生物物理
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マイコプラズマ滑走運動の力と歩幅と寄生戦略
水谷 雅希宮田 真人
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2025 年 65 巻 3 号 p. 153-155

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Abstract

細胞壁を失った細菌マイコプラズマは,その後の進化の過程で二種類の独自の滑走運動機構を構築した.本記事では,ヒト肺炎原因菌であるマイコプラズマ・ニューモニエがもつ滑走運動機構について紹介,また光ピンセットを用いた動力学測定からみえてきた,滑走運動のメカニカルサイクルについて解説する.

1.  二種のマイコプラズマ滑走機構

マイコプラズマは寄生性細菌の一群で,細菌細胞壁であるペプチドグリカン層を失っていることが特徴である.細胞壁の喪失は宿主自然免疫に認識されるリスクを軽減する一方で,べん毛や線毛などの主要な運動装置は細胞壁に固定されていることから,マイコプラズマはこれら運動装置を失っている.しかし,運動能は富栄養環境への移動や宿主免疫システムに対する忌避機構として役立つため,一部のマイコプラズマは進化の過程で二種類の新規な滑走システムを構築したと考えられている.一つはマイコプラズマ・モービレ型の滑走装置で,もう一つはマイコプラズマ・ニューモニエ型の滑走装置である.それら二種の滑走装置を構成するタンパク質には相同性がないため,それぞれの滑走運動が独自に進化したと考えられる1).本記事では,マイコプラズマ・ニューモニエの滑走運動に注目し,著者らが行った運動のエネルギー源の特定や動力学測定から運動メカニズムに迫る.

2.  ニューモニエ菌の滑走装置

ニューモニエ菌は典型的には体長1.0-1.5 μm程度の長細い形をしており,菌体の片側に滑走装置が局在している(図1a).滑走装置は,宿主の糖鎖に接着するための球状の表面タンパク質複合体“Nap”と,その細胞内部に局在する巨大タンパク質複合体“Internal core”から成る(図1b).NapはP1タンパク質とP40/P90タンパク質が2分子ずつ結合した四量体構造をとっており,糖鎖結合部位はP40/P90タンパク質に存在する2).Internal coreは全長300 nm以上にも及ぶ構造体であり,蛍光タンパク質fusion法や免疫電顕法によって現在15種類の構成タンパク質が提案されている1),3).Internal coreはその構造と機能から,滑走装置を細胞極に繋ぎ止める役割をもつTerminal button,力と動きをNapに伝達するPaired plates,力を発生するBowl complexの三つの部位に分けられる.菌体はこの滑走装置が局在する側の細胞極を前方にして,一方向性の滑走運動を行う.

図1

(a)菌体の電子顕微鏡像.破線で囲まれた位置に滑走装置が局在している.(b)滑走装置の模式図.Nap(桃色),Terminal button(緑色),Paired plates(黄色),Bowl complex(橙色).

3.  滑走運動のエネルギー源

2005年に上野山らは,界面活性剤で透過化処理されたモービレ菌は滑走運動を停止するが,ここにATPを添加することで滑走運動を再スタートさせることが可能であることを示し,モービレ型滑走運動がATP駆動であることを報告した4).同様の手法がニューモニエ型滑走運動についても長年試みられてきたが,透過化によって滑走運動を停止した菌体を再スタートさせることはできなかった1).著者らはATPやADPなどのヌクレオチドを含んだ界面活性剤で菌体を処理した際に,ATP存在下のみで透過化処理後も滑走運動が継続されることから,ニューモニエ型滑走運動のエネルギー源がATPであることを2019年に報告した5)

4.  滑走運動の力と歩幅

著者らはニューモニエ型滑走運動のさらなる理解のために光ピンセットを用いた滑走運動の力測定を行った6).ニューモニエ菌は滑走装置が局在している細胞極を前方にして一方向に滑走するため,滑走している菌体の後端に光ピンセットで捕捉したビーズを結合させた(図2a, b).菌体の滑走運動に伴ってビーズは光ピンセットの捕捉中心から離れていくが,その距離に比例してビーズを捕捉中心に引き戻す力(捕捉力)が強まるため,菌体の推進力と光ピンセットの捕捉力が釣り合う位置で滑走運動は停止(ストール)した.ニューモニエ菌のストール力は平均24 pN(n = 92)であった(図2c).

図2

(a)光ピンセットによる力測定実験の模式図.(b)光ピンセット実験の光学顕微鏡像.(c)ビーズの移動距離から換算した推進力の経時的変化.点線がストール時に発揮している力(ストール力).

