クライオ電子線トモグラフィーから得られた静的構造をもとに核膜の張力に対するNPCの力学的応答を研究した.ただし計算機と生物物理の結合の歴史は驚くほど古く1972年モスクワ会議ですでに,「計算機の医学及び生体系への応用」のシンポジウムがあった5).計算生物学の発展はひたすら計算機の能力の驚異的発展の反映と言える.新顔AIの利用もいろいろな分野でルーチン化している.

12)特に個別には取り上げなかったが,生物物理手法の新旧交代がはっきり見られた.各種超分解能光学顕微鏡,原子間力顕微鏡,Cryo-EM蛋白質構造解析法,多次元NMR蛋白質構造解析法などは1978年にはなくこの半世紀に誕生し生物物理学を席捲した(5. おわりに参照).

次に図3のシンポジウムにつきまとめる.図3aのカッコ内は使用されたホールの収容人員の大小,図3bのカッコ内はシンポジウムの出席者数で,ともに人気度の目安とした.図3からは以下の特徴が伺える.

1)人気分野の交代:1978年の1番人気は膜関係,2番人気は筋肉関係,3番人気も膜関係である.2024年の1番は蛋白質構造と機能,2番人気は膜関係,3番人気は1分子生物物理及び蛋白質デザイン関係である.見事に時代変化が読み取れる.

2)2024年における新分野の台頭:4番人気以下を見ると9番目まで1978年には存在しないテーマが並ぶ.これは内容もさることながら時代変化による流行語の変化を反映しているのかもしれない.例えば,Computational Molecular BiophysicsはQuantum biophysics and enzyme mechanismに後発のcomputerが足されたものであろう.

3)持続する分野:もちろん多くの持続分野が見られる.それは使用タームの連続性から明らかだが,もちろん同じタームでも中身は変わっているものもあるだろう.Foldingは生物物理の変わらぬ基本テーマだが,現在はかっての理論の趣からAlphaFoldに見られる計算機実験に替わった(26P-224).その隆盛はシンポジウムでの人気にも通じている.

4)消えた分野:Biorheology やEnvironmentのタームが2024年では消えている.

Environmentは極端環境下での微生物がArchaeaと分類される一群を占めることが明らかになり,分子系統樹の解析などから環境適応の分子機構に一定の理解が進んだことで,わざわざキーワードに用いられなくなったという側面があるであろう.Biorheologyは,初期の日本の生物物理学の一潮流であったが,今は医学や物理学にシフトしているように思われる.

さらに,1970年代以降に生物物理分野から離れ発展したいくつかの学会がある.分子生物学,ニューロサイエンス,蛋白質科学,進化分子工学,数理生態学などである.植物生理,生化学,生物物理から総合的に光合成研究を俯瞰する光合成研究会の発足などもあった.

IUPAB2024では,Hands on Trainingが日本の特徴をよく表わすユニークな試みであったと評価するが,基調講演やKey Note LectureとともにIUPAB1978では行われていない.従って,本稿の趣旨“半世紀の変遷”からは外れるためこれ以上は取り上げない.

4.  これからの生物物理

半世紀前に今の新分野を予想し得ただろうか.筆者の一人永山は将来の隆盛を期して大学院でNMRを選んだ.そしてNMRによる蛋白質構造解析を予見した.その結果2次元NMRにたどり着き構造解析法の確立に実時間で参加できた.また,もう一人の筆者片岡は,遷移状態の構造をとらえたいという願望から非結晶の構造解析を光受容蛋白質に対し行ってきた.光反応中間体の構造解析は我々の低分解能成果から長足の進歩を遂げ時間分解連続フェムト秒構造解析にまで発展している(南後恵理子,S23-3).

自分の関係してきた分野を見ればそこでの革新的進歩は必然ととらえられるが,他分野での技術革新やそれに伴う新規分野の創出は想像を絶する.ということでほとんどの分野に対し予測は不可能なのだが勇を鼓して試みたい.すべての研究分野に言えるが研究には栄枯盛衰がある.思わぬところから芽が生まれ急激に成長し消えてゆく.今回調べた半世紀の栄枯盛衰からこれからの生物物理を外挿する.

