2025 年 65 巻 3 号 p. 165-167
北海道大学(北大)・理類に私が入学した1967年頃は,ミオグロビン,ヘモグロビン,卵白リゾチーム等,蛋白質の原子レベルの立体構造がX線結晶構造解析により次々に明らかにされた.みすず・科学ライブラリー「生命の糸―分子生物学への招待―」ケンドルー(和田・鈴木訳)を読んで,このような研究に憧れたが,当時の北大には蛋白質の結晶構造解析に取り組んでいる研究室はなかった.そこで,私は理学部・高分子学科に進学した.そこでは,須貝新太郎教授(故人)が主宰する生体高分子学講座(須貝研)があり,蛋白質溶液の物理化学的研究が行われていた.
リゾチームは当時最初に構造決定された酵素蛋白質であり,蛋白質研究の代表的なモデルであった.リゾチームの温度や変性剤・塩化グアニジニウム(GdmCl)による変性反応が天然(N)状態と変性(D)状態間の協同的な二状態転移N⇄Dであることが,当時Duke大学のCharles Tanford1)や大阪大学・たんぱく研の浜口等2)により明らかにされていた.「タンパク質の立体構造」浜口浩三(共立出版・1967年)は蛋白質について学ぶ当時の学生の必読の書であった.
1967年と1970年に当時の蛋白質研究者を驚かせた論文がJ. Biol. Chem.誌に報告された3).牛乳の主要な乳漿蛋白質であるαラクトアルブミン(αLA)が卵白リゾチームと相同であり,それらのアミノ酸配列の同一性は40%にも上るというのである.リゾチームとαLAの比較研究が世界中のいろいろな研究室で始められた.1970年に私は,無事,須貝研に配属となったが,そこでも,両蛋白質の変性反応の比較研究が行われていて,このような研究に参画できたことは大変ラッキーであった.αLAのGdmClによる変性反応をリゾチームと同様に二状態モデルで解析すると,意外なことに構造転移の協同性や自由エネルギー変化がリゾチームの値よりも著しく小さく,αLAはリゾチームと似ていないという,容易には受け入れがたい結果となった.大学院・博士課程に進学後,私はこの問題に取り組み,αLAの変性が天然様二次構造を持った変性中間体(A)(後に,モルテン・グロビュール(MG)状態と呼ばれる)を伴う三状態変性N⇄A⇄Dであることを見出した4).これが,私が蛋白質のフォールディング研究に取り組むことになったきっかけである.
この当時私が影響を受けた論文はTanfordによる以下の総説である:
(1)Tanford, C. (1968) Protein Denaturation, Part A. Characterization of Denatured State & Part B. Transition from Native to Denatured State. Advan. Protein Chem. 23, 121-282. DOI: 10.1016/s0065-3233(08)60401-5.
(2)Tanford, C. (1970) Protein Denaturation, Part C. Theoretical Models for the Mechanism of Denaturation. Adv. Protein Chem. 24, 1-95. DOI: 10.1016/S0065-3233(08)60241-7.
論文(1)Part Aでは変性状態の生物物理学的実験法による特徴付けが,Part BではNとDとの間の構造転移が記述されている.論文(2)Part Cでは変性反応分子機構の熱力学的なモデル,変性反応の自由エネルギーを,変性剤結合モデルや構成する原子団の露出度と変性剤溶液中への移行自由エネルギーに基づいて記述するモデル等が示されている.変性反応の遷移状態を後者のモデルで記述する相対露出度(relative degree of exposure)は,二状態蛋白質の遷移状態の構造形成度を表す指標として,しばしば,Tanford βと呼ばれている.
1978年に京都国際会議場にて第6回国際生物物理学会議が開催され,そのサテライト・ミーティングとして,Symposium on Dynamic Properties of Polyion Systems(オーガナイザー:今井(名大),須貝(北大))とColloquium on Mechanism of Folding of Globular Proteins(オーガナイザー:大井(京大),郷(信)(九大))が開催された.私はこれらのミーティングに参加できたことは大変励みとなりまた有益であった.特に後者のColloquiumでは,Robert L. Baldwin(Stanford大学)やOleg B. Ptitsyn(旧ソ連・科学アカデミー)と出会うことができた.また.これがきっかけとなり,1980年夏から2年間,米国NIH奨励研究員として,Stanford大学Baldwin教授の下で研究に従事する機会を得ることができた.この当時は,蛋白質フォールディング中間体の検出と特徴付けが重要なテーマであり,Baldwin研究室では,水素交換標識法によるリボヌクレアーゼ(RNase)Aのフォールディング中間体に関する研究がなされていた.私はRNase SのSペプチド部分の水素/重水素(H/D)交換反応を1H-360 MHz NMRスペクトルを用いて調べた5).この経験は現在でも役立っていると思う.
米国から帰国後,再び北大に戻ったが,αLAのMG状態が速度論的なフォールディング中間体であることを証明することに力を注いだ.リゾチームとαLAの巻戻り反応をCDスペクトルの速度論的解析により追跡し,両蛋白質ともMG状態を巻戻りの初期中間体として観測することができた6),7).
