生物物理
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座談会
IUPAB京都2024年会議における座談会:我々の生物物理学の次の50年を夢見て(前半)
林 久美子Gerhard HUMMERJerelle A. JOSEPHRong LI永井 健治大浪 修一Feng ZHANG北村 朗冨樫 祐一角五 彰藤原 郁子小松崎 民樹
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2025 年 65 巻 1 号 p. 35-46

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Abstract

日本生物物理学会は1960年に設立され,早くから物理学と生物学の融合を推進してきた.国際純粋・応用生物物理学連合(IUPAB)は1961年に設立され,今年(2024年),京都で第21回国際会議(IUPAB2024)を日本生物物理学会第62回年会と共同開催した.この機に,当学会の二つの刊行誌,本誌「生物物理」およびBiophysics and Physicobiologyの編集委員会は,将来の生物物理学者が今を振り返ることができる「タイムカプセル」を企画した.国際会議の前日に,国内外の7人の著名な研究者が一堂に会して,生物物理学の未来を予見し,若手研究者や次世代にメッセージを残すべく座談会を行った.この記事では,その議論の熱気を2回に分けて伝える.

小松崎(議長):日本生物物理学会を代表して,この座談会にご出席いただき心より感謝いたします.本日は,生物物理学の未来について自由に議論し,新たに生まれるかもしれないテーマを含めて考えていきたいと思います.日本生物物理学会の創設者の一人である大澤文夫先生は,生物物理学は生物学と物理学の両方にとって面白くないとならないと強調しています.これを念頭において,各パネリストに自己紹介と,生物物理学の未来に対する考えをお聞きしたいと思います.まずは,手短に今回の編集委員チームから自己紹介してもらいたいと思います.私は北海道大学の小松崎民樹で,研究は主に理論生物物理,特に単一分子の時系列データからエネルギー地形や状態空間ネットワークを抽出することなどを研究しています.

藤原(副議長):私は長岡技術科学大学から来ました.研究対象は,アクチンの重合・脱重合で,大澤文夫先生が研究された分野の1つです.最近では,細菌アクチンMreBにも取り組んでいます.

角五(生物物理副編集委員長):私は京都大学に在籍しており,アクティブマター系を研究しています.特に,生体分子モーターを使用して,それらがどのように機能し,組織化し,また,それらの集合体がどのようにして機能を生み出すのかを調べています.京都へようこそお越しくださいました.

北村(Biophysics and Physicobiology編集委員):私は北海道大学に在籍し,プロテオスタシス,特にタンパク質の誤った折り畳みや凝集を,高度な顕微鏡技術を用いて解明することに取り組んでいます.

冨樫(生物物理副編集委員長,Biophysics and Physicobiology編集委員):私は京都の近くにある立命館大学で,理論生物学の研究をしています.

小松崎:ありがとうございます.それでは,ここからパネリストの皆さんに自己紹介と,生物物理学の未来についての考えをお伺いしたいと思います.あまりこの質問に固執することなく自由な議論も大歓迎です.それでは,修一さん(※英語ではお互い下の名前で呼び合っていましたので,ここでは和訳もそれに準じて下の名前のまま翻訳することにしました)からお願いできますか?

大浪:現在,私は理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)に所属しています.実は私は純粋な生物物理学者というわけではありません.東京大学で獣医学を専攻しました.数学と物理学を学んでいましたが,学生時代に生物学に興味を持ち,大型動物を研究したいと考えて獣医学を選びました.しかし,大型動物は生物学的に理解するには複雑すぎると感じ,数理モデル化が容易そうな小型の生物である線虫(C. elegans)に焦点を移しました.三島にある国立遺伝学研究所に移り,線虫の分子生物学と遺伝学を研究して,そこで博士号を取りました.しかし,線虫でさえも,数年で理解するには複雑であることがわかりました.その後,システム生物学の創始者の一人であるソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明博士の研究室に移り,システム生物学を学びました.そこで私は画像処理を使って,線虫の胚発生の4次元ダイナミクスの計測とシミュレーションをしました.その後,理研で独立した研究室を立ち上げ,現在は,データ駆動型モデリングを意識したイメージングと計算手法の開発に焦点を当てています.線虫は私の研究の主な対象ですが,マウスやヒトオルガノイドといったより大きなシステムにも興味を持っています.

大浪修一(理化学研究所)

生物的複雑系とは?

小松崎:ちなみに,修一さんは,線虫のワディントン地形についても研究されていますよね? 生物物理学のコミュニティ,特に理論家の方々は,しばしばエネルギー地形を研究対象としてきました.修一さんもデータ科学的観点からワディントン地形を探求されています.生物系の実験データからこれを捉えるのは難しいのではないかと思いますが,いかがでしょうか?

大浪:私たちは皆,「カエルの子はカエル」というように遺伝情報を持っています.つまり,ある種の決定論的なプロセスが発生過程に存在するのです.しかし一方で,各個体には個々の外見や思考の違いもあります.これはプロセスの中に確率的な要素や自由度があることを意味しています.ワディントンが描いた地形の狙いは,この決定論的なプロセスと確率的な自由度をどのように視覚化するかにありました.この地形には多くの上り坂や下り坂が描かれています.ワディントンは発生のプロセスをその地形の上でのボールの軌跡に例えました.丘の頂上にボールを置き,そのボールが下に転がるとしましょう.丘の複雑な形状が,ボールの道筋に確率的な動きをもたらす可能性がありますが,全体としては決定論的です.しかし,ボールが経路を切り替えて異なる道に進む確率もあります.

このような想像は,発生だけでなく,細胞の分化にも当てはめることができます.細胞にも確率的な性質があります.私はこの点に特に興味を持っています.このような地形は,遺伝情報によって定義されます.最も有名なワディントン地形では,ボールが下に転がる様子を描いていますが,他に,地形の各所に遺伝情報が紐付けられている絵も知られています.紐の結び方が変わると地形が変わり,ボールが異なる経路に進む可能性を示唆するものでした.

