世界を圧巻するシンガーソングライターFujii Kazeの言葉を借りたい.彼はある曲について「自分の理想の形(Higher self)は自分の中に見えていて,それに近づきたい.でも近づけないこともあって,そこからの救いを求めている…」と語っている.
私は女性として生まれ,研究者になった.気がつくと,自分を「研究者」よりも「女性研究者」として意識することが増えていた.理系の教育・研究の現場では女性が多くの場合マイノリティーであり,それだけで自分が identify される場面が多いからだ.他者からの言動や,妊娠・出産・育児といったライフイベントも,自分が「女性」であることを強く意識させる.一方で,研究者としての理想形を追い求めるとき,「女性」という冠はときにネガティブな感情を生み,自分を縛る呪いのように感じられることもある.
教育・研究の世界も,男女平等を目指しており,学会の理事やシンポジスト,研究費の審査委員など,あらゆる役割において性別のバランスが求められる.実際に私は,同世代の男性よりも多くの依頼を受けていると感じる.それゆえ大先輩の女性研究者からの警告の言葉―「男女平等のためと思って依頼を一身に引き受けると,心身の健康を失い,家庭崩壊に至る危険がある.気をつけよ」―を,ここに残したい.
女性限定公募が,大学教員から学部入試にまで広がると,その恩恵を直接受けていなくとも「不公平だ!」という感情をぶつけられるのもまた女性である.腐す言葉は心身にダメージを与える.日本人初の国際刑事裁判所所長となった赤根智子氏は,著書『戦争犯罪と闘う』において,日本における女性の職業的地位が依然として低いことに懸念を示しつつ,「大きな声で主張はしない.なぜなら,無意味な対立の構図に引き込まれるから」と記している.齢40を超えた今,実際に厄介な問題に巻き込まれた経験を経て,この言葉の重みを痛感している.だからこそ,私は意識的に「女性」という冠を外し,「研究者」としての理想形を追い続ける余力を残したい.