生物物理
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談話室
キャリアデザイン談話室(30) 二足のワラジで布石を配し標石を歩む
渡邉 朋信
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2025 年 65 巻 4 号 p. 219-221

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1.  はじめに

私が大学院生を過ごした25年前とこれからの25年は全く違う.新しい技術が2年で陳腐化する現代に,氷河期おじさんの過去経験など無用である.しかし,時代によらず言葉は稀に迷う者の心に刺さる.私の言が誰かの風見鶏になれば,と,筆を執った.

2.  選択しないという選択

何事も,別方を羨まず,自方を楽しむ.人生の二択は,どちらを選んでも正解だ.と,よくあるウェブ記事よろしく一般ウケを狙って,私は言ってきた.しかし,実際の私は「二足のワラジ」を履き続ける.

何かを選び成功したと自尊できる人は,他人にも二者択一を勧めがちだ.「キャリア」を人生の指針とするなら,彼らは正しいのだろう.私は彼らに,「節操がない」「何かに集中しなさい」「やり遂げなさい」と言われ続けている.事実,私は,すべてが中途半端で一流と評されるに達していない.成功したと自尊できないので,彼らの逆を皆に勧めよう.

周りを見渡せば,個々人としての意見と組織人としての意見とが混同している人がかなり居る.彼らは,自分の良/悪が,組織や社会にとって悪/良になり得ることに気づいていない.主観と客観が区別できていない.俯瞰できていないのだ.自分を俯瞰できるようになるまで,「自分が俯瞰できていなかったこと」を認識できない.だからこそ,彼らは疑うことなく「自分は正しい」と信じきれてしまう.

物事や現象(自分を含む)を俯瞰するためには,広い視野と多角的な思慮が必要である.選択しない方が,視野が広がり思慮は多角化する.私は,俯瞰能を手に入れた時,蔓延る様々な理不尽に納得し腑に落ちる感覚を得た.個人が感じる理不尽は,社会・組織からすると合理的だったりもするのだ.研究面においても,通説に囚われない思考が可能になる.生物,物理,数学にこだわらず,多階層に跨る生命現象を全体まるっとイメージできる.ただし,利己的言動をしにくくなるので,小さな損を被ることも多い.でも,小さな損は長期大局的には得になる.私の場合は,結果としてキャリアにも効いた.

「選択しない」という選択も,アリだろう.

3.  ヒトソレゾレ

私たちは,恋愛,結婚,出産・育児,住宅購入,親の介護など様々なライフイベントを迎える.それぞれが後の含む人生に継続的に影響を与える.そして,時間が巻き戻ることは無い.人生は一方通行だ.

私たちの未来は,時々の選択と経験の組み合わせ(あるいは,畳み込み)だ.だから,ライフイベントは間違いなく将来のキャリアを左右する.しかも,意思に依らない偶発的側面もあり,キャリアデザインを難しくする.キャリアを第一優先に,不確定因子であるライフイベントを避けるのも手だ.ライフイベント重視で,キャリアを二の次にしても人生は充実だ.だが,そんな簡単に割り切れるものでもない.

一度は,助言らしき文章を書いてみたが,すべて削除した.個々違うライフイベントへの想いに対して,責任ある文面が出てこなかったのだ.元も子もないが,キャリアデザインなんて結局はヒトソレゾレ.ひとつだけ絞り出すと,「面白くなき世を面白く,住み成す者は心なりけり」である.これは私の言ではない.

私は,39歳まで独身のままキャリア街道を突っ走った.意図的ではなかった.佇む雨で,脳裏に徳永英明の「レイニーブルー」がセピアに流れる.長き失恋の傷心を仕事で癒していただけだ.キャリアは1日にしてならず,されど,終わり良ければすべて良し.

4.  日常研究人

「ライフワークバランス」が重視されて久しく,今や,研究室に住み着いて実験に没頭する大学院生や研究者の姿は珍獣になりつつある.一方,「もっと実験したい」と訴える大学院生や研究者も少なからず居る.自身の知的好奇心から研究者を目指した者にとって,ライフとワークは広く重複する.ライフワークバランスが50-50と言う人の中にも,ライフリサーチバランスだと10-90の人と50-50の人が居るのだ.

