生物物理
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出芽型分裂で増殖する脂質膜ベシクルの開発
栗栖 実
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2025 年 65 巻 5 号 p. 248-251

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Abstract

全ての細胞は膜をコンパートメントとして利用し分裂増殖していくが,ではその膜コンパートメントの分裂系は物理的・分子的にどこまで単純化できるのだろうか?我々は膜内外の濃度勾配と浸透圧を利用することで,化学反応や機能性分子の力を借りずに自発的に分裂増殖できる新たな膜コンパートメント系を見出した.

1.  はじめに

我々の知る生命は細胞を基本構造とし,天然の細胞は全て膜をコンパートメントとして利用している.生命を非生命と区別する本質的な特徴の1つが自己生産であり,細胞は内部の複雑なタンパク質機構を時空間的に制御してコンパートメントを変形させ,最終的に自らを分裂させることで増殖してゆく.

こうした膜コンパートメントの分裂増殖を物理的・分子的にいかにシンプルに実現できるかを考えることで,自己生産という生命の特徴に関して,前生命的な単純な分子集合系と複雑な生命との接続を考えることができる.実際の細胞膜はリン脂質を中心とした数百種類の膜分子からなる脂質二重膜に,多様なタンパク質等が埋め込まれた複雑な構造を持つ.そこでこれまで,わずか数種類の膜分子のみで構成された脂質二重膜からなるモデル膜小胞(=ベシクル)へと細胞膜を単純化し,系の全貌を把握し易くした上で膜コンパートメントの変形・分裂挙動が研究されてきた1)-5)

本記事では近年我々が見出したベシクルの分裂増殖現象を紹介する6).このベシクル系では化学反応やタンパク質の力を借りることなく,また初期状態以降は外部操作を必要とすることなく,親ベシクルがまるで産卵するように30-300個程の子ベシクルを出芽型分裂により自発的に生成し続ける.鍵となるのは浸透圧生成,臨界凝集濃度,膜の安定曲率である.

2.  半透膜と浸透圧

図1aのように大・小溶質分子の理想希薄溶液が仕切りで隔てられている時,もし仕切りが取り払われると,容器の片側に偏っていた溶質分子は系のエントロピーを増大させようと容器全体に広がっていく.これにより2種の溶質分子は自発的に混ざり合う.

図1

水溶液中での大・小分子の拡散.(a)仕切りの解放と自由な拡散.(b)半透膜を介した非対称な拡散と浸透圧生成.

次に図1bのように2種の水溶液の仕切りが半透膜に交換された場合,膜の右側に偏っていた小分子は左側へと拡散できるが,大分子は膜の左側に滞留する.これにより,たとえ初期状態では容器の左右の水溶液が同濃度であっても,やがて膜左側の水溶液が濃くなるため,結果,半透膜を右側へ押す浸透圧が発生する.

この非対称な分子拡散による浸透圧生成を球形半透膜であるベシクルで行う(図2a).Sodium bis(2-ethylhexyl) sulfosuccinate(AOT)とCholesterol(Chol)の2種分子で構成された脂質二重膜は,二糖(スクロース)分子よりも単糖(フルクトース)分子を遥かに透過させ易く,この2種分子に対し実質的に半透膜として振る舞う7).これによりベシクルにも同様に,球形膜を外側に押す浸透圧が生じる.

図2

ベシクルの実験系.(a)AOT + Chol(モル比9/1)ベシクルを5-500 mMの二糖(橙)を含む水溶液から同濃度の単糖(緑)を含む水溶液に移して数分待機すると分裂が駆動される.両方の水溶液は他に20 mM NaH2PO4と3 mM程度のAOTを含む.(b)バルクからベシクルの脂質二重膜への膜張力緩和のためのAOTの取り込み.文献6より改変して掲載.

図1bの浸透圧系と異なるのは,半透膜を構成する脂質二重膜が水溶液中の非凝集状態の膜分子と平衡状態にある点である2).今回実験に使用した20 mMリン酸二水素ナトリウム水溶液(pH = 4.3)中でのAOT分子の臨界凝集濃度は約1.5 mMである8).すなわち水溶液中に約1.5 mMのモノマー状態のAOT分子が分散し,この臨界濃度を超えた分のAOT分子が凝集して脂質二重膜を構成している.図1bのような浸透圧の実験系では,理想的には半透膜は硬く,膜端が容器壁に固定されていて,浸透圧で押しても変形・移動しない.しかしこのベシクル系では,浸透圧による膜張力のストレスを緩和するために,脂質膜がバルク中に分散するAOT分子を取り込み,球形膜の膜面積を増大させ,浸透圧に応じて膜を外側に押して(P)膨張させる(ΔV)ことができる.すなわちベシクルを変形(ここでは膨張)させる仕事(W)を取り出すことができる.

