生物物理
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総説
単細胞生物が獲得した細胞外構造構築システム
野村 真未西上 幸範
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2025 年 65 巻 4 号 p. 197-200

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Abstract

我々ヒトが家を建てるように,単細胞生物も体外に構造を構築する.有殻アメーバは細胞分裂に先立ち,母細胞が娘細胞のための被殻を細胞外の鋳型のない空間に構築するが,目や手,脳のない単細胞生物がどのようにして細胞外に被殻を構築するのか?本総説では有殻アメーバの被殻構築および被殻構造について紹介する.

Translated Abstract

Just as humans build houses, some unicellular organisms also construct structures outside their bodies. In testate amoebae, the mother cell constructs a shell for the daughter cell in the extracellular, template-free space before cell division. During the process of shell construction, testate amoebae show surprisingly complex behavior. How do unicellular organisms without eyes, hands, or brains construct a shell outside the cell? In this review, we introduce recent findings on the process of shell construction and the shell structure of the testate amoeba Paulinell micropora.

1.  単細胞生物がつくる体外構造

多くの生物は体外に構造物をつくる.体外構造物には植物細胞壁のように細胞自体を覆うものから,我々ヒトの家のように木材などを組み合わせて建築するものまである.後者のように生物が体外に構造物を構築する行動は,目や手,発達した神経系をもつ多細胞動物だけでなく,実は単細胞真核生物(単細胞生物)にも観察される.単細胞生物が構築する構造物の多くは細胞壁などの細胞外被構造であり,変化に富んだ外環境や外敵から細胞を守るなどの役割をもつ.一般に,細胞外被構造は細胞体を鋳型とし,その周囲を覆うように形成される.例えば,珪藻土マットなどで知られる珪藻は非常に精巧な模様のガラス質の細胞外被構造をもつ単細胞藻類であり,その構造は細胞分裂後にそれぞれの娘細胞が自身の周りに壁をつくるように形成される(図1A).一方,本総説で着目する有殻アメーバは細胞体を鋳型にせず,細胞体から離れた位置に母細胞と同型の細胞外被構造を構築する形態形成機構をもっている(図1B).つまり,有殻アメーバは多細胞動物のように体外に構造物を構築するのである.

図1

一般的な細胞外被構造形成過程と有殻アメーバの被殻構築過程の違い.有殻アメーバは細胞分裂に先立って,鋳型のない空間に娘細胞のための被殻を構築する.

2.  有殻アメーバの構築行動

殻をもつアメーバを有殻アメーバと呼び,生物の系統的に大きく2つに分かれる.1つは粘菌などが含まれる本家アメーバのアメーボゾアともう1つは有孔虫(その死骸は星の砂と呼ばれる)などが含まれるリザリアである(図2).以前はアメーボゾアの有殻アメーバもリザリアの有殻アメーバも同じ根足虫類として扱われていたが,分子系統解析による系統分類学が発展したことでそれぞれ異なるグループであることが明らかとなった.大まかな形態的特徴としてはアメーボゾアの有殻アメーバは葉状仮足を,リザリアの有殻アメーバは細い糸状仮足を被殻の開口部から突出させるという差異が見られる(図21).どちらの有殻アメーバも分裂の前に母細胞が娘細胞のために鋳型のない空間に被殻を構築することが知られており,系統的に全く異なる2つの有殻アメーバがそれぞれ独立に被殻構築という細胞機能を発達させたと考えることができる.本稿ではリザリアに属する有殻アメーバのPaulinella micropora(以下ポーリネラ)の被殻構造やその構築過程を主軸に紹介する.数ある有殻アメーバのうち,筆者らはポーリネラを被殻構築行動の観察に実験材料として利用してきた.その理由としてポーリネラの系統が有色体と呼ばれる光合成オルガネラを有し,独立栄養的に生育が可能であることがあげられる.有色体は葉緑体とは別起源のシアノバクテリアの共生により誕生したオルガネラであり,オルガネラ化進化のモデル生物として脚光を浴びた2)-4).そのため,ゲノムやトランスクリプトーム解析が盛んに行われ,他の有殻アメーバと比較して分子データが格段に多い5)-8)

図2

有殻アメーバの系統関係.細胞外のパーツを操作し,細胞外に構造を形成することにより形態形成を行う生物を含むグループを★で示す.文献1をもとに作図.

3.  有殻アメーバの被殻は卵型三次元パズル

ポーリネラの被殻は約50枚の大きさの異なるパーツ(鱗片)が規則正しく並べられた構造をしており,個々の鱗片は基本的に丸みを帯びた直方体である(図39).小さい鱗片は開口部と細胞後方に,大きい鱗片は中間層に配置されるため,卵型の形態をとる(図3).つまり,卵型の被殻を構築するには大きさの異なる鱗片を正しい位置に正しい方向で配置する必要があり,立体的なパズルのようにあらかじめ鱗片が配置されるべき場所が決まっていると考えられる.では,どのようにしてこの複雑な殻は構築されるのだろうか?