1992年3月に私は東京大学(東大)・理学部・物理学教室に異動となり,引き続き蛋白質のフォールディング研究に取り組んだ.1992年9月には,ロシア科学アカデミーのOleg B. Ptitsynや米国New York大学のNeville R. Kallenbach等とともにHuman Frontier Science Program(HFSP)の研究グラント(課題名:Role of the Molten Globule State in the Folding of Globular Proteins)を申請し,これが認められて1993年より3年間,日露米間の共同研究プロジェクトを実施した.これは当時立ち上げたばかりの研究室の活性化に大いに役立った.図1は1995年12月に東大・山上会館で開かれた,HFSPプロジェクトのミーティングの際,ロシア科学アカデミーのPtitsyn教授とBychkova博士が筆者の研究室を訪れた際に撮られたものである.

1995年12月,HFSPプロジェクト・ミーティングの後で.左から,Valentina E. Bychkova,桑島邦博,Oleg B. Ptitsyn,伊倉貞吉.
この当時私が影響を受けた論文として,以下の2編を挙げたい.
(3)Anfinsen, C. B., Scheraga, H. A. (1975) Experimental and Theoretical Aspects of Protein Folding. Adv. Protein Chem. 29, 205-300. DOI: 10.1016/s0065-3233(08)60413- 1.
(4)Goloubinoff, P. et al. (1989) Reconstitution of Active Dimeric Ribulose Bisphosphate Carboxylase from an Unfolded State Depends on Two Chaperonin Proteins and Mg∙ATP. Nature 342, 884-889. DOI: 10.1038/342884a0.
論文(3)は蛋白質フォールディングに関する総説であり,RNase Aの巻戻りに関するAnfinsen等の実験とそれに基づくAnfinsenドグマや熱力学仮説について記述されている.後半では,Scheraga等の,ヘリックス-コイル転移の統計力学に基づく蛋白質の二次構造予測研究が紹介されている.論文(4)はGdmClや尿素によりアンフォールディングした変性蛋白質(この場合はルビスコ)の巻戻り反応を,大腸菌のGroEL/GroESをはじめとするシャペロニン60が,Mg∙ATP依存的に,介助促進することを初めて明確に示した論文であり,この論文がきっかけとなって,私はGroEL/GroESの問題にも取り組むことになった.
最近,私は6 M GdmCl中で十分にアンフォールディングした蛋白質中の残存構造について調べている.従来,6 M GdmClや8 M尿素中で十分にアンフォールディングした変性蛋白質はランダムコイル状態にあるとされてきた.このランダムコイル説の根拠は,Floryの高分子理論に基づいており,実験的には,上のTanfordの総説(1)Part Aにあるように,変性蛋白質ポリペプチド鎖の流体力学的体積を表す,固有粘度[η]が蛋白質の残基数nとの間で,ランダムコイル特有のスケーリング則([η]M0 = 77n0.666(cm3/g),M0:平均残基量)に従うことにある.同じようなスケーリング則はストークス半径や慣性半径とnとの間でも観測されている8).
変性蛋白質のランダムコイル説は蛋白質のフォールディング問題とも密接に関係している.Anfinsenドグマの根拠となった,ジスルフィド結合還元切断されたRNase Aの巻戻り実験の初期条件は,8 M尿素中で変性した状態であり,ランダムコイルであると考えられてきた(上記論文(3)参照).ランダムコイルには天然立体構造の痕跡は何も残されていないので,アミノ酸配列のみによって天然立体構造が決まることになる(つまりAnfinsenドグマが成り立つ).Levinthalパラドックスにおけるランダム探索機構もランダムコイル説に基づいている.
しかし,ランダムコイルであれば上のスケーリング則が成り立つが,スケーリング則が成り立ったからといって,必ずしもランダムコイルとは言えないのではないか.事実,8 M尿素中で十分にアンフォールディングした蛋白質中にも天然類似の残存構造のあることがNMR等の分光学的手法により示されている9).そこで,私は,より強力な変性剤である6 M GdmCl中の蛋白質の残存構造を,自然科学研究機構・生命創成探究センターの加藤グループとの共同研究により,調べている.そのために新たに開発した,スピン脱塩カラム利用ジメチルスルホキシド停止H/D交換2D-NMRスペクトル法を適用した結果,ユビキチンやProtein AのBドメインのいずれにおいても,天然構造において二次構造を持つ領域に残存構造の存在することが明らかとなった10).残存構造の熱力学的安定性は,天然条件下のN状態の安定性に比べると無視できるほど小さいが,巻戻り反応初期の構造形成にとって,この残存構造が重要な役割を担っていると期待される.
蛋白質の正確な立体構造予測が,人工知能(AI)に基づくアルゴリズムAlphaFoldによって可能となった現在,ある意味,蛋白質フォールディング研究の目的の1つは達成されたのかもしれない.しかし,AlphaFoldを用いて構造予測はできても,フォールディング過程やその分子機構に関する知識を得ることはできない.フォールディング問題の解決には,伝統的な生物物理学的手法に基づく,実験研究や計算機の分子シミュレーション研究等が依然必要とされているのだと思う.
桑島邦博(くわじま くにひろ)
東京大学名誉教授,分子科学研究所名誉教授,総合研究大学院大学名誉教授