小松崎:たとえば,今後50年で,遺伝子と表現型の間の関係が地形として完全に解明されると思いますか?

大浪:これは非常に重要で難しい質問ですね.「完全な理解」を意味しているのでしょうか?

小松崎:確かに誇張していますが,今後の期待についてお聞きしたいと思います.

大浪:発生システムは非常に複雑なシステムです.したがって,私たちの理解の仕方も少し異なるはずです.

永井(元副会長):「複雑」の定義は何ですか?

大浪:それは,生物システムには多くの要因が存在し,確率的な性質があり,システムを取り巻く様々な環境が影響するということです.たとえば,通常の数学の方程式でこれを記述しようとしても不可能です.なぜなら,我々の計算機の能力や方程式の表現力では,全体を表すには不十分だからです.このような古典的な理解の方法は,おおむね基本的な物理学やその関連分野によっています.しかし,生物システム全体を扱うことは,一般に非常に難しいのです.したがって,別の表現が必要なのです.私は,生物システムを理解するために一番良い方法をまだ探しているところです.

永井:どんな方程式でしょう? これからの50年にはどのようなことが求められるのでしょうか?

大浪:たとえば,飛行機がどのように動作するかを想像してみてください.飛行機は複雑系です.

永井:複雑系の定義は何ですか?

大浪:複雑系を,たくさんの部分で構成されるものと定義し,それがたくさんの方程式で表されるとしましょう.たとえば,自動操縦システムを使って,東京からニューヨークまで飛行機で移動できます.しかし,そのために全システムを理解する必要はありません.むしろ,システム全体がどのようにうまく機能するかを合理的に説明するのは非常に困難です.機械学習の深層学習アーキテクチャが用いるのも,これに似たブラックボックスです.何らかの入力を入れると,ある程度のレベルで答えが得られます.

重要なのは,複雑系をどのように理解するかという点で,何らかの主だった方程式を使うか,あるいは多くの方程式を寄せ集めることで,理解できるかもしれません.それはほぼブラックボックスですが,ある程度の予測能力があります.システムを理解するための一つの方法は何かを予測することであり,現時点ではこれが唯一の方法かもしれません.しかし将来はわかりません.人工的なシステムと違って,システムのすべての方程式が完全にはわかっていないので,生物システムはブラックボックスのようなものですが,しかし,どこか透明性を持っているのです.

永井:そんな方程式があったとしても,あらゆるパラメータが必要になるのではないですか?

大浪:実際の挙動を最もよく近似するための方程式は多様であり,変数も同じである必要はないと思います.

藤原:パラメータの数について,Gerhardさんの意見を聞いてもよろしいですか? Gerhardさんのウェブサイトには,水と一緒に400個の分子を詰め込んだ素晴らしいモデルが紹介されています.異なるスケールでの生命研究からの意見をお聞きしたいです.

生物物理学の観点から分子の挙動を予測する

Hummer:私の研究背景ですが,私は物理学者として学んできましたが,早い段階から生物学的要素が強いシステムに取り組み,その後,生物物理学に移りました.ウィーンで学び,その後ドイツのゲッティンゲンにあるマックスプランク生物物理化学研究所で研究を行いました.そこから,ロスアラモス国立研究所に移り,博士号取得後,独立した研究グループを立ち上げ,その後,アメリカ国立衛生研究所に移りました.ここ11年間は,ドイツのフランクフルトにあるマックスプランク生物物理学研究所に在籍しています.この25~30年で最もエキサイティングな進展は,物理的思考を生物科学に統合し,複雑な生体分子システムを記述するために計算機の力を活用してきたことです.私は主に計算機ツールを使用して,システムの特性を予測することに取り組んでいます.今後10~20年で大きな発展があり,より多くの計算がほぼすべてのレベルで行われると期待しています.これには,分子の相互作用やオルガネラや細胞スケールの運動の詳細な記述が含まれ,これらを統合したマルチスケールモデルの開発が進むでしょう.計算科学と人工知能の進歩により,分子レベルから生態系レベルまでのスケールを超えた予測と交流が可能になると思います.

Gerhard Hummer(マックスプランク生物物理学研究所)

私の研究分野では,データソースに関する劇的な変化が期待されます.現在,実験は研究者によって注意深く設計され,研究者によってすべて解析されていますが,将来的にはAIシステムが機械を操作し,結果を解析することで,実験の自動化が進むと想像します.将来,私たちが関与するのは,設計や保守,最終的な解析だけになるかもしれません.この見方は,すでに一部のイメージングベースの研究分野で顕在化しています.

林:修一さんは細胞を理解するために方程式が重要だとおっしゃいましたが,理解のためにも予測がより重要になると考えます.どこまで方程式を突き詰めて考えればいいか,という問いに対する回答の一つが,「予測ができること」かもしれません.

大浪:そうですね.方程式にこだわりすぎるよりも,予測可能であるということが重要です.

林:私は理論研究において,「予測」が本当に重要と思っています.

Hummer:私たちにとって大切なのは,検証可能な予測を立てる能力です.また,理解には「探求心」と「転用可能性(transferability)」が伴います.修一さんの素晴らしいモデルで線虫(C. elegans)について予測を立てるだけでなく,モデルから抽出できる要素をまったく異なる生物に適用することもできるはずです.

Li:モデルシステムを使って多くの異なる系統や種に適用可能な基本原理を見つけ出すことは,生物学が常に行ってきたことで,それ自体は新しいことではないですね.常に,生物学的探求の目標でありました.それは,何が生物の基本的な設計原理なのか,ということです.それを理解できれば,予測もできるようになるはずです.

小松崎:生物には階層構造や共通の原理があり,その中には転用可能なものもそうでないものもあるということですね.

Li:多くのものは転用可能だと思います.

