2025 年 65 巻 3 号 p. 163-164
研究者としての道を選ぶか迷う中で,あるいは歩み始めてからも,「自分はこの道を続けていくのだろうか.いけるのだろうか」という疑問を抱くことがあるかもしれません.自分自身のことを思い返すと,博士課程への進学時に漠然としていた不安が,研究室での日々を重ねる中で,より具体的な形となって現れてきていたように思います.就職活動の時期,学位取得後のポスト,家庭との関係など,様々な場面で立ち止まり,考えることがありました.
研究キャリアについて思い返してみても,研究の世界で生きていこうと思った「これだ」という決定的な瞬間を特定することは難しいように感じます.また,必ずしも研究一筋とも言い切れない,研究になかなか集中できない時期もありました.そのため,この記事が研究者を志す方への参考になるかどうかについては確信が持てませんが,同じように迷いを感じている方がいらっしゃれば,ささやかな共感の機会になればと思います.
所属していた大学院の研究室では,研究テーマの選択に関してかなりの自由度がありました.それは本当に学術研究なのかと思えるような疑問であっても,まずは自分で過去の研究を調べるところから,と頭から否定はされない環境でした.結局自分でも,かなり変わった,研究といってよいのか時々迷うようなテーマを選び,その意義や発展性に悩みながらも,10年ほど続けました.現在は異なる対象に取り組んでいますが,根底にある問題意識はつながっている部分があります.
当時の研究室の教授は,決まった時間になると家庭優先時間となり帰宅される一方で,ラボにいる時間は研究100%で活動されていました.教授は研究を心から楽しまれている様子で,台所の科学,とも言われ,日常の些細な出来事からも研究のヒントを見出されるような方でした.そんな姿を見ながら,昔父が使っていた「〇〇をするように罰せられている」という表現を思い出すことが多くありました.これは,何かに対して強い情熱を持ち,それをせずにはいられないような状態を表現した言葉でした.自分には「研究をするように罰せられている」ほどの切迫感はないのではないかと感じ,迷い悩むことが長くありました.そんな迷いは今もありますが,様々な方々とのご縁やご支援もあり,テーマや内容,そして研究への関わり方そのものも変わりつつも,現在に至っています.
博士取得後,夫婦で近場で職を得るのは特に地方では難しく,しばらく飛行機の距離で別居生活を送ることになりました.その間,介護や妊娠・出産といったライフイベントも重なり,研究生活との両立に様々な工夫が必要となりました.最初別姓婚で別居だと(当然ですが)単身赴任割引が使えなかったり,介護の対象には配偶者(未届)の親も含まれてありがたかったり,保育園の先生にたくさんお悩み相談させていただいたり,出張でかなりアクロバティックなことをやるはめになったり,この時期は特にエピソードがいろいろあります.
そうした中で,研究生活と関連して特に印象に残っているのは,当時のさきがけ領域アドバイザーから,「一番下の子が小学校に入るまでは,低空飛行でもいいから,落ちないことが大事」というアドバイスをいただいたことです.その期間の長さに当時は気が遠くなりましたが,今では貴重なアドバイスとして実感とともに心に残っています.また,別の女性教授からは「業績をしばらく出せない時期があっても,とにかく辞めないことが大事」という言葉もいただきました.途中で心折れそうになるときがきっとあるから,それでも,という意味が含まれていたのだと今では感じています.
また育児の超初心者のとき,先輩同僚から「やつらは面倒みないと死にますからね」と至極真面目な顔で言われたときは,その言い回しと内容にびっくりしました.いざ始まってみると確かにその通りで,自分以外の時間軸を中心とする生活となり,母性・父性という概念の幅広さに面白さを感じた時期でもありました.そして夫婦同居での子育てを目指す際の優先順位について,先達に相談したとき,「こういうとき辞めるのはほぼ女性なんだよね」と言われたことは今も心に引っかかっています.
これまでを振り返ると,なんとか落ちずに飛行を続けられたのは,周りの方々のご支援がとても大きかったと感じています.低空飛行ですら難しい時期もありましたが,これらの経験を通じて実感するのは,柔軟な対応が可能な環境の重要性です.研究職は比較的環境が整っている方だと思われますが,育児の負担も男女で分担される方向に向かっており,また介護についても当事者になる可能性は稀ではない時代,性別を問わず,一時的な「低空飛行」が許容される環境づくりが担保されていくことを願っています.様々な働き方に対する理解が広がることは,研究者のキャリア継続にとって重要な要素になるのではないかと感じています.
私自身の「研究」のイメージは,「自然現象の背後にある未知のメカニズムの解明」という側面が強く,通奏低音(曲全体を通して流れる深い基調音)のように,生物はよくできすぎている,という感覚が今も常に根底にあります.ただ,世の中には様々な形の「研究」があることを知り,自分の中での「研究」の概念も広がっていきました.
現在,国の事業から始まった機関に所属しており,今後の大規模な研究開発の基盤を作るため,分野をまたいだ事業の進行管理や研究解析の共通基盤の支援業務など,従来の研究者像とは若干異なる役割が,ある面では研究者と同じ,あるいはさらに横断的なレイヤーで必要となっていることも実感しています.一旦研究を志したからには,何かしら未知のものへ論理的に挑戦するといった,ある意味従来型の研究者であり続ける必要,は実はないのかもしれません.研究そのものを体験してきたからこそ,自分の志向を知りつつ,キャリアパスの一つとして,多様な立場で,研究活動の発展に貢献できる可能性はあるのだと思います.
可能であれば,時々自分の活動を振り返って,研究に関わる様々な作業の中で,少しでも興味や喜びを感じられる部分が何か,あらためて考えてみることも重要かと思う次第です.それは実験データの解析かもしれませんし,結果をもとにしたメカニズムの推定とその検証かもしれません.あるいは,研究成果を他者に説明する機会かもしれませんし,研究と研究をつないだ先の新しい視点獲得の補佐かもしれません.研究の当事者だけではなく,関連の支援に楽しさを見出すことも十分にあり得ることかと思います.
日々の小さな発見や,ちょっとした工夫が功を奏した瞬間など,研究生活の中には様々な喜びが散りばめられているように思います.それらを見つけ,大切にしていくことが,研究に関わる生活を続けていく上での支えになるのかもしれません.
以上,一研究者の経験をご紹介させていただきました.研究者としての道筋は人それぞれで,この経験が必ずしも一般的なものではないと思っております.むしろ今や一般的な道筋自体が存在しないのかもしれません.研究環境や,個人の置かれた状況によっても,直面する課題や解決方法は大きく異なるものとなるのでしょう.
しかし同じように迷いながら研究を続けている方々にとって,何かしらの参考になる部分があれば幸いです.未知に臨む研究者を目指すもよし,周辺のことに楽しみを見出すもよし,自分なりの形で研究と向き合い,少しでも楽しい瞬間を得られる道を見つけられるとよいなあ,と思います.
元池育子(もといけ いくこ)
東北大学東北メディカル・メガバンク機構准教授