・蛋白質分野:Ⅹ線結晶解析だけの時代からNMR,電顕と構造解析の手段が増え,特に今はクライオ電子顕微鏡による構造解析が席巻するようになった.また,XFELによるフェムト秒時間分解解析も現実となり,高空間分解能,高時間分解能の構造解析が,日常的に行われるようになった.今後は,生理機能を理解するために,in cellin situ構造解析が望まれるようになるだろう.すでにin cell NMRやin cell中性子散乱が試みられているが,今後は様々な分光法や,顕微鏡技術で革新的な開発が期待される.

・細胞生物学分野:蛍光顕微鏡の発展には長足の進歩があり,感度,分解能,選択的情報化どれをとっても飛躍した.また,新規蛍光蛋白質やcaged化合物の開発もこの分野の進展には欠かせない.特に遺伝学との融合であるoptogeneticsは大きな発展が期待される.また情報の発現過程を遺伝子発現の現場(核内)で見る研究は発生生物学にもつながる広大な未踏分野だが,IUPAB2024では IUPAB1978から長足の進歩を遂げchromosome,chromatin構造の解明につながっている.生物物理の隆盛分野として成長していくと思われるが,電子顕微鏡分解能での動態観測が鍵になるだろう.

・情報生物学分野:IUPAB1978 には存在しなかった新規分野で,Katchalsky Lecture(F. Zhang, PL-1)に代表されるゲノミックスと医療との融合が生まれている.RNAを標的とするCRISPR-Cas13ファミリーの発見とツールボックス開発,さらにゲノムやトランスクリプトーム調節以外の用途に適応できる新規微生物蛋白質探索という生物物理の方向が示された.

・イメージング分野,分子計測分野:IUPAB1978にはない新規分野である1分子計測では,安藤敏夫(PL-2)によるEngstrom Lectureで到達点が示された.高速AFMによる成果として数々の分子動画像が披露されたが,中でもアクチンフィラメント上を歩行するミオシンVの分子動画は,1978年当時から日本のお家芸だった筋肉収縮の分子機構を誰でもわかるビデオに視覚化した金字塔であった.これからはin vivoでの1分子計測に向けての開発が求められるだろう.

計測分野の将来予測は困難だが,永山の関与する生体電子顕微鏡分野でも革新的手法の誕生が考えられる.電子顕微鏡自体は電子という量子を扱うがその扱いはまだ古典的である.電子を量子として扱う量子コンピューターのような量子顕微鏡ができれば感度が飛躍的に向上し,細胞内分解能が飛躍的に上がり,原子分解能の細胞/組織内蛋白質動態が可視化されると思われる.

・計算生物学分野:この分野は半世紀の計算機の爆発的進展の恩恵にあずかった.典型はRamachandran Lecture(David Baker (PL-3))に代表される生物進化の文脈を越え人間社会に対処する新世代蛋白質の設計だろう.アンフィンゼン原理(大域的な自由エネルギーの最小値に折り畳まれる)を適用した配列とディープラーニング法を用いた予測配列を計算し,対応する合成遺伝子を作製し実験的特性評価,まさに生物物理の本道が骨太に示され発展が期待される.

・生体工学分野,産業分野:ハンズオン報告(HTA)のMillions of Single Live Cell Analysis with the Automated Trans-scale-scopeでは,生物発光を用いた街路樹の街燈化や家庭用照明の広大な構想が語られた.遺伝子編集技術の医学,工学,農学応用は現実のものとなっているが,飛躍的な進展が期待できる.

・生体物性学分野:地味だが生物物理の本道の一つに生体物性学がある.物質としての生物特性をえぐる分野だが,情報生物学の陰に沈んでいる.ただ物理定数に比肩する生物定数が社会基盤となるようにこの分野の存続を期待したい.

・理論生物学分野:進化生物学と絡んだ理論生物学が金子邦彦(KL-1)によるキーノート講演に見られた.ストレス下のバクテリアの適応実験によって,環境適応による表現型の変化と遺伝的進化との間に比例関係があることを示す進化的ゆらぎ-反応関係が導かれた.さらに,進化的次元縮小の理論をさらに多細胞系に拡張することで,進化とホメオレシスによる多細胞発生との一致が示された.久保の揺動散逸理論から出発したこの流れは理論生物学の将来につながる範型と言える.