小松崎:そうですね.転用可能な原理を通じて,体系的な方法で何を理解でき予測できるかを議論するのはとても大事ですね.

Joseph:機械学習やAI,またハイスループットアプローチの開発に関して,私が問題にしたい点の一つは,背後にある物理を理解せずに生物について予測することができてしまう,ということです.物理学に基づいた,解釈できる機械学習モデルを開発する取り組みが進められています.生物について予測するだけでなく,背後にある物理を理解する必要があります.これは正しい方向への一歩でしょう.

Jerelle Joseph(プリンストン大学)

小松崎:たとえば,50年後,コンピュータシミュレーションに焦点を当てた場合,どうすれば,分子レベルで何が起こるかをよりよく理解できると想像されますか?

Hummer:Jerelleさんの指摘にもあるように,分子システムは非常に複雑なので,理解が難しいことがよくあります.コンピュータシミュレーションはこの点で大きく貢献していますが,新たな課題も生じています.私たちはシステムを記述し,それを定量化し,予測を立てる力をつけてきましたが,理解はまだ限られています.AIシステム,たとえば大規模言語モデルのようなものがこれらの複雑なシミュレーションモデルと対話し,これらの複雑化するモデルに関する質問を私たちに代わって行い,人間による研究を助けてくれることを期待しています.

しかし,生物システムは非常に複雑ですから,一人ですべてを理解できると考えるのは無理があるでしょう.あきらめず,さらなる複雑なモデルと対話し,より一層探求する力を求め続けることが大切だと思います.

小松崎:Jerelleさん,あなたご自身も,細胞など,より複雑な系を計算機実験の研究対象としているので,自己紹介も含めてご意見をさらにお聞かせいただけますか?

Joseph:私の専門は化学と数学です.カリブ海で学び,ケンブリッジ大学で博士号を取得し,その後ポスドクとジュニアリサーチフェローを経験しました.初めはタンパク質の折りたたみに注目していましたが,いまは主に,膜のないオルガネラ,いわゆる生体分子凝縮体を研究しています.分子シミュレーションを使って,細胞内の時空間的組織化を理解したいと思っています.2023年1月にプリンストン大学で研究グループを立ち上げました.凝縮体の生物物理に注目して,これらの構造がどのようにして生じるか,またそれらの材料特性や機能を探求しています.

Joseph:私たちの分野では,物理学が生物学に大きな役割を果たしています.たとえば,高分子物理学の概念が,凝縮体形成や細胞内での相分離を理解するために,またタンパク質や核酸がどのように相互作用して,このような新しい特性や機能を生み出す動的構造を形成するのかを理解するためにも使われています.

新しい物理学で生物学を理解する

Joseph:これらのシステムを理解するうえで,平衡熱力学の概念はとても重要でした.しかし私は,これらの複雑な挙動を説明するためには,新しい物理学が必要だと考えています.なので,このような問いを投げかけ,答えるうえで,生物物理はとても大切な分野だと考えています.生体分子凝縮体の大きな可能性の一つは,膜で区切られていない非常にダイナミックなオルガネラを細胞内に形成し,それによって細胞内で新しい機能を生み出すことができることです.また,これらの凝縮体が癌や神経変性疾患の進行に関与しているという説得力のある結果もあり,凝縮体を標的とする薬剤の開発は重要な研究分野となっています.凝縮体を通じて新しい機能を工学的に作り出したり,要らない機能を防げる可能性があります.今後20年,50年の間に大きく発展するでしょう.私たちの分野では,合成生物学と工学の連携はよく見かけるテーマとなっています.

しかしここで「(シミュレーションを通じて)システムを非常によく理解するのが大事」という先ほどの議論に戻ります.たとえば,細胞内である機能を抑制するには,古典的には特定の転写因子を標的にするのが一般的ですが,生体分子凝縮体を標的にするには,根本的に違ったアプローチが必要になるでしょう.

林:(細胞内)液-液相分離などを全体として理解するためには,新しい物理学が必要だとおっしゃいましたが,従来の平衡熱力学は役に立たないのでしょうか? 私は物理学者なので,Jerelleさんが考える「新しい物理学」が何かに興味があります.

Joseph:熱力学は間違いなく役に立つと思います.実際,私たちは平衡熱力学の概念を使って多くの予測をしてきましたし,その正当性を実験的にも証明することができました.細胞内のそれぞれの部分は局所的な平衡状態にあると考えることができるので,平衡熱力学はかなり役に立つと想像できます.しかし,もっと広く見て,細胞全体を非平衡系と考えるなら,非平衡物理学に基づくアプローチがより役に立つ可能性があります.

小松崎:そうですね,私も新しい物理学が生物学との協働を通してどのように生まれるかにとても興味を持っています.久美子さん,あなたの考えを教えていただけないでしょうか.

林:え,私の番ですか? 何も準備していませんでした(笑) 私は林久美子と申します.昨年,私は(東北大学から)東京大学に異動し,現在,東京大学の物性研究所に所属しています.この研究所は主に「固体」を対象とする物理研究を展開してきていますが,最近,固体物理に加えて生物物理学も対象とするようになりました.私はそのような(まだあまり着手されていない)学際性に非常に興味があります.

林久美子(東京大学)

私は,学生の頃,非平衡統計物理学を学びました.非平衡統計力学は平衡統計力学より新しい学問であるため,そのような経緯から「新しい物理学」についてこれまでいくつか質問させていただきました.

Jerelleさんは新しい物理学が重要とお話されましたし,私自身も非平衡統計物理学は非常に素晴らしい理論体系だと思います.しかし同時に,それが実際に社会に役立つのかという点では,実用的ではないとも感じています.「役立つ」という言葉は非常に強い言葉ですが,私はその分野の限界を感じ,理論研究から実験研究に移りました.学位を取得した後,理論物理学から実験物理学へと変更したわけです.社会にもっと貢献したいと思ったからで,私はそれが達成できると信じていました.私は10年以上,モーター蛋白質の実験を行い,非平衡統計物理学を応用してきましたが,非平衡統計力学は平衡熱力学よりも新しいものでありながら,まだ社会にどのように応用できるかは見いだせていないというのが正直な感想です.