浸透圧を駆動力とするこのベシクル変形は単なる球形膨張に留まらず,膜組成を工夫することで,膜の曲げ変形によるベシクルの出芽型分裂へと誘導できる.図2bに示すように,適当濃度のイオン存在下でAOT分子は親水頭部と疎水尾部の幅が同程度の円筒形膜分子として振る舞う.一方Cholは膜中で頭部に対し尾部がかさ高い逆コーン形膜分子として振る舞う.膜が浸透圧による張力ストレスに晒された時,それを緩和するために外部のバルク水溶液中の豊富なリソースから追加のAOT分子が供給され,まず脂質二重膜の外膜に挿入される.ここでCholは外膜-内膜間を素早くflip-flopし移動できるものの,頭部の親水性が大きなAOTは相対的に膜間移動が遅い.そのためAOT分子の供給と外膜での滞留に伴い,外膜-内膜間のChol分布の非対称性に由来する曲率(=自発曲率)が脂質二重膜に生じる.以上のシナリオはまだ推測を含むものの,結果,次節で紹介するように,半透膜を介した分子拡散という駆動力から親ベシクルの“産卵(=Spawning)”が膜組成の調整によって誘導される.

3.  Osmotic Spawning Vesicle(イクラベシクル)

AOTのみからなる1成分ベシクルの場合は緩やかに球形膨張するだけであった(図3a).一方でCholを含んだ2成分ベシクルでは,10-100分程度に渡って30-300個程度の子ベシクルが次々と出芽型分裂により産まれる様子が確認された(図3b6).膜内外の溶質分子の初期濃度は,二糖分子を単純に直径1 nmの剛体球で近似した場合に希薄溶液とみなせる(つまり溶質分子どうしの混雑による排除体積効果の影響を無視できる9))5-500 mMまでを採用した.この全濃度域で同様の自発的な分裂が実現された.

図3

250 mMの二糖(スクロース)と単糖(フルクトース)の非対称分子拡散により駆動されるベシクル変形.(a)Cholを含まないAOTベシクルが球形膨張する様子の位相差顕微鏡画像.(b)AOT + Chol(9/1)ベシクルが約5,000秒間で228個の子ベシクルを産み出す様子の位相差顕微鏡画像.白矢印は撮影の瞬間に出芽した子ベシクルを指す.(c)膜中に1.5 mol%の蛍光分子Rhod-PEを挿入し,出芽開始から子ベシクルの分離までの1回の分裂の過程を撮影した蛍光顕微鏡画像.(d)膜ではなく内部水溶液を0.1 mMのデキストラン(分子量3,000;Texas Redでラベル)で蛍光染色して撮影した共焦点蛍光顕微鏡画像.スケールバーは(a)(b)(d)で10 μm,(c)で5 μm.文献6より転載.

親ベシクルの脂質二重膜と内水相をそれぞれ蛍光分子で染色して観察した結果(図3c, d),産まれてくる子ベシクルも確かに親の脂質二重膜と内水相を引き継いでいることが確認された.この結果は,バルク中に分散するAOT分子が親ベシクルの近傍で単に凝集してベシクルを形成したのではなく,確かに親ベシクルの出芽型の膜変形によって子が形成されていることを示す.また親ベシクルが高分子を格納する場合(今回は分子量3,000のデキストラン;図3d),子にもその高分子が引き渡されたという結果は,これが情報高分子や触媒分子などに置き換えられても同様に親から子への引き渡しが可能なことを示唆する.この特性は,単純な分子集合系から増殖能を持つ原始細胞系への接続という文脈から生命起源研究の分野で,また増殖する分子集合系や細胞外小胞の非天然設計という文脈から人工細胞研究の分野で,それぞれ新たな展開をもたらす可能性がある.

4.  親子ベシクルの安定曲率

図3bの出芽型分裂により生じる子ベシクルの大きさは無秩序にはならず,特定の分布を持つことが確かめられた(図4a).また図4bのように異なる10回の測定結果を重ね合わせると,親ベシクルの個々の初期半径や分裂の経過時間によらず,同サイズの親からは大体同サイズの子が産まれることが確かめられた.