・医療生物物理学:Biophysics of diseaseは小規模ながら本学会でスタートしている.癌関係で21のポスター,アルツハイマー/アミロイド関係で19のポスター,創薬関係で27のシンポジウム/ポスターが発表され社会貢献への機運が感じられた.

・他分野との融合:技術革新により創出された想定外の新分野に光遺伝学(optogenetics)がある.この新規分野は脳科学研究を急速に進展させている.発光蛋白質の脳特定部位での発現により,光刺激により脳疾患を治療しようとする試みもなされている.新たなロドプシン類や発光蛋白質の発見や創出,脳深部への光照射技術,観察技術の開発など,この分野での日本の生物物理の貢献は極めて大きい.脳統一理論への生物物理的展開や脳疾患の新たな診断・治療法の開発への貢献を期待したい.IUPAB2024では,Optogeneticsのタイトルのシンポジウム23や様々なポスター発表があったが,応用に関しては抗がん効果やアミロイドの生成制御など3件(25P-179, 27P-161, 28P-139)にとどまり,脳研究での報告は皆無であったのは残念であった.

・光に見る未来:Optogeneticsの創出においては,光による観察,刺激技術の進展が必須であり,この技術革新に生物物理は大いに貢献している.実際,1分子観察など光技術の革新に日本の生物物理学は世界をリードしてきていると思える.光技術を応用した次世代ゲノムシーケンサーの発明は生物学に革新的進歩をもたらした.次世代シーケンサーの要素技術のほとんどは日本でも開発されているにもかかわらず,日本では本体が開発されなかった.おそらく,一見無関係な様々な要素技術を統合して新たなものを作り出すという部分に日本の弱点があるのかもしれない.半導体をめぐる日本の凋落にも似たような感慨を持つ.次の半世紀を支える技術の一つが光技術であることは疑いがない.AMATERASなど革新的な技術も実現している.今後は,日本の生物物理が得意とする様々な光受容蛋白質,発光蛋白質の発見,開発,改変,新規レーザーなどの発光技術,光観測技術などの要素技術の開発はもとより,これらを統合して新たな分野創出や産業創出に日本の生物物理がリーダーシップをとってほしいしそうなるべきだというのが,IUPAB2024を見て抱いた強い願望であった.IUPAB1978を終えたとき,和田昭允先生は生物物理学が基礎となる応用分野は広大である,生物物理学的技術,手法はあらゆる生物関連産業の基礎となるべきであると主張されている.半世紀前に生物物理の先達は筆者らと同様の願望を抱き,夢見ていたのである.

・AIとのかかわり:ゲノムを出発点とすると,現実の生物を離れあらゆる蛋白質,蛋白質複合体が実験室で作製可能である.その流れを汲み今回の学会でも膨大な数の蛋白質の構造/機能が語られたが,そのデータベースの利用は百科全書的博物学の域を出ない.そこから物理科学的見通しの良い理論の誕生を期待したいが,今までにない膨大な構造/機能データは人間の咀嚼能力を超えているかもしれない.そこで登場するのがAIだろう.AIはあらゆる学術に影響を与えるが,物理科学と生物科学というある意味自己矛盾を含む膨大な融合領域の生物物理は最もAIの影響を受けやすい学術だろう.AIは明らかに使い手の能力に依存するが,優れた使い手による百科全書的生物物理データのAI経由理論化に期待したい.

5.  おわりに

・博物学から物理へ:IUPAB2024テーマの“Rocking out biophysics”通り,筆者らは存分生物物理を楽しみ,日本の,アジアの,そして世界の生物物理の半世紀にわたる進展を感慨深く味わった.1978年の会議と2024年の会議を比較すると技術の進歩は明確であり,1978年当時は不可能であった様々な観測や操作が可能になった.前節でも述べたが,IUPAB2024では分子レベルあるいは細胞レベルでの博物学的発表が増加し,生物物理の博物学的側面が強調されるようになった.AlphaFoldなど予測技術の進歩は,この方向に拍車をかけているように見える.博物学は生物学の基本であり,生物物理が分子/細胞レベルでの博物学的性格を持つのは自然な流れだろう.しかし,分子レベルでの生物学的多様性を認めつつ,物理を背骨に持つ筆者らにはそれでは飽き足らないとも感じている.すなわち博物学的には面白くても物理が見えないのである.「生物的にも物理的にも面白いのが生物物理」とは大沢文夫先生の言であった.