ですから,非平衡物理学をどの分野に適用すべきかについて,私はまだ模索しているところです.そのような状況下で私は物性研究所に移ったわけです.たとえば,多くの応用物理学の分野では様々な技術があります.これらの技術を生体分子や生物材料に応用することに非常に興味を持ったため,所属を変えたわけです.ただし,これらの大規模な応用物理の技術を生物へどのように活用できるかは,まだ誰もわかりません.

小松崎:新しい物理学の定義は,それぞれの個人によって異なると思います.さて,計測の革新も新しい物理学にとって非常に重要ですが,計測を通して生物における何が新たにわかるのでしょうか.生物学者が計測実験から想像・展開する力は,理論研究者の視点からすると想像の域を超えています.残りの3人は生物実験主導で生物学的洞察を礎に研究を推進してこられたものと思います.そこで話題をより生物学的な視点にシフトしたいと思います.50年後の新しい発見を探るためには,どのような計測が生物学において重要なのでしょうか? まずは健治(たけはる)さんの意見を聞いてみたいですね.

永井:まず,私自身の背景について少しお話ししましょう.私は1991年に筑波大学の上野直人先生の研究室に所属し,アフリカツメガエル(Xenopus)を利用した中胚葉誘導や神経誘導,体軸形成の分子メカニズムの解明に関する研究を開始しました.初期胚発生期において内胚葉から何らかの液性因子が分泌され,それが外胚葉に作用してオーガナイザー(形成体)としての特性を有する中胚葉が誘導されます.オーガナイザーはHans SpemannとHilde Mangoldによって見出され,ちょうど100年前の1924年に論文発表されました.彼らは原腸胚の原口背唇部を別の胚の腹側に移植すると,移植された腹側組織から神経管や脊索,体節を含む二次胚が誘導されることを発見したのです.この発生生物学分野で最も影響力のある発見の一つを行ったシュペーマンは1935年にノーベル賞を受賞しました.しかし,その後1990年に至るまでその分子メカニズムは解明されずにいたのです.

永井健治(大阪大学)

私はアニマルキャップアッセイという手法を上野先生から学び,アクチビンやBMP2/4,bFGFのような分泌性タンパク質を作用させたり,初期胚にそれらのmRNAを微量注入して,中胚葉誘導活性や二次体軸誘導活性をテストする日々を送っていました.そんな時にDaglous MeltonのグループからWnt(ウイント)に完全な二次体軸を形成する活性があることがCell誌に報告されました.さっそく遺伝子をもらい,そのmRNAを初期胚の腹側に微量注入すると完全な二次体軸ができるのを追試することができました.非常に少量(pgレベル=濃度換算で数pM)の注入でこのような効果を発揮することに驚きました.

生物学における数:少数が生命システムの運命を制御することができる

永井:当時はWntの細胞内シグナル伝達に関与するいくつかの重要な因子,たとえばDishevelledやGSK-3β,β-catenin等が分かり始めた段階で,細胞内におけるそれらの分子の濃度や数に関する情報はどの論文を読んでも記述されていませんでした.なので,私は一つの細胞や胚の中に実際にどれくらいの分子が存在するのかを疑問に思いました.

あれから30年以上経過した現在でも,教科書や研究論文の中に,細胞内シグナル伝達カスケードのマップを目にすることが多々ありますが,そこに関与する分子の濃度や数の記載は進んでいません.一方,私たちが確実に知っている情報が一つあります.それは,遺伝子の数です.通常,1つの細胞には,各遺伝子が二つしか存在しません.あえて濃度に換算すると数pM程度になります(注:細胞が直径10 μmの球体と仮定し,そこに2個の分子が存在する場合).それにもかかわらず,これらの遺伝子は非常に正確かつ頑健に制御されており,頭や目,手,さらには足の形成を指揮することができるのです.どうすれば,こんな少数の分子がこれほど複雑な多細胞系を調節したり動作させたりできるのでしょう?

もう一つの例を挙げましょう.細菌の大きさをご存知でしょうか? 大体1立方ミクロン,つまり体積で約1フェムトリットルです.細菌のpHは大体7.4です.これから簡単に遊離プロトンの数を計算することができます.pH 7.4では,1フェムトリットル中の遊離プロトンの数は約20になります.たった20です! 濃度は連続的な概念で,通常,無限に近い数(たとえばアボガドロ数)の分子を扱う際に使用されます.しかし,ここではたった20という離散的な数を扱っています.先の遺伝子の場合も,Wnt mRNAの微量注入の場合も然りです.このような少数の離散的な数の分子の反応を扱う際に,濃度という概念を本当に使うことができるのでしょうか?

小さな細胞やオルガネラの内部で何が起こっているかを完全に理解しようとするならば,細胞内の個々の分子の数をモニタリングし計測するための新しい技術が必要だと,私は卒業研究を行っていたときから感じていました.しかし,今日に至っても,生きた細胞内の個々の分子の数を正確に定量することは非常に難しいです.

生物学における不均一性:生物システム全体を測定する必要性

永井:近い将来,このような技術が開発されることを願っています.それに加えて,私が抱いているもう一つの疑問は,分子や細胞の不均一性についてです.これは,まだもっと深く探求する必要がある分野です.

