2025 年 65 巻 5 号 p. 277-278
生物物理学会の年会に参加するとき,いつも欠かさず聴講しているシンポジウムがあります.それは一日目の午前に開催される「若手招待講演(Early Research in Biophysics Award Candidate Presentation Symposium)」です.学会初日の朝いちばんに(まずは忘れずにランチョンのチケットをゲットしてから!)受付をすませた後,私のように若手招待講演の会場に直行する研究者の方も,少なくないのではないでしょうか.
この講演を楽しみにしているのには幾つかの理由がありますが,まず筆頭は登壇する方々のプレゼンテーションのレベルの高さです.研究者である以上,自身の研究を十分に伝える英語講演ができるのは必要な技量です.それを若手の方たちが,これでもかというモーメンタムで聴衆に畳みかける本シンポジウムは,まさに圧巻.講演時間はわずか10 min.と限られていますが,何十回と練習を重ねてきたとしか思えない講演者たちの淀みないトークには,いつも居住まいを正される思いです.年配の研究者でも『お見事! 手本として精進します』と首を垂れること,しばしばです.
またこのシンポジウムでは発表の分野が限定されませんので,トピックに広がりがあるというのも大きな魅力です.150 min.の間に10人の講演者,つまり10近い分野を横断しながら発表が続くわけです.一つの会場でこれだけ目まぐるしく話が変わるわけですから,講演ごとに頭をリセットするのはたいへんですが,とにもかくにもこういったシンポジウムは他にはありません.覚悟して楽しんでいます.
そしてすべての発表が,間違いなくその分野を代表する鮮度の高い内容になっています.これは当然のことで,多くの登壇は博士課程の学生や博士研究者によるものです.しかも厳正な審査により,5倍近い高い倍率を勝ち残った強者どもの講演です.論文になったばかり,あるいはこれから論文になりそうな結果を引っ提げて,受賞を目指し若手研究者が勝負に挑むわけです.聴衆の一人として,発表者が壇上に上がるたびに「ご武運を!」と祈らずにはいられません.
さてそういった「若手招待講演」について,改めて背景を説明します.生物物理学会は設立以来,おそらくは意図して学会賞を作ってきていなかったと推測するのですが,2005年になって初めて学会の名前を冠した「日本生物物理学会若手奨励賞」を設立しました.対象は35歳以下の研究者であり,学会員であれば学生でもエントリーできます.推薦書を必要としないため,研究室のPIや先輩研究者の後押しは得られないわけですが,それだけに候補者個人の資質を公平に審査したいという願いが込められているように思います.
受賞者選考に当たってユニークなのは,まず10名の候補者を書類で選考し,その後にシンポジウムのプレゼンテーションを審査して最終受賞者5名を決定するという過程を経ることです.学会によっては書類のみで賞を決定するところも多いと思うのですが,本学会の若手奨励賞においては,設立以来この仕組みは変わっていません.受賞者を選ぶに当たり「サイエンスとしての重要性はもちろん大事な点だが,それをいかに聴衆にしっかりと伝えることができるか,ということも研究者にとって本質的な資質である」といった学会からの強いメッセージがうかがえるように思います.
シンポジウムの講演者は皆さん招待という位置づけになりますので,惜しくも「若手奨励賞」を受賞できなかった5名の方々には「若手招待講演賞」が授与されます.また第60回の北海道大会より,新しい試みとして「IUPAB award」を設立しました.IUPAB(International Union of Pure and Applied Biophysics,理論および実験生物物理学国際連合)は,生物物理の国際的な発展と国際交流のために1961年に設立された非営利団体です.筆者は2023年より,選挙によって選ばれる14名の世界議員の一人を務めています.このIUPABのプレゼンスを,日本生物物理学会でも広く認めてもらうべく,若手奨励賞の選考過程でもっとも高い評価を得た一名にIUPAB awardを贈ることとなりました.日本生物物理学会の中では珍しく副賞として賞金も準備されます.
第61回年会では,学生9名を含む41名という十分な応募があり,エントリー数は堅調であったと思います.日本生物物理学会に限らず,学会の会員数は減少の方向に推移していますが,そういった中で若手奨励賞への関心が安定しているのは喜ばしいことです.今回の受賞者の選考過程ですが,まず書類選考(1次選考)は10人の審査員によって行われました.最終選考(2次選考)の審査員も同じ人数ですが,1次選考との継続性の観点から3名の方に1次と2次の両方の選考に参加していただきました.逆に言えば7名の方は書類選考に参加していませんので,申請書類の内容に左右されず,一聴衆としてそれぞれの発表を評価していただいたことになります.点数の配分や評価方法については学会のHPでは公開していませんが,過去の年会報告(生物物理60(1), 045-046 (2020)など)に詳述されています.今回も例年の講演時間を踏襲し,10 min.の発表の後に3 min.の質疑応答があり,すべて英語での活発な議論が行われました.シンポジウムの座長は秋山修志氏(分子科学研究所)と筆者が務めました.
・栗栖実(東北大)「自己生産する細胞のコンセプトを人工系で単純に再設計する:モデル実験系で繋ぐ物質と生命」
・小林稜平(分子研)「ミトコンドリア型ATP合成酵素の阻害因子IF1が示す回転方向依存的な制御機構:1分子操作実験と分子動力学シミュレーション」
・高田咲良(慶應大)「動的な静止構造:人工細胞内に創られたチューリングパターン」
・福田真悟(金沢大)「超低侵襲高速原子間力顕微鏡の開発」
・水内良(早稲田大)「原始的なRNA集団の調査から見つかった自己複製する最小のRNA」
・飯田史織(遺伝研)「クロマチンの高次構造はクロマチンの局所的な動きとクロマチンのかたさを制御する」
・大村紗登士(東大)「小型AsCas12f酵素のクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析およびその改変」
・京卓志(JSTさきがけ/阪大)「クラスター型プロトカドヘリンの同種親和性相互作用を可視化する蛍光指示薬の開発」
・竹田弘法(神戸大)「ミトコンドリアにおけるタンパク質膜挿入の構造基盤」
・Clifton Benjamin(OIST)「Ultrahigh-affinity transport proteins from ubiquitous marine bacteria: structure, function, and environmental significance」
受賞者は学会二日目夜の懇親会で発表されます.当時の会長である髙橋聡氏から一人一人に賞状が手渡されたのち記念撮影を行いました(図1).これは間違いなく年会のハイライトの一つであり,ときには受賞者を友人たちが胴上げするというパフォーマンスも見られ懇親会を盛り上げます.また若手招待講演シンポジウムを通して聞いた聴衆にとっては,賞の栄冠が誰に渡されるかに注目しながら発表を聞くことになり,推しの若手登壇者が受賞したときの喜びはひとしおです.

髙橋聡氏(右)と受賞者ら
今回の審査員は以下の方々に務めていただきました(所属は審査依頼時のものです).若手賞の運営を取り仕切っていただいた秋山修志氏と審査員の皆様の,たいへんなご尽力に,心より感謝いたします.
1次選考審査委員
笠井倫志(岐阜大),菊川峰志(北大),齋尾智英(徳島大),坂本泰一(千葉工大),菅倫寛(岡山大),成田哲博(名大),西羽美(東北大),村越秀治(生理研),谷口雄一(京大),柳澤実穂(東大)
2次選考審査委員
新井宗仁(東大),上田昌宏(阪大),菊川峰志(北大),立川正志(横浜市立大),西羽美(東北大),前島一博(遺伝研),村越秀治(生理研),谷中冴子(九大),柳川正隆(東北大),吉留祟(東北大)
西坂崇之(にしざか たかゆき)
学習院大学教授