生物物理
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海外だより
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~海外シニアポスドクのススメ~
渡邊 俊介
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2025 年 65 巻 1 号 p. 52-53

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はじめに

私は,新型コロナウイルスの終息も見通せない2021年から3年間,フランスの国立研究所にポスドクとして研究留学しました.渡仏時,既に35歳と海外ポスドクをスタートするには遅めの年齢ではありましたが,中堅ポスドクだったからこその体験や教訓も数多くあったと思います.私のこの経験が,海外留学を考えている若手研究者の後押しになればと思い,本稿を寄稿させていただきました.

35歳で海外研究留学するまでの経緯

私は,2013年に博士号を取得し,2014年からポスドクキャリアをスタートさせました.2014年は広島大学で,2015年から2021年8月までの6年5ヶ月は理化学研究所で研鑽を積み,れっきとした中堅ポスドクとなった2021年9月に,フランス国立農業・食料・環境研究所(INRAE)のInstitute for Plant Science of Montpellier(IPSiM)に籍を移しました.3年間のフランス留学の後,2024年9月に帰国し,現在は広島県の安田女子大学の講師として教育と研究に励んでいます.

私が渡仏した時には,既に学位取得後7年が経過していましたが,実際に留学に興味を惹かれるようになったのは,ポスドクになって間もない頃です.当時,理化学研究所に勤めていたこともあり,留学を経て大きな成果を上げられた先生や,まさに今から海外へと向かう同僚ポスドクが大勢,周りで働いていました.このような環境が私に,「留学することの重要性」と「留学に向けての具体的な道標」を常に意識させてくれていたのだと思います.

当時のプロジェクトが軌道に乗り始めた2019年,フランス・パリで開催された国際学会のついでに訪れたIPSiMで留学先のPIとなるChristian Dubos博士と出会いました.彼は,植物の鉄栄養獲得・ホメオスタシスの分子メカニズム研究で顕著な成果を上げている研究者で,当時のPIである瀬尾光範博士がフランス留学していた時のOffice mateです(オフィスは後にトイレに改修されたので,私は彼らを“Toilette mate”と呼んでいます).この時,Christianは鉄栄養吸収に重要な代謝物クマリンの分泌機構の解明に取り組んでいたこともあり,私が興味を持って進めていた代謝物輸送研究の話にも熱心に耳を傾けてくれました.議論を交わす中で,話題が,お互いの興味が交差するクマリン輸送体になったことは必然だったように思います.私は直感的に面白いテーマだと感じました.

帰国後,直ぐにクマリン輸送体の探索を始め,幸運なことにいくつかの候補を得ることができました.Christianグループではクマリンの定量分析や可視化技術を確立していましたので,候補輸送体の研究に一緒に取り組みたい,とコンタクトしたのが2020年4月頃です.ここから渡仏まではあっという間でした.応募可能な助成金制度を探し,具体的な研究計画を決め,申請書を用意しました.奇しくも,この時期日本ではコロナによる緊急事態宣言が発出されており,私も出勤制限が課されていたので,多くの時間を申請書に割くことができました.一方で,仮にプロジェクトが採択されたとしても渡仏できるか分からない不安定な時期でもありました.渡仏できない場合にも備え,国内機関の公募へも応募しました.二の手三の手の準備を怠らないことは,シニアポスドクとしての所作でしょうか.結果,プロジェクトは採択され,コロナ禍のピークを過ぎた2021年9月に妻と子供二人と一緒に渡仏しました.

IPSiMでの思い出

私が所属したINRAE・IPSiMは南フランスの街・モンペリエにある,植物の栄養獲得機構を研究する研究所です.国外からのメンバーも多く,研究所には私を含めて常時20名近い外国人が在籍していました.また,キャンパス内にモンペリエ大学も併設されているため,卒研生や修士・博士学生も大勢在籍し,毎月のように何かしらのイベントが催される活気ある研究所です.

研究棟は築数十年の古い建物ですが,実験設備は充実しており,共焦点顕微鏡や質量分析装置などの最新機器も導入されています.また,フランスの植物研究所らしくグリーンハウスだけでなくブドウ畑もキャンパスに広がる緑豊かな研究所です.