私たちは実験でよくHeLa細胞を使用します.これまで,すべてのHeLa細胞は同じ特性を持っていると考えていました.しかし,最近の多くの細胞生物学者による研究によって,HeLa細胞はもとより,どのような種類の細胞にも不均一性,つまり個性があることがわかってきました.そして今では,各タンパク質分子にもある程度の不均一性,個性があることを示唆するデータが,特に1分子計測実験から得られるようになりました.実際,非常にユニークなことを説明した論文に出会いました.それは2017年にPNASで発表された論文です.著者たちは,ショウジョウバエの胚内で微小管上を移動するkinesinと呼ばれる分子モーターの移動速度を,1分子計測法を使って測定しました.

彼らは数百個のkinesin分子の動きを測定し,その速度をグラフにプロットしました.平均速度は毎秒500 nmでしたが,いくつかのkinesin分子は毎秒2000 nm以上の速度を示しました.同じkinesin分子モーターでありながら,速度はまったく異なっていました.これは,同じ種類の分子の中にも不均一性があることを示唆しています.

林:本当ですか?

永井:本当です.

林:しかし,Cargo(小胞)のサイズがかなり異なるので,速度の不均一性はkinesinの不均一性に由来するのでなく,Cargoのサイズの不均一性に由来するのではないでしょうか?

永井:そうかもしれません.しかしCargoのないkinesinのカバーガラスに置いた微小管上の移動速度が毎秒500 nmくらいであることを考えると,Cargoを載せて速度が落ちるのではなく逆に2000 nm以上になるというのはどう説明したらよいのでしょう?

Hummer:または,周囲の環境の不均一性かもしれませんよね.

永井:そうですね,周囲の環境が影響を与える可能性もあります.別の視点から見ると,kinesinや他のタンパク質の機能を理解しようとする際に,多くの生物学者は平均値に焦点を当てがちです.Cargoのサイズや環境の違いなどの要因も考慮する必要があります.しかし,ほとんどの1分子解析はカバーガラス上で行われます.

カバーガラス上の環境は,生細胞内の環境とは全く異なります.kinesin同様に分子モーター活性を有する分子として知られているmyosinがactin繊維上でいつATPを加水分解し,どの程度の速さで移動するかについても,多くの研究によりカバーガラス上で計測されてきました.しかし,私たちの筋肉内の状況はまったく異なります.何が起きているかを本当に理解するためには,筋肉内で測定しないといけません.

さもなければ,なぜ私たちが(腕を動かす仕草をしながら)こんなにスムーズに動くことができるのか理解することはできないからです.単一のactin繊維上には複数のmyosinが存在します.各myosinがバラバラにATPを加水分解したならば,私たちは筋肉をスムーズに収縮させることはできません.

したがって,ATPが協調的に加水分解されるメカニズムが存在するはずです.そのような現象を理解するためには,それが生じている筋肉内で測定する必要があります.しかし問題は,現在それを実現できる技術がないことです.

小松崎:myosinがどのように協調的に動いてマクロな動きを引き起こすか,その情報に人類は50年以内にアクセスできると予想されますか?

永井:そう期待します.

林:体内で?

永井:体内で.

Hummer:その情報はすでに得られつつあると思います.たとえば,電子線トモグラフィーは,組織の個々の構成要素を分子スケールで解析しています.

しかし,各タンパク質や各分子の個性が少しずつ異なるという興味深い点に関連して,翻訳後修飾は異なるタンパク質,異なる区画,異なる微小環境に個性を与える方法の一つです.しかし,この側面は高い空間的・時間的解像度でまだ研究されていないと思います.

藤原:個々の分子の個性という点で,Fengさんにもご意見を伺いたいと思います.CRISPR-Casシステムを用いることで,細胞の個性を操作することはできますか?

生物現象の過程を操作し,細胞内のイベントを数える:CRISPR-Casシステムが可能にすること

Zhang:私の関心の一つは,生物プロセスを操作することであり,また,生物システム内で特定の性質を認識し,それらに変化を加えるツールを開発することです.DNA,RNA,タンパク質,あるいは多糖類に至るまで,これらはすべてバイオポリマーで,通常,構成要素が特定の順序で組み立てられています.

ですから,バイオポリマー特有な性質を認識し,その認識システムを使ってこれらの分子を動作させる方法を開発することが,私たちの取り組んでいることです.

DNAやRNAの分野では,CRISPR-Casシステムやジンクフィンガー(を含む)タンパク質,TALエフェクターのような生体分子は,バイオポリマーの任意の組み合わせを認識するようにカスタマイズできます.つまり,CRISPRタンパク質にガイドRNAをデザインして,DNAやRNAの配列を認識させることや,タンパク分子,特に折りたたまれていない一次構造のポリペプチド分子を認識させることができます.

もし細胞内で何かを数えたい場合,これを数える手段として使うことができます.特定のポリマーを認識して結合させることができれば,モジュレーターを引き寄せることができます.DNAを切断したり,エピジェネティックな状態を変えたりできます.さらに,DNAに緑色蛍光タンパク質を結合させて,特定のゲノム遺伝子座を視覚化し,細胞周期が変化したり,ゲノムが再プログラムされたりするときに,どのように動くかを見ることができます.

タンパク質に関しては,半減期を変えたり,視覚化のために特定の場所に移動させたり,タンパク質複合体の凝集や集合を誘導したりすることができます.さらに,DNAとタンパク質の相互作用やRNAとタンパク質の相互作用など,ポリマー種をまたいだ操作も可能です.最後に,多糖類もまた重要です.豊富なバイオポリマーである多糖類を解読する能力は,DNAやRNA,タンパク質に比べてまだ進んでいません.これらのツールを開発して多糖類を認識できれば,糖鎖生物学を理解するのに役立ちます.では,これらのことをどうやって見つけるのでしょうか? 次の50年でそれが明らかになると思います.

生物的多様性は豊富です.生物に関して考えられるおよそあらゆるものが自然界にはあります.微生物から動物,植物,その他の生物に至るまで,私たちはあらゆるものをシーケンス(配列決定)することで生物的多様性をマッピング(関連付け)しており,ゲノムが解読されるにつれて,自然界のタンパク質システムをコードする遺伝子が何であるかがわかってきています.

