生物物理
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海外だより
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~パンデミック下での海外ラボ立ち上げ記~
市川 宗厳
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2025 年 65 巻 3 号 p. 172-173

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はじめに

私は2015年に東京大学総合文化研究科の豊島陽子教授の下でモータータンパク質のダイニンについての研究内容で博士号を取得しました.その後,カナダのMcGill大学Bui研究室で博士研究員として繊毛のダブレット微小管の構造解析を行った他,奈良先端科学技術大学院大学・塚崎研究室で助教として膜タンパク質の構造研究に携わりました.2022年8月より中国・上海市の復旦大学でテニュアトラックプロフェッサー(PI)として自分のラボをスタートし,繊毛やモータータンパク質の研究を行っています.

コロナの状況下での異動・ラボ立ち上げ

中国で独立される日本の方は他にもいらっしゃいますが,私がラボを立ち上げた時期はちょうどゼロコロナが終わりつつある時期で,かなり特殊な状況でした.私が面接した時は面接のために中国に入国することはできず,オンラインで面接に参加しました.その結果,ポジションを運良く獲得でき,私はその後の試練も知らずに浮かれてしまっていました.今はもう解除されていますが,当時は中国に入国すること自体が大変で,渡航前に三回のPCR検査を受けて陰性証明をもらい,かつ隔離ホテルで3週間の隔離を受けなければいけないという状況でした.上海が目的地なので,当然上海行きの飛行機を予約していたのですが,この頃の上海ロックダウンの影響などもあって上海に直接飛行機が飛ばなくなり,目的地が太原という上海から約1400 km離れた内陸にある都市へと変更されました.この辺から不穏な気配はしていたのですが,この機会を逃して飛行機が完全に飛ばなくなっても困るので,行けるところまで行ってしまおうと考えました.航空会社の人は「隔離期間が過ぎたら上海まで送り届けてあげるから大丈夫!」と言っていたのですが,こういう口約束はあまり信じてはいけないものでした.太原の空港に到着したのち,同じ飛行機の人は全員同じ隔離ホテルに運ばれたのですが,隔離ホテルの入り口の通路は全面ビニールで覆われていて,消毒用のUVランプで煌々と照らされていました.食事は廊下のドアノブにスタッフがかけてくれたものを指示があったら部屋の中に回収するという形で,たまに防護服を着たスタッフがPCR検査用に綿棒を鼻に突っ込みにくる以外は人との接触は一切ありませんでした.私が隔離された隔離ホテルの隔離飯は美味しくて量もあり,部屋からは一歩も出られませんが,割と快適に過ごしていました.問題は,隔離中に太原から上海への飛行機を予約しても,どれもキャンセルされてしまい,全く予約ができないということでした.隔離ホテル側は,最初は「もし移動できなければここにしばらくいてもいいよ」という感じだったので皆まぁ何とかなるかという雰囲気だったのですが2週間を過ぎたところで突然「このホテルに残ることはできない!全員3週間経ったら目的地に移動せよ!」と言われました.同じ隔離ホテルにいた人は皆「そ,そんなぁ」という感じだったでしょう.そんなわけで飛行機の予約も取れないのに,「頑張って自力で目的地まで行ってくれ!PCR検査の期限が切れるから24時間以内に目的地に辿り着けなかったらゲームオーバーな!以上!」という感じで,太原の駅まで大型バスで移動させられて荷物と一緒に放り出されてしまいました.こちらはたまにこういうことがあります.日本だとアカデミックでのサバイバルですが,ガチ公募ならぬガチサバイバルです.仕方がないので同じ方向に向かう仲間を見つけて,陸路で何とか上海まで辿り着きました.ちなみに同じ隔離ホテルには15-20人くらい日本人が居ましたが,上海に到着したのは私を含めて3人でした.何とか無事に上海には到着できましたが,ゼロコロナの状況でのラボ立ち上げも大変でした.ロックダウンは終わっても,コロナの感染者が出ると突発的に小規模な封鎖は起きるため,大学の建物が封鎖される,自分の住居が封鎖されて大学に行けない,などが頻繁に起きていました.私はまぁ仕方がないなと思って二日に一回は列に並んでPCR検査を受けながら過ごしていたのですが,2022年の終わり頃に今度は感染爆発が起きました.私のラボスペースは大部屋の一部なのですが,大部屋のメンバーもほぼ全員感染してしまいました.この時期に大学の事務に行った際,事務の方から「私,感染しているから早く部屋から出て!」と陽性のラインがくっきりと出た抗原検査キットを見せられた時はもうダメかと思いましたが,何とか感染せずに来られています.この時期は物流も大きな影響を受け,物品の納品が遅れたりすることにも焦りました.他にも,ラボ用のフリーザーを購入したら届いたフリーザーが大学の門のところにデンと置かれて,自力でラボに運ばなければならないなど,日本では聞いたことがないような苦労もありました.また,これは日本であっても同じことと思いますが,最初はラボに人がほとんどおらず,一人でのラボ立ち上げは大変孤独でした.今ではありがたいことに学生さんも増えてきて,少しずつラボという感じがしてきています.