研究活動のほとんどは「思考」である.思考は研究室でも家でもどこでもできてしまう.だから,教授先生たちには多趣味な人が多いのだろう.院生期の私は,恩師としばしばスキー旅行に出掛けたが,リフト上でも旅館でも露天風呂でも議論させられた.体が遊んでいても頭は研究しているのだろう.彼らにとって研究は,仕事ではなく,もはや生活習慣なのだ.

論文検索を業務として行う人と日常習慣で行う人とでは,日に日に研究能力に差がつく.ましてや,アカデミック界隈には,ライフイベントそっちのけで研究に没頭する人も稀ではない.キャリア獲得が比較競争である限り,アカデミック業界では,彼ら日常研究人が比較/競争相手になる.アカデミックでのキャリアアップを目指すなら,自ら日常研究人となるか,日常研究人と争う術が必要だろう.

5.  備えあれば憂いなし

どれだけ自調自考しても,選んだ進路が予想通りであることの方が稀有である.だから,過去に類似経験を持つ方々に相談するのだろう.それでもなお,不確定因子のすべてを想定することなどできない.どうしても,一定の確率で致命的イベントは起こり得る.

リスクマネジメントの本質は,リスク発生を予防することではなく,リスクを抱えながら運営することだ.キャリアデザインにおいての主リスクは,急な失職である.無期雇用であっても100%保障はあり得ない.いつ失職しても良いように準備をしておくと安心だ.私の場合は「二足のワラジ」がそれだ.

私は副業を勧めているわけではない.災害対策と同じく,日ごろから準備とシミュレーション,できる対策を事前にしておく,というだけだ.まず,致命的リスクを受け入れる.つまり,失職する覚悟を決める.覚悟すれば対策を講じられる.諦めて他を探す勇気も出てくる.迷い停滞するに陥らない.そのうえで,失職した際のセーフティーネットを用意する.人脈を広げても良いだろうし,失業保険受給や再就職手当受給等を調べておいても良い.利他に徹し,失職時に救ってもらえる人徳を身に着けても良いかも知れない.

もっとも,正常性(認知)バイアスが働くので,正常時に自分の失職を想像するのは難しい.そこは有識者の諸君だ.認知バイアスに逆らい,希望的観測を捨てて,ある種の人的災害に備えて欲しい.

6.  公的研究者の市場価値

キャリアパスを考えるうえで,給与(待遇)の妥当性を知ることは重要である.日本では,肩書や称号で給与がある程度決まってしまう風潮がある.本来,給与は労働に対する対価なので,肩書や称号たとえば「博士号」それだけでは一円も頂けない.

日本企業の労働分配率(生産活動によって得た付加価値に対する人件費の割合)は,およそ50~80%である.これは,年収500万の人が625~1,000万の価値を生み出していることを示す.ざっくりと,自分の労働が,頂いている給与の2倍程度の価値を生み出せていれば,その給与額はおよそ妥当である.

さて,昨今,日本のポスドク(博士研究員)は海外に比べて給与が低いと言われる.私もまた公的研究者なので,ChatGPT4.5に少し調べてもらった.

米国のポスドクの平均年収はおよそ5万5千ドル(約820万円)で,日本のポスドクの年収は400~600万円である.絶対値は,日本のポスドクよりも1.5~2倍ほど高い.ただし,年間運営費(付加価値)が全く違う.2024年度のハーバード大学は約64億ドル(約8,960億円),スタンフォード大学は約97億ドル(約1兆3,580億円)である.比較的小規模なプリンストン大学でも約31億ドル(約4,410億円)だそうだ.一方で日本では,最高学府である東京大学や京都大学でも,約2,000~3,000億円規模に留まる.運営費当たりの給与額で考えると,日本のポスドクはアメリカのポスドクより良待遇だと言える.

ある試算によれば,ネイチャー姉妹誌に掲載の論文の金銭価値は1本100万程度,本誌でも150万程度である.つまり,論文業績だけでは人件費を賄えない.研究の市場価値は,個々の業績そのものではないのだ.私見だが,日本のポスドクの労働生産性が低いわけではなく,米国に比べて,日本の大学が教育研究以外の付加価値を生み出せていないのだと思う.