先ほど話していたAIやより賢い情報処理システムを活用すれば,構造を予測し,相互作用を予測し,機能を予測することができます.それを非常に大規模に適用することで,現在,約90億の異なるタンパク質が特定されています.これは,98%類似したタンパク質を排除し,真に異なるタンパク質が何であるかを見極められることを意味します.90億のタンパク質をこれらの新しい方法で分析すれば,構造を予測し,相互作用を予測し,異なる基質にどのように結合するかを予測できます.私たちは,生物をモニタリングし,影響を与えるのに役立つような非常に興味深く,かつ有用なシステムをたくさん見つけることになると思います.

このようなことは,今後6年以内には起こらないかもしれませんが,10年,15年,20年の間に進展が見られるでしょう.そして,もちろん新しい方法が登場し,データもますます蓄積されていきます.それは加速していくでしょうし,とてもエキサイティングな時代になると思います.

藤原:久美子さんが言っていた,どうすれば社会に貢献できるような生物学や生物物理学を見つけられるか,という点に私も引っかかっています.その点については,いかがでしょうか?

Zhang:我々人類が生命システムを本当に理解し始めたら,次に工学的に改変し始めるでしょう.人類はシステムを修正したり,新しく作り出したりしようとするでしょう.その目的は,何らかの有用性を持たせることです.最も明らかなのは,健康を改善し,病気を治療し,人類がより健康に,そして長く生きることです.健康分野以外に,バイオマテリアルの気候問題への応用も緊急に求められるでしょう.環境と気候の分野でも,生物学はより大きな役割を果たすようになると思います.

長期的には,私たちは他の惑星に目を向けるでしょう.惑星間旅行,探査,そして植民地化も考えられます.恒星間でさえも.私たちが別の惑星に行くときには,これらの新しい場所に生物的な環境を確立する必要があります.生物物理学はこの過程で大きな役割を果たすのではないでしょうか.なぜなら,多くの異質な環境では,地球の生物が繁栄するためには多様性が必要だからです.

最近,宇宙旅行中の微小重力が人間の生物現象にどのように影響するかに関する膨大なデータ解析結果が発表されました.それによると,研究者たちはバイオマーカーやバイオメトリック情報を収集しましたが,たとえ短期間,微小重力の環境にいただけであっても,人間の生物現象に深刻な影響を与えることが示されています.

小松崎:本当ですか?

Zhang:はい.たった数日間宇宙にいただけでも,免疫システムに大きな変化が生じ,視覚や他の多くの生物的機能に影響を及ぼしています.これは微小重力下での生物物理学的な問題ですよね.今後50年以内に私たちは火星に到達し,それが私たちにどう影響するかを理解する必要があるかもしれません.この研究は,現在,(時間に対して)線形に発展していますが,その後は指数関数的に加速すると思います.非常に速いペースで変化していき,生物物理学がその道を切り開いていくでしょう.

大浪:これまでの生物学の歴史は,細胞や細胞内の領域に焦点を当てすぎていたと感じます.生命システムは細胞システムに限定されるものではありません.若い科学者たちは,より大域的なレベルに興味を持っています.それは社会的な圧力から生じたものではありません.私たちは細胞に焦点を当てすぎていたのではないかと最近は感じています.

Li:それに関しては全く同意できませんね.細胞は最も小さく,最も完全な自己複製単位であり,すべての複雑な原理は細胞の中に含まれています.

もちろん,多くの細胞が集まって組織や臓器を形成しますが,それは細胞内の働きと非常に密接に関連しています.実際,遺伝情報がどのようにして分子集合体を働かせ,細胞間の相互作用を産み,その結果,細胞膜を越えて力が伝搬し,(より上位の)組織を構成して臓器機能を生み出すかを理解することに,我々はまだ注力する必要があります.

小松崎:おそらく,ここでRongさんに自己紹介とお考えを聞くのが良いタイミングではないでしょうか.我々は,系がどのように環境に適応するかを議論してきましたが,Rongさんは真核生物が環境にどのように適応するかに興味を持っておられます.私たちは,生物系がどのようにして適応能を獲得し得たのかを正確にはわかっていません.これは私の想像の域を超えるものです.Rongさんにはぜひご自身の研究背景や,将来についてのお考えをお話しいただけると幸いです.

生物における設計原理:それは人間が設計するシステムとは根本的に異なるかもしれない

Li:次の50年で何が新しく現れるかを予測するのは非常に難しいですが,私自身のキャリアでは,多くの新しいアイデアや新しい思考,新しい発見は,全く予想外のものでした.30年間ラボを運営してきましたが,10年ごとに,私の生物に対する見方に大きな影響を与えた何かがありました.

Rong Li(国立シンガポール大学)

私は,学部時代にイェール大学で分子生物物理学と生化学を学び,その後,カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)で博士号を取得しました.当時,細胞生物学の分野では,有糸分裂や細胞周期制御に対する大きな発見がありました.その分野の何人かの(研究者としての)巨人がUCSFに在籍されていたため,私はその領域に非常に興味を覚えました.そして私が取り組んだテーマは,有糸分裂過程がいつ,どこで起こるのかという当時では新しい話題でした.もし何かが間違った場合,細胞はそれを感知して,細胞周期の進行を逆制御して停止させることができるというものです.

この概念は「チェックポイント」と呼ばれ,Leland Harrison Hartwellによって広められました.私は当時,若手教授だったAndrew Murrayと一緒に仕事をしていました.私たちは,有糸分裂にもそのようなチェックポイントが存在するかどうかを理解するために研究を始めました.

私たちは遺伝的アプローチを取りました.どの遺伝子が変異するとこの機能が破壊されるかを確認しようと決めたわけです.私たちは3つの遺伝子を特定することに成功しました.そしてその後,さらに多くの遺伝子が有糸分裂のチェックポイント制御を仲介していることが明らかになりました.それから私は形態形成に非常に興味を持ち,バークレー校でactinの重合に関する研究に着手することにしました.