・階層構造を上る:今後物理的側面での面白さはどこに求められるのだろうか.そのヒントは基調講演の金子邦彦(KL-1)(Searching for Universal Laws in Evolved and Evolvable Complex Biological Systems),D. Baker(PL-3)(Design of New Protein Functions using Deep Learning)及びH. Ruohola-Baker(KL-4)(Decoding regeneration using computer designed proteins)の話にあるかもしれない.ともに複雑な系を解きほぐし,あるいはそのまま取り扱い,予測やデザインへの道筋を示した.計算科学や予測の進歩により,理解されていなかった生命の複雑さや階層性を生み出す物理化学的側面へのアプローチが果敢になされている.1分子から少数多体系までを対象とする高度計測技術は大容量超高速コンピューターとコラボし本学会でも多数の発表があり,階層構造の階段を着実に上っている.

・日本生物物理学会の初心:日本生物物理の祖である小谷正雄先生は,日本生物物理学会創設の頃,「生物物理は生物を物理的科学の立場で理解できるようにすることが終局目的である.生物物理は自分の繩張りを作り閉鎖的に自己主張をするのではなく,分子生物学,生理学,生化学など多くの分野の研究者と融通むげに協力し,又その分野に入って行かなければならない.物理的研究態度や方法が有効であると認める研究者の集まりが一つの学会を作っているのである.」と述べておられる.学会創設期には多様な分野の研究者が会員であった.年会の発表数も限られていたためあらゆる分野の発表が一つか二つの会場でとりとめもなくなされていたが,IUPAB1978の頃は,現在のようにテーマごとに分かれるようになった.居心地の良さを感じた発表者,会員は学会に残り分野の固定化が進む一方,分子遺伝などの分野の研究者は自然に学会から去り,新たな学会を作るという傾向が生まれた.生物物理のもたらす技術があらゆる分野の測定の基礎となり,その上に展開される学術に関する議論が生物物理学会では物足りなくなるという側面があるのだろう.

こうしてスピンオフしていく分野の退会会員数と,1分子測定など生物物理の生み出す新しい科学に魅了された研究者や合成生物など新しい分野の研究者の入会がほぼ同数であることが,生物物理学会の会員数がほぼ変わらない理由かと思われる.生物物理学会の今後を考えると,様々な分野を取り込み生物物理の様々な可能性を広げるとともに,様々な学会に進出し,生物物理が果たす役割があることを周知することも必要ではないだろうか.

IUPAB2024に集まった日本人会員のうち大学院生を中心に若い人が活躍することを喜ぶとともに,中枢を担う研究者の顔ぶれに居心地の良さ,安心感を覚えた.しかし,生物物理及び学会の発展を考えると,まったく新しい分野の方々が増え,我々シニアの居心地の悪さを感じるようにならなければならないのではないかと思ったのである.

・物理を元気づける:半世紀前生物物理が追い求めていた生命方程式などありえないというのが一般的理解になり,現在では物質に替わって情報が主題となっている.むしろ情報生物学の1分野として生物物理がある.それでも生命は物質に支えられている.生命の物質科学的側面を理解するという生物物理の物理的面白さは今でも健在であると思う.しっかりした物理学の基盤の上に新しい生物物理学に挑戦している研究者のいることを今回のIUPAB会議で知った.生物物理の物理的側面の面白さが再認識され,次の半世紀のうちには,今は絶滅状態にある物理学科の中に生物物理の研究室が当たり前のように存在し逆に物理を元気づける立場になるというのが筆者らの夢である.

文献
Biographies

永山國昭(ながやま くにあき)

科学コミュニケーション研究所フェロー,日本生物物理学会名誉会員.

片岡幹雄(かたおか みきお)

奈良先端科学技術大学院大学名誉教授,日本生物物理学会名誉会員.

 
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