ニューモニエ菌は多数のNap(あし)でガラス表面にコートされている糖鎖に結合し,それらを介してスムーズに滑走している.そのため,上記のストール力も多数のNapによって発揮された力の総和である.そこで次に,あし一つ一つが発揮する力の測定を試みた.通常の滑走条件では多数のNapが駆動しているため,あし一つ一つの動きを検出することは難しい.そこで遊離の糖鎖を添加し,Napにそれらを掴ませることで,ガラス面上の糖鎖を引っ張るNapの数を減少させた.糖鎖を添加すると滑走している菌体は徐々にガラス面上から解離していき,解離する菌体数は添加する糖鎖の量に依存した.そこで,60%-70%の菌体が解離する条件下で力測定を行ったところ,段階的な力発生が検出された(図3a).力発生イベント一回あたりの力の増加量は平均2.5 pN(n = 76)であった.また,この力発生を伴う推進イベント一回あたりの移動距離(歩幅)を計測すると,歩幅は負荷依存的に変化しており,低負荷下での歩幅は平均16 nm(n = 21)であった(図3b, c).

図3

(a)ビーズの移動距離から換算した推進力の経時的変化.縦軸目盛りは2.5 pN間隔.(b)滑走運動に伴うビーズの中心位置の軌跡.横軸目盛りは16 nm間隔.(c)移動時にかかっている負荷量と歩幅の関係性.

5.  滑走運動のメカニカルサイクル

著者らが測定した力と歩幅および,これまでに得られた知見から考えられる滑走運動のメカニカルサイクルを図4に示す.

図4

滑走運動のメカニカルサイクル.

(i)Napがヒト上皮細胞表面上の糖鎖に結合する.(ii)Bowl complexがATPを加水分解することで発生した力を用いてinternal coreが収縮,平均2.5 pNの牽引力を伴って平均16 nm前進する.(iii)別のNapが細胞を前進させることで,Napが糖鎖から引き剝がされ,close状態になる.(iv)internal coreが伸長,Napが再びopen状態になることで,より前方の糖鎖に結合できるようになる.これら(i)から(iv)のサイクルを多数のNapで繰り返すことで,スムーズに滑走していると考えられる.(ii)で起こる収縮イベント一回が一分子のATP加水分解に対応していると仮定すると,エネルギー変換効率は20%程度と計算される.

6.  歩幅の負荷依存性と寄生戦略

ニューモニエ菌が感染初期に定着するヒト気道には,気道クリアランスと呼ばれる異物を排除するための気管支側から口側への粘液流があり,この流れは上皮細胞の線毛運動によって駆動されている.ニューモニエ菌は滑走装置が局在する側の細胞極で上皮細胞表面に接着しており,液中に浮いている反対側が粘液流に押し流されるため,流れに逆らう方向に滑走する7).その結果,クリアランス粘液流に逆らって口側から気管支や肺の方向へと滑走し,感染部位を広げていく.この時ニューモニエ菌は,粘液流によって後ろ方向へと引っ張られる力を受けることになる.試しにヒト上皮細胞における粘液の粘度を1.8-3.0 mPa·s8),粘液流の速度を20 mm/min9)としてニューモニエ菌にかかる力を算出すると2.8-4.7 pNとなり,一歩の推進力よりは大きく,ストール力よりは小さい値になる.つまり,歩幅の負荷依存的な変化をもつニューモニエ菌は,粘液流を受けても歩幅を小さくすることで前進し続けることができる.またニューモニエ菌は,増殖に伴う過酸化水素や活性酸素の産生により線毛脱離を誘導するため,粘液流を自ら低減することが可能であり,滑走運動と線毛障害を組み合わせることで,効率的な感染拡大を実現していると考えられる.

7.  さいごに ~マイコプラズマ肺炎の現状~

2020年からの新型コロナウイルス感染症に対する外出自粛や手洗いうがい・マスク着用の徹底などの対策によって,マイコプラズマ肺炎患者も激減していた.しかし,2024年5月頃から報告数が増加しており,9月現在では2016年に起こった大きな流行時を上回る広がりをみせている(国立感染症研究所,五類感染症定点週報告).また,ニューモニエ菌が引き起こす線毛障害は,感染を持続させるだけでなく,他の細菌やウイルスとの共感染の原因ともなる.実際に,新型コロナウイルスと細菌の共感染患者における調査において,共感染していた細菌の42%がマイコプラズマ・ニューモニエであったという報告もある10).これから季節は冬に向かっていき,空気の乾燥に伴って呼吸器感染症は増加していくことが予想される.新型コロナやインフルエンザと同様にマイコプラズマ感染症にもご注意いただきたく思う.

文献
Biographies

水谷雅希(みずたに まさき)

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門・日本学術振興会特別研究員PD

宮田真人(みやた まこと)

大阪公立大学理学研究科教授

 
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