私は,細胞の内部でactin細胞骨格の構造と動態がどのように空間的に構築されるかに興味がありました.特に極性を持つ細胞で,どうやって片方の端で特定のactin構造を制御し,もう一方の端で異なる構造を制御するのか,といった問いです.1994年にハーバード大学で自分の研究室を開設したときも,その研究を続けました.しかし,私の生物に対する見方を大きく変えた問題は,生物は単純な遺伝経路では説明できないということでした.当時,私たちは細胞の極性化を研究していました.当時は「(外的要因による)きっかけ」が主な捉え方で,たとえば,化学誘引物質の勾配などが空間的なきっかけとなって一連のGTPアーゼを活性化し,それがアクチン重合を制御して細胞骨格を極性化させるというものでした.これは直線的で階層的な経路であり,当時の分野での主流な考え方でした.

一般に,好中球を化学誘引物質の勾配にさらすと,細胞はその勾配に向かって極性化します.しかし,一様な濃度の化学誘引物質を与えた場合でも,好中球はランダムな方向に「極性化」することも知られていました.これは,極性化の能力が細胞固有のものであり,事前に存在する(外的な)空間非対称的な要因には(必ずしも)依存しないことを示唆しています.ですから,私は細胞がどのように自己組織化し,対称性を破り,極性化するのかに非常に興味を持つようになりました.

そこで,私は初めて数学者と協力し,数理モデルを駆使して,シグナル伝達機構や低分子量GTPアーゼシグナルと細胞骨格の構築との間で生じるフィードバックが,どのように自発的な極性化を引き起こしえるのかを検討しました.そのモデルは非常に単純なものでしたが,外的要因がない状態でも自発的な極性を引き起こすことができました.

林:それは化学反応のモデルですか?

Li:そうです.

それは化学反応に基づく確率的なモデルです.主なアイデアは,CDC42というGTPアーゼが膜上に確率的に分布しており,それが確率的に活性化するというものでした.CDC42が活性化されると,アクチンフィラメントが作られ始めます.CDC42は分泌小胞の中に貯蔵されていて,これらの小胞はアクチンフィラメントに沿って移動し,アクチンが核形成された場所の膜上にさらにCDC42を蓄積させます.このようにして,確率的な非対称性を増幅するフィードバックによる自己強化機構が生じます.この単純なモデルは非常に画期的であり,私たちはさらに定量的なモデルを構築して,そのシステムを引き続き理解したいと考えました.

そして,共同研究していた数学者との興味ある議論を通して,改めて,数理モデリングと実験の協力のあり方について学びました.それは,私たちの最初の数理モデルでは扱っていなかったことに関するものでした.彼は「CDC42が膜に運ばれて蓄積されたら,その後どうなるのか? ただそこにとどまるのか?」と,尋ねてきました.最初のモデルでは,ただそこにとどまると仮定していました.私は「実際にはわからないけれど,おそらく膜上で拡散するのではないか」と答えました.このやり取りを通して,実際にライブセルイメージングで膜拡散を測ることになりました.CDC42の拡散を測定したところ,実際には非常に速く拡散することがわかりました.このような速い拡散では,それまでに考えていた数理モデルの前提が成り立たないことがわかりました.なぜなら,分子が蓄積された後,すぐに拡散してしまうからです.最終的に,このタンパク質は実際にはエンドサイトーシスによって回収され,再利用されることが判明しました.すなわち,ターゲティング(CDC42の活性化と蓄積),ターンオーバー(新陳代謝),リサイクル(再利用)の継続的なシステムが存在することになります.これらの各々のプロセスの(反応)速度は,ある特徴の極性を持つ形態を生成するために(時間的に)整合的である必要があります.

小松崎:もしリサイクル過程の時間スケールが非常に遅いと,その系は極性を失う可能性があるということですね? リサイクル過程にはある一定の時間スケールが必要なように思います.

Li:その通りです.細胞がその方向に成長すると,極性を持つ領域の形も定義され,それが成長の形も決定します.予想されたように,それは,リサイクルの速度によって決まります.この例は,生物機能や生物システムの挙動が遺伝子だけでなく物理的にも制御されている良い例だと思います.

私が学んだもう一つの重要な教訓は,次の10年で得たものでした.私は研究室を新設のStowers研究所に移しました.当時,この研究所は各科学者に多くの研究資金,研究環境などのリソースを提供していました.

ここで,私は非常に興味深い現象に出会いました.私の研究室では,actin-myosin収縮環が収縮して細胞を二つに分割する仕組みを研究しており,酵母からヒトまで進化的に保存されているモータータンパク質であるmyosin IIというタンパク質に注目していました.私たちは酵母でmyosin IIをコードする遺伝子を削除してみました.この遺伝子は,欠失するとほとんどの細胞が分裂を停止するので,必須遺伝子と分類されていました.

しかし,本当に予期しなかったことが起こりました.私の学生がその遺伝子を欠失させた細胞のプレートを置いたままにしていました.彼女はそのプレートを捨てませんでした.すると,非常に小さなコロニーが現れたのです.

永井:それはただのコンタミではありませんか?

Li:いいえ.そのコロニーを取り出し,それぞれ新しいプレートに広げたところ,より大きなコロニーに成長しました.約10回の継代後,野生型と同じくらい美しく成長し分裂するコロニーができました. それでもなおmyosin II遺伝子はありませんでした.これらの細胞は,この進化的に保存されたモータータンパク質がない状態で,私たちの目の前で進化しました.