図3

ポーリネラの被殻とその構造.A:珪酸質の被殻(光学顕微鏡写真),B:鱗片の配置とその形態(走査型電子顕微鏡写真).

4.  細胞外の鱗片を操作して被殻を構築する

ポーリネラの被殻構築は被殻のパーツである鱗片を細胞内で形成するところから始まる(図4).細胞内で一枚ずつ形成された鱗片は6時間以上かけてすべて細胞外へ分泌され,被殻構築が始まるまで細胞外で保持される.その後,母細胞側から太い仮足が伸び,その先端部分により細胞外で鱗片がダイナミックに操作され,開口部側から時計回りに,らせん状に一枚一枚鱗片が正しい位置に正しい方向で配置されてゆく10).この時,太い仮足の先端部の小胞から接着物質が分泌され,配置された鱗片同士が接着されてゆく11).また,太い仮足内部には母細胞側から伸びた表層微小管がねじれた状態で配向していることが分かっており,らせん状に鱗片が配置されていく現象に関与していると考えられる12).この被殻構築は20-30分と非常に短い時間で行われ,被殻構築が完了すると娘細胞のうちの1つが新規殻へ移動する.このように,ポーリネラに見られる被殻構築行動は単細胞生物にしては非常に複雑な行動であり,驚異的である.ぜひ一度タイムラプスビデオをご覧いただきたい(https://youtu.be/m_UyiiJBaVE?si=y81AsFP_O27sIjaV).

図4

ポーリネラの被殻構築過程.(1)細胞内で形成された鱗片は細胞外にすべて分泌され,細胞外で保持される.(2)母細胞側から伸長した太い仮足先端部において細胞外の鱗片が操作され,鱗片が配置される.(3)被殻構築が完了すると母細胞側で核分裂が進行し,娘細胞のうちの1つが新規殻へ移動する.

それでは,一体どのようにしてポーリネラは細胞外の各鱗片を認識し,正しい位置に正しい方向で鱗片を配置できるのか?まず考えられるのが,太い仮足先端部の細胞膜上に受容体が存在し,各鱗片の大きさや方向を把握することができるという仮説である(図5①).この仮説の場合,被殻構築は20-30分と非常に迅速であること,かつ50枚以上の鱗片を一枚一枚認識する必要があることを考慮すると受容体による応答は非常に早い反応であると考えられる.次に考えられるのは,宇宙構造物でソーラーパネルなどによく利用される展開構造と類似した仕組みがポーリネラの被殻構築にも利用されているという仮説である(図5②).被殻構築中の太い仮足内部には束になってねじれた微小管が複数本配向しており12),これらの微小管に各鱗片が紐づけられ,折りたたまれた状態から一気に展開すると考えると,時間もかからず完了することができそうである.今後はトランスクリプトーム解析や微小管のライブイメージングにより,メカニカル/分子シグナルによる細胞外鱗片認識機構説と微小管による展開構造説がそれぞれ証明されることを期待する.

図5

ポーリネラ被殻構築の作業仮説.被殻構築中に観察される太い仮足先端部における①細胞外鱗片の認識や②微小管による鱗片配置の誘導が行われている可能性がある.

5.  鱗片の配置を時々間違える…でも大丈夫

近年我々はポーリネラの卵型被殻と被殻を構成する鱗片の3D形態を把握するため,集束イオンビーム-走査型電子顕微鏡(FIB-SEM)を用いて細胞丸ごと1つを解析し,被殻を構成する各鱗片の配置の三次元再構築を行った13).解析に用いた細胞は52枚の鱗片から被殻が構成されており,それぞれ個別にセグメンテーションを行った.セグメンテーションファイル(鱗片の領域を抽出し,その領域を記述したファイル)から各鱗片の体積を算出した結果,開口部周辺及び細胞後方の鱗片の体積は小さく,中間層の鱗片の体積は大きいという期待通りの結果が得られた(図6A).しかし,45番と51番の鱗片の体積は周囲の鱗片と比較して大きく,細胞後方に位置するこれら2つの鱗片が誤った位置に配置されていることが分かった(図6).これらの鱗片が正しい位置に配置されなかったことから,三次元立体再構築像において細胞後方の鱗片間に隙間ができていた(図6B).FIB-SEMのデータを再度確認すると,この隙間部分には接着物質が満たされており,被殻自体に穴が空いてしまっているということはなかった.ポーリネラの被殻構築過程を観察していると,被殻が完成する前に1~2枚の鱗片を使用せずに捨てるという行動が見られるが,このように鱗片を捨てた場合でも被殻構築が完了し,細胞分裂まで完了することが最近分かってきている(筆者ら未発表データ).これらのことから,細胞後方に位置する鱗片は比較的柔軟に位置を変更できる可能性があり,それによって生じた穴を接着物質で補填していると考えられた.これは被殻構築前もしくはその最中に生産される接着物質の量に依存し,補填できる穴の大きさが決まると予想できる.どれだけの鱗片配置の変更に対して細胞が対応できるのかは未だ不明であるが,被殻構築中に設計図の変更が可能で,臨機応変な行動を行っていると考えられる.今後,接着物質の同定と被殻構築過程におけるその動態を調べたり,人為的に被殻構築を阻害した場合にポーリネラがとる行動を観察したりすることで被殻構築メカニズム,ひいては細胞のもつ新たな機能を解明することが期待される.