アカデミック業界には,ひとつの産業を創造しえる知識や技術の創出が期待されている.研究者が産む付加価値のひとつは,この潜在的価値である.ただ,誰がいつどのように産み出すか分からない.不確実な「期待」に対して高給を提示することは難しい.財布の中身は変わらないわけで,期待に対価を支払えば,その分だけ基礎給与額を下げる必要があるからだ.その是正のためにと,短期的成果に賞与を渡せば,自身の給与上昇を優先する人が増え,長期的成果を目指す人が減るだろう.本末転倒だ.現実的には,潜在的価値は業界全体で均され,多くの公的研究者は自身の適正値より高い給与を頂けることになる.トップ研究者たちには申し訳ないが,凡人の私にはありがたい.

上記は,いち側面からの考察に過ぎず,必ずしも正しいとは言えない.それでも,待遇の妥当性を考えるのは重要だと思う.自分を納得させるロジックを持つことで,強く生きられるから.

7.  ベンチャー起業

私は,2007年にベンチャー企業を発起した.主力商品は,ニーズに合わせた計測システムを構築できるブロック型顕微鏡と解析まで含めた包括設計であり,ニーズが多様化する今こそ必要とされているサービスであった.残念ながら当時の私たちには,投資家や大手企業を説得できるプレゼン能力も魅力も無かった.ゆえ,大きく育つことなく2015年に閉業した.

失敗だったのか? 無駄だったのか? 全くだ.20代で大人の力を借りずに起業・経営を経験したことは,立ち上げメンバー全員の後のキャリア形成に影響を与えた.起業したてのベンチャー企業では,既存企業の構成員とは異なり,一人一人が様々な職業を並列でこなす必要がある.会社経営の仕組みは組織規模に関わらず同じなので,必然的に,組織を包括的に見る能力が身に付く.この能力は根底的であり,分野領域を問わない.閉業後,立ち上げメンバー全員が,その能力を以って,それぞれの領域で大活躍している.

当然ながらベンチャー起業にはリスクが生じるが,資本金が少ないベンチャーであれば,生じるリスクは短期的に限定される.私のように失敗しても,若ければやり直せる.いろんな意味でリターンは大きい.

2024年度時点でも,20代で起業する割合はわずか6%程度なので,起業するだけで【独創性+1】である.今後のキャリアを考えるうえで,ベンチャー起業を候補に入れてみるのも面白いと思う.

8.  おわりに

学生の頃,漫画家,イラストレーター,ウェブデザイナー,他にもいろいろ挑戦した.すべてに才能が無く,就活にも失敗した.私は生活費を稼ぐバイト学生だったので,大学院に進学すれば,授業料免除で奨学金も頂ける.それで研究者になった.その後も,起業やソバ打ちやお好み焼きの修行もしたが,やっぱり才能がなくて,研究者を続けた.私のアカデミアでキャリアを重ねるモチベーションは後ろ向きだ.

一方で,キャリアデザインには相当に戦略を練ってきた.人生は壮大なゲームだ.私の複数分野に跨る専門科の変遷も,あるひとつの目標に向かった結果である.ある時はキャリアを伏線に,ある時はキャリアを目標とした.失敗したキャリアや諦めたキャリアは表に出ない.指してしまった悪手を良手にするためにキャリアを逆手に使ったこともある.私のキャリアパスは,ゲーム進行のために置いた布石と標石が,振り返ると軌跡として繋がって見えているに過ぎない.

私が設定した人生のゴールは「異世界転生して無双する」くらい実現不可能だ.たどり着かないゴールを本気(マジ)で目指す.クリアできないゲームこそ至高.こんな話はまたいつか.

キャリアデザインは,十人十色,当人が正解と言えば正解だ.だから,とにかく笑えるように.最後に笑えるように.誰の笑顔も奪わないように.若い読者が,そんなモラトリアムを過ごせるよう,心より願う.

Biographies

渡邉朋信(わたなべ とものぶ)

理化学研究所・生命機能科学研究センター・チームディレクター/広島大学原爆放射線医科学研究所・教授

 
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