私たちはこれらの細胞に非常に興味を持ち,何が起こったのかを知りたくなりました.結局,この細胞は通常とは異なる,非常に奇妙な方法で分裂することがわかりました.さらに驚いたのは,突然変異は一切起こっておらず,単に染色体の相対的なコピー数を変えていたのです.つまり,これらの細胞は異数体(=全体の染色体の数が,その種の固有の染色体数よりも多いか少ない個体のこと)になったのです.酵母細胞には16本の染色体があります.正常な細胞はすべての染色体の数が同じです.ほとんどの細胞は,私たちの体内の細胞と同じように正倍数体です.二倍体は各々の染色体を2本ずつ,一倍体は1本ずつ持っています.ミオシン変異体細胞は染色体のコピー数を変えるだけという進化をしていました.それが遺伝子の量的関係に影響を与え,新しい機能を作り出したのです.

そのことを理解するために一連の研究を始めましたが,それによって,生物システムが変化し,適応し,進化する能力にも非常に興味を持つようになりました.「進化可能性(evolvability)」という言葉が使われ始めています.その問いを理解するのは非常に重要だと考えています.生物システムの設計原理は何でしょうか? 考えてみると,私たちの生命システムは,人間が設計するシステムのように設計図があり,それに基づいて構築されるのではなく,数十億年にわたって進化し,その過程にある各ステップで手を加えられてきたのです.したがって,その設計原理は,人間が設計するようなシステムとは根本的に異なる可能性があります.

もう一つの重要な点は,生物システムがどのようにして二つの基本的な特徴を達成するかということです.一つはロバストネス(頑健性)です.私たちの生物システムは非常に頑健であり,環境の変化やノイズ,確率的な変動にもかかわらず安定性を保つことができます.一方,生物システムは,環境の変動があるときに変化し,適応することができます.生物システムは,これら見たところ相反する二つの性質を,どのようにして両立させているのでしょうか?

林:つまり,安定性と……

Li:そして,進化や適応の能力です.

小松崎:頑健性と安定性は同義でしょうか?

Li:ある意味ではそうです.厳密に定義すると,おそらく同じではありません.しかし,表面的なレベルでは,おそらく理論上,数学的な公式を使って多少異なる形で定義されると思います.

小松崎:安定性は数学でよく扱われますが,頑健性はそれほど明確に定義されていない,未解決の問いだと思います.進化可能性と頑健性はどのように両立し得るとお考えでしょうか?

Li:そうですね,進化生物学では,頑健性は,遺伝子構造が変わったり突然変異が蓄積したりしても,機能の最適値を維持する能力として定義されます.もしシステムの機能が急激に低下するならば,それには頑健性がありません.しかし,大きな変化を許容するような機能の安定した領域があれば,それが頑健性として定義されます.

小松崎:数学的に言えば,安定性は,システムを表現する変数(自由度)がすべて既知であるとした際,(システムのエネルギーなどの)あるコスト関数の最小値近傍の性質から定義されます.しかし,生物的な頑健性は,動的に変化する自由度を受け入れているかもしれません.つまり,システムを表現する自由度が変化することを包含することに相当します.外部環境から新しい変数がシステムを記述するうえで介入することもあれば,他の変数が時間とともに消失することもありえます.しかし,それでもなお,何らかの機能が維持されるのです.これが「頑健性」という概念で,安定性の概念とは区別されるものとして考えられることがあります.

Hummer:これは非常に強力で美しい例ですよね.これは,私たちが考えていた「新しい物理学」とは何か,どこでそれを探すべきか,という問いにもつながります.なぜなら,伝統的な物理学者のアプローチは還元主義的で,単純なルールから生じる複雑さを考え,そのルールは特定し記述できると考える傾向があるからです.先ほどおっしゃったような種類の複雑さを受け入れることで,新しい物理学が生まれるように思います.高いレベルの構成的な複雑さや冗長性は,現在の物理学のアプローチや定式化では捉えるのが難しいものです.これは通常,扱われることがありません.

小松崎:そうですね,それが次の50年で私たちが発明すべきものかもしれません.

Li:その質問に対する私の答えを簡単に述べると,物理学が生物学に貢献できることは非常に多いと思います.私は現在,シンガポールのメカノバイオロジー研究所の所長を務めていますので,この分野の重要性は度々強調しなければなりません.物理学とメカニクス(機械力学)が,生物学の次の50年の中心にあると思います.なぜなら,過去50年は,生物システムの化学的側面,つまり遺伝子や分子,ゲノム,プロテオームを特定することに焦点が当てられてきたからです.

これらは私たちに(生命システムの)構成要素を示してくれます.しかし,構成要素だけでは生命がどのように機能するかはわかりません.物理学とメカニクスは,構成要素と生物学的機能を結びつけるために必要なものです.

小松崎:さきほどFengさんの自己紹介や研究背景について話を聞くことができなかったので,ここでその話をしてもらいましょう.

永井:そうですね,ぜひオプトジェネティクスの話も聞かせてください!

座談会の風景(京都の天ぷら懐石料理「天喜」にて.2024年6月23日)

(次号に続きます.CRISPR Cas9系を開発したFeng Zhang教授の高校生だったときに何をきっかけに研究者を目指したのかを回顧されるところから始まり,人工知能が生物物理に与える影響を議論します.最後に,パネリストから次世代の若手研究者へのメッセージで締めくくります.なお,本稿では,非専門家の読者にも読めるように,わかりにくい専門用語にはできるだけ解説を付記していますが,この座談会の内容は生物物理学会発刊のBiophysics and Physicobiologyでも紹介していますので,直接英語で読みたい方はそちらも参照されることを勧めます.Kumiko Hayashi, Gerhard Hummer, Jerelle A. Joseph, Rong Li, Takeharu Nagai, Shuichi Onami, Feng Zhang. “A Round Table at IUPAB Congress in Kyoto 2024: Dreaming the Next 50 Years in our Biophysics” Biophys. Physicobiol. vol. 21, Article ID: e212012 (2024). https://doi.org/10.2142/biophysico.bppb-v21.e2012

 
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