図4

分裂中の親子ベシクルの半径と平均曲率.(a)図3bの親子ベシクルの半径の時間変化.子半径は親からの分離直後の値を測定して表示.分裂後,浸透圧によって子は表示値から徐々に成長する.(b)それぞれの分裂時点での親半径に対する子半径の,(a)を含む10測定分の重ね合わせ.異なる色は異なる測定を表す.矢印は時間経過の方向(親子半径の時間経過に伴う減少)を表す.(c)図3bの親と子の膜の平均曲率(MPMC)の時間変化.ベシクル形状を球で近似し,平均曲率を(a)で測定した半径の逆数として算出した.文献6より改変して掲載.

脂質二重膜は数nmの厚みを持つ弾性膜であり,膜の曲げ(平均曲率M)による膜面の各地点での弾性エネルギー密度は,曲げ弾性率κと自発曲率m(バネで言う所の自然長)を用いて次の形で与えられる4),10)

  
f = 2κ M-m 2 (1)

ベシクルはこれを膜全面で足し合わせた弾性エネルギーを最小とする形状を取るはずである.この形状変化は素早く,その間のベシクルの面積・体積変化は無視できる.そこで膜面積・体積一定の拘束条件の下で膜弾性エネルギーを最小化するベシクル形状を考えると,ある浸透圧ΔP,膜張力Σの下でベシクルが取るべき安定球面Msp(≡1/RspRspは安定半径)は以下の関係式(Euler-Lagrange方程式を球面について解いた結果)を満たす4),10)

  
P = 2 Σ + 2κ m2 Msp - 4κm Msp 2 (2)

出芽の発生と親子のサイズは,式(2)がMspについて2次であることで説明づけられる.膜の自発曲率mがゼロの時,安定球面Mspは解を1つだけ持つ(ラプラス圧の解).これは二糖水溶液中から単糖水溶液中への親ベシクルの移動前および直後(図2a)は,AOTの挿入による脂質膜への自発曲率(図2b)がまだ生成しないため,ベシクルがある1つの安定半径Rspに留まり分裂しないことに対応する.一方で自発曲率が非ゼロの場合,式(2)は膜の安定球面Mspが同時に2つ存在することを教える.これは親ベシクルを二糖水溶液から単糖水溶液へ移動してから数分後に,浸透圧と自発曲率の増大によりストレスを感じた球形膜が,ある1つの球面から安定な別の大小2つの球面(図4c)へと分岐した実験結果に対応する.

大小2つの安定球面の共存が分かり易く見えている例が図3c左下(7.9 sec)である.ここで両球面は細いネックで接続されたひと繋がりの脂質膜であり,ネックを介して膜分子や内水相が往来できるため,式(2)における平均曲率Msp以外の物理量(浸透圧・膜張力・自発曲率・弾性率)が共通している.そんな同一の膜条件下で,平均曲率が異なる2つの安定球面が同時に成立している.

5.  おわりに

本稿で紹介した分裂系は,膜内外に隔てられた2種分子(今回は難透過性の二糖分子と透過性の単糖分子)の混合による自由エネルギー変化(図1a, b)を動力源とし,浸透圧でベシクルを変形させる仕事を取り出す.この分裂機構は化学反応や機能性分子を必要としない.そのため,ベシクル内部に人工細胞のための化学反応系や機能性分子を格納しても,それらに干渉したり,されたりすることなく独立に分裂の制御ができるかもしれない.ベシクルベースの様々な人工細胞系に,単純かつ一挙に増殖機能を実装する機構となり得ると期待している.

またこの分裂系は原始細胞(プロトセル)がかつて細胞分裂のために暫定的に用いていたとしても不思議ではないほど単純である.現在の細胞システムはリン脂質分子ベースの細胞膜を持つが,原始細胞はより単純な脂肪酸分子ベースの膜を利用していた可能性が議論されている1),5).脂肪酸もAOT同様に数mM程度の臨界凝集濃度を持つため1),5),本稿のAOT + Chol系での分裂機構が脂肪酸分子ベースの系でどうすれば実現されるか探索することで,地球上で最初の細胞分裂の姿に迫れるのではないかとも期待している.

文献
Biographies

栗栖 実(くりす みのる)

東北大学大学院理学研究科助教

 
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