研究所には10の研究グループがあり,私は,植物の鉄吸収・ホメオスタシスを研究するグループ(FeROS)に所属していました.メンバーは十数名で,頻繁に持寄りランチパーティーを開くような仲の良いグループでした.どのグループもそうですが,メンバー構成が日本とは異なり,類似の研究テーマを持つ異なる所属機関メンバーで,一つのグループが形成されます.例えば,FeROSの場合,INRAEやフランス国立科学研究センター(CNRS)の職員,モンペリエ大学の教授などが所属していました.そのため,常に異なる視点からの多角的な意見交換ができたことが印象的でした.私は,研究経験の長いシニアポスドクでしたので,日々の学生指導やグループ運営にも携わりました.グループの学生からは実験技術やデータ解釈など,研究に関する相談を毎日のように受け,修士論文も指導しました.これも,パーマネント職員と学生の間にいる中堅ポスドクならではの体験だったと思います.このような日本とは違う距離感・方法でのグループ運営に触れた経験は,これから研究者として独立するための糧になると思います.もちろん,時間を共有した仲間は今でもかけがえのない存在です.研究だけでなく,他愛もない話題について,コーヒーやワイン片手に語り合ったことを,私は一生忘れることはないと思います.

フランスでの家族生活

今振り返ると,フランスでの生活は,当初の想定よりも遙かに冒険的なものだったと感じています.当時7歳と5歳の子供,妻と一緒に渡仏しましたが,私以外はこれが初めてのフランス滞在でしたので,言語はもちろん,文化や習慣の違いに初めは戸惑っていました.五里霧中の住居探しや公的手続き,子供の小学校準備など,その大変さは想像に難くないかと思います.渡仏直後には,子供が怪我で救急搬送されるという出来事もありました.幸いにも大事には至りませんでしたが,病院では保険もなく言葉も通じずで,海外生活の困難が一挙に押し寄せてきた体験でした(妻はこの時,本気で帰国しようと思ったそうです).他にも多くの苦労がありましたが,いつも助けてくれるのはFeROSメンバーや現地で知り合った日仏の友人でした.特に,Christianは何でも相談できる兄のような存在でしたので,彼の親切な人柄がなければ私の留学はもっと辛い経験になっていたと思います.Good researcher,Good personをメンターに持つことが,家族連れポスドクの留学成功の秘訣だと,つくづく感じました.

一方で,家族帯同だからこその良い経験もありました.長期休みには欧州各国へ家族旅行に出かけましたし,子供たちは現地の小学校で友達を作り,今では雑談できるほど仏語も習得しています.私たち両親も家族ぐるみでお付き合いする友達に恵まれ,一緒にパーティーを開いたり,お出かけしたりもしました.彼らとは今でも連絡を取り合う良き友人です.また,日本好きなフランス人も多いので,数少ない現地日本人として,私たちも日本文化を紹介しました.振る舞った巻き寿司と大福の量は計り知れません.国外にいたことで,日本文化をより理解し,好きになったように思います.このような庶民的な文化・人々との交流は,家族で滞在したからこそ味わえた貴重な時間だったと思います.

ブドウ畑を目の前にピクニックランチ.筆者は右手前から三番目.その奥がPIのChristian.

さいごに

今回,初めて留学経験を振り返りましたが,本稿では紹介できなかったエピソードがたくさんあり(ご興味あればご連絡ください),私自身,こんなにも実りある3年間だったのかと驚いています.いつ,どこで留学の機会が訪れるかは分かりません.海外博士課程に進学することもあれば,私のように,35歳になってから海外ポスドクのチャンスを手にすることもあります.いずれにせよ,その時々でしか得ることができない経験があるはずです.シニアポスドクでも遅くはありません.興味・熱意のまま海外に出てみるのも良いのではないでしょうか.

最後になりましたが,今回このような貴重な機会をいただきました生物物理学会,編集委員会の皆さまにこの場を借りて深く御礼申し上げます.また,これまで研究・留学をサポートしていただいた全ての方に感謝いたします.

 
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