図6

ポーリネラ被殻の三次元立体再構築像.この被殻は細胞後方部分の鱗片配置に誤りがあり,鱗片間に大きな隙間ができてしまっていたが,接着物質によって埋められていた.A差し込み:鱗片の体積分布.赤が濃いほど体積が大きい.45番と51番の鱗片は周辺の鱗片と比較して体積が大きい.B:細胞後方の白円で囲んだ領域の鱗片間に隙間ができていた.文献13をもとに作図.

6.  頑健な被殻のアーキテクチャー

次に,被殻の構造を明らかにするため,鱗片の重心位置をXY平面上にプロットした結果,5枚の花びら状に鱗片が配置されていることが明らかとなった(図7A13).注目すべき点は,被殻の長軸方向に並ぶ約10枚の鱗片の重心は一列に重なるのではなく(図7B),開口部側から左巻きに1周の楕円を描いていた点である(図7A).被殻の長軸方向に並ぶ約10枚の鱗片を1枚のシートとして考えると,ラグビーボールのように(ラグビーボールは4面だが)アーモンド型ではなく,湾曲したシート構造を形成していた(図7).つまり,この被殻の長軸方向に並ぶ約10枚の鱗片はそれらの重心を少しずつずらして配置されているのだ.建物の建築現場においてレンガを積む際,縦方向に並ぶレンガとレンガの接触面が一直線に並ぶ芋目地ができる箇所は一般的に地震などの外力に対して弱いとされており(図7B),芋目地ができないように工夫されている.これと同様にポーリネラの被殻も芋目地ができないように力学的に安定な配置に鱗片が配向されており,ポーリネラ被殻のアーキテクチャーは進化の過程で最適化された低コスト高強度を実現するデザインであると考えられる(図7A).

図7

ポーリネラ被殻のアーキテクチャー.赤破線は鱗片重心の位置,青矢印は鱗片の置かれる順番を示している.A:鱗片列にねじれがある場合.ポーリネラの被殻において鱗片の重心が左巻きに配置されることで芋目地ができるのを回避していた.B:鱗片列にねじれがない場合.鱗片の重心が直線上に並んだ場合,隣り合う鱗片との間に芋目地が形成されてしまう.文献13をもとに作図.

7.  まとめと展望

有殻アメーバのポーリネラは太い仮足を使って細胞外の鱗片を巧みに操作し,鋳型のない空間に頑健な被殻を構築する.そして,その出来上がった被殻は必ずしも正確な位置に鱗片を配置したものではなく,生物らしく間違えたりもするが,それでもどうにかして被殻を構築し,娘細胞に受け継ぐ.この一連の行動は単細胞生物らしからぬ,非常に複雑で高度な行動のように見え,知性すら感じさせる.このような構築行動は遠縁二系統の有殻アメーバだけではなく,近年,多細胞動物の細胞においても報告された(図2).魚類や海綿動物類の形態形成過程において体内の細胞がコラーゲン線維や骨片などの細胞外構造を運搬し,適切な位置に配置する行動を見せることが明らかとなってきたのだ14),15).冒頭で説明したように,有殻アメーバによる構築行動は真核生物の遠く離れた系統で見られることから,それぞれ独立に構築行動を獲得したと考えることもできる.しかし,このように幅広い分類群において細胞による構築行動が報告されていることから,構築行動は真核生物が普遍的にもつ細胞機能によって実現されている可能性がでてきた.今後,アメーボゾアの有殻アメーバによる構築行動の観察を進め,ポーリネラとの比較により,細胞による細胞外構造構築システムの共通原理を明らかにすることが期待される.さらに,分子情報も豊富で培養株が存在するポーリネラを用いて有殻アメーバによる被殻構築の分子メカニズムに迫る研究が期待される.

謝辞

久留米大学医学部先端イメージング研究センターの太田啓介教授にはFIB-SEM観察や三次元立体再構築にご協力いただいた.この場を借りて感謝申し上げたい.

文献
Biographies

野村真未(のむら まみ)

山形大学理学部助教

西上幸範(にしがみ ゆきのり)

北海道大学電子科学研究所准教授

 
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