中国でこれから独立を考えている方へ

最近日本の研究者の方から中国での独立について聞かれる機会がありますので,この機会に書いておこうと思います.「中国は研究に力を入れており,ポジションもあって,最新の機器も揃っていて,予算も潤沢にもらえる」という研究者にとっての楽園のようなイメージがやや一人歩きしてしまっているように感じます.確かに,日本よりもポジションが比較的取れやすいのは事実だと思います.日本では空いているポジションが少ないために独立できないというケースが多いように感じますが,こちらではある程度業績があれば,PIポジションを獲得すること自体はチャンスがあると思います.また,共通機器が豊富なのも事実と思います.私の所属する復旦大学生命科学学院にも300 kVのクライオ電顕が最近導入されました.では予算はどうかというと,そこまで簡単ではないなというのが私の感触です.こちらに来てから私は20件ほど予算を申請したのですが,どれも落ちてしまいました.2024年度の国家自然科学基金の面上項目(日本で言うところの基盤BとCの間くらいの規模の予算)の採択率は約12%だったということで,予算獲得については完全に想定が甘かったなというところです.この予算が通っていなかったらもうダメか,というところで最後に残っていた上海市の予算に採択されました.改めて考えると,外国人の私を信じて予算をつけてくれたというのは大変ありがたいことです.

次に,大学での業務についてですが,今のところ実習などの負担は,私が外国人であるということもあって免除されていますが,業務の連絡が全て中国語で行われるため他の人と比べて理解するのに時間がかかってしまい,余裕があるかというとそうでもないです.色々な手続きも基本的には全て中国語なので,最初は特に誰か助けてくれる人がいないと厳しいというのが正直なところです.私は幸い,日本への留学経験もある方のサポートを受けることができたので何とかなっています.私の学院ではPIであっても自動的に学生の指導資格はついてこず,PIのポジションとは別に学生の指導資格の審査がありました.私はこの審査に受かったので学生やポスドクも受け入れることができることになりました.また各ラボで取れる学生の人数も厳密に決まっているので,興味を持ってくれる学生さんがいても,取ることができないということもあります.デメリットの方が多くなってきましたが,日本から近いので行き来がしやすく日本の研究者との繋がりを維持しやすいことはメリットでしょう.私は幸い大学からのスタートアップ予算ももらえていますが,スタートアップ予算の状況は大学や研究所によって大きく異なるので,こちらでポジションを検討される際はその大学・研究所の内情に詳しい方に事前によく確認した方が良いでしょう.また,テニュアトラックの場合は,テニュアの獲得要件が実現可能かもよく検討する必要があります.色々書きましたが,結局どこであっても良い点と悪い点があるので,最終的には自分にどの環境が合っているかということになるのではないかと思います.また,こちらでポジションを取る場合,タイミングなどによっては私の異動時のような状況になることもあり得なくはありません.そうなった場合は,日本では得難い経験だと思って楽しむことができるとこちらでもうまくやっていける,のかもしれません.

復旦大学のある上海の街並み

 
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